000.星を掬うもの
コーヒーに砂糖を入れ、スプーンでかき回す。
みなさんは、そんなコーヒーの渦巻く様を見て、宇宙に思いを馳せたことはないだろうか?
もしかしたら、この渦の中に宇宙があるのではないか。
もしかしたら、私たちもまた誰かがかき回したコーヒーの渦の中でいるのではないか。
そして、コーヒーを飲んでこう思うはずだ。
「コーヒーは美味しい」
私の名前は星賀 天音。
日本の第二東京都に住む、今年で高校を卒業する18歳。
といっても、中高大一貫校なので、まだまだ学生は続くのですが。
今は、コーヒーを飲みながら、リモートでの講義を受けている最中なのです。
外は雨は降っていないが、どんよりとした天気だ。
思わず眠気から頭が落ち、眼鏡が鼻からずれる。
リモート用の眼鏡をかけなおすと、レンズの右下に先生のワイプ映像が見える。
正面には文字が浮かび上がっていた。
「ふぁ。コーヒー飲んだのに眠いなぁ」
「ん?星賀!なんか言ったか?」
「い、いえ!何でもないです」
「しっかりしろよ〜?ここは復習範囲だがテストに出るぞ〜」
「すみませんでした」
あぁ、怒られてしまった。
歴史の授業は退屈なのよね。
でも、テストに出るなら覚えないと。
成績が悪いと宇宙での仕事ぐらいしかつけないからね。
私は眼鏡のレンズを通し、前方に浮かび上がる文字を必死に覚え始める。
世界人口の推移
世界人口は、西暦1年ごろは3億人、15世紀ごろは5億人だったといわれている。
食糧生産の技術や医学、公衆衛生の発達が遅れていた時代は、餓死や病死も多く、人口の増加ペースは緩やかであった。
18世紀代の産業革命により人類の生存率が上がり、世界人口は10億人を超えた。
20世紀の第二次世界大戦後に、世界人口は急激な増加を始め、20世紀初頭におよそ16億人だった人類は、1998年には60億人まで達した。
21世紀の2050年には世界人口は100億人を突破した。
過去の予想では、2064年に世界人口はピークを迎え、徐々に減少すると言われていたが、現在の2098年でも世界人口は120億人を超え、さらに増え続けている。
これは小学生の頃から、何度も勉強した内容だな。
人類の人口が増えすぎてしまったから、地球の資源では人類はこれ以上生きていくことが出来ないらしい。
毎日毎日、戦争や殺人、強奪、貧困での餓死など暗いニュースが流れている。
昔は、安全大国日本などと言われていたみたいだが、私の周りでも強盗や殺人事件はよく起きる。
小さい頃から食べるものがなくて、ひもじい思いをしたことは何度もある。
コーヒーを飲むのは週に一度のとっておきの楽しみだ。
暗い話題ばかりで嫌になるのです。
宇宙に出た方が幸せだと言われているが、宇宙で生き残るにはまたさらに困難が待っている。
まもなく、第五次世界大戦が始まるらしい。
みんなは過去最大の核戦争となると言っている。
私は、こんな時に講義なんて受けていていいのだろうか。
しかし、今の私にできることなんてない。
今は、学業に専念してーー
『星に巣食う愚かな生き物たちよ』
ふいに声が聞こえてきた。
『自らの罪を償う時が来ました』
頭に……心に直接話しかけられている感じがする。
女の人の悲しい声のように聞こえた。
まるで泣いているようだった。
何故か私の目から涙がこぼれてきた。
眼鏡の中の先生が驚いて何か叫んでいる。
先生にも聞こえたようだ。
突然、物凄い地鳴りの音が聞こえた。
地球が悲鳴をあげているように唸り続けている。
部屋が大きく揺れている。
棚が倒れ、電気が点灯している。
テーブルのコーヒーカップが床へ落ちて、割れる。
窓の外が赤く光っている。
私は椅子から落ち、窓の方へ這いつくばって向かう。
眼鏡のレンズの映像は切れてしまった。
窓の近くまでなんとか辿り着き、立ち上がる。
そして、窓から外を見た。
遠くから見渡す限りの赤い炎の波が向かってくる。
空は赤黒く、世界は燃えていた。
全てを燃やし吹き飛ばす炎の波はすぐそこに。
ーーまだ、死にたくない。
ーー生きていたいのです。
私は涙を流しながら消えていく。
その日、人類は終わりを迎えた。
◇ ◇ ◇
ここは星の力を持つもののみが存在を許されるところ。
大いなる意志と呼ばれる不思議な力が支配している。
無限の広さを持っているのだろう。
この吸い込まれるような黒の空間は、何も聴こえてこないのに頭が痛くなるほど騒がしく、体が燃え続けるような熱さなのに凍ってしまうほどに寒い。
この場所で、孤独でいることはできるのだろうか。
星たちは耐え切れずに「私を見つけて」と、泣き叫ぶように光輝いているようだと私は感じる。
私も同じ気持ちになることがあった。
疑問は浮かぶが答えは見つからない。
いつからか、どうしていいのかも考えるのやめ、何のためにここにいるのかも忘れてしまった。
ーーまた声が聞こえる。
私が大いなる意志と呼んでいる声だ。
それは私の心に直接語りかけてくる。
透き通るような声色でとても優しい。
私の心に強烈に染み渡っていくのだ。
たとえ恐ろしいほどの悲劇が待っているとしても、全てを投げ出して従わなくてはならない。
繰り返す永遠なる時。
いつしか私の心は壊れてしまった。
私の罪はどれほど重いのだろうか。
ただ大いなる意志の声に従い、星たちを見守り続けるのだ。
私は、この星を見届けなければいけないらしい。
『アース』
大いなる意志によってそう名付けられた星だ。
どれほどから大きいと言っていいのかは分からないが、小さな星である。
サンという星に導かれた星だ。
アースは生きものに興味を持っていた。
星には生きものが住んでいることもある。
星たちに比べてしまうと小さいものだが、その小さな体で驚くべき進化を遂げてしまう生きものもいる。
それは、星に届くほどの大きさになろうとするもの、星を破壊しようとするもの、星を操ろうとするもの……
アースは生きものたちを観察するだけではなく、直接的な干渉をすることもあった。
確かに生きものたちも星の力を生み出すが、大した量は生み出さないために、いてもいなくてもどちらでもいいのだが。
彼の行動には驚かされることもあった。
生きものたちに星の力を分け与えている。
それはよくあることなのだが、力を受けた生きものたちが大きな星の力を返してくれるのだ。
この程度の大きさの星では集まることのない量である。
星々の歴史においても、とても珍しいことだ。
しかし、これが続くとなるとアースは次なる星の形へと進化をしてしまうかも知れない。
それはアースたちの星の集まりにおいては、必ずしも良いことであるとは限らない。
星の進化には大きな代償が伴うのだ。
ーー何故か胸騒ぎがする。
これも大いなる意志によるものなのか。
彼の行動に期待していよう。
私はただ見守っていればいいはずだ。
読んで頂いて、ありがとうございます。
30話ほどで涙が止まらない展開になる予定です。
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