005.大精霊エリス
慈愛のアースなのです。
昨日の今日でシェリルの家に来てるのです。
いい天気なのです。
サンの機嫌もいいみたい。
外は暗く静かではあるが、木々のざわめきや虫の声が聞こえている。
桜の花も散り終わり、森たちはますます緑に色付いて、力強く命を輝かしているのです。
少し遠くに見える小さな森の動物たちも喜んでいるのです。
いい季節なのです。
◇
さて、こちらはシェリルの家の中。
シェリルは母親の腕の中。
今日も笑顔がとっても可愛いのです。
シェリルを抱く母親の隣りには、父親がテーブルで用意された朝食も食べずに座っています。
テーブルを挟んだ前には姿勢正しく座っているエリスの姿も。
なんだか剣呑な雰囲気なのです。
こういう小っちゃい面倒ごとは、全部エリスに対応してもらうのです。
守護の契約もあるし、親しい人を傷つけるなと言ってあるから大丈夫なのです。
わたしは、あそこの丘で日向ぼっこでもするのです。
あ、寝るわけじゃないのです!
日向ぼっこをしながら、この星の運用確認をするのです。
何か問題でも起こってたら面倒なのですからね!
……ぐー。
◇
こちらは、シェリルの家の中。
重い空気のなか、真剣な表情の父親は口を開いた。
「そ、それでエリス様はここで何をなさるのでしょう?」
昨日の経緯は母親から聞いたようだ。
「何を?私はその子の成長を手助けするだけですよ」
「具体的にどういったことを?」
「……危険が迫れば、その危険を排除するぐらいでしょう」
「な、なるほど」
父親は少し困っているようだ。
母親からも質問が。
「危険なことなんて起きるのですか?」
「起こるかも知れませんし、何も起こらないかも知れません。神のみぞ知ると言ったところでしょうか」
「な、なるほど」
質問には先に父親が返答した。
父親は軽く息を吐く。
「それでは、エリス様ーー」
「エリスでいいですよ」
「いや、大精霊様にそれは流石に恐れ多い」
「いやいや、私もプライドの高い精霊に仕えていたから分かります。必要以上に気を遣うのは疲れるでしょう」
「それでは、エリスさん……と」
「いいですね」
にっこりと笑うエリス。
凛々しい声。
静かに揺れる薄い緑色の長い髪、顔立ちは整っており笑顔が眩しい。第一印象では誠実そうな印象を持つだろう。
エリスは成人を過ぎた頃の女性に見える、しかし大精霊ということもあって長く生きているのだろう。
一方、働き盛りな歳であろう父親は、黒髪の短髪で体格が良く、清潔感のある服の上からでも身体を鍛えてるのが分かる。
「それでは、エリスさん。改めて自己紹介をいたします。私の名はロベルト・イスマル。このローザリア帝国、イスマル地方の田舎領主をやっております。」
ロベルトは母親の肩に手を置き、話しを続ける。
「妻のティアナ・イスマルです。昨日の出来事はティアナから聞きました。そして、この子はまだ生まれたばかりのシェリル……は、ご存じなのですね?」
紹介されたティアナは頭を下げる。
彼女は金髪を編んでおり、美人でロベルトよりも若く見える。
エリスは優しく微笑む。
「紹介をありがとう。私は風の大精霊のエリス。シェリルの守護者となりました。ロベルトがいない間に決めてしまってすみません。どうしても急がないといけない状況でしたの」
エリスは二人を見渡して。
「よろしくお願いします」
ゆっくりと頭を下げた。
これに驚くロベルトたち。
エリスが顔を上げた時は、三人とも笑顔になっていた。
「エリスさん、うちの者達も呼んでいいですか?」
「もちろんいいですよ」
ロベルトは、外で待っていた人たちを呼び込んだ。
部屋の中に、男性3人と女性3人が入ってきた。
昨日に見たメイドさんがいる。
ロベルトの話では、この家に住む主要な者たちだそうだ。
簡単に挨拶を済ませ、ロベルトより事情の説明が行われた。
話を聞いた者たちは、驚いたり怯えたりと様々な反応があったが、悪意を向けてくる者はいなかった。
それから、エリスが精霊であるということは、この者たちだけの秘密ということになった。
昨日のメイドを残し、他の者はエリスに再度の挨拶をして部屋から出て行く。
「さぁ、朝ごはんにしよう!」
ロベルトの声で食事が始まった。
シェリルの家族にエリスが加わった。
新たな日々の始まりである。
◇
ほどよい雑談と朝食を終えたロベルト。
エリスに少し慣れてきており表情は硬くはない。
「エリスさん、ひとつ聞いてもいいですか?」
「何でしょう?」
「丁度、数日前から魔物たちが急に暴れ始めたと占い師たちから報告があったのですが、何か知っています?」
エリスは固まった。
(確かに……星の神の力が漏れていましたよね。魔物たちが騒ぐのも無理のないこと。力が漏れていたの所は、大森林と……ここ?)
