93話 善良なるイリシュテア市民たち
前回のあらすじ
・ガン=カタ使いの祓魔師シス
・恩田「うっわぁ、かっけえ!」
・恩田がシスに惚れる
一目ぼれ……正しく言うなら会うのは二回目であるため、二目ぼれだろうか?
シスとともに正門を目指しながら、俺は訳が分からなくなりそうな思考を必死にまとめていた。え? 何? 俺、超単純じゃないか? ギャップでイチコロだったぞ?
なんかこう、自分の気持ちに気付いたからか何だか知らないけれども、シスが若干輝いて見える。さらりと湿った風に流れる髪の毛もつやつやしていて綺麗だし、あたりを警戒して細められた目もきりっとしてカッコいい。マジかよ女神じゃないか。
とはいえ、ずっと見られていたら彼女も気持ち悪いだろうと、俺はあたりを見る。骨のくくりつけられたエンブレムが地面から生えるだけの、おどろおどろしい光景しかない。空っぽな骸骨の眼窩と目が合い、俺は心の中で悲鳴を上げた。止めろ、ホラー耐性はあんまりねえんだよ!
一人で内心バカ騒ぎしている俺。そんな俺に、シスが声をかける。
「その、どうかしましたか、ユージさん?」
「ひゅっ、な、何もないです!」
名前を呼んでもらえた喜びと、突然声をかけられた驚きで、俺は間の抜けた声を出す。やべえ、擁護できないタイプの不審者だ、これ!!
挙動不審な俺に、シスは少しだけ首をかしげるも、特に気にする様子もなく彼女はあたりをきょろきょろと見回す。
「その、アンデットでも出たのかと思いましたが……いないようですね。よかったです」
「はは、だ、大丈夫ですよ。もし出てきても俺が祓いますし」
「ふふ、それは心強いですね」
依然として危険地帯であるにもかかわらず、花の咲くような笑顔を浮かべるシス。うわ、可愛い。語彙力消し飛んだ。
戦闘力的には確実にシスの方があるにも拘らず、単純な俺は頼られたと勘違いして勝手に舞い上がる。そして同時に、己の無力さに歯噛みした。俺が守るとか言ってみたいけれども、現状守られる可能性が高いのは戦闘慣れしていない俺の方である。流石に好きな女の子に対して、相性有利なアンデットでさえ生身だったら4、5回は死ぬような泥試合をしかけて勝っているとは言えない。かっこ悪すぎるだろ。
何か、せめて知識チートとかできればいいのに。
プレシスには石けんなど普通にあるし、マヨネーズもそう言う名前じゃないけどそれっぽいソースはあるし、司法制度は変える権限ないし、人権なんて基本的に概念からないし、フライドチキンも多分ある。そもそも俺の持っているにわかオタク知識でチートできるほど、この世界は甘くはない。つーか、この世界じゃなくともそんなに甘い話はないだろう。控えめに言って一般人には無理ゲーだ。
__何か、彼女に見合うだけのものが欲しい。
俺の心の中に、そんな感情が芽生える。俺に誇れるのは、聖剣の体での不死性くらいで、それも自分の実力ではない。運悪くなのか運良くなのかわからないが、聖剣に転生したのだ。そんなことを誇れない。
何か、いや、何でもいい。ただ、とにかく経験も知識も常識も足りてない現状で、彼女に見合う実力が欲しかった。
男としてのプライドと、自覚している実力のなさが取っ組み合いを始める。当然、プライドはこのクソほどの現実でぼこぼこにされているのだが、それでもへし折れることはない。うん、めちゃくちゃ頑張れば、旅立つ前に一つくらいものになるかもしれない。いや、物にする。
彼女に見合う男になりたい。
わかっている。上には上がいると。それでも、俺は彼女に認めてもらえるような、カッコいいと言ってもらえるような男になりたいと思った。
「……錬金術の勉強、頑張ろうかな……」
「……その、どうしました?」
「大丈夫。ちょっと、頑張ろうと思っただけだ」
「そうですか……?」
不思議そうに首をかしげるシス。そんな彼女の緑の瞳を見て、俺の小さなプライドが、きしむ音が聞こえていた。誰かのために、ではない。自分自身のために、もっと強くならなければならないと、思ったのだ。
その後はしばらくシスと談笑しながらイリシュテアの門に戻る。アンデットの討伐数は石碑前の戦いで十分であるらしい。むしろ、ここまであっさりと仕事が安全に済んでうれしかったとも言っていた。
「シスさんの戦い方、めちゃくちゃカッコいいですよね。やっぱり、誰かに教えてもらったりとか……」
「はい、魔導銃は師匠に教えてもらいました。とはいえ、私、命中力を上げるには弾数を絞って魔力操作に割り振らなければいけないので、百発百中の師匠みたいにはいかないですね」
ガン=カタで戦うシス。魔導銃の命中率には目を見張るものがあったが、どうやら、彼女は射出する弾丸を魔力で操っているらしい。だからこそ圧倒的な精密射撃を可能としていたのだろう。
「すごいな……勉強すれば俺でもできるかな?」
