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魔封じを着ける理由

読んでいただきありがとうございます。

 フェムの指摘に、隣に座る伯父が驚いた様子で此方を向く。

 私やフェム程魔法具に明るくなく、女性の装飾品に全く興味が無さそうな伯父は、私が左耳につけているこのピアスが魔封じだとは気が付かなかったらしい。というか、多分()()が魔封じだと気が付いたフェムの方が異端なのだ。


 流石男爵令嬢が付けていた例の魔法具の解析を任されるだけある、と思わぬ所でフェムの能力の高さを実感する。


「よく分かりましたね。気が付いたのはフェムさんが初めてです!何故分かりましたの?」


 あっさりと認めたのが意外だったのか、フェムは些か面食らった様子だ。


「え、ああ、最初は分からなかったすけど魔封銀は独特の輝き方をするんで。光の反射率が普通の銀とは違うんすよ。それに俺の見立てではソレ、ただ魔力を封じるだけじゃなくて、何か……んー防水……?いや、防塵魔法が常時発動しているような」

「その通りです!すごい、凄いです、フェムさんっ!」


 この時、私は魔法具を愛する同志を見つけた高揚で、肝心のフェムと伯父から不審気な視線を送られていることもすっかり頭から飛んでしまった。


「実はとっくに外していいと言われてるんですけど、亡くなったお祖父様が贈って下さったものですし仕舞い込んでいるのも、と思って、折角だからデザインをガラリと変えてみましたの!ついでに元々の回路も()()弄って、防塵魔法を組み込んで()()()みたのです」


 ついオタク特有の、興味のある分野になると早口、長文になる、という行動をしてしまう。


「……ロレッタ、ランク外なのに何故魔封じをつけている?」

「俺もそれ聞きたいっすねー」


 二人の疑問は尤もだ。二人のように、魔術師になれる程の魔力量があるのなら兎も角――何故、『ランク外』のロレッタが魔封じを必要とするのか?ロレッタだって、自分のことでなければ同じ疑問を抱いた筈だ。


 魔封じは、文字通り装着した人物の魔力を封じる魔法具だ。人の魔力を吸い取る性質がある、銀に似た清流の底から採れる鉱物と魔石を特殊な方法で混ぜ合わせて出来る銀にそっくりな金属――魔封銀から出来ていて、大抵はロレッタのがつけているようなピアスやイヤリングの形に加工され、通常は魔力量が多い高位貴族の令息や令嬢が十二、三歳くらいまで着けるものだ。


 何故かと言うと、魔力量の多い子供は自分で魔力をコントロール出来ず、時として意図せず魔法を暴発させてしまうことがあるからだ。

 それが生活魔法程度ならば問題無いが、魔力量の多さに任せて爆風や爆炎など、自分も周囲も巻き込み傷付けてしまうような魔法が暴発してしまった場合、大変なことになる。


 だから、赤子の時の測定で魔力量が『上級』もしくは『中級』と判断された子供は皆、学院に入り魔力のコントロールの仕方を習うまで、魔封じを着けて過ごすのだ。尚、『ランク外』は勿論、『低級』以下は魔法の発動が出来ないか、仮に魔法が発動出来たところでせいぜいが生活魔法程度しか使えないため、魔封じを着けて過ごす必要は無い。


