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60 新たな始まりは唐突ではないけれど

ご無沙汰しておりました。


今回から第三章です。引き続きご感想、ご評価、ブックマーク等を頂けると泣いて喜びますのでよろしくお願いいたします。

 魅力的なヒロインたちが様々な創作で跋扈(ばっこ)する今日(こんにち)、作者の都合や読者の意思、または様々な要因で意中の男性と思い通りになれない女の子たちがいる。


 物語という辻褄からはじき出された悲しき存在。


 しかし覚えていて欲しい。


 いつだってそんな『負けヒロイン』たちにも、決して作中では語られることのない物語の続きがあるということを。


 恋敗れた彼女達にも平等に東から日は昇っていくということを。


彩夏(さやか)お姉様っ、おかわりはいかがですか!?」


 夏休みもあと一週間を切ったある日のことだった。空を思い出した天才少女こと鳴海彩夏(なるみさやか)は、僕の妹である立花雫梨(たちばなしずり)を脇に侍らせながら本を片手に呑気に午後のティータイムと勤しんでいる。


「ありがとう、雫梨。雫梨が淹れる紅茶はとても優しい味だね」

「でへへ……。お褒めに頂き光栄でございますお姉様」


 拝啓お父様お母様。いつの間にか妹に姉が増えております。いつ増えたのか分かりませんゆえ、是非この件についてご説明いただけますと恐縮です。


 というか、いつの間に居るんだこの人は。


 時刻は現在午後2時を少しばかり回ったところ。僕が母さんに用事を頼まれて回覧板をご近所さんへと届けに行ったのが10分ほど前のこと。


 それからご近所さんと少しばかりの雑談を交わして自宅へと無事に帰宅を果たした途端に目の前に広がっていたのがこの光景だ。


「立花君。おかえりなさい」

「おかえりなさいじゃないよっ! どーして鳴海さんがここに居るんだよっ!」


 これが我が学園の天使でありこの滝田市の至宝ともいえる志津川琴子(しづかわことこ)であったならなんとなく理由もわかる。

 

 同じボランティア部員だし趣味もや好みも僕と近い。更には妹の雫梨と仲が良いときたもんだ。そうなれば志津川さんが僕の自宅に足を運んでいる状況にも納得が行くだろう。

 

 いや、よくよく考えてみたらこれもよく分からないのだけど。


 しかし鳴海さんはどうだ。


 僕の記憶では雫梨とは一度顔を合わせただけ。僕とは知らない仲じゃないけれど、それでも今日に限っては連絡の一つも貰っていない。そんな彼女がどうしてまた夏休み真っただ中の平日の午後に僕の家で優雅な時を過ごしているのか。


「どーしてもこーしても、雫梨に会いに来たんだよ」

「またまた嬉しいこと言ってくれますねぇ、彩夏お姉様っ!」


 何も答えになっていない言葉を発した鳴海さんの隣では、我が妹が今まで見たことも無いようなだらしない顔で体をくねらせている。


「……いや、全く状況を飲み込めないんだけど」


 答えをくれそうにない鳴海さんと見るに堪えない我が妹の姿に呆れてしまった僕はそのままリビングのソファへと深く腰を沈める。


 鳴海さんのついでとばかりに雫梨が持ってきた麦茶に口を付けると、先ほどまで未だ残暑甚だしい屋外にいた僕の体にもようやくの安らぎが訪れる。


「……それ、読んでるんだね」


 状況を理解することを放棄すると、逆に周囲の状況もだんだんと見えてくるものだ。


 そんな僕の目に真っ先に飛び込んできたものこそ、今鳴海さんがその小さな手に握りしめているとある漫画の表紙絵である。


「あぁこれ? 琴子が是非にって強く言うもんだからさ」

「志津川さんが?」

 

 彼女が手に持っていたのは『アオのカンバス』の3巻だった。


 『アオのカンバス』とはとある高校の美術部を舞台にしたラブコメ作品で志津川さんお気に入りの一作でもある。


 当然、『負けヒロイン』が大好きな志津川さんが好むようにこの作品にも有名な負けヒロインが存在するのだが、これをまたどうして志津川さんは鳴海さんへと薦めたのだろうか。


