魔力が視える?
読んでいただきありがとうございます。
本日二話目です。
※長くなりそうでしたので切りが悪い所で終わっています。続きは明日8時予定です。
「……成程、そういう経緯で発見されたんすね」
私の話を聞き終えたフェムは予想外に神妙な表情でうんうんと頷いている。
「あの、魔法具の効果は私の予想通りだった……のですよね?」
「あ、まだちゃんと聞いて無かったっすかね?アレは飛んでも無い代物すよ。大方ロレッタ嬢の予想通りで、魔法具の効果としては三つ。感情の増幅、感情の交換、それから僅かに理性が抑えられるような効果すね~」
理性の抑制……そうして言われてみると、王子殿下たちの行動も頷ける。
私が予想していた例の魔法具の効果は前者二つだった。フェムの言った通り、感情の増幅と感情の交換――古い魔法具図鑑に、精神感応の色付き魔石を使用した似たような魔法具が記載されていたことから予想したのだ。
私がずっと疑問に思っていたこと。それは、相思相愛だった婚約者を、新たにより好ましい令嬢が現れたからといって、突然あれ程嫌いになるということがあるだろうか、ということだ。
新しく誰かを好きになったからと言って、それまで好きだった別の人を嫌いになるか、と言ったら、それは別の話だ。
王子殿下やその側近候補の方々は皆、相思相愛のカップルで有名だった。特に王子殿下のセレーネ様への寵愛ぶりは幼い頃から有名で、男爵令嬢が学院に編入してくる前は、朝は同じ馬車で登校し、休み時間には度々セレーネ様の教室を訪れ、昼食は必ず共に摂り、帰りはまた同じ馬車で帰る……というのが日常だった。
豹変する前までの殿下の口癖は「早くセレーネと結婚したい」で、殿下と言葉を交わす機会など無い私でも、その言葉を口にする殿下を目にしたことは何度もある。
愛憎は表裏一体というが、他の女性に目移りしたからといって、あれ程愛を囁いていた令嬢に嫌悪を向けるのはいくら何でもおかしい。
だから、思ったのだ。本来婚約者へ向けていた気持ちが、男爵令嬢へのものとすり替わっているのではないか、と。
本来婚約者に向けられる愛は男爵令嬢へ、男爵令嬢へ向ける嫌悪の気持ちは婚約者へ。
もしそうなのであれば、男爵令嬢に侍っている令息たちの中でも取り分け自分の婚約者に対して厳しい態度を取っているのが王子殿下なのも頷ける。男爵令嬢に侍る前、婚約者を最も寵愛していたのは恐らく殿下だから。
ただ、それだけでは説明が付かないこともある。殿下たちが婚約者の令嬢方に吐いた暴言や酷い態度は、いくら嫌いな相手だと言っても、紳士教育を受けた貴族令息としてはあるまじき行為だった。
それにどの令息たちも、婚約者たちに囁いていた時よりもずっと熱心に男爵令嬢に愛を囁いている様に見えた。
だから、あの魔法具には感情を入れ替える効果だけでなく、好悪感情を増幅させる機能もあるのだろう、と。
今から思えば、感情を増幅されただけでなく、理性を抑制される効果もあったからこそ、あそこまで酷い態度だったのだと分かる。
魔法具の効果自体は、『増幅』と『置換』、『緩和』の魔法をベースにしたもので、どれも結界で弾かれる『精神を操る』効果からは微妙に外れているので、防衛機能が働かなかったのだろう。学園に張られた結界の効果を知った上で用意された悪質な魔法具だ。
「今の話を聞いて、ロレッタ嬢にはちょっと試してみて欲しいことがあるんすけど」
「……試して欲しいこと、ですか?」
フェムは頷くと、続きになっている部屋から大きなトレーを持って戻ってきた。テーブルに置かれたトレーの上には、美しい宝石が間隔を空けて並んでいる。
「この宝石の中にはいくつか魔石が混じってるんで、ロレッタ嬢にはそれを当てて欲しいっす」
「えっ」
私は思わずトレーとフェムの顔を交互に見た。
トレーの上にある石にはどれも色が付いている。当然この中にある魔石は色付き魔石な訳で……。フェムは特級魔術師の資格だけでなく、色付き魔石を扱う資格も取得しているのだろうか?
私の内心が伝わったのか、慌てた様子でフェムが付け足す。
「あ、魔石って言っても俺が擬似的に色を付けた魔石なんで、厳密にいうと色付き魔石とは違うっていうか……兎に角、合法っすから!」
擬似の色付き魔石!?それこそ大変な技術なのでは……?
