90話 引きこもりたちと勇者たち
前回のあらすじ
・錬金術の勉強を始める
・アレン「黒騎士物語とか読んだことねえの?!」
・恩田(ジェネレーションギャップってやつじゃないかな?)
シーサーペントを討伐した日から、丸三日。俺は宿と門の外を往復する日々が続いた。今はもう日も暮れたということで、宿の中でおとなしく錬金術の勉強をしている。教本があるとやっぱり方向性が見えてくるというか、とにかく何をすればいいかわかりやすく、刻印を失敗する回数も格段に減った。
ただし、ここまで練習して、一つ問題になったことがある。
毎日毎日飽きもせずベッドの上で読書をするウィルドの隣、黙々と筋トレをしているジルディアスに、俺は声をかける。
「なあジルディアス。入れ墨ってどこ行けばできるんだ?」
「……神殿だな。罪人を放逐する前に入れ墨を入れる故、金でも渡せば掘ってもらえんことも無いだろう」
「行けるか?」
「無理だな」
鎧に金属を詰め込み、ダンベル代わりにしたものを持ち上げながら、ジルディアスは短く答える。そう、ジルディアスはとにかく神殿に近づきたがらない。だからこそ、俺は入れ墨で刻印を固定することができずにいた。
でもまあ、入れ墨で固定するよりも書き換えができるため、現状のペンでの刻印の方が便利と言えば便利だ。今のところ、魔法威力上昇の刻印に光属性特化の刻印を刻んで光魔法に限って威力の上昇をするようにしている。ちなみに、この刻印を刻むのに失敗した回数は累計47回だ。
安いわら半紙に刻印を刻む練習をしながら、俺は小さく肩をすくめる。
「なあ、何で神殿に行こうとしないんだ? 前々から嫌いだ何だって言ってたけど、何かあったのか?」
「……気にするな。わざわざ話すことでもない」
ジルディアスはそう言って重りに使っていた金属鎧を床にガシャンと置き、小さく舌打ちをする。態度悪いな。結局のところ、俺もジルディアスも互いの話をあまりしない。する理由がないからだが、それ以上にわざわざする気もなかった。
さて、今までの旅での経験から俺もそこまで神殿に近づきたいとは思えない。が、最近出会ったシスは神殿に所属しているらしい。存外、あまりよくない人間は神殿の中でも一部分だけなのではないのだろうか?
アンデット祓いは時間がある限り続けている。しかし、流石に何十年も何百年も処刑地であり続けていたあの地が、俺が来たからといってたった5日程度で変化することはない。
俺でも途方に暮れるような馬鹿みたいな量のアンデットを、シスは一人で祓っているのだ。しかも、シスはただの人間である以上、俺のように何度も死んでアンデットに粘り勝つという泥試合戦法を使うことはできない。己の命を懸け、実力で戦っているのだ。
「神殿だってみんながみんな悪いやつってわけじゃないと思うけどさ……まあ、何かあったってのなら、聞かねえようにしておくよ」
「そう言えば貴様はエクソシストの知り合いができたのだったか。祓魔師はなぁ……まあ、悪い人間ではないのだが、何分ここいらだと差別されがちだからな。巻き込まれてこちらにまで被害が及ばないようにしておけ」
「ふーん、そうなのか。まあ、それなりには気を付けるよ」
ジルディアスの忠告に、俺は生返事をする。最悪の場合でも、俺は死にはしない。ジルディアスを巻き込んだら若干申し訳ない気がしないでもないが、ぶっちゃけそうはならないだろうと高をくくっていた。
__そう、日本と言う無駄に平和に見える島国のぬるま湯につかって生きてきた俺は、差別の感情を軽く見ていたのだ。差別されている人間は、息をしているというその行為そのものさえも罪だとされる。そんなことも知らず、俺は、のうのうと生きてきていた。
だから、まるで分っていなかったのだ。異世界の、常識を。
