後編
「婚約者ですから、と言われてもなあ……」
転移の神殿で自動セーブして、ゲーム世界からログアウトした俺は、改めてPC画面を覗き込む。
アイテムウインドウには、最新の獲得アイテムとして『サラのチョコレート』と表示されていた。書かれている説明も「今日はバレンタイン・デー!」だけなので、どうやら回復アイテムの類いではないらしい。
しょせんゲームの世界の話であり、そのゲームの中ですら食べられないチョコレート。
「こんなものをもらっても、嬉しいどころか、虚しいだけじゃないか……?」
俺は、複雑な気分で呟いてしまう。
この『最終幻想冒険記』というゲームは、いわゆるオンラインRPGだ。登録ユーザーが自分の分身となるプレイヤーキャラクターを作って、他のユーザーのプレイヤーキャラクターとパーティーを組んで、冒険の旅に出るシステムだった。
しかし、普通のオンラインRPGとは違って、古典的なオフライン時代のRPGの要素も含んでいる。1人でもパーティーが組めるように、NPCつまりノンプレイヤーキャラクターを利用できるのだ。
他のプレイヤーと組んだ場合は、それぞれNPCは1人まで。最大人数にした方が冒険が楽になるので、俺のパーティーも、4人プレイで8人パーティーになっていた。それぞれのNPCは、プレイヤーキャラクターと縁のある人物という設定になっており……。
俺のNPCであるサラは、アルスの婚約者設定にされているのだった。
「婚約者からのチョコレートと考えれば、義理チョコではなく本命チョコのはずだが……」
婚約者というのは、ゲームの中だけの話だ。あくまでもサラはアルスの婚約者であって、俺の婚約者ではない。
もしもこれがプレイヤーキャラクターからのチョコレートならば、キャラクターの向こう側には動かしている現実のユーザーがいるのだから、そのユーザーの心がこもっている、と思えるが……。
NPCには、そんな『心』すらないのだ。単なるシステムに従った行動に過ぎないのだ。
「彼女いない歴イコール年齢の俺が、初めてもらった本命チョコなのに……。これじゃ全く嬉しくないぞ! いや、これを本命チョコと呼んでいいのか?」
自問自答する俺は、むしろ悲しくなるのだった。
(「オンライン・バレンタイン」完)