思わず傍らの伯父を仰ぐが、伯父は妙に強張った表情で此方をじっと見ているだけで、別段止める様子は無い。フェムの言う通りにしろ、ということだろう。
私は恐る恐るトレーに手を伸ばした。
「分かりました。やってみます。石に触れても大丈夫ですか?」
「モチロン。好きなだけドウゾ」
許可は貰ったが、なんとなく素手で触らない方がいいかな、という気がしたので、ポケットから謁見の際に着けていた肘まであるシルクの手袋を取り出し、着けてから石を持ち上げる。
左上の一番端から順に手に取ると左手に載せ、石の上を右手で覆うようにする。
暗いところでも発光無し。これはルビーね。
その次も反応無し。今度はサファイア。
三番目は……仄かに発光している。これは多分風の魔石かしら。
三番目の魔石だけ、トレーには戻さずテーブルの上に避ける。
四番目は普通の宝石。トルマリンだ。
同じ様に黙々と作業を続け、全ての石を調べ終わると、トレーに戻さずテーブルに置いた石は五つあった。石は全部で三十程あったので、六分の一の確率で魔石が紛れていたことになる。
「出来ました」
声を掛けると、フェムは私が魔石と判断した五つの石と、トレーに残された石ひとつひとつ調べ、小さく頷いた。
「正解すね」
フェムの言葉にホッと息を吐き出す。
何故突然石の判別をやらされたか分からないが、自分でも知らない内に緊張していたようだ。
「あの、これで何が分かるのでしょう?」
「……ロレッタ嬢は、魔力が視えるっすね」
「え?」
魔力が視える……?
そんなこと、初めて言われた。
……どういう意味だろう。
「ロレッタ。宝石か魔石か、どうやって判断した?」
戸惑っていると、横から真剣な様子で伯父が訊ねてくる。
「え、どうやって、って普通に……魔石は暗い所で光るでしょう?だから掌の上で擬似的な暗闇を作って、その中で発光するかどうか確認しました」
伯父もフェムも、私が石を調べている様子を見ていただろうに、何故そんなことを聞くのか。
怪訝に思って二人を仰ぐと、どちらも何とも言えない表情で、意味有り気にアイコンタクトを交わしていた。勿論私にその意味は読み取れない。
「ロレッタ。知らなかったのだろうが、普通の人間には暗所だからといって、魔石が光って見えたりはしない。だから宝飾店や鉱山なんかでは鑑定士が重宝されるんだ。宝石と色付き魔石を見分けるのは至難の業だから」
そういえば、と旧い記憶が蘇る。
レスコー子爵家と違い、裕福なシェスタ侯爵領には良質の宝石が採れる鉱山がある。
まだ私が幼い頃、一度だけ両親に連れられてシェスタ侯爵領に遊びに行ったことがあった。大人たちが社交に勤しむ中、暇を持て余した私は、侯爵家お抱えの鑑定士と名乗った男性に遊んで貰ったのを覚えている。
男性が言うには、鉱山で採れる石には時たま魔石が混じっていることがあるのだという。色付き魔石は王城に申請する必要があるため、わざわざ鑑定士を雇って宝石の中に魔石が混ざっていないか確認するのだそうだ。
神経を遣う仕事のため、仕事は数人交代制で一日の就業時間は他の人より短いのだと笑い、幼いロレッタの人形遊びに快く付き合ってくれたのだ。
その時は幼かったこともあり、特に疑問にも思わなかった忘れていた言葉が、今やっと腑に落ちた。
もしも自分のように魔石が発する光が見えないのだとしたら、宝石と区別するのは一苦労だ。鑑定士の仕事とはさぞ神経を遣うことだろう。仕事終わりに私の相手を買って出てくれたあの鑑定士の男性は、随分気のいい人だったのだ。
「ロレッタ嬢でも、明るい所で魔石を見分けるのは難しいんすよね?」
「え、ええ……、その、明るい場所では分からないくらいの弱い光り方なので」
「ふんふん、なるほどー。因みにロレッタ嬢が暗い所で光って見えるのは魔石だけっすか?」
「えっと、光苔とかランプとか光って見えますけど、それは皆さん同じでしょうし……聞きたいのはそういうことでは無いですよね?」
フェムの言わんとすることが分からず、首を傾げる。
「フェムが聞きたいのは、人間はどうか、ってことだと思うぞ。基本的に魔力は身体に宿るっていうからな。魔術師みたいな高魔力の人間は、死んだ後体を開くと臓器の一部が魔石化していることもあるらしい」
だろ?、と伯父がチラリとフェムに視線を送ると、フェムは我が意を得たりとばかりに大きく頷いた。
つまり、フェムや伯父が私に訊きたいのは、魔石と同じ様に、高い魔力を持つ人間も暗い所で光って見えるのか、ということだ。
(人が……暗い所で……光る……?うーん……。)
目を閉じ、これまでの人生を振り返ってみても、どうもピンと来ない。シチュエーションすら想像出来ない。夜(もしくは暗い場所)高魔力の人間を見かける機会って何だ!?
