1人目 平和を望むためには何をする?
白神 虚。幼少期に理由もなく親を殺し、殺人衝動が全く抑えられないまま1人で生きてきた孤児である。そんな虚は、1つの憧れを持ったまま21歳になっていた。それは、「世界を平和にする」という馬鹿げた夢であった。虚は悩んだ。そして、1つの結論に辿り着いた。「自らが悪人となって、世界中にいる悪人を根絶やしにすること」であった。
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「全ての悪人を殺し、悪人に成り果ててしまう者達も全て殺した……」
虚は国内外問わず、ありとあらゆる悪人を殺し続けていた。大量殺人犯や爆弾魔から詐欺師、麻薬所持者、更には軽犯罪法違反の者さえ殺した。その数は1億を超えており、本人も数は覚えていなかった。補足として、1950年代の世界総人口は約25億人と言われている。
「……まだひとつ、潰してなかった」
深夜、デパートの屋上から新宿を見下ろす虚。口角は不気味に上がっており、真っ白な綺麗な髪から覗かせる黒い瞳は、どこを向いているか分からないような濁った目だった。
その時、白夜はとあることに気づいた。
「私も人を殺してるから悪人……。……ってことは、この世界から悪人を排除するには私も死ななきゃいけない。いいこと思いついた」
虚は人を殺しているため、悪人だと自覚している。だが、悪人を裁くことができるのはまた悪人。そのため、虚は自分を除いたこの世に住む全ての悪人を葬り、その上で自害しなければならないのではと思った。だが、虚は思っていた。自分は悪人としての力が弱いことに。だから虚は、自身を完全な悪にするための行動に移った。
「さて、殺戮の時間だ」
虚はほくそ笑み、屋上から姿を消した。
(いたいた)
虚は人を殺すことが何よりも好きだ。そして、人が痛がっている姿も好きだ。そのため、路地裏にいた5人組のごろつきに話しかけた。
「ねぇ、そこで何してんの?」
ごろつき達は一斉に虚の方を向く。すると、奥に同年代くらいの女が見えた。どうやらその女に絡んでいたようだ。
「てめぇには関係ねぇよ。とっととおうちに帰れ」
煽られたため、虚はすぐに行動へ移した。コートの中からナイフを取り出し、目の前にいた高身長のごろつきの首を刎ねた。死体が後ろに倒れると、右口角を上げると共に「へっ」と、嘲笑うかのように死体へ発した。
(余裕はあるけど、こいつらはなんか見ててイラつくからなぁ……)
その瞬間、残りの4人の顔が一瞬にして消えた。地面に倒れると首からは血が大量に流出しており、1人残された女は、ただ助けてほしそうに虚を見ていた。それに気づいた虚は、その女に話しかけた。
「ねぇ、そこの女。助けてほしい?」
死体を凝視しながら聞く虚。その姿に怯えながらも答えるその女。
「は、はい……」
だが、虚は助ける気など全くなかった。そのため、非常な現状を突きつけるような一言を発した。
「なるほど。けどね、この世界って簡単に助けてもらえるほど優しいところじゃないよ」
虚はゆっくりと女に近づき、顔面の中央にナイフを突き刺した。ナイフは脳に損傷を与え、その女は即死した。
(あえてこのまま残して、警察を出動させよう)
虚はナイフを抜いて、ナイフについた血を綺麗に拭くと、現場をそのまま残して路地裏を後にした。
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翌日、あの路地裏は警察による捜査が始まっていた。
虚はもう昨日の路地裏に興味はなくなっており、最後の悪人達の粛清に当たっていた。
「アハハハハハハ!!」
「さぁ!! 死ね死ねェ!!」
「苦しんでる姿、私に見せてよ!!」
「藻掻け!! 藻掻けェ!!」
