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91話 翼があるからって自由に空を飛べると思うなよ?

前回のあらすじ

・ジルディアスがとにかく神殿に行きたがらない

・ウィルたちがアンデットと戦う

・サクラ「ジルディアスはいずれ自分の父親を殺す」

 イリシュテアに来てから一週間。ある程度左手の刻印がうまくいくようになったところで、俺はとりあえず、レベル上げに専念することにした。

 と言うのも、死ぬこと前提でアンデットと戦えば、必然的に復活スキルを多用することになるため、スキルレベル上げにちょうどいいのだ。クソ痛いのさえ我慢できれば、武器としては優秀になれる。使い手があの外道なのが若干業腹だけど。


 ちなみに、変形のレベルは最大値(10レベル)まで上げたが、残念なことに味覚はまだない。滑らかに変形できるようになったおかげで、一応ウィルドみたく翼を生やしたりとか、足を馬にしたりだとか、ああいったこともできるようになった。

 が。


「なにこれ、キモ……」


 背中に翼を生やしたときに出た素直な感想が、このザマである。

 何と言うか、変形で肉体を操作するということは、マジカルな不可思議パワーで生えている、とかではなく、素で体を変形した結果、骨格から肉体が変形し、空を飛べる最適解の翼が背中に生えた、と言う状態なのだ。つまり、神経が通っていて、普通の肌や肉体と同じように感覚がある。


 さて、俺は先に述べておくが、運動は得意な方ではない。苦手だとは言わない。が、アスリート並みの身体能力を持っている、だとか、人数不利な状態で暴漢を殴り倒せる、だとか、平均よりも明らかに上めな運動神経を持ち合わせているわけではないのである。当然、超人じみた身体能力と精神力を持つジルディアスのように万能なわけではなく、そもそも原初の聖剣として生み出されたウィルドのように人外の変形に特化していたわけではない。


 その上で質問なのだが、ある日突然生えてきた三、四本目の腕でも足でもいい。とにかく、部位が一揃い増えたとき、まともに動かせることはできるのだろうか?


 アンサーは身をもって体験することになった。


「とりあえず、翼だし、動かせば飛べるだろ!」


 こんなアホっぽい考えから、わざわざ壁外に出て行った数分前の俺をぶん殴りたい。馬鹿かお前は。いや、馬鹿だったわ俺。



 外は不毛の大地であるため、樹木も大抵立ち枯れている。そのため、門の外で登りやすそうな場所と言うのはそうそうない。そんな中で、俺は少しの間、近づいてくるアンデットに回復魔法をかけて浄化しつつ、高台を探した。

 ジルディアスのいる宿と離れすぎないように外壁に沿って歩いていくと、ふと、俺はそこそこでかい石碑を見つける。石碑にはもちろんと言うべきか、まあなんとなく予想できていたと言うべきか、例の二重丸の印が真ん中に大きく刻み込まれ、その下にほんの少しの文字が書き込まれていた。


「何だこれ?」


 来る人も手入れする人もいないためか、すっかり苔むし、穢れた石碑。興味本位でその石碑の文字を追えば、どうやらこの石碑は8年前のものであるらしい。闘技場の名前が書いてあったため、どうやら闘技場の前に置いていた石碑を不法投棄したものらしかった。


「神前裁判勝者一覧……神前裁判?」


 ヘルプ機能を使って、神前裁判とやらを調べる。そして、俺はあまりに不愉快だったため眉を顰めてしまった。ああ、あの悪趣味な罪人対魔物の余興が神前裁判なのか。


 石碑を見る限り、一年間の間に神前裁判で生き残った勝者はたったの8人。人名の下には、『この試合にて彼らの罪を相殺する』と刻まれている。そして、名前は__


「ミネルヴァ、オリオス、ミューテ、エルスラ……ん? ジルディアス=R=フロライト……ジルディアス?!」


 思わず独り言が裏返る。石碑に刻まれているのは、確実にジルディアスの名前だった。年齢を確認しても、裁判時の年齢は9歳。現在のジルディアスは17歳であるため、同名の人間と言うわけではないだろう。


 つまり、ジルディアスは何らかの罪を犯し、神前裁判にかけられたことになる。そして、神前裁判から五体満足で生還した。


 俺は、顎に手を当てる。ジワリと額に汗が浮かぶのを感じた。どういうことだ? 何故だ? ジルディアスは言動もクソだし、性格も庇いようのない程度にはクソだが、くだらない犯罪を犯すようなクズではない。

 ともかく、ジルディアスが神殿に近づきたがらない理由はよくわかった。そりゃ、裁判にかけられて死にかけたなら、近づきたくはないだろう。


「マジか……いや、マジか……」


 訳が分からず、俺は茫然とうわごとを繰り返す。

 狂気じみた強さを持つジルディアスだから、神前裁判で生き残れたのか? これのせいであんな外道になったのか? とにかく、頭の中を疑問符が満たす。


 ただ一つ、分かることがある。


 たった9歳。たった9歳の子供を、闘技場の魔物の前に放り出す神殿は、おおよそまともではない。放り出した人間も、国も司法も、まともではない。つーか、保護者は何をやっているのだ?!