 そして一般的に、個人の魔力量というのは生まれた時から決まっていると言われている。年を取ろうが、過酷な訓練を課そうが、魔力量は大きく増減したりはしない。

 つまり、赤子の時『ランク外』と判定されたロレッタの魔力は今も昔もずっと『ランク外』な訳で、常識的に考えれば魔封じを身に着ける必要など微塵も無いのだ。


「それはですね、どうやら幼い頃の私は頻繁に魔法を暴発させていた……かも知れないから、です」

「は?」

「魔法を暴発?ランク外が?」


 二人は揃って目を丸くする。


「私も小さい頃のことなので、正直覚えてないのですけれど、どうも幼い頃私の周囲では奇妙な事が起きていたらしくて」

「奇妙なこと?」

「突然窓ガラスが吹き飛んだり、室内なのに雨が降ったり、遊んでいた庭の花が一斉に枯れたり……そういうのですね」

「確かにそれは魔封じの風習が出来る前、魔力の高い子が魔法を暴発させた時の現象と似ているな」


 伯父が顎に手をあて思案顔で言う。確か魔封銀が発見されたのはここ三十年程前だったと聞くから、伯父が幼い頃にはまだ魔法を暴発させてしまう子もいただろう。


「はい。なので両親はもしかしたら魔力測定の結果が間違っていたのかも知れないと思い、もう一度教会を訪れたそうです。でも……」

「結果はランク外だった?」


 伯父の言葉に頷く。


「それで、次第に家族や使用人は私を不気味だと言って遠ざけるようになりました。呪いの子と呼ばれたこともあります」


 その頃は『呪い』の意味も分からない程幼くて……成長して意味を知った時は流石に傷付いた。


「そんな話、初めて聞いたぞ。(アイツ)は俺になんの相談もしてこなかったのか……」

「屋敷の使用人にも口止めしていたようなので、子爵家の人間以外は知りません。兄妹とは言え、伯父様や叔母様も別の家の方々ですから話さなかったのだと思います」


 私の言葉に伯父は苦い顔をした。

 気持ちはよく分かる。伯父は父の兄で、しかも高い魔力を持つ優秀な魔術師だ。本来なら真っ先に相談するべき相手なのだ。


 昔から伯父と父は折り合いが良くない。と言っても、私の父が一方的に伯父を避けているだけなのだが。

 侯爵家に生まれながら殆ど魔力を持たず、格下の子爵家に婿入りするしか無かった父は、幼い頃からいずれは優秀な魔術師になるだろうと将来を嘱望されていた伯父に強烈なコンプレックスを抱いている。

 だからこそ、プライドがそれを許さなかったのだろう。


「その頃のことを憶えているのか」

「ぼんやり、と……。なので、この話は成長してから亡くなった祖父から聞いた話が殆どです」


 半分嘘で、半分本当だ。

 幼い頃の記憶は断片的だが、思い出すその記憶自体ははっきりとしている。

 記憶の中で、幼い私はいつも一人だった。いくらレスコー家が裕福で無いとはいえ、貴族の令嬢であるのに専属メイドすらおらず、部屋にひとりぼっちというのは異常だ。両親や兄は共に食事を摂っていたが、私はいつも自室で食事を出されていた。

 話しかけようにも両親や兄は見かけることすら殆ど無く――今現在もいまいち家族との距離が遠いように思うのは、そのせいなのだろうと思う。もし伯父が当時の私の扱いを知っていたら、家族との関係も今とは変わっていたのだろうか。


 遙か昔にけりを付けた筈の感傷的な感情が溢れそうになり、私は慌てて蓋をした。


「その内に私が悪霊に憑りつかれているのではないか、と母は半狂乱になり、修道院に入れられそうになった所を母の父――お祖父様が助けて下さったそうです。話し合いの結果、三歳から五歳までの二年間、私は両親の元を離れ祖父母の家で過ごすことになりました」


 伯父は本当に知らなかったのだろう。私の話に眉間の皺は深くなるばかりだ。

 ちらりと視線をやると、正面に座るフェムも苦い顔をしていた。家族と折り合いが悪いのはフェムも同じだそうだから、もしかしたら自分の過去を思い出してしまったのかもしれない。


「この魔封じは、一緒に暮らすようになってからお祖父様が私にプレゼントしてくださった物です。魔力が低いことは分かっているけれど、御守り代わりに身に付けているといい、と言って」


 子爵家で起きた不可思議な現象の数々は、魔法の暴発と考えれば有り得ないことではなかった。むしろ、過去、高魔力の子供が魔法を暴発させた際に起こった出来事によく似ていたことを祖父も知っていたのだろう。


 魔封銀は原料が限られていることもあり、かなり高価だ。その魔封銀で作られた魔封じの魔法具も当然高い。

 当時から子爵家は決して裕福ではなかった筈だが、祖父は少しでも私のためになりそうなことには手を尽くしてくれたのだ。


 結局、私の周りで起こったことに対する原因は分からなかったが、贈られた魔封じを身に付け、祖父母の家でゆったりと心穏やかに暮らす内に不可思議な現象が起きることは無くなった。


「この魔封じのお陰か、子爵家を一時的に離れたのが良かったのかは分かりません。学院に入学する前に『ランク外の癖に魔封じなぞつけていたら馬鹿にされる、外しても大丈夫だろうから外せ』と父には言われたのですけど、ちょうどその頃お祖父様が亡くなって……私はどうしても、お祖父様がくれたコレを身に付けていたくて」

