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噂巡る学院

読んでいただき有り難うございます。

息抜きに気の向くまま短編のつもりで書いていたら長くなったため、連載にしました。

少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

「ねぇ、聞きました?あの男爵令嬢、妙な魔法具で王子殿下達を操っていたのですって」


 うん、そうだよ。毎日着けていた不思議な色合いの青い石が填まったネックレスがそれだよ。


「恐ろしいわ。道理でおかしいと思ったのよ。いくらなんでもあんな高位の方達が揃いも揃ってたかが男爵令嬢に侍るなんて」


 だよねー。発言が所々おかしかったもんね。


「一体どんな魔法具なのかしら。詳細は伏せられているみたいだけど、怖いわ」


 そうだよね。だけど禁術についてむやみやたらに情報を与える訳にはいかないからね。……というのは建前で、本当は私に配慮してくれたんだろうな。


「それにしても、皆様エリートでしたけど、このままお咎め無しで済むのかしら。彼らは被害者ですけど、加害者でもあるでしょう?婚約者の令嬢方をあれだけ邪険にしておいて」


 エリート(笑)って。確かに第二とはいえ隣国の王族の血を引く王子に、将来は騎士団長と黙されていた侯爵令息、史上最年少で魔術塔入りを果たした天才魔術師に、五歳で長年未解決だった数学問題を解いた学院きっての秀才の宰相様の御子息……皆、将来を嘱望された人ばっかりだ。

 彼らへの処罰はともかく、ご令嬢方との仲は問題無いと思う。多分ね。


「それにしても、王子殿下の側近候補とあれば、幼い頃から注意を受けていたでしょうに、あんな小娘に引っかかるなんて残念よね。その点、あの異常な集団の中に加わらずご自分を保ってらしたマーカス様はご立派だわ。ロレッタ様も婚約者として鼻が高いのではなくて?」


 愛想笑いを貼り付けながら目の前で繰り広げられる令嬢達の話に内心で同意したり突っ込んだりしていた私は、突然話を降られ、思わず持っていたティーカップを取り落としそうになった。


 テーブルに着いたご令嬢方から向けられる視線は、好意的なものだ。その理由はわかっている。


 この一年、男爵家の庶子だというストロベリーブロンドの小柄な令嬢が入学してからというもの、学院は第二王子殿下とその側近候補を始めとする令息達がこぞって彼女に侍るという異常な状況に続いていた。

 それがつい先日、漸く男爵令嬢が持つ禁術を施した魔法具が原因だったと判明し、学院はおよそ一年ぶりに平穏を取り戻したところなのだ。


 この学院に通う女子生徒なら誰でも――たとえ男爵令嬢に籠絡されたのが自分の婚約者ではなくとも、いずれ学院卒業後は重要ポストに着くことが決まっている国の中心人物達の不快で非常識な振る舞いに、不安を覚えていたことだろう。


 だからこそ、元凶が捕縛され憂いの晴れたご令嬢達は、こうして学院内のカフェテラスで久々のお茶会を楽しんでいる。少し前までは、かの男爵令嬢御一行がカフェテラスを占拠していちゃつくものだから、まともな生徒は足を踏み入れることが出来なかったのだ。


 そして自他共に認める友人の少ない私がこのお茶会に招かれているのは、彼女達が私と友達になりたいから――ではなく、皆、()()()()()()()を聞きたいから。


 王子殿下や側近候補に選ばれたエリート(笑)令息達が軒並み骨抜きにされる中で、同じく側近候補であった私の婚約者、マーカス・デングラー男爵令息だけは、件の男爵令嬢に靡かなかった。王子殿下達も操られ正気で無かったとはいえ、彼らと行動を共にしながら唯一正気を保ったマーカスは、強靭な精神の持ち主としてこの一年、評判は鰻登りだ。


 男爵令嬢の魔法具(ネックレス)の影響で、定例の逢瀬や夜会でのエスコートを放棄する令息が続出する中、マーカスが私の婚約者としての義務を放棄することは無かった。

 これまで通り、決められている月に二回の逢瀬の日には時間通りに我が家を訪れてはお茶を飲み、夜会のエスコートを頼めばきちんと馬車で迎えに来てくれた。誕生日プレゼントも送られたし、マーカスの誕生日にプレゼントを届ければ、後日きちんと礼状が届いた。

