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81話 悲しきかな聖剣人生

前回のあらすじ

・恩田「入れ墨かっこよくね?」

・ジルディアス「ないわー」

・老婆「……良い人だったのだがのう」

 イリシュテアの中央、陸地から少し離れて海の中央に闘技場は存在している。闘技場の隣には、道中から見えていた天高くそびえる水晶の神殿があり、ここいらだけは普通の町のように土産屋やちょっとした商店などが設置されていた。


 白色の石材で円形状……それこそ、コロッセオのような闘技場は、その周りだけ床がなく、闘技場だけが切り離され、海に浮かんでいるような状態である。現在は架け橋がこちらから闘技場につながっているが、見たところ架け橋自体も巻き取ることで外し、完全に外界から切り離せるような仕組みになっている。


「すげえでっかいな。固そう」

「感想が随分雑だな」


 あきれるジルディアスの声。魔法技術の発展したこの土地でも、日本並みの近代建築は存在しえないため、東京ドームよりもでかいとか、スカイツリーみたいとまでは言えない。だからこそ、そこまでオーバーリアクションをとれなかったのだ。


「血の匂いがするね。ここも処刑場かい?」

「いきなり物騒な質問するなぁ……」


 俺は思わず肩をすくめ、ウィルドを見る。人は多少いるが、小声であるため、気付かれることはないだろう。ジルディアスは少しだけ表情を曇らせ、ウィルドに答えた。


「あながち間違いとも言い切れん。罪人がこの建物に入るとすれば、それは間違いなく処刑を意味するからな」

「異世界怖いな」


 小さく首を横に振って答えるジルディアス。

 気になったのでヘルプ機能を使って闘技場のことを調べてみれば、なるほど、半分以上処刑場だろうここは。


 闘技場では三か月に一度、丸一週間をかけての大会を開くという。

 その前哨戦として、大罪人を使った余興……と言うにはいささか悪趣味が過ぎるが……が行われる。それは、生け捕りにした魔物と人間を戦わせるというものである。


 両の手に枷を嵌められたまま、武器を持つことも許されず人々は最後まで生き残れば罪を免除するという光に手を伸ばす。結局のところ、ほとんどの罪人は魔物によってその命を奪われる。生き残れたとしても、四肢を欠損していたり、半身を失ったりなど、とても日常生活を送れないような状態にまで陥るという。


「うわぁ、ヘルプ見なきゃよかった」

「調べたのかい? どんなものなのだい?」


 R18(もちろん、ゴア表現の方)な映像が脳裏にうつりこみ、俺は小さくつぶやいた。

 興味津々で俺にそんな質問をするウィルド。俺は小さく肩をすくめて首を横に振った。これはちょっとウィルドの教育に悪すぎる。


 本戦の方は相手の命を奪うのは禁止と言うルールがあるが、それでも大怪我を負うものは負う。年に数人は死人も出ているほどだ。

 しかし、大会で優勝すれば、盛大な名誉と莫大な賞金を手に入れられる……らしい。つっても、ジルディアスは金持ちだからわざわざ参加する意味がないけどな。


「いやー……あんなのに参加する奴の気が知れねえわ。俺は無理だな」

「俺も無理に決まっているだろうが。あんなものに参加したくもない」


 ジルディアスはあっさりとそう言うと、さっさと宿に向かって歩き出す。ウィルドだけは少しだけ興味を持っていたらしいが、あんな人の醜いところが見える施設に行ったら、本格的にウィルドが人類を滅ぼし始めてしまいそうであるため、できるのなら近づきたくない。


 闘技場のすぐ横を通り抜け、俺たちは宿をとろうとする。

 しかし。


「あー……旅の人、ごめんなさいねぇ。フロライトの硬貨はウチじゃ使えないのよ」

「フロライトの金は扱っていないな」

「金貨積まれても、フロライトの硬貨はちょっとな……」


 ジルディアスが持ち合わせていた貨幣のせいで、軒並み断られてしまった。

 少しだけ不愉快そうに表情を歪めながらも、ジルディアスはおとなしく次の宿を探す。両替をしようかとも思ったが、流石に国をいくつかまたいでしまうと両替もしにくくなってしまっていた。


