80話 澄み切った町
前回のあらすじ
・ジルディアス「他人のMPを使ってよく魔法が使えるな」
・恩田「錬金術のスキル使えば魔法の効果倍増できるんじゃね?」
・腕が大爆発する
きっかり一時間で近くに集まっていたアンデットたちを祓った俺たちは、ようやく水晶の門を通り抜ける。4,5回失敗してようやく綺麗に術式を腕に刻むことができた。普通の人間はまずやったら死ぬなこれ。
「ちょっとカッコよくね? 入れ墨みたいで」
「……入れ墨が格好いいと思う気持ちがよくわからんな。あんな犯罪者の印、何がいいのだ?」
「へー、こっちだとそう言う扱いなのかー」
日本でも別に入れ墨は気軽にする様なものでもないが、どうやらこちらの世界では入れ墨イコール犯罪者の証であるらしい。多少の罪で死刑にするまでもない軽犯罪者への見せしめ兼罰として掘られることが多いらしい。
どっちにしろ、俺は魔法の発動体の強化として使っている以上、さほど気にはならない。どうせ長そでで隠れるし、何なら洗えば綺麗に汚れは落ちる。というか、自浄作用で消えてしまわないか心配だったが、どうやら刻印は消えないらしい。普通にありがたい。
鼻歌を歌うウィルドを軽くはたき、ジルディアスはフードを深くかぶりなおす。門番の人には特に何も言われはしなかったが、俺たちは足早に素晴らしい彫刻の施された芸術的な水晶の門を通り抜けた。
イリシュテアの街並みは、どこか息苦しい石レンガでできた建物の群れだった。寒々しい建物の群れに紛れていくつかの商店も見えるが、あまり活発に客寄せをしているようには見えない。国境の町ヒルドラインや芸術の町アーテリアのようなにぎやかな様子はなく、こんな広くきれいな街並みであるのに、どこかさびれた、さみしいような雰囲気が漂っていた。
「お土産屋さんとかあるのかな?」
「……あるにはある。が、立ち寄る予定はない」
俺の間の抜けた疑問に、ジルディアスはあきれたように言う。そんな彼の返答に、俺は思わず首を傾げた。
「何? ここ、来たことあんの?」
「ある。二度……いや、三度ほど。が、いずれにしろここにいい思い出はない。ゆえに、長居だけはしたくない」
「へえ、そうなのか。名物とかあるのかここ? せっかく味覚戻っても、ろくに店とかやってなさそうな感じするんだけど」
「金を出せばうまいものは食える。が、基本的に自前で材料を買って作ったほうがいいな。食堂のような施設はあまりない」
本当にこの街があまり好きではないのだろう。ジルディアスは肩をすくめてそう言いながら、さっさと灰色レンガ敷きの道を歩いていく。フロライトのように魔道具のランプが町中に設置されているが、ココのランプは宗教のモチーフの要素が強く、しばらく見たくない二重丸のエンブレムがライトの中央に設置されていて、思わずうげっと小さく声を上げてしまった。
「すげえな、どこ見ても一つは二重丸がある」
「その手のことをあまり口に出すな。余計なことを言うと神殿の犬が嗅ぎ付けてくるぞ」
「うぉ、怖」
想定外におっかないことを言うジルディアス。いちいちつっこむのも馬鹿らしくなったのか、ジルディアスは小さく肩をすくめてこれからの予定を言う。
「闘技場のそばで宿をとってから、船の予約を取る。魔王の居城まで行くのには船が必須だ。魔法でもいけないことはないが、ついて魔力切れの状態で魔物に襲われたら目も当てられん」
「わお、そりゃやだね。じゃ、船の予約の日になるまでは宿のなか?」
「そうだな。……ウィルド、不満なのはわかるが、剣のままでいろ。大剣になるな」
ボロが出ては困ると判断し、ウィルドは現在剣の姿のままである。探求心が強い彼は、見たことのない世界を見て回ることを好んでいる……ように見える。本人に聞いても、そんな機能は無いと言われるが。
ジルディアスに注意されたウィルドは、不貞腐れたような声色で言う。
「大きさ以外には剣には変わらないだろう?」
「大きさも見た目も変えるなと言う話だ」
「……外歩き、ダメなのかい?」
「勝手に一人で……あー……うむ、ダメだな。せめて魔剣と一緒に……いや、それもだめだな」
明らかにしょぼんとした様子のウィルドに、ジルディアスは言葉を選ぶ。俺がダメだっていうのは単純に距離が離れるとジルディアスの元に戻っちまうからってことでいいんだよな? 常識云々の話じゃないよな?