 そんなことを考えていると、ふと、アンデットの気配を感じ、俺は慌てて戦闘態勢に入る。


 現れたのは、クソボロいローブを纏った骨。ヘルプ機能で調べれば、スペクターと言うアンデットらしい。危険なのは__


「________!!」

「うぉっ……!!」


 言語化できない、脳を揺さぶるような甲高い音声。スペクターの強烈な【パラライズ】というデバフ系闇魔法である。精神に干渉し、体を動きにくくするという魔法だ。

 スペクターの危険なところは、闇魔法によるデバフである。パーティなら錯乱した味方が同士討ちを行い、単体ならパラライズで動けなくなったところをざっくり、というのが対スペクターの負けパターンである。対策として、単純に魔力耐性を底上げしておくというものがあるが、それでも時々デバフが通用してしまうほど、強力な闇魔法を行使する。


 ただまあ、今の俺には効果がないが。


「光魔法第4位【キュア】」


 左手に魔力を流し、異常状態を治すキュアを詠唱する。光魔法のレベルを上げたおかげで、俺は現在どんな異常状態でも治せるようになっているのだ。

 即座に異常状態を解除し、ついで俺はエリアヒールを行使する。単体ヒールでも構わないが、耐久されたときにエリアヒールの方が火力が持続するのである。……本来は回復が持続するのだが。


 周囲を癒しの光で包まれ、スペクターは恨めしそうに絶叫し、俺に向かって腕を振り上げた。戦闘になれていない俺は、当然回避できず、つむじのあたりからゴリッと削れるような一撃を素で受けた。脆そうな骨の癖に、随分と固い。


「ふざけんなよ、俺じゃなかったら死ぬぞ?!」


 俺はスペクターにそう文句を言いながら、ゼロ距離でヒールをスペクターに加える。死なないとは思っていなかったのだろう、スペクターは間の抜けた高音を叫び、無茶苦茶に俺を殴りまくる。

 左腕を持っていかれないように、全力で右手でスペクターの乾ききった骨をつかみ、何度も何度もヒールを詠唱する。そんな俺の行動を見て、スペクターは骨の面でにやりと嫌な笑みを浮かべる。


 そして、次の瞬間、スペクターはピンと伸ばした指先で、俺の喉をえぐった。うわ、気持ち悪!!


 びしゃり、と穢れた大地に血が飛び散り、そして、すぐに金の粒子に変わって消えていく。蠢く肉の筋が見えるほど抉れた俺の喉を見たスペクターは、さも嬉しそうにケタケタと笑い声をあげる。あまりに気味の悪い笑い声と酸欠で、頭がずきりと痛んだ。


 まあ、死にはしないけどな?