「ああ、それでそんな改造したんすね?」

「はい」


 魔封じではなくただの装飾品に見えれば父も文句は無いだろう、と、魔封銀の一部を溶かして祖父が好きだった百合の形に作り替え、花の中央には出入りの商人から格安で購入した二級品のダイヤを埋め込んでみた。

 悪戯心から、魔封銀が吸い取っている筈の私の微量な魔力でも発動出来る、防塵魔法を常時発動させる回路を加えてみたのはやり過ぎだったかも知れない。


「うーん、興味深い話すね。それから今まで、その変な現象は起こってないんすか?」

「ええ、一度も」


 私が肯定すると、その後すぐフェムは考え込んでしまい、顎に手を当てたままソファで固まって動かなくなってしまった。

 傍らの伯父を仰ぐと、伯父は伯父で何か思案している様子。少し躊躇って、伯父に声を掛ける。


「あの、デュラン伯父様……どうしましょう?」


 視線でフェムを示すと、伯父は「ああ、アレは放っておけ」と言って立ち上がった。


「馬車まで送ろう」

「え、伯父様?帰っていいのですか?フェムさんは……」

「ああなったらアイツは暫く動かん。付き合っていたら日が暮れるぞ」

「はぁ……」


 伯父はぐんぐん扉まで歩いて行ってしまう。私は一応フェムに一礼し、慌てて伯父の後を追う。


「あら、伯父様。方向が違うのでは」


 前を歩く伯父の背中に話し掛ける。これでは来た時と逆方向だ。


「いや、あっているぞ。昇降機に乗るのだろ?」

「そうでしたわ!!!」


 振り向いてニヤリと口の端を持ち上げた伯父の言葉に、些か下降気味だった私のテンションは鰻登りした。


「コレだ」

 

 廊下の突き当りに着く。伯父が示したのはただの壁だった。揶揄われているのだろうか、と眉を寄せると、伯父は苦笑して壁をコンコンと指で二回ノックした。


「見てろよ」


 言われるままに、その場でじっとしていると暫くして壁に輪郭が浮かび上がり、数十秒もしない内に何も無かった筈の壁に立派な扉が現れた。


「わわっ!す、凄いです伯父様!これ、どういう仕組みですかっ!?」


 流石魔術塔と言うべきか、見たことも聞いたことも無い技術である。


「これはなぁ、むかーし塔を建てた凄い人が()()で組み込んだらしい。同じ物を作れと言われても、今じゃ作れる奴はいないんじゃないか?」

「ふわぁー!」


 令嬢らしからぬ奇妙な声を上げる私に構わず、伯父は躊躇無く扉を引いた。伯父の背中越しに覗き込んだ扉の先は、家のバスタブと同じ程度の狭い長方形の箱型空間になっているようだ。

 伯父に促されるまま中に入ると、壁の側面に数字の書かれたボタンが並んでいる。


「このボタンで行きたい階を選択するんだ。普段俺は乗らないんだが、今日は付き合ってやる」


 恩着せがましく説明しながら、伯父が『1』と書かれたボタンを押すと、ピロリ~と間の抜けた何とも不思議な音楽が流れ始める。


「そろそろだな。いいか、ロレッタ。舌を噛まないよう、何処かに掴まって歯を食いしばっておけよ。後は……」

「え?」


 伯父の言葉の途中で、ピーという高い音が鳴ったかと思うと、突然足元がガタガタと不穏な音を立て揺れ始め、凄い勢いで下降し始めた。内臓が上に引っ張られるような奇妙な感覚に心臓がひゅんとなる。


 数秒後、気が付いた時には自動的に地面に吐き出されていた。来る時にも通ったエントランスの端らしい。


「ははっ!感想はどうだ?」


 見上げると、死んだ蝉のようにドレス姿で床にへばりつくロレッタとは対照的に、伯父は涼しい顔で平然と佇んでいる。


「お……」

「お?」

「オエエエエエエェ―――(自主規制)―――」


 情けなくも先程フェムの部屋でご馳走になったお菓子たちが逆流した私は、青い顔で馬車に乗り込むとそのまま屋敷に着くまで座面から身体を起こすことが出来なかった。

 汚れた床もドレスも伯父が魔法で綺麗にしてくれたが、塔にいた幾人かの魔術師たちにはしっかり目撃されたことだろう。精神的ダメージを負ったロレッタは帰るなり着替えて自室のベッドに潜り込むと、そのまま眠りについた。


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