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78話 水晶の城壁と処刑場と

前回のあらすじ

・ジルディアス「ぼろを出すなよ?」

・ウィルド「わかっているよぉ」

・恩田「心配だなぁ」

 くだらないやり取りをしながら、俺たちはイリシュテアの城壁にたどり着く。イリシュテアはアーテリア同様……いや、アーテリアよりも幾分強固な城壁であり、しかして、美しさはアーテリアよりも劣っていた。


 遠くから見れば水晶のように美しかった街並みだが、近づくとどうやらそれだけでないのが見えてしまったのだ。



 ウィルドが聖剣に化ける都合上、俺は人型に変形し、ジルディアスの従者として町に入る手はずとなった。……しかして、早くも文化の違いに驚愕する羽目になった。


「なん、だ、あれ」

「ああ、貴様は見ないほうが良い。血や死体は嫌いなのだろう?」


 深くフードを被ったジルディアスが肩をすくめて言う。

 水晶のように美しい外壁。その周辺には、直径1,2メートルくらいの二重丸を象った木製のエンブレムが掲げられている。数は一つや二つではない。広く大きな外壁をぐるりと囲むように、大量のエンブレムが地面から生えていた。


 そして、そのエンブレムの内周……二重丸の内側には、骨が縛り付けられている。


「ひとの、骨……?」

「ああ。裁判で有罪になったものが掲げられている。ここいらは古いものばかりだが、門の端に行くと()()()()()()()()もいる」

「生きた状態で磔にされてんのか……?!」


 筋肉はとうの昔に削げ落ち、かろうじて頭蓋とあばら骨、そして、磔になった足と腕の骨が残る。大量の骨とすえた臭いに、俺は思わず息を飲んだ。


 空気が、異常な程に重い。季節はそろそろ夏も終わりのころだが、気温がまだまだ高いはずにも関わらず、妙な寒気があたりを包み込んでいる。


 おびえる俺に、ジルディアスは眉をしかめて言う。


「魔剣。ここいらの死体はまだましな方だ。地には戻されていないが、五体はしっかりと残されているだろう?」

「……そういや、宗教的に一番ヤバい処刑方法って、五体裂きだっけ」

「ああ、そうだな」


 骨と二重丸と木のエンブレムの間を通り抜け、俺たちはイリシュテアの門へと向かう。その間、ウィルドはそっと歌を歌っていた。多分、発音とか聞き取れる癖的に神語魔法の言語であるような気がする。


『不浄に光を、悲しみに濡れた大地に渇きを。無念はなたれよ、この地に彼らの居場所はない』


 透き通るような歌声が、地面に、木々に、道に、この悲しみと苦痛と怨嗟に染まった骨と、木と、エンブレムに、染み渡っていく。きれいな音が、震えるような音が、あたりに光を与える。すえた臭いが、息がしにくいほどの恐怖が、ほんの少し和らいだような気がした。


 茫然とする俺。しかし、ジルディアスは少しだけつらそうにこめかみに手を当てると、聖剣に化けた……いや、聖剣が彼の本体なのだが……ウィルドに忠告する。


「……言語は理解できない。が、これは鎮魂歌か何かか? ここらではその手のは歌わないほうがいい」

「……どうしてだい、ジル。こんなに、魂が淀んで悲しんでいるのに」

「だからこそだ」


 不服そうに言うウィルドに、ジルディアスはそう言って指輪の倉庫から銀でできた剣を引き抜く。そして、ある一点を睨んだ。


 ずるり、と、地面が震えたような気がした。

 悲しみと怨嗟に淀んだ門の前に掲げられた、ほんの少しの救い。それに、報われなかった魂が、群がる。


 最初に動いたのは、ジルディアスの睨んでいた朽ち果て地面に倒れた二重丸のエンブレム。そのエンブレムが、ばきりと、真っ二つに砕けた。そして、地面からずるずる、ずるずると、何かが這い出る。


 背筋がぞくりとするような、本能的な恐怖が俺に襲い掛かる。

 地面から這い出たそれは、朽ちて、分解されて、汚泥にまみれ、崩れた骨であった。骨はいびつに人型を創り上げ、がくがくと動き、何かを求めるようにその手を伸ばす。


 ジルディアスは盛大に舌打ちをすると、ウィルドに言う。


「生きている人間が現れるまでは、鎮魂歌を歌い続けろ! 歌わないほうが危険だ!!」

「わぁ、立派なアンデットだね。滅ぼさなきゃ」

「感想言う前に歌って?!」


 俺は表情を引きつらせてウィルドに言う。そして、即座にヘルプ機能を使った。


【____】 Lv.71

種族:カーススケルトン 性別:なし 年齢:(読み込めません)

