22人目 介入者
基礎魔法を除いた全ての魔法には、7段階の火力に分かれる。前述の応用魔法では、魔法の種類が異なったが、展開魔法や何物にも分類されない特殊な魔法では、魔法の性能差が顕著になる。ここでは、7段階の火力の大まかな指標を出すことにする。
最弱火力 初歩レベル
通常火力 日常生活において困らないレベル
強火力 雑魚と戦う分においては丁度いいレベル
極火力 本に載っている最大レベル
究極火力 魔導書など専門書を用いてやっと覚えるレベル
激極火力 国家専属魔法士レベル
最強火力 神レベル
火力が上昇するにつれ、消費魔力が指数関数的に増幅するため、高い火力の魔法を使用する際にはそれに伴った魔力のリソースが必要となる。
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学園外の広大な土地にて、吸血鬼は突入の準備をしていた。吸血鬼達は魔法を使いやすくするために、魔流の活性化を行い、体が戦闘について来れるように入念な準備運動をして待機していた。
そんな中、一人の男が姿を現す。どこから現れたのかはわからない。どのように近づいたのかもわからない。いつそこに現れたのかもわからない。まず、その者が誰なのか、そこにいた全員がわからない。
(ベアトリクス様に言われるがまま来たが……)
「何かと思って来てみれば、まさかこんなことになっているとはな」
唐突に発せられる言葉に驚いた吸血鬼のひとりは、すぐさま声のした方を向く。そこにいたのは黒紫色のマッシュヘアーをした、糸目の奥に見える微かな赤い瞳を持つ、2mはないくらいの細身で長身の男だった。黒の簡素なスーツを身に纏い、ポケットに手を突っ込みながら言う男は、一切の殺意を感じなかった。吸血鬼からすれば、それは異質としか言えなかった。
いち早く気づいた吸血鬼のひとりは、男がどうやって現れたのかわからなかったが、ひとつだけわかったことがあった。それは、男は自身達とは明確に違う存在だということ。
吸血鬼達は自身が吸血鬼だとわかるように、紫のマントを皆つけている。が、男は見た通り黒い簡素なスーツのみ。
「貴様、何者だ?」
周りは会話でうるさかったため、幸い気づいていない者がほとんどだった。そのため、自分と目の前の男だけで内密に話を終わらせようと、吸血鬼はその場で画策した。静かにそう聞くと、男は空気感を読んでそのテンションで話す。
「まあ、それよりも、お前らはここで何をするつもりだ?」
「言えない」
吸血鬼は即答する。学園の襲撃など、決して言えない。が、男はまるでそれを見透かしているようだった。
「言えないか。まあ、あの人が言ってた通りだろうな。この学園の襲撃だろ?」
だるそうに立つその男は、吸血鬼を見下ろしながら言う。当の本人は、男が徐々に放つ魔力に少し脅えていた。
「そういや、返答を忘れてたな」と男は吸血鬼にゆっくりと近づきながら言う。吸血鬼は恐怖からなのか、それとも穏便に済ませたいからなのか、なぜなのかはわからないが、その場から動くことができずにいた。男は吸血鬼の顔の目の前に、背中を丸めて無理やり顔を合わせる。
「お前らを殲滅する者だ」
男は徐々に放っていた魔力を媒体とし、背後に紫色の魔法陣を5つ、五角形を形成するように展開した。
「深淵の闇に閉ざされ、無の世界に魅入られる。暗黒の世界へと全てを招待しよう。そこは既に、光など届かない世界なのだから」
男がそう詠唱すると、体から紫色の魔力が溢れ出す。魔力は掃除機のように魔法陣に吸い込まれ、吸い込んだ魔法陣は回転を始める。詠唱が進むにつれて体から溢れる魔力量は増え、吸い込まれる量も増加し、魔法陣の回転もどんどん速くなる。回転する魔法陣によって風が発生し、待機していた吸血鬼もその状況の異様さに気づき始める。
「あいつ誰だ?」
「知らねぇよ」
「マントつけてねぇぞ?」
「じゃあ敵じゃねぇか」
やっとざわつき始めるが、もう遅かった。
『深淵世界の処刑台』
深淵世界の処刑台とは、闇属性結界系究極火力魔法であり、任意の範囲に一切の光を通さない結界を貼り、自分の視界諸共相手の視界をシャットアウトする魔法である。最大範囲は500㎡(範囲の形は自由に設定することが可能である。)。計測方法は使用者が設定した結界の底面だけである。
魔法陣から深淵世界の処刑台の大元が現れ、瞬く間に学園を包囲していた6980体の吸血鬼を包んだ。形はかなり歪であるが、男はそれで満足そうだった。
「闇に閉ざされ、其方らは消えゆく魂と化す。万物は闇に飲まれると、無くなってしまうのだから」
更に、詠唱しながら目の前にいる動けない吸血鬼の目と鼻の先に大きな魔法陣を展開した男は、少しだけ口角を上げる。
『死の暗黒光線』
死の暗黒光線は、闇属性攻撃系極火力魔法であり、紫色の光線を放つ、至ってシンプルな魔法である。最大射程は100mで、最大半径は7m。
目の前の吸血鬼を軽く焼き払うと、次は上に向かってその魔法陣を向け、放つ。それによって、混乱の中で光を求めた大量の吸血鬼が、男の周囲に集まってくる。近くにいた吸血鬼は、男を殺そうと魔法の準備を始めるが、それすらも男の罠だった。
深淵世界の処刑台は、発動した時の面積が一定であれば、どれだけ形を変えようが、一定のダメージを与えられない限り壊れることはない。
吸血鬼が動き出した瞬間に深淵世界の処刑台の端を高速で移動させ、動き出した吸血鬼達を押すように形を変形させ、男の元に向かわせる。吸血鬼の波に押されて身動きが取れなくなった吸血鬼を他所に、その波に押されないように上へ跳んだ男は、更に魔法を発動する。
男は展開魔法の強火力の暗視魔法を発動し、下にいる吸血鬼の状態を把握し、さっき発動した死の暗黒光線をもう一度発動し、魔法陣を大きくする。
(こいつらを消してどうするつもりなんだ……?)