ジルディアスらから五日ほど遅れ、ウィルたち勇者一行はようやくイリシュテアにたどり着いた。というのも、元神官……別に任を解かれたわけではないため、今でも神官ではあるのだが……のロアとともに、イリシュテアの門付近でアンデット祓いをしていたからだった。
「ウィル! 回復魔法の用意はできたわ! ヘイトとられないようにして!」
「わ、分かった!」
地面に刺さる朽ちた二重丸のエンブレム。穢れた不毛の大地には枯草が生えるばかりで、風は不気味なほどに冷たい。ウィルは両刃刀を模した聖剣をぐっと握り締め、高らかに宣言する。
「剣術四の技【挑発】!」
ジルディアスは『スキルなど使わずとも出来ねば意味はない』と言っていた。しかし、スキルは対魔物戦に限っては、絶大なアドバンテージとなる。
挑発は、魔力を短い間放出することで敵を挑発し、ヘイトを吸収する技である。欠点としては、知能の低い相手のみに通用し、人間や一部幻獣などの高い知能を持つ生物や、そもそも知能を持たない機械などには通用しないことだろうか。
壮大な欠点がある代わりに、挑発のスキルの強制力は強い。知能と言うにはあまりに薄弱であるものの、本能のような機能を持ち合わせるアンデットたちには、十分に通用した。
空気を震わせるような低いうなり声と吐き気を催すような腐臭を纏わせ、ウィルの方へと殺到するアンデットの群れ。迫りくる恐怖を噛み殺し、ウィルは聖剣を盾の形へ変形させる。
「サクラ、今だ!!」
「ええ、分かっているわ! 光魔法第8位【ジャッジメント】!」
数秒間の詠唱時間の後、光魔法でも最強格の攻撃魔法を、放つ。
真っ白な雷が天より降り注ぎ、問答無用でアンデットたちを消し去る。魔法がきちんと発動したことに、サクラはかすかな安堵を覚えつつ、油断せずに杖を握り締めた。
「ナイス、サクラ! 【ライトアロー】!」
一掃されたアンデットの群れ。直後、アリアの光の矢がまだ動きを止めていなかった巨大な怪物の眉間を射抜く。どうやら、普通のアンデットに比べれば光属性に耐性を持つグールだったらしい。
どしゃり、と、肉の崩壊する音が響き、グールは崩れ落ちる。
周りからある程度アンデットがいなくなったところで、ロアは安堵のため息をついて世界樹の杖を下ろした。
全員の力量を上げるため、風の精霊の愛し子であるロアは今回の戦闘に参加はしなかった。とはいえ、もしもの事態が発生しないよう、周囲を警戒する風魔法、【サーチ】を常に使っていたため、戦闘中も警戒の糸は張り詰めたままだったのである。
へにょりと下がるロアの長い耳。土地に染み付いた穢れのせいで、精霊がかなり少ないのだ。
「サクラ、詠唱魔法もできるようになってきたな。術式を素早く刻めるようになれば、使用魔力も減ってくるはずだ」
「わかったわ」
ロアのアドバイスに、サクラは小さく頷く。STOのシステムに半ば縛られていたサクラも、少しずつプレシスの魔術を学び始めたのだ。
魔術はシステムでの発動をしなければ、出力の調整ができる。カンストまでレベルを上げたサクラだが、それでもMPの量には上限がある。この世界はゲームではないのだ。敗北は即ち死を意味する。己の無力さを知ったサクラは、絶対に皆を守れるように、ロアに教えを乞うたのだ。
まだ慣れていないため、サクラは時々短縮詠唱……つまり、STOのシステムにのっとって魔法を発動してしまう。システム発動は魔力効率が悪いわけではない。ただ、いい意味でも悪い意味でも同一の現象しか起こせないのである。
今回の光魔法【ジャッジメント】も、限定的に威力を絞り範囲を広げたことで、先ほどのようにウィルに群がろうとしていたアンデットたちを一掃できたのである。