ヤクザが運営している建築会社の本社を、虚は正面から突入して構成員を粛清していた。1人残さず殺すため、1部屋ずつ隈無く探していたのだが、その粛清の過程を虚は楽しんでいた。その姿を見たヤクザ達は恐れ戦き、抵抗することは当然、動くことすらできなかった。それは体感したものにしかわからない特殊な威圧、圧迫感、恐怖、そして対面した時に見える目の奥の虚無。そして虚の口から零れる狂気の笑い声が、ヤクザ達の身体中に染み渡っていた。ヤクザを殺す姿は完全に狂人であり、「エリザベート・バートリーを超える真のサイコパス」と形容するしかなかった。
虚は外を見てみる。すると、そこには徐々に集まってきている警察官がいた。建設中の東京タワーの下に集まる警察官達を見て、虚は自然と口角が上がった。そして心の中で一言。
(多っ)
警察官達はゆっくりとこの建物に近づいてくる。その数はざっと数えて5000人を超えており、かなりの大所帯だった。
背後から襲ってくるヤクザを、何事もないように振り返ってナイフで心臓を突き刺した。そのまま臓器を抉り、ナイフを抜くと共に腹部を蹴った。
虚はしばらく進んでいると、拳銃を持ったヤクザが6人いた。その銃口は震えながらも虚を方を向いており、狙いが定まっていた。その姿は虚にとって滑稽でしかなく、ふと笑ってしまった。
「ふっ」
ヤクザ達は、虚が何故笑っているのかわからなかった。それと同時に嘲笑っているように聞こえたのか、喧嘩腰で虚に聞いた。
「何がおかしい!?」
「いや、気にしないで。君たちがあまりにも滑稽だから笑っちゃったよ」
ヤクザ達は一気に憤りを感じた。虚は口角が地味に上がった状態で煽った。たった一言の煽りをかけただけで、ヤクザ達の頭に血が昇っていた。それほど、今の虚の顔はヤクザ達にとってとてもウザかった。
「ふざけんじゃねぇぞ!!」
痺れを切らした1人のヤクザが虚に向かって発砲した。それを前傾姿勢になって簡単に避ける虚。前傾姿勢になったところを6人で一斉発砲したが、走り始めた虚には1発も当たらず、全員心臓をナイフで突き刺された。
(弾数は15発か。一般的なハンドガンだね)
拳銃を手にした虚は、殺したヤクザ達から銃弾を補充した。そして減った弾の分だけ新たに装填し、その場を後にした。
その後、人を殺し、殺し、殺し回った。そして今、ヤクザのボスと呼ばれる組織の最上位に位置する者がいる部屋の前にいる。
(ここか)
入口から他の部屋とは違って豪華なため、確実にそうだと虚は踏んでいる。意外と虚は適当だった。
(複数の気配……)
虚は、扉の向こうから複数の殺意を持った気配を感じた。入るとすぐに撃たれることを想定して、虚は部屋に入った。
部屋に入った瞬間、前方180度全体から発砲された。銃弾を全て華麗に躱しながら、ボス以外のヤクザの心臓めがけて発砲する。飛んでくる弾の数は一気に減り、ボス以外のヤクザ全員を殺すことができた。
「さて、あなたはどうする?」
ボスにそう問いかける虚。ボスは虚に恐怖することなく、虚に質問を返した。
「逆に聞こう。もし、俺がお前に立ち向かったとしよう。その場合はどうする?」
「無駄な抵抗だとみなして殺す」
「もし、俺が座ってるこの座を明け渡そうとしたらどうする?」
「いらないから殺す」
「もし、全てを諦めたように「どうにでもしろ」と言ったらどうする?」
「あなたを殺しに来たから殺す」
その時、ボスは諦めたかのようにため息をついた。そして一言。
「無駄か。なら殺せ」
手を挙げて降参したポーズを取るボス。その態度を見た虚は、至極単純な質問をした。
「他の奴と違ってさ、随分死ぬことに抵抗がないんだね。何? 自殺願望でもあったの?」
「この状況で俺にある選択肢は死のみだろう?」
「そうだね」
「無駄なことはしたくない主義だからな」
「へぇー。私と真逆だ」
虚は無表情のまま、銃口をボスの眉間に向けた。
「俺たちの時代は終わった。この世に棲む悪は全てあんたに淘汰された。徹底的に排除された」
「うん」
「これからはあなたの時代だ」
「へぇー。そう思う根拠は?」
「……ない」
「あっそ。じゃ」