頭を振るエリス。
(でも、昨日はわずかな時間で気配を消してました。数日前?もしも、シェリルが生まれた時から星の神がいたとして、あの気配が漏れていたとしたら……)
エリスは嫌な予感がしていた。
「あの……エリスさん?」
「少し心当たりが」
ロベルトとティアナは不安そうな顔に変わる。
「何も心配はいりません。状況を確認しますので少し離れますね」
ぎこちない笑顔のエリスは消えるように姿を消した。
ティアナの腕の中で、シェリルはすやすやと眠っている。
◇ ◇ ◇
エリスはイスマル地方の上空にいた。
この辺りの精霊が騒いでいる。
丘の向こうに砂煙が上がっている。
魔物の大群がシェリルの家の方に向かって進んでいるのだ。
エリスは心に決める。
(シェリルを守らなくては!)
エリスは精神を集中させ戦闘体制に入る。
風の精霊たちが集まってくる。
(姉様!)
(戦いですか?)
(私たちも手伝います!)
(姉様を怒らせるなー!)
ーーーーざわざわ。
風の精霊は気分屋なのが多いですが、私が怒るのは恐いみたいでよく働いてくれます。
「さぁ、行きますよ」
魔物たちと戦闘になろうという時。
丘の上から、圧倒的な気配が漏れ出してくる。
「え?星の神?」
エリスが空から見下ろすと丘には何も見えないが、確かにあの圧倒的な気配を感じる。
(星の神が見守ってくれているのですね!)
「星の神の前で無様な姿は見せられません!行きますよー!!」
エリスは魔物の大群に突撃する。
風の精霊たちもエリスに続く。
魔物の大群。
先頭を走る巨体の白い猪、それに続く中型の猪たち。
空を飛ぶ虫型の魔物も多そうだ。
後方には、地を這う魔物たちが迫ってきている。
「森からやってきた魔物ね。私がいたのが運の尽きよ」
エリスが手をかざすと、突風が魔物たちに吹く。
少し怯んだ魔物たちを、真空のかまいたちが襲う。
空を飛ぶ虫型の魔物たちが突風に煽られ、かまいたちに切り刻まれてバラバラになって落ちていく。
巨体の白い猪は腹に響くほどの声で吠えた。
猪たちは二手に分かれて進撃を始める。
「知能も高そうだわ。厄介ね。少し本気を出さないといけないみたいね!」
エリスが目を閉じると竜巻が生まれた。みるみる巨大に成長する竜巻。
エリスは魔物たちに手を向ける。
「行くわよ!」
◇ ◇ ◇
戦いは丸一日かかった。
大精霊のエリスは、魔物たちを追い払っていた。
流石に無傷とはいかず、風の精霊たちがエリスの傷を癒やしている。
「かなり強い魔物がいたわね。……少し疲れました」
エリスは誇らしげに丘の方を見る。
「星の神よ、エリスはやりましたよ!」
星の神からの返事はない。
エリスは気配が消えるのを確認すると、シェリルの元へ帰るのであった。
◇
雲が多く風の強い、お昼どき。
サンの姿は見当たらない。
うたた寝をしていたアース。
星にとってのうたた寝とは、存在はそこにあるが、意識は別の場所にあるような時のことである。
現在のアースは意識だけの存在で、なんとなく人の形をしているような光の塊といった状態だ。
しかも、生きものには見えないように力を調節している。
アースはうたた寝をしながら、地上の運営確認をしていた。
といっても、異常な魔力の高まりがないか、生きもの数の大幅な上下がないかなど、すでにステータス化している数値で確認するだけなので労力は少ない。
ぼんやりテレビを眺めていたらいつの間にか時間が経っていた感覚と一緒である。
目を覚ますと目の前の草原が、魔物たちの屍体や戦闘の後で荒れていた。
な、何なのですかこれは。
ふと空を見上げるとエリスがいた。
これはエリスがやったのです?
魔物さんたちが可哀想に!
後でお説教してやるのです!
あ、気を抜いてたから気配を消すのを忘れてたかもなのです。
これ、まだ慣れないから常時発動の魔術式を考えておかないとなのです。
さ、シェリルの顔でも見に行くのです。
エリスの頑張りはアースには届かないのでした。
私の気持ちも届いてないのです!次へ>>を押すのです。