しっかりと整った石畳の道には、人通りがない。いっそ耳が痛くなってくるようなほどの静けさを感じながら、俺たちは黙々と石レンガの冷たい街並みを歩いていく。海辺だからか、金属製の水道管のブリキパイプは赤茶けていた。
「人いないなー。これ、食事どうするんだ?」
「ミールボックスを店に注文する」
「……ミールボックス? 何だそれ?」
「答えるのが面倒だ。勝手に調べろ」
「へいへい」
あたりを警戒して、小声で返答するジルディアスに、俺は生返事を返して【ヘルプ機能】を使った。
「ミールボックス、ミールボックス……酒類の提供禁止や煙草の禁止など、宗教的な影響で閉塞的な生活を余儀なくされたイリシュテアの人々が、凝った料理を自宅外で入手できるようにするために編み出した食事の提供方法。金属製の箱、ミールボックスに料理を詰めたものを注文した家に届ける。……デリバリーみたいなものか」
「でりばりー? まあ、出前のようなものだな。イリシュテアでは飲食店の代わりにミールボックスを提供する店が多い」
「あ、出前は通じるんだ」
俺のざっくりとした解釈をジルディアスが補足する。結構宗教の縛りが多いらしく、人々はそれに従っているという。まあ、人の幸せやルール、タブーは人それぞれだし、幸せに暮らせているならよそから勝手なことは言わないほうが良いだろう。
それにしても、酒類は提供禁止なのか。それでも、酒屋さんはあるあたり、何と言うべきなのだろう……まあ、別にいいのかな?
「そういや俺、神殿の信仰するカミサマとかよく知らねえや」
「その手の話は宿で行う。悪いが、気軽に神殿にいってこいとは言えないからな」
ジルディアスは肩をすくめてそう言う。豪華なローブの金の刺繍が風で揺れた。言葉の端に小さな謝罪の言葉が混じり、俺は思わず首を傾げた。
「や、べつに、俺も神殿に行きたいってわけじゃねえぜ? 俺の知っている神様と多分違うだろうし、そもそも俺自身は無宗教だしな」
「……無宗教? 冗談だろう貴様」
ありえない、と言う表情を浮かべるジルディアス。そんな彼の反応に、俺は首をかしげることしかできない。
「いや、別に神様がいないとは思ってない。実際転生する時に会ったわけだし、仏像邪魔だから壊そうかなとはならないし、他人の信仰に口出しは基本しないし。でも、信仰するかどうかって別じゃね? 祈ってご利益あるならするかもだけど、基本的に困ったときに神頼みするくらいだし……」
「魔剣お前、聖剣なのだろう? それでいいのか?」
ポカンとあきれたような表情を浮かべるジルディアス。結局のところ、俺はさほど神様を尊敬していない。いや、日本人の思考の根底として、身近にいる神様に感謝するという感情は持っている。しかして、俺の知っている神様も、今まで守ってきたルールマナーに基いた神様も、失敗は起こすものなのだ。
根底として、神道を重んじているのか、仏教を重んじているのか。ともかく、どちらにしろ、否定することはないが積極的に肯定したり、わざわざ俗世を離れて寺で生活をしたいと思えるほど宗教ガチ勢ではない。だからこそ、俺は『無宗教』を名乗っている。
「別にいいんじゃね? 困っていることはないし、神罰が下ったことも無いし」
「……剣に生まれ変わったのは神罰ではないのか?」
「何か手違いらしいよ? つーか、神罰だったとしても今人になれてるからそれでよくね?」
「そんなものなのか?」
「そんなもんだろ」
俺とジルディアスはそんな会話をしながら石レンガの道並みを歩いていく。涼やかな潮風が、頬を撫でる。ウィルドは、何故だか嬉しそうに鼻歌を歌っていた。
ジルディアスたちから少し遅れ、アーテリアの町を出たウィルたち勇者一行は、道中で小さな村に立ち寄っていた。
「おばあさん、ココで大丈夫?」
「ええ、わざわざありがとうねぇ」
朗らかな笑顔を浮かべ言うのは、齢80過ぎの老婆。紺色の服を身に纏った彼女は、他の村から購入した荷物を担いでくれたウィルに礼を言う。
勇者一行は次の町『聖イリシュテア』を目指す傍らで、人助けも並行して行っていた。この老婆も、村から村へ移動する道中に出会ってしまったアンデットに襲われていたところだった。
道中で着々と力をつけたウィルたちは、アンデット……ゴーストを討伐してから老婆を村まで護衛していたのだ。
ぺこりと頭を下げる老婆に、ウィルは苦笑いを浮かべ、そして首を横に振った。
「別にいいですよ。僕たちはイリシュテアに用があるので」