「野営か?」

「門の外で野営をするのは自殺行為だと思うがな」

「確かに」


 比較的治安のいい……その分割高な宿に軒並み断られてしまったため、俺たちはそんなことを言い始める。異世界である……というか、日本ではないここでは、下手なホテルに宿泊すると、ホテルのオーナーに身ぐるみはがされた上に奴隷商に売り払われることがままある。

 イリシュテアは多少……いや、まあまあ治安が悪いため、下手に安い宿に泊まれば強盗殺人の憂き目にあいかねない。基本的に宿に引きこもる予定でもあるため、最低限セキュリティのしっかりとした宿に宿泊しておきたかった。


 結局、いい宿が見つからなかったために、俺たちは処刑場……もとい、正面門のすぐそばのぼろい宿に泊まることになった。若干アンデットの這いずり回る音が聞こえてくるが、多分押し入り強盗はないはずだ。……多分。


 宿に最悪盗まれても構わない荷物を置いて、今度は船着き場に移動する。予定はだいぶ遅れてしまったが、急げば船の予約くらいはできるだろう。

 ところどころ繕い直しのあとの見えるベッドの上にリュックサックを置いたジルディアスは、適当に荷物を整理してから、部屋の鍵ともう一つ、自前で持ってきた錠前を部屋にかけ、さっさと宿から出て行く。全然宿を信用してないな。




 宿から出るころには、昼時を少し過ぎるくらいの時間になっていた。剣である以上、俺は特に空腹は感じられないが、ジルディアスはそろそろ腹も減るころだろう。


「昼飯どうする?」

「船着き場でミールボックスを買う。シーサーペントが獲れていればいいが」

「シーサーペント?」

「海に現れる魔物だ。劣化版水龍とでも言うべきか?」

「漁師すげえ」


 なんでも、ジルディアス曰くシーサーペントの肉は赤身で美味いらしい。中身が半分レアなフライは特に美味であるらしく、それだけはイリシュテリアの良点なのだとか。


「そっかぁ、僕も食べたいな」

「……そろそろお前も人型になっておくか? ぼろを出しそうだから嫌なのだが……」

「羽と足は我慢する」

「ならいい。行くぞ魔剣」


 ジルディアスはそう言って適当な路地に足を踏み入れる。

 その時だった。


「ジルディアス、あぶねえ!」

「?!」


 俺は反射的にジルディアスの手を引くと、彼の体の前に躍り出る。次の瞬間、腹に赤く焼けた鉄の塊を押し付けられたような痛みが走る。

 痛みで小さくうめきながら、俺は腹を見る。真正面から突き立てられた黒色の剣は、俺の背骨で勢いをそがれ、貫通まではしていない。しかし、一般人ならこれだけで即死確定演出だろう。


 俺は口から血を吐きながら、前を睨む。

 下手人はジルディアス同様、フードを深くかぶった男。フード付きのコートに、旅をしているのか丈夫そうなブーツをはいたその男は、少し悔しいことに俺よりも身長が高くがっしりとした肉体であった。


 揺らめいた布地の隙間から顔の右ほほあたりにどす黒い色の入れ墨が見えた。口元は残忍な笑みを浮かべ、確実にとどめを刺すために突き立てた剣を手元で返し、傷口をえぐる。止めろ、普通に痛い。


 このままだと不味いと判断した俺は、右手で腹につき立った黒色の剣をつかむと、万年筆で刻印を刻んだ左手を使って魔術を行使する。


「光魔法第二位【レイ】!」

「うぉっ、あぶねっ」


 男めがけて光の矢を放てば、下手人は慌てて回避に徹する。ついでに、黒の剣を上に切り上げ、右手ごと強引に腹から剣を引き抜いた。クソいてえ。


「【ヒール】」


 光の粒子に変わっていく末端組織をそっと体の後ろに隠し、俺は回復魔法で肉体を復活させる。レベルが上がった今、復活スキルを使うよりも回復魔法を使ったほうがMPの消費を抑えられるのだ。