「まあ、いいか。消えろ」
男は着地した瞬間に深淵世界の処刑台をまた操作し、吸血鬼達を1列且つ横幅7m、縦幅90mギリギリにまで圧縮した後に死の暗黒光線を放つ。
とても大きな、色々な声が混じった、鈍く、醜く、惨い断末魔が深淵世界の処刑台中に響き渡る。深淵世界の処刑台外には響かないものの、それでもうるさいものはうるさい。
「生きてるか……」
最後列でギリギリ避けた連中だろうか。塵と化した大量の吸血鬼とは強さが違うのだろうか。何故かは分からないが、確かに殺したはずの吸血鬼がどうにかして生きていた。生き残っていた吸血鬼は全て上へ跳んでいた。
「おい」
着地した吸血鬼のひとりが口を開く。
「どこにいるかはわからんが、何故我々を殺す?」
吸血鬼にとっては、「何故この男が我々を殺す」のか全く意味がわからなかった。吸血鬼がこの男を殺すメリットはひとつもない。「この男が吸血鬼を殺すメリットは何なのか?」「この男が吸血鬼を殺さないことで生まれるデメリットは何なのか?」吸血鬼にとって、イレギュラーな介入者と言わざるを得ない存在だった。それ故に、何か理由が欲しかった。
男は、この質問に対して何と答えても問題はなかった。嘘の理由を適当に並べようが、本当のことを言っても。だが、男にとって本当のことを言うという選択肢はひとつもなかった。
「お前らはもう、用済みだから」
その言葉と共に、深淵世界の処刑台が解除される。男は暗視魔法を同時に解除する。そこで吸血鬼達は自分たちが44体しか残っていないことに気づく。6926体が、一瞬にして塵と化したのだ。
その状況を一瞬で理解した吸血鬼達は、同じ感情を男に向ける。
「減ったな」
「そうだな。減ったな」
ひとりの吸血鬼が発言すると、すかさず男は同調し、煽る。
「死ね」
吸血鬼達は背中にしまってあった剣を抜き、男に向かって走り始める。が、男はポケットに手を突っ込み突っ立っている。
(ここで攻撃系魔法が使わないということは、使えないというわけか? ……死の暗黒光線を回避できるのに使えないのか? そんなことあるか?)
男は動揺するが、すぐに心を落ち着かせる。
(まあ、こいつらが魔法で来ないのなら、俺も魔法を打たないのが武士道というものか……)
男は腰に携える両刃の片手剣を抜きながら、身体強化・強を自身にかける。身体の全てのスペックが等しく上昇すると、男の見る世界が変わる。
(こいつら……、遅いな)
全速力で走ってくる吸血鬼達だったが、動体視力が格段に上昇した男にとって、それはナメクジを彷彿とさせる遅さだった。身体強化・強をかけていなくとも、動きを捉えることができるほどの速さだったためだろうか。いつまで経っても、こちらに辿り着く気配は微塵もない。
男は自身から踏み出すと、空を切り裂き、片手剣で44体の吸血鬼の首を全て撥ね飛ばした。
その瞬間、男はずっと使用していた探知魔法で何かを探知する。今まで感知したことのない、未知数の反応。強者でもなく、かといって弱者でもない。同程度の強さというわけでもない。ではこれは、いったいなんなのだろうか。1人は実力がはっきりする反応であるためそれなりの警戒で済むが、もう1人がおかしい。男は迎え撃つため、今までにない緊張感で警戒し、戦闘態勢に入る。