「あら、もしかして、勇者様かしら?」
「はい、そうです」
老婆が持つにはやや重そうな金属製の工具箱を片手に、ウィルは頷く。すると、老婆は少しだけ驚いたように目を丸くし、そしてそっと微笑んだ。
「そうなの……なら、魔王城を目指しているのね?」
「まあ、そうなりますね」
「そうなの……あのね、こんなおばあちゃんの話、聞いてくれるかしら?」
悲しそうに微笑み、そう問う老婆に、ウィルは少しだけ首をかしげながらも大きく頷いた。周囲を警戒しながら、サクラはそっと目を細める。
__イリシュテアに入るためのイベント。話を聞き終わったら、経験値と一緒にアンデットから身を隠す外套をもらえるはず
ゲームでの知識を呼び起こしながら、サクラは思考を続ける。
イリシュテアのそばの村では、イリシュテア城門前の処刑場の影響でアンデットが沸きやすくなっている。そのため、この村にはたくさんの対アンデット魔道具が設置されている。
若干ハロウィンのような……実際ハロウィンイベントの会場になっていたのだが……この村は、特殊な魔道具を作ってはほかの村や都市に売ることで生計を立てている。
そんなことを思い出しているサクラをよそに、老婆は少しだけさみしそうに過去の話をし始めた。
「……この村にはかつて、勇者候補の男がおってな。祓魔師の神父殿でな。村人にも優しい、よい神父だったのだがのう……」
目を伏せる老婆。複雑な模様にくりぬかれたカボチャのランプが風に揺れる。香入りの蝋燭が炙られ、ふわりとスパイシーな香りが肺を満たす。
老婆はしわまみれの手をそっと握り締め、気落ちしたように口を開く。
「聖イリシュテアでは、祓魔師は忌諱されておってな。勇者の神父も、その忌諱の憂き目にあってな……本当に、いい人だったのだがのう……」
「その人は……」
さみしそうに言葉を紡ぐ老婆。そんな彼女に、アリアは耳をへたりとさげながら控えめに質問する。老婆は閉じ、そっと首を横に振った。
「祓魔師だったというだけで、勇者であるにもかかわらず、あの神父は殺されてしまったわい。祓魔師がいなければ、ここいら一帯はアンデットでいっぱいになってしまうというのに……」
「何で祓魔師は……その、差別されているのですか? 僕の故郷はそんなことはなかったのですが……」
控えめに質問するウィル。老婆は悲しそうに答える。
「祓魔師はな、死後アンデットになる確率が高いのだ。生前に穢れを浴びるからなぁ」
「だとしても、人々を守る祓魔師が差別されるのは、おかしいですよね」
「ワシが生まれるよりも前からそうだった。昔からずっと差別されていたから。今も差別されているのじゃ。ワシらは祓魔師ではないが、祓魔師のための道具を作っておる。
もちろん、よその連中からいろいろ余計なことを言われることもある。しかし、それで構わんと思っておる。アンデットを追い払う魔道具が無ければ、城壁のない村に住む人々は無抵抗にアンデットに襲われることになる。誰かがやらなくてはならない仕事を、ワシらがしておるだけだからな」
ワシらには、誇りがある。
老婆はそう言って、儚く微笑んだ。
サクラは、そっと目を伏せる。何故なら、知ってしまっていたからだ。
__ここのラスボスは、ミニングレス。幾万ものアンデットが折り重なってできた最悪のアンデットで、その核になっているのは……
ぐっと奥歯を噛みしめる。
処刑場に沸くアンデットを祓魔師が払い、祓魔師は穢れる。穢れた祓魔師を人々は嫌い、処刑場で殺す。弔われずに無念の死を遂げた祓魔師はやがてアンデットに変わり、そのアンデットになった祓魔師を別の祓魔師が祓う。
悲しい負の連鎖は、いつまでも途切れることなく続き続ける。
このかなしい連鎖を断ち切れるのは、主人公であるウィルだけなのだ。
【プレシスにおける入れ墨について】
魔法と言う技術のあるこの世界では、肉体に罰を与える……具体的には、手を切り落としたり、目をえぐったりと言った罰は、その時の痛みはあれども崩壊した四肢やら目玉やらは金さえあれば直してもらうことが可能である。
再犯をより防止したいと思った人々は、やがて回復魔法では治らない方法で罪人に罰を与えるようになった。
それが、錬金術を用いた刻印による入れ墨である。
軽犯罪者であれば腕や足に、そこそこ重い罪ならば胴体や顔に、追放刑にも近い者には全身に入れ墨を入れる。錬金術に失敗すればほぼ即死であるため、入れ墨を入れる過程も、入れた後も、罪人への罪は残り続ける。