 腹を抱えんばかりに大爆笑するスペクター。

 完全に油断しきったスペクターの頭蓋を左手でつかみ、俺は黙って光魔法を発動させた。


__俺の本質は、結局のところ聖剣でしかない。ヒトとしての機能を放り捨てれば、無詠唱で光魔法を発動させることも、できなくはない。

 というか、そうじゃなきゃ声の出せていない聖剣の状態で光魔法が使えていない。


 まさか反撃されるとは思ってもいなかったのだろう。間の抜けた骨面でヒールを受けたスペクターは、甲高く鼓膜を破壊したいのではと疑うような絶叫を上げる。


 しかし、まだそれでも祓いきることはできない。怒りに体を震わせたスペクターは、空っぽな眼窩に赤い光をともし、強烈な闇魔法を俺に向かって放つ。

 禍々しい気配の直後、何故か重力が反転した。

 空に向かって落ちるという稀有な体験を強制させられ、俺は馬鹿みたいな悲鳴を上げる。高所恐怖症だったら死んでいたぞ。


__【グラビティ】かほかの闇魔法か……?!


 ジルディアスも時々使っている【グラビティ】は、確か重力を操作する魔法だったはずである。操作する重力を反転させれば、なるほど、空へ落ちることになるのか。

 城壁のてっぺんが見えるほどまで()()()ところで、スペクターはいっそう笑みを深くして、魔法を解いた。


 そうすれば、俺は地面へと落ちる。そして、追撃と言わんばかりに、穢れた大地から闇の槍が這い出てくる。


「うっげぇ、【ダークジャベリン】?!」


 状況的にはウィルドの詰みパターンとそう変わらない。が、決定的に違うところがある。それは、俺の翼がまだ無事だということだ。


「動け……!」


 全力で集中して、翼を動かす。動かし慣れていないため、胴体と翼のつながる筋肉が引きつるように痛んだ。

 翼を真横に広げ、きりもみ回転をしながら闇の槍を回避する。……うん、嘘だ。たまたま回避できた。翼すれすれを黒い槍が通過していって、背中に冷たい汗が走る。


「うっぉ、すげえ!」


 思わずアホっぽい感想を口にして、俺は必死に空を飛び続ける。すげえな、ウィルドっていつもこんなのを自然とやっているのか。慣れなさすぎて明日あたり筋肉痛になりそう。


 頬を風が撫で、浮遊感が五感を揺さぶる。地面に落ちるという恐怖が、一周周って喜楽の感情に変わる。ヤバい、楽しい。

 全力で翼を動かし、しばらくの間空中を滑空する。そして、あることに気が付く。


「まって、これ、どうやって地面に降りるんだ?」


 まじめな話、人類の肉体はそもそも空を飛ぶためにはできていない。魔法があるこの世界なら道具や魔法をつかって空を飛ぶことができるようだが、俺は使ったことがないし、着地の仕方も当然知らない。

 そして、翼を動かしても、まだ使い慣れていないためか、上昇はできない。できるのは、滑空だけである。


「うっそぉぉぉおおお?!」


 めちゃくちゃに翼を動かし、必死に風をつかもうとするも、俺は重力に逆らいきれず、徐々に地面に向かって加速していく。やばいやばいやばいやばいやばい!!


 俺は慌てて空中からあたりを見回す。クッションになりそうなものはない。あるのは壁か大地か木製のエンブレム、それに石碑くらいなものだ。どれを選んでもぶつかればミンチ確定演出だろう。


 畜生、何か、何かないか?!

 そう考えたとき、俺の視界にこちらを見てケタケタと不気味な笑い声を響かせるスペクターが入った。……ワンチャン、あるか?


 翼をグラインダーのように動かし、位置を調整する。そして、笑い続けながらもこちらへ飛んでくる闇の槍を素で受けながら、俺は上へあがろうとするのを完全に諦めた。

 槍は容赦なく俺の脇腹を、右腕を、太ももをえぐり、肉体を金の粒子に変えていく。が、俺は滑落を止めはしない。


 抵抗力がなくなり、重力がそのまま加速度に変換される。

 五メートルほどの距離に近づいたところで、ようやくスペクターも異変に気が付く。

 しかし、その時にはもう遅い。


「どうせミンチになるなら、てめえも巻き込んでやる! 人力メテオだ!!」


 刻印を刻んだ左手をまっすぐスペクターに向け、ヒールを纏わせる。そして、そのままスペクターに向かって落下した。

 直後、小さな振動とともにスペクターの間の抜けた絶叫が、あたりに響いた。人力メテオ……もとい、落下自殺に巻き込まれたスペクターは、重力で加速した俺の一撃に耐えきることができず、その骨格がばらばらに砕けた。


 そして、当然スペクターの次に、俺も顔面から地面に突撃する。うげぇ、痛え!!

 頭を強打した俺は、変形が溶けていくのを感じる。腕も足も、強打して原型をとどめていない頭蓋さえも光の粒子に変わり、やがて、心臓のあたりに大きくヒビの入った剣に、成り代わる。そして、そのまま一時的に意識を失った。




「何の音……?」


 すさまじい音の聞こえてきた場所に、仕事としてアンデット祓いを行っているシスが、近づく。

 彼女はそこに転がるスペクターの骨片と破れたローブ、そして、一振りの剣を見て、ただ首をかしげることしかできなかった。

【スペクター】

 強い怨念を残して死んだ魔法使いのなれの果て。魔法使いの死体であるため、光魔法以外ならどんな魔法でも使う可能性が高いが、スペクターになると、必ず闇魔法に適性を示すようになるため、大抵は闇魔法を警戒したほうが有用である。

 太陽の下では存在できず、日中はどこかに消えていることが多いが、あまりにも穢れが強く、さらには大抵霧で覆われているイリシュテア周辺では日中でも実力あるスペクターなら存在していることが多い。怖いね。


 ちなみに、強いスペクターは生前から強かった可能性が高いため、お高いローブを着ていたりもする。だからと言ってパクって着ると、呪われることがあるため注意が必要。

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