「魔導銃、結構お高いですよ?」
「金持ちになってから考えるか。それか、ジル……いや、勇者にせびるか」
「ふふ、でも、ユージさんは光魔法がお得意なようですし、魔道具で補助するよりも、そっちを伸ばしたほうが良いと思いますよ」
「そっかぁ……」
何だかんだ金持ちのジルディアスなら、魔導銃くらい購入できそうではある。が、習熟するまでに時間がかかりそうだ。なれたら結構強めの武器として取り回しがききそうだけれども、出発兼決戦の日までに修練が間に合う気がしない。
どうするべきか、と考えていた俺とシスだが、例の換金屋の前にたどり着いたところで、似たような恰好の男がやたらと通路を歩いていることに気が付いた。
「……シスさん、換金、後回しにして帰りましょうか」
「? どうしてですか?」
「何か、悪い予感がする。いや、帰り道について行けないかもしれないので、一回俺たちが止まっている宿に……」
そこまで言いかけた俺だったが、どうやらもうすでに遅かったらしい。
踵を返そうとした俺。にやにや笑顔を浮かべた換金屋の無精ひげの店主が大げさな動作で店から出る。そして、シスを指さすと、怒鳴った。
「こいつです、神官様! こいつが、俺から金を奪い取った穢れ人です!」
「……はぁ? 何言ってんだお前?」
思わず、俺は口を開いていた。金を奪い取った? シスが?
訳が分からず眉間にしわを浮かべた俺だったが、シスも同様に訳が分からないという表情をしていた。どうやら、彼女も心当たりがないらしい。
意味の解らない言葉を吐く無精ひげの店主。首をかしげることしかできないシス。先に口を開いたのは、第三者のように見えていた、神官であった。
同じような服装の人物たちは、いつの間にか俺とシスを取り囲むように位置を移動しており、長い袖の服の下にロッドやら短剣やらを隠し持つ。当然のように、胸元にはそろいの二重丸のエンブレムのネックレス。それを見ただけで、とてつもなく悪い予感がした。
逃がす気のない配備の神官たちのうち一人、無精ひげの店主のそばにいた紫色の布を腰に巻いた神官が、口元に隠し切れない笑みをたたえ、さも残念そうな演技を口にする。
「そう言っているが……祓魔師シス・イルーシア。何か言い分はあるかね?」
「……ミストリアス神官長。私には全く心当たりがありません。一体何のことでしょうか」
腰に紫の布を巻いた神官……ミストリアスにはっきりとそう言うシス。しかし、シスに名前を呼ばれたミストリアスは、不愉快そうに眉を顰めると、ぼそりと吐き捨てた。
「穢れ人風情がわたしの名前を呼ぶな、汚らわしい」
「……!」
あんまりに理不尽な罵倒文句に、俺は思わず目を見開く。しかし、シスは何の表情を浮かべることも無く、ただただ頭を下げた。は? 何で?
「ご気分を害してしまい、大変申し訳ありませんでした、神官長様」
謝罪の言葉を紡ぐシス。そう言えば、先ほどから吐き捨てられる【穢れ人】って何だ……?
通行人から投げかけられる、冷たく蔑むような視線。その視線の先は、訳の分からない主張をする無精ひげの店主ではなく、清廉潔白であるはずのシスに向けられている。
そこで、俺はようやく思い出す。
__そう言えば、ジルディアスが、この国ではエクソシストが差別されているって……!
シスの左手に刻まれた、手かせのような入れ墨。確か、プレシスにおいて入れ墨は罪人の証だったはずだ。……シスは、過去に何らかの犯罪をしてしまったのか?
だとしても、この扱いはおかしい。あまりにも理不尽すぎる。
神官長のミストリアスに謝罪するシス。そんなシスを、増えてきた野次馬……もとい、善良な通行人たちは罵倒する。
「さっさと罪を認めなさいよ、穢れ人!」
「気味が悪い。死人とずっといるから、頭がおかしくなっているに違いない」
「さて、シス・イルーシア。君は善良なる市民である彼から金銭を奪い取ったという容疑がかかっている。ご同行願おうか?」
「……! 私は神に誓って清廉潔白です!」
緑の瞳におびえを混ぜ込みながらも、シスは顔を上げて宣言する。しかし、その言葉でついにミストリアスの怒りに火が付いたのだろう。神官長は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「貴様ごとき穢れ人が、神の名を騙るな!!」
シスを面罵し、そして、あろうことか拳を振り上げた。
そこで、俺は反射的に動いていた。
「シスさん、危ねえ!」
当然だが、俺は拳を受け止めるなどと言った芸当はできない。主人公のようにかっこよくシスを守る、と言うことはできないのだ。
できたのは、ギリギリ暴挙をしだした神官とシスとの間に割り込むことだけである。
さて、ここで質問なのだが、人をぶん殴ろうと拳を振り上げた相手の前に出てきた場合、一体、どうなるだろうか?
