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特級魔術師フェム

読んで頂きありがとうございます。

 魔術塔は広大な王城の敷地の外れにあるらしく、移動手段はなんと敷地内だというのに魔法車という奇妙な乗り物だった。形状はハンドルの付いた大きな台車のような物で、填めこまれた魔石を動力に走行するらしい。

 何でも徒歩で向かうのも、わざわざ厩舎から馬を連れて行くのも嫌だと、魔術師の一人が開発した乗り物で、諸事情により今の所は王城内のみでの利用に限られているそうだ。

 だったらいっそのこと転移陣でも設置すればと思うのだが、利便性と魔力の消費量に見合わない、とそれは却下されたそうだ。

 

 初見の魔法具に、解体して一から自分の手で再構築したい欲求がむくむくと湧いてくるが、此処でそれをやる訳にもいかない。素知らぬ顔で乗った魔法車は、何と言うか……王城内だけの利用になるのも止む無し、という乗り心地だった。考えただけでざっと十は改善すべき点が思い浮かぶ。要改良である。

 超スピードで過ぎ去る景色を見ながら私は心に誓った。もう乗らないぞ、っと。


 そうして辿り着いた魔術塔は縦に細長く聳え立っていて、遠くから眺めるよりずっと圧迫感がある外観をしていた。石造りの灰色の塔は少し冷たい雰囲気を醸し出している。

 王城に勤める魔術師たちは基本的にこの塔に滞在している。中でも伯父のように役職付きの魔術師や、これといった功績を上げた魔術師は、塔の中に個人の部屋を持つことが許されるのだ。

 これから会う予定の伯父の部下の魔術師も、若いながらその実力から既に"部屋持ち"だと言う。


 伯父に従い塔の入り口で簡単な手続きを済ませると、小振りのブローチを手渡される。


「外部からの客が付ける一時的な入館許可証だ。魔法具になってるから塔にいる間は必ず身に付けておいてくれ」

「へえ、どんな効果があるのですか」


 渡されたブローチには横向きに炎を吐く龍を象った紋章――この国での魔術師を表す紋章だ――が刻まれている。かなり小さい魔法具だ。魔法具好きとしては借り受けた後分解して術式を確認したいところだが、これ程小さいと再度組み立てられる自信はない。下手に壊しては大変そうだ。

 言われた通り、左胸にブローチを装着する。


「んー、詳しくは言えないが、客人が悪さを出来ないようになっている、とだけ伝えておくな」


 ニヤリと笑った伯父は肩を竦めるだけだったが、恐らく追跡魔法の類は完全に組み込まれているだろう。魔術塔には部外者に知られるとまずい色々な機密があるのだろうから当然だ。


 伯父は迷いの無い足取りで階段を上がっていく。もう既に階数にして三階程は昇っている筈だが、一向に着く様子は無い。

 平民と大して変わらない生活水準とはいえ、私も一応貴族令嬢の端くれだ。移動は基本的に馬車だし、普段運動とは無縁の生活を送っているため、そろそろ体力も限界に近付いている。


 ……まさか、最上階まで昇ったりしないよね?


 ついさっき外から見上げた塔の高さを思い出してぞっとする。


「はぁはぁ……デュラン伯父様………はぁ…そういえば昔、『月刊マギカ』で魔術塔には昇降機なる……はぁ……移動のための魔法具が、はぁ、あると……はぁはぁ…読んだことがあるのですがっ」

「おー、あるなぁ。っていうかロレッタ、随分ニッチな雑誌読んでるなぁ」


 のんびり此方を振り返りながら、魔術師でも中々読まないぜ、と笑う伯父は全く息が切れていない。がっしりとした見た目に違わず、この伯父は脳筋気味だ。


「伯父様!あるなら使って下さいませ!普通令嬢はこんなに階段を昇ったり致しませんわッ!」

「……使いたいのか?昇降機(アレ)を?」

「使いたいに決まってますッ!」


 普段の私なら、伯父とはいえ仮にも侯爵家の当主にこんな物言いはしないが、陛下の謁見に続き、先の見えない階段を只管昇らされて疲れているのだ。

 顎を触りながら少し考えるようにした後、伯父がにやりと笑う。


「ふむ、よかろう。じゃあ帰りは使ってみるか!」

「い、今からでも……!」


 既に私の脚はガクガクだ。楽出来るものなら楽したいのは、人間の性なのだ!


「あ、それは無理。あれは塔の入り口から乗らないと、途中乗車は出来ない仕組みだから」

「そんなぁ!」

「まっ、運動不足の解消になるからいいじゃないか……ってことで、残りも気合い入れて行くぞー」


 目的の階まで漸く辿り着いた時、私の膝がかつて無い程笑っていたことは言うまでもない。



******



「副長、そちらが例の?」


 必死の思いで階段を昇り切り案内された部屋に入ると、明るい緑色の瞳をした青年が此方を振り返った。この男性が伯父の言っていた部下の魔術師なのだろう。想像していたよりもずっと若い。

 どこかあどけなさの残る顔の中央にはそばかすが散っていて、素朴な雰囲気だがよく見ると顔はそれなりに整っている。流石に高位貴族には見えないが、下級貴族家の令息として同じ学院に通っていても違和感は無さそうだ。


「ああ、俺の姪のロレッタだ」

「レスコー子爵が娘、ロレッタと申します。お会い出来て光栄です。以後、お見知り置きを」


 伯父に目線で促され挨拶する。残念ながら脚は未だにガクガクのため、挨拶が略式なのは許して欲しい。

 