 そうしたマーカスの行動から、婚約者への深い愛が禁術を跳ね返したのだ、という噂さえ出回っている。


 内心の動揺を悟られないよう、出来るだけ優雅な所作を心掛けながら、何を言うべきで、何を言わないべきか、頭の中で高速で考え慎重に話す。


「皆様の仰る通り、被害を免れたマーカス様のことは尊敬致しております。ですが、わたくしは王子殿下達に罪は無いと思いますの。王宮で処理にあたっている伯父様によると、恐ろしい魔法具で操られ、愛を育んできたご婚約者の方々に辛辣な態度を取ってしまったことをひどく悔いているそうですわ。特に殿下の落ち込み様は見ていられない程だとか」


 これ以上マーカスのことに触れられたくない私は、ひとまず殿下のイメージアップを図る方向に話を切り替える。


「まぁ、それはお気の毒に……。あの男爵令嬢が入学する前までは、婚約者のセレーネ様をそれはそれは溺愛してらしたものね」

「側近候補の方々にしてもそうよね。側近候補の方々は皆、婚約者の方と相思相愛で有名でしたのに」


 そうだよねー。仲睦まじい美男美女が集まると絵になるものだから、私はいつもマーカスの隣で居たたまれなかった。


「正直、この一年はなんて不愉快な方々かしらと思っていましたけれど、()()が操られてのことだと思うと……お可哀想ですわね」

「紳士とはとても言い難い態度でしたものね。突然理由も分からずあんな態度を取られるなんて、セレーネ様達はお辛かったでしょう」


 この一年、王子殿下を始めとする男爵令嬢に篭絡された令息達の振る舞いは、感情を表に出さないよう教育されている貴族の御令嬢達があからさまに眉を顰める程酷いものだった。なまじ身分が高いために、彼らに表立って注意出来るのは婚約者か家族くらいのものだったのも災いした。

 彼らの目を覚まそうと諫言を口にする婚約者の御令嬢方に対し、罵声を浴びせ、人格や容姿を否定し、酷い時には突き飛ばしたり頬を打つことすらあった。ドン引きである。

 突然様変わりしてしまった愛する婚約者の態度に彼女達が裏で苦しみ、涙を流していたのを私は知っている。


「皆様お優しいですね。けれど、大丈夫ですわ。婚約者の方々も事情は理解しておられますし、学院を休んで治療中の殿下方に付き添っておられるようですから」


 心底同情するご令嬢たちを励ますために言った私はしかし、そこで思わぬカウンターパンチを食らう羽目になった。


「あら、そういえば……マーカス様は操られていなかった筈ですのに、学院をお休みされているのですね」


 ギクッ!

 咄嗟に微笑みの仮面を浮かべることが出来たのは、間違い無く淑女教育の賜物だ。ありがとう、在りし日の厳しいマナー講師よ!


「……念の為、長時間行動を共にしていたマーカス様も殿下方と同じ治療を受けるそうですの」

「まぁ、それはご心配ですね」

「ロレッタ様はマーカス様に付き添わなくて宜しいんですか?」


 ギクギクッ!


「え、ええ、もうすぐ試験でしょう?自分は大丈夫だからきちんと学院で授業を受けるようにと言われてしまって。オホホ……」


 誤魔化すための笑い声が多少不自然になったのは仕方ない。


「まぁ!流石マーカス様ですね。ご自分のことより婚約者を優先するなんて。愛されていて羨ましいですわ」


 ウグッ!

