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2 志津子琴子の憧れ

「……ごめん、もう一回言ってもらっていい?」


 思いがけない相談事に僕の口からも戸惑いの言葉が漏れた。


「だから、私を最強の負けヒロインに……」


 だが、そんな言葉を発した志津川さんにだって一つだけ誤算がある。


 意中の男性と恋仲になれないヒロインたち、通称『負けヒロイン』。そしてそんな負けヒロインに心を奪われているのは目の前の美少女だけではないという事だ。


「負けヒロインって……」

「あっ、そうですよね! 負けヒロインというのは、恋愛をテーマにした作品において主人公と最終的に両想いになれないヒロインたちの通称であって――」

「それは知ってる」


 僕は曲がりなりにもオタクを自称している身だ。昨今の漫画やラノベ、ゲームにおいてその立場のヒロインをそう呼ぶのももちろん知っている。


 引っ掛かったのはそこじゃない。目の前の人生山はあっても谷はなさそうな美少女がどうしてそう思い至ったかだ。


「その、志津川さんはどうして負けヒロインになりたいの?」


 正直理解しがたい、と言い切っていいだろう。誰だって好きな人とは結ばれたい。負けヒロインなんて選んでなりたがる人間なんていない。


 ましてやこの世界は漫画やアニメの世界じゃない。


 キャラクターに定められた役割を演じる必要もないし、他人の都合に振り回される必要もない。一人の人間が一人の意志で自らの道を探すのならば、どうして彼女はそんな茨の道を行こうというんだろう。


「……憧れ、でしょうか」


 ぽつり。志津川さんは小さく零した。


「私の出会ってきた負けヒロインって、みんな強い子たちなんですよ」

「強い?」

「ええ、身体的な強さとかじゃなくて、なんというか……心が」


 なんとなく志津川さんが口にしたいことが分かったような気がした。


「悔しくても、悲しくても、それでも好きだった人のために精一杯笑えるような、前向きな女の子。私は、あの子たちみたいになりたいんです」


 例えば剣や魔法で強大な敵に立ち向かうような主人公に憧れる様に、志津川さんが憧れたのは、誰かを想い続けられるそんな女の子たちだった。

 

 誰かに憧れる気持ちに貴賤なんてものがあるはずがない。それが今志津川さんを作る大事な核となっているのであれば、そんな彼女の望みを叶えてあげたいと思うのは間違ったことなんかじゃないはずだ。


 だからこそ、だ。だからこそ僕はその覚悟を彼女に問わなければならない。  


「……志津川さんは負けヒロインを舐めてるの?」

「えっ」


 負けヒロインに心焦がすのは、なにも志津川さんだけじゃない。


 この僕、立花一樹(たちばないつき)も、その一人である。


「違うんだよ志津川さん、違うんだ、心して聞いて欲しい」

「えっ、あっ、えっ、……あ、はい」


 志津川さんは困惑した表情を浮かべている。しかしこの胸の内から湧き上がる熱情を僕は止めることが出来なかった。


「負けヒロインってのはね、最初っから負けてるようじゃダメなんだ。選ばれるつもりのない負けヒロインに一体誰が心を奪われると思う?」

「……あっ」


 どうやら志津川さんも気付いたようだ。


 負けヒロインとは物語の都合のために創られた言わば当て馬のような存在だ。しかし、彼女達は皆その想いが叶うことを信じている。

 自らの想いに真摯に向き合い、心挫き、涙を零し、それでも前を向くその様に僕らは憧れ、恋をする。


「最強の負けヒロインになりたい……?」


 ぴくり、と志津川さんの肩が揺れる。どうやら僕の言葉にどこか後ろめたさを覚えたらしい。


 ならば十分だ。そこまで気付いているのなら、志津川さんには素質がある。


「協力するか答える前に一つ確認したいことがあるんだ」

「確認したいこと……?」

「志津川さんは、本気で仁科君のことが好きなの?」


 ヒロインを名乗りたいのならば、その想いにだけは何よりも真っすぐじゃなければダメだ。 


「……はい、大好きです」


 まるで大切なものを噛みしめるように、志津川さんは小さくそう呟いた。


 それだけでもう十分だった。


「分かった」

「分かったって……立花君、さっきの言い方だと」


 恐らく彼女は、突然の僕の怒りに似た感情を見ててっきり断られると思ったのだろう。


「断られると思った?」

「そ、それは……」


 僕はちらと教室の壁に貼られているとある標語に視線を動かす。


 『桑倉学園ボランティア部心得 他者の力となれることを誇れ』


 どこぞのとんちき部長がいつの間にか貼っていたものなのだけど、それでも僕はこの標語が好きだった。


 目の前で困っている人がいるのなら、僕はそんな人の力になり続けられる人間でいたい。


「まかせて、僕が志津川さんを最強の負けヒロインにするよっ!」


 不安げな志津川さんの顔に、一つ大きな明かりが灯った。


「それではっ!」


 僕は部室の机に自分の鞄から取り出したノートを広げた。何事も計画は大切だ。


「ということで、作戦を立てよう!」

「はいっ!」

「まず、仁科君の本命はその幼馴染の粟瀬さんだろう?」

「えっ、違いますよ」

「は!?」


 本気で声が出た。あんな可愛い幼馴染がいるってのに他の女の子にうつつを抜かせる奴がこの世界に居るとは。


「最近仁科君は同じA組の鳴海さんとよく一緒にいるみたいで……」


 ここに来て新しい女の子の名前が出てきた。というか彼女のことは僕も知っている。鳴海と名の付く少女なんて同じ学年に一人しかいない。


 鳴海彩夏(なるみさやか)。中学時代は多くの絵画コンクールで入賞を果たした天才少女。しかし聞くところによると今はすっかりと絵を描くことを辞めてしまったのだとか。


「私、まずヒロインレースに参加できるんでしょうか……?」


 志津川さんと僕の計画は、どうやら一筋縄ではいかないらしい。

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