「負けヒロインについて学ぶのであれば、アオカンは外せませんって」

「あぁ……志津川さんなら間違いなくそう言うね」


 そう言えば前回鳴海さんが僕の家にやって来た時、志津川さんがこんなことを言っていた気がする。「鳴海さんは、『負けヒロイン』の何たるかを勉強しに来たんですっ!」と。


 あの時は何かの冗談だと思ってたんだけど、今の鳴海さんを見るに結構本気の発言だったんだな。

 

「志津川さんの冗談じゃなかったんだね」

「まぁね。だって気になるじゃん。立花君も琴子も、何かあるたびに負けヒロイン負けヒロインって」

「僕、そんなに言ってるかなぁ」

「自覚が無いだけだよ」


 マジか。それは本気で気をつけよう。


「というかそれだったら僕に連絡ぐらいしてくれればよかったじゃん」


 美少女が自宅に来るんだったら僕もこんなザ・普段着みたいな恰好はしていない。なんなら分かりやすい場所まで鳴海さんを迎えに行くことすらやぶさかではなかった。


「……いや、したよ?」


 しかし、そんな鳴海さんの顔には今までに見たことも無いような呆れ顔が浮かんでいる。


「それでなんも返事が無かったから、雫梨に連絡したんだよ」

「あの時連絡先を交換しておいてよかったですねっ、彩夏お姉様っ!」


 どうやら鳴海さんは僕の家を初めて訪れたあの日に既に雫梨と連絡先を交換していたらしい。というかあれだ、昨日ソシャゲをプレイしながら寝落ちしてたせいか、僕のスマホは今日起きたらお亡くなりになっていたんだった。


 そりゃ連絡も気づかない訳だ。


「まぁ、あの時は雫梨が強引に連絡先を交換してってねだってきたんだけどね」

「だぁって美少女の連絡先ですよっ! 欲しいに決まってますっ!」


 いやぁお兄ちゃん知らなかったなぁ。まさか妹がこんなに節操無しだったとは。


「いつ(にい)、何か言いたげな顔だね」

「……何でもないよ」


 それに、仮に何かを言ったところで我が妹の悪癖は治りそうにないしね。


「それよりも、あの件はどうなったの?」


 僕ら兄妹のやり取りをつまらなさそうに聞いていた鳴海さんは、ふと先ほどまで目を落としていた漫画本から視線を上げてそんなことを尋ねてきた。


「あの件……?」

「相談事の件だよ」


 鳴海さんが初めて僕の家へとやってきたあの日、僕らの家を訪ねてきたのは鳴海さんと志津川さんの二人だけではなかった。


 もう一人。


 そこには僕が初めて会う一人の美少女が居たのである。


「あの子の相談事、別に難しい相談じゃなさそうだけど」

「でも……」


 鳴海さんの問いかけに、だけど僕は言葉を濁す。


 とある少女の一つの相談。


 あれから一週間ほどの日々が過ぎたけど、僕は未だにその相談を受けるのを迷っている。


「……もしかしなくても私たちに気を遣ってる?」

「そんなつもりは……ないけれど」


 僕の言葉に、鳴海さんも雫梨もなんか言いたげな顔をしていた。


「まぁ、立花君のやりたいようにやればいいよ」


 僅かな逡巡の後、ぽつりと鳴海さんはそれだけを言い残して漫画本へと視線を戻した。


「……もうちょっと考えてみるよ」


 一週間前、僕の元へととある『依頼』が持ち込まれた。一人の少女の小さな願い。それは、彼女の最愛の人に関わるとても大切な依頼だった。


 仁科佳穂(にしなかほ)


 儚さを絵に描いたかのような可憐な少女は、大切な人の幸せを願って僕らボランティア部を頼ってきたのだ。


『私の兄の初デートを見守って欲しいのですっ!』


 今も鮮明に思い出せる。その言葉を聞いた瞬間の志津川さんと鳴海さんの表情を。


 果たして僕はいままで見届けてきた負けヒロイン達の想い人の初デートを、果たして無事に見届ける事が出来るのだろうか。

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