 再起不能のダメージを負った私は、用事があるから、と紅茶のお代わりを断り、屋敷へ逃げ帰った。揺れる馬車の背もたれに身体を預け、ぼうっと流れ良く窓の外の景色を眺める。


「『愛されていて羨ましい』、か……」


 何気なく言った令嬢には、何の悪気も無かっただろう。

 けれどその言葉は刃となって、私の心の柔らかい部分にクリティカルヒットした。


 私が本当に愛されているなら、マーカスは今頃殿下方と同じようにクソ男の看板を背負っていただろうし、私はそんなマーカスに献身的に付き添っていただろう。

 だけど、現実はそうじゃないから。


 胸の痛みを消し去りたくて、屋敷に着くまで仮眠を取ろうと目を瞑る。

 頭から追い出したいのに――瞼の裏に浮かんでくるのは、茫然自失で崩れ落ちる王子殿下の隣で、生気無く立つマーカスの白い横顔だった。



******



「ロレッター?起きてるかー」


 帰宅して少し前に取り寄せた異国の魔法具を夢中で分解していると、のんびりした声に名前を呼ばれた。

 振り返ると、空いた扉に寄りかかり此方を見ている兄がいた。


「わ、びっくりした。レイ兄様、ノックくらいして下さいよ」

「何度もしたっての。返事が無いから心配して声掛けたんだろ」


 呆れた様子を隠さず、兄が私の全身に視線を走らせる。


「お前、まーたそんなみっともない恰好して……」

「魔法具でドレスが汚れるって注意してきたのは兄様でしょ」


 思わず口を尖らせる。

 此処は敷地内にある離れの一室だ。私は昔から魔法具に興味があって、玩具代わりに分解しては再構築したり、自分なりに改造(カスタム)するのが趣味だった。数年前に殆ど倉庫代わりになっていたこの離れ(というより小屋と呼んだ方がいいくらい狭い)を趣味部屋として使用する許可を貰ってからは、殆どの時間を此処で過ごしている。


 魔法具を愛していると言ってもいい私だが、本格的に学んだわけではないので、一から魔法具を作ることは出来ない。ただ改良や改造するのは得意で、気分にあった色調に変化する魔石灯や従来の冷風機と温風機を一台に組み合わせた冷温風機は正式に商標登録され、我が子爵家にもそれなりの利益をもたらしている。


 しかし、兄の渋い顔から分かるように、三年前に亡くなった祖父以外は、私の魔法具趣味にいい顔をしなかった。分解や改良に取り組んでいる時の私は時間を忘れ、ついつい寝食を疎かにしがちになる。おまけに服や身体は汚れるし、物によっては薬品やニオイがつくこともある。そんな私を令嬢らしくないと、家族は揃って眉を顰めた。


 刺繍や乗馬、楽器演奏、レース編みにお菓子作り……一般的な貴族令嬢の趣味とされるものは一通りやらされたが、どれも魔法具のように夢中にはなれず、どれもモノにはならなかった。


 どうにかして魔法具いじりを止めさせたいらしいお兄様に、半ば嫌がらせのようにドレスを汚し使用人の仕事を増やすのは止めなさい、と言われてからは、町の古着屋で購入したワンピースをエプロン代わりに身に付けることにしている。


「それで?何か御用ですか」

「……父上が戻った。デュラン伯父上も一緒だ。ロレッタに話があるらしい。俺も一緒に待ってるから、部屋に戻って着替えたら応接室へ来るように」


 何か他に言いたいことがありそうな表情をしていたが、結局それだけ告げると兄は戻っていった。


 仕方なく作業に使っていた道具を片付けていると、不意に置かれていた鏡が目に入った。此処が倉庫として使われていた時に何処からか不要品として運び込まれたものだ。

 まだ使えるから、と何となく取って置いた鏡には、汚れの染み付いたワンピースを身に着けた見窄らしい少女の姿が映っている。


 特別不細工でもないが、目を見張るような美人でもない。貴族よりはどちらかと言うと平民に多い、冴えないグレーの瞳に艶の無い茶色い髪。

 一度煌びやかなドレスを脱ぎ、くたびれたワンピースに着替えれば平民――それもそれ程裕福でない――にしか見えない。成程、確かに兄の言う通り、私の姿はみっともないのだろう。

 気付けば鏡の中の何処か見窄らしい少女は自嘲的な笑みを浮かべていた。


「いけない、伯父様が待っているのだから、早く着替えないと」


 慌てて自室へ急ぐ傍ら、ふと思い出す。

 そう言えば、亡き祖父以外で唯一、婚約者(マーカス)だけは私のこの恰好に何も言わなかったな、と。


「まぁ、私のことなんて興味が無かっただけだろうけど……」


 惨めな呟きは誰もいない廊下に静かに吸い込まれていった。



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