数分考えた後、私は結論に達した。
「考えてみたのですけど……そもそも、夜に屋敷の外を出歩いたことが無いので分かりません。まだ学生ですし、デビュタントを終えたばかりで夜会も殆ど参加したことがありませんので」
そもそも高魔力の人間なんて、今の時代そうホイホイ歩いていないし、魔力が高そうな高位貴族の方々には、子爵令嬢でしかない私がお目にかかる機会は学院を除けば殆ど無い。
親戚である伯父や、別の侯爵家へ嫁いだ父の妹の侯爵夫人などは別だが……事情があって、父は生家の兄妹とはあまり交流が無いため、娘の私もあんな事件でも無いと顔を合わせることは無い。
「まだ十五?十六?っすもんね~。じゃあ、屋敷の使用人なんかはどうっすか?魔法を使ってる場面を見たことは?」
「いえ、そもそもウチのような子爵家には家族も使用人も、魔力を魔法に変えて発動出来るような高い魔力を持つ人はいません。仮にそのような人材がいたとしても、ウチの経済状況じゃとてもでは無いですが見合う給金が払えないですね」
「へ」
「嗚呼、そうだよな……」
フェムは思わず、といった風に口を押さえ、伯父は妙に遠い瞳をしていた。
ほぼ平民に近い出身のフェムは知らなかったようだが、子爵位や男爵位の家で働く使用人は殆どが平民出身だ。よって使用人たちには魔力が殆ど無い。
一般に下級貴族の嫡男以下の令息令嬢が侍女や執事になることはあるが、それはあくまで高位の貴族家や王家に限った話だ。まして魔法を発動出来る程の魔力を持ちながら、一貴族家に使用人として仕える人間ははっきり言って余程の訳ありか、変わり者か、といった所である。
昔、今よりずっと昔は全体的に魔力を持つ人も多く、その量も多かったらしい。その時代は使用人が生活魔法を使って家事を行うこともあったそうだが、今はそんな贅沢をしている家は無い。代わりに以前より安全で、安価で手に入れることが出来るようになった魔法具が生活を手助けしてくれているのだ。
「そうなんすか……俺、貴族の家ってなんかこう、ビシバシ魔法を使いまくってるのかと思ってた」
「フェム、お前それは流石に世間知らずだぞ。毎年の魔術師試験の合格者数を考えりゃわかるだろ」
この国では、魔術師になれるのは資質も実力も兼ね備えたほんの一握りの優秀な人間だけだ。
「それもそうすっね……ん?」
相槌を打ちかけたフェムが、何かに気がついた様子突然で身を乗り出し、凝視してくる。
「あの……何か?」
「あ、ああ、すみません。つい気になって。ロレッタ嬢って、魔力量自体は少ないんすよね?」
「え?ええ、そうです。残念ながらランク外でしたわ。せめて低級であれば魔法学の授業を選考出来たのですけど……」
この国では皆、生まれた時に教会で洗礼を受けると同時に、教会に設置されている専門の魔法具で魔力量の測定をする事になっている。
魔力量の測定結果は、多い人から順に『上級』・『中級』・『低級』に分けられ、貴族であれば必ず結果は王城に送られる。平民であっても、測定結果が『中級』以上であれば王城へ知らされることもあるらしい。
優秀な魔術師は常に不足しているため、素質のある人間は将来魔術師になった場合は王家に仕えることと引き換えに、国から魔法を学ぶための金銭的な援助が齎されることが多い。平民であれば特別枠で学院への入学が許され、学ぶ際は授業料や制服や教科書など諸々に掛かる金銭的負担は特待生扱いで全て免除される。
恐らく、フェムも何等かの金銭的援助を受けて魔術師になっている筈だ。
そして、残念ながら一番下のランクの『低級』にも満たない魔力量しか無い人間は便宜的に『ランク外』と呼称されており、私も下級貴族の多くがそうであるように『ランク外』だった。
万が一魔法が発動出来る程の魔力があったら、魔術師になってドラゴンと仲良くなって世界中を旅して……幼い頃、何度そんな妄想をしただろうか。
魔法具をいじるようになったのも、諦めきれない魔法への強い憧れからだ。この国では平民でも貴族でも、学校などで魔法に関する専門的な情報にアクセスするには、少なくとも『低級』以上の魔力量が無くてはならない。
(せめて『低級』だったら魔法学を学べて、趣味の魔法具いじりも今より充実するのに……。)
「ランク外ね……」
フェムがじっと、私を見る。観察されるような、居心地悪い種類の視線を向けられてなんだかムズムズする。
「あの、それが何か――」
「じゃあ、なんで魔封じなんて着けてるんすか。耳についてるソレ、ちょっと変わってるけど、魔力封じの魔法具っすよね?」
言われて私は左耳に手を当てた。ひんやりとした感触が心地良いそれは、フェムの言う通り、魔力を封じる魔法具だ。