あの世に繋がる電話
取材に答えてくれたのは、一人の女性だった。
協力者をSさん(24歳)、記者をNとしよう。
NはC県のローカル局で、夏の怪談特番を作るために、地元にある怪談の取材をしている。
今回の取材はC市の中学前にある喫茶店で行われた。
N「放送局のNと申します。今回は協力ありがとうございます。それで、あなたの知っているローカルな怪談話というのは」
S「どこの中学校にも、玄関近くの廊下に公衆電話ってあるでしょう。
わたし、ここの目の前にある中学のOGで、この中学にもあったんです。第二玄関の掲示板前に」
N「ああ、ありましたね。緑のやつが」
S「その公衆電話に噂があるの。
4時44分ぴったりに公衆電話の番号にかけると、1分だけ死後の世界につながるって」
Nはバカみたい、あるわけないと思って笑った。
普通、その端末の番号にかけたら通話中になって切れてしまうんだから。
通っていた中学で、そんな話を聞いたことがなかった。
もっとこう、トイレに幽霊が出るとか科学室のホルマリン漬けが動き出すとか、それっぽい怪談を聞けると思っていたので、拍子抜けしていた。
S「そんなに笑うなら、これから行って確かめてみません? かけてみて、普通の電話なら自分の持っている受話器からツーツー聞こえるだけなんだから。
たった10円で、もしかしたら死者のところにつながるかもしれないのよ。わたしは妹と会話したい。
どうしてもあの子の声を聞きたいの」
Sは、早くに妹を亡くしているらしい。事故か何かだろう。
これでもし信号音以外のもの――たとえばSの妹の声が聞こえたら、ネタになる。
視聴率のことを考え、Nは了承した。
時刻は午後4時半。
学校は夏休み中で、来るのは大会に向けて練習している運動部の生徒と当番の教師くらいだ。
Sは迷うことなく第二玄関に向かう。
第二玄関には緑色の公衆電話があり、掲示板には吹奏楽部部員募集中! と手書きのポスターが貼ってある。
腕時計をみると、あと数分で4時44分になるところ。
Sが受話器を取り、10円玉を握る。
Nはビデオカメラをセットする。もしも発信音以外の音がとれたら視聴率爆上がりだ。
S「それじゃあかけますよ」
4時44分になる瞬間をねらい、Sが10円を投入し、電話機に貼られている番号を打ち込む。
ザ、ザザザ、ザ
なにか、発信音とは違う音がする。
真夏で、冷房なんかない場所なのに、一気に気温が下がった。
S「ユウナ、その声、ユウナなのね。ああ、声が聞けて良かった。噂は本当だったのね」
Sは謎の雑音に話しかけている。
S「ただ一度だけ、あなたと話せるなら、どうしても聞きたかったの。10年前の今日、誰が、あなたを殺したの」
ザザザザ、という雑音が一瞬だけクリアな音となって
Nの名前を告げた。
Nは思い出した。
ユウナは10年前、Nと同じ吹奏楽部にいた女だ。
Nとトランペットのパートリーダーの座を競いあった相手。
そして、Nは確実にリーダーになるため、自殺に見せかけてユウナを殺した。
リーダーになれると思ったのに、顧問が「遺族の感情を考慮する」と言い、コンクールは辞退となった。
ユウナの声を最後に、受話器の向こうから聞こえるのはツー、ツーという音だけ。
N「あ、あたしは、悪くない! あいつが出しゃばらなければ、絶対あたしがリーダーだったの!」
Sはユウナそっくりの顔で、Nに微笑みかける。
――午後5時過ぎ、教師が学校を巡回していると、公衆電話前に女が倒れていた。
教師はすぐに救急車を呼び、Nは搬送された。
救急隊員の呼びかけに対し、ユウナ、ユウナがくる、と意味の分からない言葉を繰り返し、会話にならない。
Nは病院について1時間もしないうちに息を引き取った。
なぜNが取材する予定のなかった中学校で倒れていたのか、会社の上司は首をひねった。
Nが持っていたビデオカメラが学校に落ちていて、それは番組制作会社の手に渡った。
データを見ても、無人の公衆電話前を録り続ける、無意味な映像だけが残されていた。
Nの死により、遺族の感情を考慮して……怪談番組の制作は中止となった。