「うげっ」
「ぐっ……?!」
ミストリアスの拳は、シスではなく俺の側頭部をぶん殴る羽目になる。一応、生前からそこそこ石頭だった俺の頭を殴ることになったミストリアスは、思っていたよりも痛かったらしい。右拳をおさえ、小さくうめき声を上げた。
その様に、いつの間にか結構集まっていた周囲の人間は大ブーイングを起こす。
俺は心の中で、マズい、これはジルディアスにめちゃくちゃ怒られるやつだ、と思いながらも、好きな女の子の手前、引くことはできないと本能が叫ぶ。そんなことをしたらクソダサいし、それ以前に人としてダメだ。
結構痛そうに右拳をおさえるミストリアス。そんな彼に、俺はできるだけ言葉を選びながら口を開く。
「すみません、任意同行は、双方の話をきちんとしてからでいいのではないのですか? 俺だって彼女のことはあまり知りませんが、シスはそんなことをする人には見えません」
「穢れ人を庇うなど、市民の風上にも置けないゴミだな……!」
「いやまあ、俺、イリシュテアの国民じゃねえし……いえ、国民じゃないですし」
ミストリアスの言葉にポロリとこぼれかけた本音を必死に取り繕う。若干アウトな気がしないでもないが、まあ、言いなおさないよりかはマシだろう。当然、俺の不敬な物言いに、ミストリアスは不愉快そうに眉をしかめる。
俺は慌てて言い繕う。
「その、えーっと、あれだ。俺は、普段はずっと旅をしていまして、敬語はあまり得意ではないのです。不愉快な思いにさせてしまったらすいません。ただ、ちゃんと話し合いをしてからでいいと思います。絶対に、何か勘違いが起きています」
「勘違いなどあるものか! 祓魔師シス・イルーシアは、まごうことなき犯罪者だ!」
「え? 容疑があるって話じゃなかったのですか?」
「穢れ人だぞ? 犯罪者に決まっている!!」
そう叫ぶミストリアスの瞳は、建前的な怒りと、弱者をいたぶる強者の愉悦の色が滲み、口元は隠し切れない嗜虐で歪んでいた。そこまで聞いて、俺はようやく理解した。彼等は、シスが本当に犯罪を犯したかどうかなど、気にしていないのだと。ただ、シスを断罪する機会を……被差別者を糾弾する場を欲していただけなのだ。
「……話にならないな」
ぽろりと、俺の口から本音が漏れる。
ミストリアスの発言は、明らかに頭がおかしい。しかし、それを指摘するものは誰一人としてなく、シスさえも発言の異常性を理解していながらも、口を挟むことはしない。ただ、美しい緑の瞳に諦観の影を落としこむだけだった。
ぎしり、と、無いはずの心臓が、ひきつるように痛む。
周囲からはシスを庇うような言動は一つとしてなく、むしろシスを庇った俺さえも罵声を浴びせかける対象となっていた。日々の鬱憤を晴らすかのように、イシュテリアの善良なる市民たちは嬉々としてヤジを、ゴミを、暴言を、俺とシスに向かって投げつける。
醜い。あまりにも醜すぎる。ウィルドがまず人類を滅ぼそうとした理由が理解できるような、あまりにも醜悪な【ヒト】の側面に、俺はただ、歯ぎしりすることしかできなかった。
__そう、イシュテリアでは、彼らの行動が……祓魔師を差別し罵倒することが、祓魔師は理不尽を浴びせかけられても諦め耐え抜くことが、正常だったのだ。
【イリシュテアの市民たち】
イリシュテアの市民たちは、外はアンデットが闊歩し、海の向こうには魔王の居城があるという特異な土地柄に住むことから、信仰深く、保守的で秩序を守ろうとする国民性をもつ。礼儀正しい彼らの国では、地域にもよるものの、荷物を外においておいても盗むものがいないと言われるほど、規則を忠実に守ることで有名である。
さて、イリシュテアの土地は、先述した通り、外敵があまりにも多い。そのため、人々は団結をするために余りにも残酷な手段をとった。それは、あまりにも極端なカースト制度である。
カースト下位には奴隷や祓魔師が属し、中層には一般市民や兵士が、上位は神官が属し、カースト下位の者は上位の者たちによって徹底的に虐げられる。つまり、一つの共通の敵を、虐げていいサンドバックを創ることで、団結をしていたのである。
__あまりにも醜い人の縮図を持ちながらも、人類の最終防衛戦は、美しい水晶の摩天楼を輝かせ、今日も魔王の脅威から人類を守っている。その足元に、罪なき人々の屍を積み重ねながら。