21人目 魔法式の構築においての詠唱とA現象の相補的関係
魔流とは、魔力を持つ生命体が必ず形成する魔力の流れのこと。魔流が形成されて初めて魔法を使うことができる。そのため、魔法士や魔剣士は自身の魔流の特徴を把握しておかないといけない。
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「とりあえず今から動くんだけど、まず、今どんな状況かっていうのを予め自分で確認しておかないといけない。特に単独行動となったらね」
「な、なるほど……」
こういう暗躍する時には鉄則が存在する。1つは現状把握。今から行うことだ。何においても情報というのは大事だ。戦争の8割は情報戦って言うほどだし。
この世界には展開魔法で探知魔法がある。それがまあ優秀で、魔流を介して大抵の情報はその場から汲み取ることができる。魔素が流れる向きで風向きを特定したり、魔流の数で生命体の数を特定することができる。もちろん、展開魔法だということは誰でも使えるということ。それは逆に、戦いに関しては必須であり、その練度が戦いの全てを制するということ。
「探知魔法使える?」
「使えるよ」
「火力は?」
「極火力までかな」
極火力かぁ……。この範囲なら足りるけど、この先不安だし、何せ精度にムラが生じるかもしれない。ハイジュの魔力量なら……、いけるかな。
「じゃあ、激極火力と最大火力の魔法式を直接頭に入れるわ」
「え? 最大火力?」
探知魔法という魔法、展開魔法の中でもかなり汎用性が高い魔法である。同じ火力であっても、範囲に特化した分他を削ぎ落としたものから、精度に特化した分範囲を削ぎ落としたりと、範囲の指定までできる優れものだ。その辺は魔法式をいじるだけで調節が可能だが、限界は設定されている。その限界を操作するのが火力で、正確な探知が要求されている今、ハイジュの使う極火力では物足りないと感じた。
ハイジュは最大火力の字面の強力さに脳の処理が追いつかなかった。が、そんなの私が知る由もない。彼女の手にそっと手を乗せると、展開魔法の1つの伝達魔法を発動する。膨大な量の魔法式を一瞬のうちに送られたハイジュは、脳が膨大な量の情報を一気に処理できずに一時停止する。が、今抱いていた疑問を捨て、今送られた膨大な量の魔法式の処理に集中した。
「魔法式が頭の中に入ったはず。それを理解できたら、ハイジュならすぐにでも使える」
私はとりあえず一言かけると、ハイジュは首が取れるかと思うほどの勢いで、俯いていた状態から私の顔を見る。
「よし、入ったよ」
「じゃ、とりあえず激極火力の探知魔法を無詠唱で発動して」
「え? 無詠唱?」
ハイジュが戸惑う理由。それはこの世界に蔓延するでまかせが大きく影響している。
まず、魔法を発動する際、魔法式を構築した上で、そこに魔力を通すという2つの手順を行って、初めて発動できる。魔法を通すという動作自体は魔力を操作できる者であれば造作でもないだが、問題は魔法式を構築する方である。
魔法式を構築する上で、魔法名を詠唱することで同魔法の魔法式を構築する、いわば語呂合わせのような方法である。仮にA現象と名付けよう。A現象を用いて発動する時、魔法名を詠唱する必要があり、発動しようと行動に移した瞬間から少しの時間のズレが生じる。そのズレが魔法に何か影響を与えるとかというと、そうではない。無詠唱で魔法を放っても、A現象を用いて魔法を放っても威力やら魔力量やらなんやら、一切変わらない。
ここで生まれるのが、「この世界に蔓延するでまかせ」についての疑問。私の持つ情報は信頼できるヘカテー(魔法の生みの親)からの情報なのだが、それがどう歪曲して伝わったのか分からないが、無詠唱魔法は詠唱魔法よりも火力が劣るというでまかせが発生している。しかも、これは知的生命体としての段階が上がれば上がるほど顕著で、魔法に精通している種族であればあるほど無詠唱魔法への風当たりが強い。……そんなことないのにね。
「そう。無詠唱。無詠唱への風当たりは強いけど、そんなものあんまり当てにならない」
「む、無詠唱……」
無詠唱魔法が廃れた今、使えるものはごく少数しかいない。しかも、無詠唱魔法はとても難しいものであり、完全に手加減する時にしか用いないとされている。それゆえ、ハイジュは苦戦していた。
(無詠唱……、やったことない……。一旦集中……)
ハイジュは一旦集中し、脳内で処理した激極火力の探知魔法の魔法式をイメージし、魔力で魔法陣構築する。すると、無色透明な魔法陣が現れる。脳内で発動するイメージを焼き付け、魔法を発動する。
「……できた」
おおぉ……、コツ掴んだな?