その軽い言葉と共に、虚が持つ銃の銃口から弾が発射され、ボスの眉間を綺麗に貫いた。ボスの死体を軽々しく持ち上げると、虚は窓を開けてそこから投げ捨てた。
窓を閉めて部屋を出ると、ゆっくりと出入口に向かって歩いていた。
(さてと、これで残る悪は私だけになったわけだ。世界を平和にするには、悪である私の排除)
悪人を殺すことができるのは悪人のみ。だが、虚は同時にこんなことも考えていた。警察は人から与えられた「悪を合法的に排除する組織」であると。そして、そこに属する警察官は「悪を合法的に排除することができる、悪人ではない人間」であると。
(通報しておいてよかったよ)
この警察を呼んだのは虚自身であり、警察は自身の目標達成における土台でしかなかった。だが、虚はまた別のことも考えていた。「私を殺せば英雄になれるのでは?」と。1人の英雄をこの世に排出すると、その英雄は平和の象徴となり、世界が平和になるための足がかりになるのではと。だから、虚は自害を選ばなかった。
虚が出入口から出ると、大量の警察官達を目の前にした。その状態を良き状況だと思ったのか、虚は自身の名前、そして異名を語った。
「えー、どうも。「ジャック・ザ・リッパーの再来」とか呼ばれてる白神 虚です」
その瞬間、警察官達はざわめきだした。「本当にそうなのか!?」「何故堂々と姿を現した?」「帰りてぇー」という声が沢山聞こえたが、虚は関係なく話を続けた。
「この世界で今現在暴れ回ってるのは、間違いなく私だけ。そして、私は平和を掲げて悪を粛清してきた。その時気づいた。私も人を殺しているから悪なのだと。常識的に考えればそうらしい」
察しがついた警察官達が複数現れた時、虚は自分の顳顬に人差し指の先を当て、手で銃の形を作った。
「さぁ、撃ち殺せ。それ以外のことをしたら即刻殺す」
虚のその一言は、全警察官を恐怖のどん底に陥れた。警察官は拳銃を常備してはいるものの、滅多に発砲しない。そのため、人に向けて銃口を向けたことすらなかった。その中でのこの一言、警察官達は中々打てずにいた。
虚はそんなことなど知らず、拳銃を手に持ちながら、自分に銃口を向けようとしない警察官を1人撃ち殺した。
「こんな感じに」
すると、勇気のある1人の警察官が銃を取り出し、虚の心臓に向けて発砲した。
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私、白神 虚。警察官に心臓を撃たれて死亡しました。こんな事言うのもなんだけど、私は割とあの警察官以外の警察官をなんなんだと思っていた。なんで躊躇ってるのかわからなかったから殺しちゃったけど。
まあ、そんなことは後回し。今はもっと話さないといけないことがある。私の視界の先には、巨大な顔が2つある。もう一度言う、私は警察官に心臓を撃たれて死亡した。それなのに、私の視界の先には巨大な顔が2つある。
「この子……、泣かないぞ……」
私は、目の前にいる巨大な顔の多分男の方に苛立っていた。なんで子供扱いするのかわからないし、こいつは何が目的でこんなこと言ってるのかわからない。そして、それ以上に私は四肢を意のままに操作できない。もしかして、これ赤ちゃんってやつ?
「生まれた子ってだいたい泣くよね……?」
この言葉で確信した。私は赤子確定。ということは、転生というやつですかこれ。
「まあ、2人経験してるからそうだろうな」
私の他に2人兄か姉がいるのか。なるほど。この会話の中でも入手できる情報は沢山ある。まず、私はこの2人の子供であり、2人の兄か姉がいる。5人家族の家庭であり、周囲には医師が一人。恐らく助産師に近い役職なのだろう。周囲を見渡してみると、かなり中世的な内装をしている。
「じゃあ、この子は特別ってことだね」
どうやら特別扱いされたらしい。泣かないから特別扱いってどういうこと……。
「……じゃあ、この子の名前は「リーレ」にしよう」
どうやら、私の名前はリーレになったらしい。