「ご丁寧にどうも。魔術師のフェムです」


 ぺこりと頭を下げると、肩口でフェムの栗色の髪がふわふわと揺れた。


 そう言えば、伯父と同じく、フェムも魔術師にしては髪が短い。

 魔術師が髪を伸ばすのは、一般に魔法を行使する際、媒介に術者の身体の一部を必要とする特定の魔法があるからと聞く。伯父やフェムが髪を伸ばさないのは、そのような魔法を使用する可能性が無いからだろうか。


「このお部屋はフェム様個人のお部屋なのですか?」

「フェムでいいよ……じゃなくていいですよ。此処は俺に与えられた『デネブ』の部屋です」

「わたくしもロレッタと呼んで頂いて構いません。口調も普段通りで結構です」

「そう?じゃあ遠慮なく」


 きりりと背筋を伸ばしていたフェムが目に見えて力を抜く。フェムは平民出身だというから、私のような味噌っかす令嬢でも貴族というだけで気を遣っていたに違いない。


「デュラン伯父様から優秀だとは聞いていましたが、まさか称号持ちの特級魔術師だとは思いませんでした」

「言ってなかったっけか?それに部屋の扉にデネブの星のマークがついてたろ?例外も無くはないが、塔の部屋持ちは大体が称号持ちだ」


 そう言えば、この部屋の黒塗りの扉には、銀色に輝く星が交差状に描かれていた。何か意味のある配置なのだろうとは思ったが、称号を表していたとは思わなかった。


「伯父様、わたくし魔術塔に来るのは初めての一般人ですのよ?」

「扉に描かれた星と称号が一致していることは、多分王城付きの魔術師連中しか知らないんじゃないっすか?俺も此処に就職するまでは知らなかったし」


 なんとなく恨みがましい目線を伯父に送っていると、先程より口調を崩したフェムがフォローしてくれる。


 ロレッタたちの住むこの国では、特別な功績――例えば王族の命を守ったとか、有効な新魔法を開発したとか、戦場で一騎当千の活躍をした、だとか――を残した魔術師には、星の名前に因んだ『称号』が贈られ、魔術師の中でも特に身分の高い、特級魔術師の資格を与えられる。

 だから『称号』持ちの魔術師は、魔術師の間だけでなく、国民から広く尊敬を集める立場なのだ。金銭的にもかなりの報奨を貰え、何かと優遇されると聞いたことがある。勿論、情報源(ソース)は愛読している『月刊マギカ』だ。


「フェムは魔術師になって直ぐ、外国から入り込んだスパイに暗殺されそうになった王女殿下の命をお守りしたんだ」

「わぁ……!」

「運が良かっただけっす。たまたまっすよ」


 思わずフェムへ尊敬の眼差しを向けると、フェムは照れた様子で鼻の頭を掻いた。


「それが無くても、遅かれ早かれ称号は授与されていただろう。魔法陣や魔法具の解析に関して、フェムは王城付き魔術師の中でもピカイチだからな」

「まぁ、そうなのですか!」


 フェムはどうやら面と向かって褒められることに慣れていないようで、「趣味も兼ねてますから……」と濁して恥ずかしそうに視線を逸らす。

 伯父に事前話を聞いた当初は、それなりに複雑な環境で育った平民に有りがちな、擦れた性格なのかと思ったが、実際に顔を合わせたフェムは純朴な青年そのものだ。伯父が可愛がるのも分かる気がした。


「あとは身体さえ鍛えたら完璧なのだが」

「あーははは……そ、そういえばロレッタ嬢ももし魔術師だったら今回の件は『称号』を授与出来るくらいの功績なのに、なんか勿体無いすね」


 慌てた様子でフェムが話の方向性を変える。

 私から見ても、フェムは男性としては身体は細身だが、伯父のような筋肉ダルマを目指せというのはいくら何でも酷というものだ。恐らく初めてのやりとりでは無いのだろう。

 フェムの気持ちを察した私はそっと目を逸らした。


「ある意味もっと凄いかも知れないぞ。陛下はロレッタの願いをひとつ叶えてくれるらしい。なぁ?」


 伯父に話を振られ、曖昧に頷く。


「へぇー!凄いっすね。願いは一体何を?」

「まだ、決めてないんです。その話を聞いたのもつい先程で……正直身に余るというか」

「ロレッタ嬢は謙虚なんすね。俺なら色々お願いしちゃうなぁ~!」

「叶えて貰える願いはひとつだからな?」


 伯父がフェムに苦笑いを向ける。


「で、そろそろ本題なんすけど、あっ、お菓子とか食べながらでいいんで。紅茶も塔のメイドに頼んで入れて貰ったので多分問題なく飲める筈……っす」


 ソファに腰掛けている私たちの目の前には、カラフルなお菓子と紅茶が置かれている。フェムなりに気を遣ってくれたらしい。紅茶からは芳しい香りが漂っているし、菓子は見た所王都で女性に人気の店の物で、問題は無いように思うが、侯爵家の当主である伯父は当然舌も肥えているので緊張しているのだろう。

 折角用意してくれたのだから、と遠慮無く頂くことにする。


「デュラン伯父様から聞きました。わたくしに訊きたいことがあるとか」

「そうそう!例の男爵令嬢が着けていた魔法具なんすけど、気付いたのはロレッタ嬢なんすよね」

「はい、そうですが……」

「アレ、主に解析したのは俺なんすけど、魔術師の俺から見ても一見して分からないくらいにはよく出来てたんすよ。だから気になって……ロレッタ嬢はどうしてアレが魔法具だと?」


 フェムだけでなく、伯父からも興味深いと言いた気な視線が送られている。

 少し長くなりますが、と前置きし、私は例の魔法具を発見した経緯について話すことにした。


次話は本日18時予定です。

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