18人目 興味、その根源。
魔神族。生命界、地底界に生息する魔族由来の人間系種族のこと。人ではなく神であるのは、寿命が5000年と神のように寿命が長いためである。見た目は人間族と大して違いはなく、唯一違いがあるとすれば、肌が全員綺麗ということ。体の成熟スピードも人間族と変わらなく、20歳頃から4900歳頃まで一切老いなくなる。地底界では色んな国に住んでいるが、生命界ではカヤラムに集中している。
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私、エアス・ハイジュは、統合国家カヤラムで生まれ育った、至って普通の魔神族である。家には高祖父、高祖母、曽祖父、曾祖母、祖父、祖母、父、母、兄、私がいており、カヤラムでは一般的な5世代家族だ。兄は歳が19も離れていたため、実質父が2人いるような感じだった。親戚もよく家に訪れていて、その親戚達含め家族にはかなり愛される形で私は悠々自適に過ごしていた。
「おじいちゃん! これみて!」
「これ、ハイジュが作ったんか?」
「そう!」
特に私は祖父との親交が深く、共に何かを作っては作ったもので一緒に遊ぶということをよくしていた。その度に私は祖父が使う魔法に翻弄されていたが、純粋が故に魔法を知ろうと思ったキッカケにもなった。
「これ、まほう?」
「そう。みんな魔法には憧れると思う。いずれ、ハイジュもそん時来るわ」
魔法というものを実際に見たのはその時が初めてだった。
祖父とは色々な遊びをしたことを覚えている。家の中でかくれんぼをした。祖父は見つかりそうになると魔法を使ってきたから、20分くらいずっと見つけれなかった。人形遊びをした時は、祖父の演技力がとてつもなくすごかったのもあり、祖父の演技に何度も見惚れていた。祖父が提案してきたものもあり、家族全員で舞踊の練習もしたことがある。父が魔神族伝統の舞踊の正式継承者だったこともあり、本格的な舞踊の練習を家族全員でした。体の弱かった母や、既に老体の高祖父、高祖母も参加していたこともあり、非常に楽しかった思い出もある。他にはカヤラムの外にある森林まで遊びに行ったり、カヤラム内の市場で沢山買い物をしたり、そして色んな国に連れて行ってもらったりした。
父と母は私と最も血が繋がっていることもあり、何でも見透かされているようだった。祖父母以上の年代の家族は私を甘やかすことがほとんどだったこともあり、気づかず私が悪いことをしても寛容に接してくれた。だから私も悪いことをしている自覚はなかった。
「ハイジュが理由なく勝手に家の外に出るとは思えん。けど、1人で外に出るのはこの時期も重なって危ないんだ」
父は私に言う。私は3歳ながら1人で外に遊びに行っていた。この時、私の住んでいた地域の近くで無差別連続殺人事件の犯人が逃走中だという情報が、つい最近入ってきたばかりだということもあり、大人ですら危ない状況下であった。
「家の近くだから私達が見つけれたけど、本当に心配したんだからね?」
母も愛のある怒り方をしてくれた。
「外に出る時は、そうだな……。おじいちゃんに言っとけ。じゃあ自由に外出れるから」
「うん……。わかった!」
こんな私を怒るところは怒り、善悪の区別をしっかりつけてくれた。その分、理不尽に怒られたことは1度もなく、最も好感が持てた家族でもあった。
兄は歳が最も近いこともあり、一緒に両親や祖父母、曾祖父母へ悪戯をすることが多かった。特に印象的なのは曾祖父母へ行った「家の玄関の前に落とし穴を作る」というものだった。兄と私が家の前を朝一番から掘っているのを見て、両親はその時は何故か協力してくれた。優しくもあって厳しいところもある両親が協力してくれた時、兄と私は目を合わせて、いつも以上に気合いが入ったことを覚えている。あと、当たり前のように祖父も協力してくれた。
「こんなもんか?」