 血のにじんだ黒色の剣の柄。死には至らなかった俺に男は少しだけ驚いたような表情を浮かべるも、すぐに口元に残忍な笑みを戻した。


「へえ、凄いな。アレで死なないのか」

「普通に死にかけたけど何か問題でもあるか?」

「口答えする余裕もあんのか。いーなお前、一緒にワンナイトラブしねえ?」

「え、何コイツキモ……」


 ニタニタと気味の悪い笑顔を浮かべ、人差し指と親指で作った輪に指を出し入れする男に、俺の口から思わず本音が漏れる。

 自己弁護のために言っておくが、俺は別にその手の人に偏見や差別意識は持ってない。でも、普通に、常識的に考えて初対面かつ腹に剣突き立てた相手に誘われたらこう言うしかないだろ。


 ドン引きする俺をよそに、指輪からナイフを取り出したジルディアスは、男に向かって投擲する。狭い路地であるため、剣は使いにくいと判断したのだろう。


 すっ飛んでくる銀の輝きに、男はニタニタ笑顔を歪ませることも無く黒の剣でナイフを叩き落す。そして、お返しとばかりにコートの前をばさりと開く。


 コートの内側には、柄に血のしみ込んだナイフ、糸鋸(いとのこぎり)、肉屋が使うようなミートチョッパー、針、メス、ノコギリ、ニッパー、ペンチ、のみ、ハサミ、先のとがれたヘラなど、とにかく大量の()()が縫い付けられていた。


 うげ、と声を上げるよりも先に、男はコートのすぐ手前に縫い付けていた血まみれのナイフを引きはがすと、ニタリと笑んでそのナイフを無造作になげる。


 俺はためらわずに右腕を横に伸ばし、ジルディアスを庇う。右掌に突き刺さるナイフ。どろどろに汚れ、赤茶く錆びたそれは、傷口をそのままにしていたら間違いなく何らかの病気になりそうだった。


「痛え……!」

「そうか! そうだよなァ!! 痛いよなァ?!」


 半ば裏返ったような、愉悦を含んだ大声で俺に問う男。その声に、そのセリフに、鳥肌が立つような気色の悪さを感じた。生理的に受け入れられない甲高い笑い声に、俺は顔をしかめながらも言い返す。


「怒鳴らなくても聞こえるっての、この、バーカ、バァーカ!」

「ガキかたわけ! 知性ある語彙はないのかお前は!!」

「何で俺、味方から罵倒されてるんだ?!」


 思わぬところからの飛び火に、俺は肩を落とす。

 長物は使えないと判断し、ジルディアスは指輪からロッドを取り出す。そして、即座に呪文を詠唱した。


「闇魔法第八位【グラビティ】第五位【ダークジャベリン】」

「げっ……」

「うげぇっ?!」


 俺もろとも重力操作で地面に叩きつけたジルディアスは、容赦も慈悲もなく影の槍を男に向かって射出する。顔面から地面に叩きつけられた俺とは反対に、動きにくくなったとしても何とか立ったままだった男は、表情を歪めながらも、黒色の剣をつかみ、飛んできた槍を次々に切り落とす。


 その間に、俺の背中を容赦なく踏みつけ、前に躍り出たクソ野郎ことジルディアスが、剣の状態のウィルドを片手にその首を撥ね飛ばさんと銀の一振りを振りかぶる。


 しかし、その瞬間、男は舌打ちをしたかと思うと、黒色の剣を握ったまま詠唱した。


「光魔法第一位【ライト】!」

「?!」


 突然の目くらましに、ジルディアスは剣の導線を誤る。一撃を何とか躱した男は、無理やりジルディアスの魔法に抵抗し、そのまま路地裏の奥に逃げ出す。

 光魔法が弱点であるジルディアスは目を覆い、酷く歯ぎしりをする。


「次は、殺す……!」

「いや、それ、悪役の台詞じゃね?」


 地面に叩きつけられた俺は、思わずそう言う。多分だけど、あの男に刺された怪我よりも内臓軒並みぶっ壊れている分、ジルディアスの方が俺のHP削ってると思う。

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