「情報が頭の中に流れてくる……」
「それが激極火力の魔力探知」
「なるほど……」
すると、ハイジュは集まった情報を元に状況を伝える。
「怪しい人だけ伝えるね」
「わかった」
「正門周辺に107人、グラウンドに1549人、裏門周辺に841人、地下に523人、学園外から包囲してるのが6980人、計1万人いる。包囲してる内の50人、そして地下にいる内の10人はちゃんと強そう」
私の使った探知と結果は一緒。つまりこれはほぼ確定。配置的に地下以外は1人でも適当にやってりゃいけるか。……で、地下だけは目測200mほど離れてる。学園の管轄外の洞窟、というか洞穴。ハイジュに行かせようかな。
「ハイジュは地下にいる奴らを倒してきて。この際だし、できれば殺しちゃおっか」
「リーレは殺すの?」
ハイジュは軽く聞いてくる。そんな軽いものかな?
「まあ、殺すよ。よっぽどの知り合いでもなければ」
「じゃあ、私も殺しますか」
意外と思い切りはいいのね。もうちょっと躊躇ったりすると思ってた……。
「じゃ、地下に転送するから構えといて」
ハイジュはそれっぽく構えると、神術を使って転送した。
教職員は生徒達の保護から動くことはできない。そのため、王国の騎士団や冒険者が救出に来るまで、無闇に行動には移せないだろう。だからだ、今は自由に動く好機だということ。
「ま、ひとまずは雑魚の殲滅からでしょ」
神術を使い、正門周辺にいる侵入者の前に現れる。来ていた白のコートについているポケットに両手をつっこみ、侵入者達を軽侮するように見る。
「あんたら、誰?」
本当に知らない。誰こいつら。見たことないんだけど……。
「我々は吸血鬼である!」
「生命界に住む者達に我々の存在を伝えに来たのだ!」
伝えにって……。もうちょっと別の表現あったでしょうが……。
「あ、そう……」
頭が弱いのは気にしないとして、地味に団結力が高いの見せつけてくるのは何なんだろ……。こういう感じに育てられてきた? 親は緩和したナチス……? それともあれかな? 「こういうキャラで行こうぜー」みたいな感じで事前に打ち合わせしてた? まあどうでもいいんだけど……。
「じゃ、死ね」
私の発言を聞いた瞬間、一気にそこにいた100人余りの吸血鬼が殺意を向ける。殺意は私の白い肌を刺す。その感覚は向けられた者にしかわからないが、向けられたら案外わかる。向けられてみたらわかると思う。
殺意を向けられたら、ほぼ確実に攻撃が飛んでくるのがこの魔界。魔界の生物は戦闘の技術はないのに、無駄に戦闘狂が多い。そのため、私も自衛に困っていた。
「強い殺意を向けられたらさ、あんたらって嫌でも気づくでしょ?」
「急に何を言い出す……?」
リーダー格の吸血鬼が反応する。
「どうなのって聞いてんだよ。とっとと答えろよ。蚊」
「蚊? まあ、気づくが……」
「そう、気づくの。しかも結構な鋭さで肌を刺す。ちょっと痛いんじゃないかなってくらい。だから、私はその殺意に対応する魔法を作った」
吸血鬼は何のことを言っているのか全くわからず、ただポカンとしている。が、私の言っていることは全て本当のこと。
『死が約束された運命』
私が考えたオリジナル魔法の『死が約束された運命』は、私に殺意、敵意のような負の感情を持った相手を任意で殺す魔法である。殺し方は共通して灰化である。これを任意ではなく常時発動にしてた場合、この世のほとんどの生物が死んでいることだろう。なので、このような限定的な状況でのみ使うようにしている。
「……強いわこの魔法」
目の前にいた全ての吸血鬼が、瞬く間に灰へと姿を変えた。ここは殲滅完了。次は裏門かな。そうと決まれば私はすぐに神術で裏門に移動し、同じような会話を繰り返して『死が約束された運命』を発動し、瞬殺した。同様にグラウンドでも行った。
「さて、ハイジュはどうなってるかな……」
私はハイジュが少し心配になった。が、それはすぐに杞憂と化す。私の発動していた探知魔法が、地下から強大な魔力反応を探知する。すぐ分析すると、それは火属性爆発系究極火力魔法の『それは人類最大の抑止力』の魔法式だった。使用者はエアス・ハイジュ。つまり、彼女が吸血鬼を殲滅するために撃った魔法である。
爆発は地面をどんどん抉っていき、地上まで到達すると考えられる。少なくとも私はそう推測する。爆風に巻き込まれて髪の毛がチリチリになるのは嫌だし、上へ跳んだ。
目測で500m程跳んだ。そのため事なきを得たが、グラウンドは粉々に砕け、この上空からでも地下の様子がハッキリと見える状態となっていた。身体強化で視力を強化し、地下の様子を見る。すると、そこにはハイジュ1人の姿がポツンとあった。
「結構上空から落ちてきたね……」
「爆発の規模がアホみたいにでかいからだよ」
まあ、一応聞いておくか……。
「今の爆発ってさ、ハイジュが起こしたやつ?」
「そうだよ。一応私、火と光、闇の三重属性だし」
「じゃあさっきの爆発、究極火力まで出せる感じで合ってる?」
「合ってるよ」
「わかった。じゃ、とっとと吸血鬼の殲滅に行こう」
「そうだね」