「いいんじゃね?」
祖父と父は完成した落とし穴を上から眺める。母も久々にしっかり体を使ったのか、汗を流していた。兄はその場で座り込み、まだ小さかった私と同じ視線にして話す。
「完成じゃー!」
「おー!」
すると、兄は立ち上がって両親の方を向く。
「とーちゃんとかーちゃんがまさか手伝ってくれるとはな」
「たまにはな。こういう悪戯心は忘れちゃいかんってことだ。んで、じいちゃん達には仕掛けてもいいだろ」
父は謎に自信を持っていた。
数分後、曽祖父母は揃って家を出ると、柔らかい板材でできている地面に気づかず、揃って落とし穴に落ちる。それを見た私達は笑いながら落とし穴に近づき、落ちている曽祖父母の姿を見る。曽祖父母は兄の姿を見ると状況を理解し、途端に笑い出した。
「お前らなぁ……」
笑いながら言う曽祖父に、初めて悪戯を仕掛けられて少し嬉しく思う曾祖母の姿を見て、父の言ったことが何となくわかった気がした。
高祖父母とは直接的な関わりはなかった。だが、祖父と一緒に遊んでいる時に、高祖父母の話は沢山聞いた。
「今となっちゃ老体やが、ひいひいじいちゃんは俺にとって憧れの存在やった」
「あこがれ?」
「40の時か? 俺が死にそうになった時、ひいひいじいちゃんがえげつないくらいのスピードで助けてくれたんよ」
祖父の言葉は何故か信憑性があった。かなり体にシワが入った姿に、更に体には無数の傷。昔にとても筋肉があったことを想像させる腕を度々見ると、かなりの手練だったのだろうと思う。それに祖父の感情の入り方が、いつもの人形遊びの時とは違って、本心から来る感情だった。
「その時に俺は魔法の練習始めたんやけどな。その時もひいひいじいちゃんが教えてくれたんやけど……」
「じゃあ、わたしにもまほうおしえて」
「え?」
「おじいちゃんがひいひいおじいちゃんにむけるあこがれを、私がおじいちゃんにむけさせて」
さりげなく言ったことに、祖父は涙を流していたのを覚えている。
「俺が教えれるのは少ないけど、それでもいいなら教えたるわ」
「ありがとう!」
また別の日には、高祖母について話してくれた。
「人形遊びも、子どもの頃はひいひいおばあちゃんがやってくれてたんよ。その時の演技力は今の俺の遥かに上」
「おじいちゃんよりうまい?」
「そらもう、何倍もな」
「ひいひいおばあちゃんのえんぎ、みてみたい!」
「できるかなぁ? 何せひいひいおばあちゃん、もうそろそろ5000歳よ?」
たくさんの思い出があった中で訪れた6歳の誕生日。家族は私の誕生日を全力で祝ってくれた。
「ハイジュも6歳か……。時間の流れって早いなぁ……」
「25の若造が何言うとんねん。こちとら3000歳やぞ。もっと早いわ」
兄と祖父がいつものように弾丸トークを繰り広げていると、父と母は紙包みで包んだ箱を取り出す。
「まあまあ。みんなもアレ、出して」
すると、両親とは全員違う大きさの箱をそれぞれ取り出す。私はその時を楽しみにしていた。誕生日プレゼントの譲渡会である。
「やったー!!」
喜んでいる私をみんなは祝福するが、ふと玄関に耳を澄ませるとノックの音が聞こえる。玄関を開けると正面奥に居間があるため、私達は先にノックの主の用件を済ませてから譲渡会を行うことにした。
「ちょっと行ってくるわ」
父は玄関に向かって扉を開けると、そこには5人の軍人が立っていた。服を見た瞬間に全員が軍人だと察した。何も悪いことをしていないため、父は何食わぬ顔で軍人に用件を聞く。
「どうしました?」
すると次の瞬間、居間の一番奥に座っている私の横に、父が飛んできた。10m程離れているはずなのに、飛んでくる瞬間を一瞬しか見ることができなかった。突然のことで私は父の姿を目線で追うと、父は地面に仰向きで倒れていた。が、私はその瞬間、状況を正確に把握することができなかった。
(え……? どういうこと……? 何が起こっ……!)
