十七話 想いは止められないらしい
「……あー、宙くん。君がジャスティナさんに何となく興味を持ってるような気はしてたけど、本当にアイドル人生を捨てるほどなの?」
黙りこくってしまった私の代わりに、緑さんが会話を続けてくれる。同意するように激しく頷けば、宙くんはムッとした表情で緑さんを睨んだ。そんな顔でさえも様になるのだから、さすがはトップアイドルだ。
「はい。なので、高槻さんには負けませんよ」
「んん? なんだか宙くん、会話が噛み合わない子になったね……」
ほとほと困り果てる、とはこういったことを指すのだろう。昨日までは確実に穏やかな青年というイメージであった宙くんが、今はミステリアスどころか理解し難い青年になってしまった。
「えっと……その、まずは、ありがとうございます。私を、好き、とのことで。それはとても嬉しいです、ありがとうございます……」
元上司らしくクールに返答したいのに、恋愛慣れしていない私の言葉はどうやったってぎこちないものになってしまう。現役社長の頃だったらもっと堂々としていられたのだろうが、人里離れた土地で過ごした一年間で、社交性や臨機応変に対応する力もかなり弱くなってしまったようだ。私のそんなたどたどしい返事にも、宙くんはホッと息をついてくれる。
「よ、良かったぁ。嫌われたらどうしようかと……」
「嫌いませんよ……。でも、やっぱりそれを理由にアイドルを辞めるのは、納得できないというか……アイドル自体が嫌なわけじゃないんですよね?」
恐る恐る尋ねた言葉には、こくりと頷きが返ってきた。それだけで、安心感が全然違う。あとひと押しだ、と言葉を続けることにした。
「勝手な願いですが、宙くんには、人前で輝いていて欲しいと思ってるんです」
「人前で……」
「はい。人には向いていること、やりたいこと、それぞれあると思いますが……やりたいことかは置いておいて、宙くんは間違いなくアイドルが似合っていますよ」
「テレビに出ている僕を、ジャスティナさんは好きだと思いますか……?」
「好っ……? んんっ、まぁ、はい。客観的に見て、宙くんは王子様って感じですし。テレビで宙くんを見れなくなるのは、寂しいなと思います」
「……そうですね、ジャスティナさんがそう言うなら、僕もそうしたいです」
何だか引っかかる言い方だが、このままアイドルを引退されるよりはましだろうと無理やり納得させる。なんとか解決した……と安堵するが、宙くんはどこまでも規格外だった。
「それじゃあ俳優だったら、ジャスティナさんの恋愛対象になりますか?」
「え?」
「アイドルは無理でも、俳優なら……! Id∞lで俳優になれれば、事務所も違うから、問題ないですよね?」
「え、いや」
「宙くん、本当にどうしちゃったの……」
根も葉もない週刊誌が、ヒントになりました! とどこか誇らしげな宙くんに、隣で緑さんが頭を抱えている。
「それとも、歌手の方がいいですか?」
これは……廃寺社長がやつれるわけだ。
というか、私ももうキャパオーバーである。こんな爽やか王子に、好意を全開にされて冷静でいられるわけがない。心臓が治る前だったら、言葉の通りキュン死にしていたかも。
解決したと思い気が緩んでいたところでの、衝撃の代替案に目眩がする。とにかく、早くこの場から逃げ出したくて仕方がなかった。もう、どうにでもなれ! と勢いだけで口を開く。
「っ、俳優の方がいいと思います!」
「! 俳優なら、許容範囲ですか?」
「う。ま、まぁ、はい、おそらく……?」
俳優の熱愛報道なら大して炎上はしないし、なんて趣旨がズレた思考を働かせる。私の回答に、宙くんは大変満足したようで、輝く笑顔で「事務所に交渉頑張ります!」と決意を表明した。隣で緑さんが冷ややかにこちらを見ているのが分かる。アイドルに戻る説得ができなかったのだから当然だが、私はもう社長じゃないし許してほしい。
「ジャスティナさん、手始めに連絡先交換してくれませんか?」
「はい……」
諦めの境地で、宙くんに言われたままスマホを差し出す。トークアプリのQRコードを読み取っていると、緑さんが気まずそうに咳払いをした。
「宙くん、悪いけど、ジャスティナさんはこれから廃寺社長と話があるから、今日は連絡先交換したら帰ってもらっていいかな?」
確かに廃寺社長は私を待っているが、それほど急ぎの用ではない。だからいまは、緑さんが私に気を使って、宙くんが早く帰るように促してくれているのだろう。彼の優しさに心から感謝した。
「分かりました。……ジャスティナさん、また連絡しますね」
幸い、宙くんも素直に緑さんの言うことに従ってくれて、QRコードを読み取り終わるとすぐに立ち上がる。
「あ、外まで送ります!」
「あぁいえ! アポ無しで勝手に押しかけてしまいましたし、廃寺社長と話があるんですよね? 社長には会議室に入るように伝えておきますから、ジャスティナさんはそのままで大丈夫ですよ」
「あ……じゃあ、僕が送りますね。どうせ僕もすぐ退出しますし」
「なら、高槻さんお願いします。ジャスティナさん、また!」
「はい、また」
そうして、嵐のようだった宙くんはようやく立ち去った。ふぅ、と息を吐いて、倒れるように机に上半身を預ける。すると、開いたままにしていたスマホのトークアプリで、宙くんのアイコンがピンポイントで拡大表示された。どうやら指がぶつかってしまったらしい。間違えて電話かけなくて良かった……とヒヤヒヤしつつ、表示された彼のアイコンを眺める。
すると、プライベートなアカウントであるはずのそれには、彼の1stコンサート時のステージが使用されていた。八年近くも昔の画質だから、決して綺麗とはいえない写真。それを今もアイコンに設定していたのだ。
……ただ、無頓着で設定を変えずに過ごしているだけかもしれない。だけど、宙くんにとって、やはりアイドルというものはとても大きな存在なのではないだろうか。
恥ずかしがって、彼の人生を左右してしまったことを激しく後悔する。慌てて追いかけようと立ち上がるが、契約書類を抱えて廃寺社長が会議室に入ってきてしまったため、それは叶わなかった。
その日の夜、改めて通話でもして説得できれば……と思ったが、事務所と交渉を始めてしまった宙くんと通話するほどの時間を取ることはできず、結局その数日後には俳優転向のお知らせが出てしまったのだった……。
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