__STOの時にこれが使えたら、素材狩りとかすごくはかどっただろうな……
サクラはそんなことを考えながらも、聖剣である杖を確認する。ラスボス用……もとい、対ルナジル用に強化は光魔法の威力強化が中心である。
ルナティックジルディアスに勝つために大量の対闇魔法装備ばかりをそろえたため、対アンデットにはさほど苦労しない。問題はジルディアスを見るたびに頭痛を覚えることくらいか。
……結局のところ、今回のボスはともかく、次のエリアでジルディアスと敵対することは決まっている。問題は、その後にジルディアスが黒結晶堕ち……もとい、魔王の呪いにかかるかどうか、と言う話である。
正直なところ、サクラはまだジルディアスを嫌っている。アニメ基準での悲劇を惨劇を起こしかねないということもある。もちろん、サクラ自身も今のジルディアスは件の転生者のおかげで多少はマシになっているとは思う。
が、結局のところ、それはそれ、これはこれだ。
__ジルディアス=R=フロライトは、己の父に手をかけ、殺す。結果、弟のルーカスと婚約者のユミルが私たちの従者となる。
次の章の物語で、ジルディアスの外道は最高潮となる。その後はアベル王太子殿下によって断罪され、勇者の資格を剥奪される。そして、処刑の代わりに魔王の元へ単身向かうのだ。
今回の章はその前振りとでも言うべきか。魔王挑戦前に力量を試そうと闘技場の大会に出場したウィルに立ちはだかる。イベントバトルとは異なり、猛攻してくるジルディアスから一定時間身を守り続けるか一撃でも攻撃が当たれば勝利となるが、それでも難易度的にはリトライ前提、もしくはレベリング前提のものである。
単純に言えば、今のウィルでもかなりぎりぎりだ。
できれば、ジルディアスと敵対したくはない。が、それでも物語はそう変わらないはずだ。……向こうの転生者が、干渉さえしていなければ。
考え込むサクラを、アリアは不思議そうに耳をぴくぴくと動かしながら見つめる。
「どうしたんだ? いきなり考え込んで」
きょとんとした表情で問いかけるアリア。そんな彼女にサクラは一瞬驚くも、苦笑いを浮かべて首を小さく横に振る。
「ああ、大丈夫よ。気にしないで」
結局、今できることはウィルやほかのメンバーのレベリングくらいだ。とにかく強くならなければ、戦いの舞台にすら立てない。生き残りたいなら、ただ強くなければならないのだ。
それは、サクラ自身も、である。
__私がここに来た意味を知りたい。ここにいる意味を知りたい。でも、それ以上に、この世界をバッドエンドで終わらせたくない。
ここはまるでゲームの世界のようだった。でも、決定的に違う点がある。それは、ここの世界の住人達には命があることだ。同時に、己にも命がある。
ここでは敵に負けたからと言って何度もやり直すということはできない。つまり、ジルディアスにもどうにか初見で勝たなければならないのだ。
「……イシュテリアの露店で闇のお守り買おうかしら」
脳裏によぎる、圧倒的な強さを誇る敵の姿。アレを、どうにかして乗り越えなければ、ハッピーエンドにはたどり着けない。
【101本目の聖剣】
聖剣は本来、__の役割を果たすため、原初の聖剣を除いたその本数は必ず100本であるはずだった。しかし、現にこのプレシスには、ウィルとサクラの所有する第101の聖剣が存在する。
__100以降の聖剣は、【権限がありません】の可能性を生み出すために作られた、いわば神によってつくられた聖剣である。故に、本来の聖剣としての機能は【権限がありません】。
確かに言えることは、魔王を倒すだけならただの聖剣で事足りる。しかし、この【権限がありません】を【権限がありません】で終えるためには、通常の聖剣以上の可能性を持っている必要があるのだ。
__世界は、残酷なのだから