父の額に、剣が深く刺さっていた。床には血が流れ、父が置いた紙包みの箱は血の色に染まっていった。父の血はどんどん広がっていき、私の手に触れる。手に温もりを感じた時、私は初めてこの状況を理解する。あの軍人に、父は殺されたのだと。
頭の中では理解することができた。だが、それを私は許さない。認めたくない。信じたくない。全力で否定している。その真実から私は逃げたかった。だが、それを許すまいと軍人は飄々とした態度で家にズカズカと入ってくる。
「ガキが一匹か。ま、全部殺れ」
すると、1人の明らかに階級の違う軍人以外の4人の軍人は、曽祖父母、兄、母をそれぞれ捕まえて鬼のような所業を加え惨殺する。最早人体実験を受けているのではないかと言わんばかりの残虐行為を、私は見ることができずにいた。家の中に響き渡る4人の悲鳴や、体を引きちぎり、肉や血管を引き裂いている生々しい音が、私の鼓膜に焼き付く。思わず蹲って涙を流すが、床に広がる血の海は涙の跡すら残してくれない。涙は血と遜色ない程赤く染まる。
祖父は軍人が惨殺に夢中になっている間に、蹲っている私の元へ来て何とか立ち上がらせる。
「ハイジュ。裏口からなんとかして逃げるんだ……」
家の裏口から出ろと催促するが、そんな祖父の元に明らかに階級の違う軍人が一瞬で近寄る。
「何話してんだ? ジジィ」
祖父は壁に顔を叩きつけられ、身動きが取れない状況になる。
「行け!!」
そんな状況でも祖父は私を優先し逃げさせようとする。私は何とか勇気を振り絞って、居間から裏口に向かって走った。
裏口に着くと、後ろから追いかけてくる明らかに階級の違う軍人がいた。私に手の先端を向けて振り上げると、その振り上げた手を高祖母と祖母が止める。高祖母は老化している何とか振り絞って止めるが、明らかに階級の違う軍人はそれをもろともしない力で振りほどく。
「王族に易々と触れるな。下民が……」
壁に叩きつけられた2人に体を向ける軍人は、魔法陣を生成する。
『闇に隠れ、闇を討つ。 闇は闇を纏い、更なる闇へ昇華する。』
軍人はそう唱えると魔法陣から大量の闇の光が降り注ぎ、2人を一瞬にして塵に変えた。一瞬にして闇へ葬り去る姿を見た私は、恐怖によって体が動かなかった。軍人は2人を殺したことをなんとも思っていないように、ただただ無言で私の元へ歩いてくる。
「待て」
「あ?」
軍人の奥に立っていたのは、ヨボヨボであったはずの高祖父だった。いつもの体が弱っている、そして優しい雰囲気を常に放っている高祖父とは思えないほどの、禍々しい殺意を感じる。軍人はそんな高祖父の殺意を感じたのか、振り返って姿を確認する。
「時間は稼ぐ。玄孫よ、後は任せた」
高祖父は軍人との激しい殺意のぶつけ合いの最中、私に伝えて戦闘に入った。私を覆い被せていた強い殺気は高祖父の方へ向いたため、私は逃げるように家を出た。
どこまで走ったのかわからない。けど、確実に山を出ているのは確かだった。山の中にあるカヤラムは、上を見上げても灰色の岩が一面広がっていたが、今上を見ると澄んだ蒼穹の空。その瞬間、抱えていた不安と恐怖が一気に全面に押し出た。
声にもならない声で、緑広がる広大な草原の中で独り、慟哭する。血染めの服を纏い、血で染まった手を広大な大地に強く当て、土を掴んで、行き場のない怒りをぶつける。大地を殴ったが、骨に響く痛みを感じるだけ。
これは現実だ。受け止めなければならない。だが、これは受け止めなければならない、紛れもない現実である。
ーーこんな形で、魔法に興味を持ちたくはなかったーー