HP:420/420 MP:350/350

STR:361 DEX:251 INT:0 CON:464


「うわっ、強っ!!」

「当たり前だ、何年分の呪いが積み重なっていると思っている!」


 ジルディアスはそう言って銀の剣を横なぎにふるう。穢れを払う銀の一撃を受けたカーススケルトンは、首の骨が砕ける。しかし、致命には至らない。そりゃそうだ、そもそも、これは死んでいるのだから。


 骨であるためか、INTはゼロである以上魔法は使えないのだろう。それでも、その筋力と、何よりも体力は相当なものがある。

 ずるずると地面から這い出して来るカーススケルトンに、俺は半ばパニックになりながらも、光魔法を使う。


「光魔法第二位【レイ】!」


 光魔法の一番簡単な攻撃魔法。光を収束させ、光線による攻撃を行う。魔法の発動体が自分自身であるため、指を伸ばしてその先から光線を放った。


 その瞬間、カーススケルトンの頭蓋に銅貨一枚ほどの穴が空く。結構な大ダメージだったらしく、カーススケルトンは不気味な悲鳴を上げる。


「よし、ダメージ通る……!」


 かすかに安堵する俺。これだけレベルが離れていると、ダメージが通るかどうかすらも怪しかったが、どうやらきちんと効果があるらしい。魔法による根性焼き……もとい、レイは、カーススケルトンの額を浄化し焦がした。

 まだカーススケルトンは動いているが、俺が与えた一撃でひるんでいる隙に、ジルディアスが縦割りにして完全に倒しきる。


 砕け散った骨が、穢れた灰に変わって風に流される。が、地面から湧いてきたアンデットは、こいつ一帯だけではない。


 草も生えぬじっとりと苔むした地面から、ずるずるとアンデットたちがはいずり出る。ホラーゲーム顔負けの現状に、俺は悲鳴を上げた。

 ジルディアスは小さく舌打ちをすると、俺に言う。


「ヒールを使え! そっちの方がアンデットには効果がある!」

「わ、わかった!」


 ジルディアスの言葉に、俺は大きく頷いてからヒールの魔法を使う。攻撃魔法のレイよりもこちらの方が使い慣れているため、スムーズに魔法を行使できる。


 俺たちがアンデットと戦う間も、ウィルドは鎮魂歌を歌い続ける。あとから聞いた話なのだが、鎮魂歌があったおかげで、まだアンデットたちが弱く数も少なくなっていたらしい。これでもバイ〇ハザード真っ青な恐怖体験と密度だ。


 普通の旅人たちは、光魔法のプロフェッショナルである聖職者とともに行くか、それともこの道を決死の覚悟で全速力で駆け抜けるかの二択であるという。もちろん、聖職者が同行していたとしても、十回に一度は死人が出るという。何で門の状態をこんなのにしたんだ。


 そんな状態の中、俺たちはアンデットを祓いながら、強引に進んでいく。


「【ヒール】!」


 まだ光魔法がLv2であるため、癒しの光は小範囲にしか広がらない。が、しかし、熟練度は相当なものであるため、ミスは絶対に起きない。いや、起こさない。


 癒しの光は、アンデットの体に触れると、その箇所を灰に変え消滅させる。広範囲回復魔法なら、もっと効率よくアンデットを祓うことができるのだろう。

 だがしかし、俺は道を開いて進みゆくうちに、あることに気が付いた。


「……?」


 最初の違和感は、俺たちへ来る攻撃の少なさだった。

 いやもちろん、アンデットたちは容赦もなく、こちらへ押し寄せてくる。しかして、決して石を投げたり、魔法を使ってきたり、腕を振りかぶったりはしてこない。


__もしかして、攻撃のために押し寄せてきているのではない……?


 俺はふと、足を止める。

 すると、後ろから押し寄せてきていたアンデットも、その動きを止めた。


 俺は、奥歯を噛みしめて、ジルディアスに声をかけた。


「待ってくれ、ジルディアス!」

「何だ?! さっさと行くぞ!」

「アンデット……いや、ここにいる人たちを祓ってから移動したい! この人たちに攻撃の意思はない!」

「……は?!」


 あきれたように眉を下げ、口をへの字に曲げるジルディアス。彼は何を言っているのだ、と言わんばかりの表情を浮かべ、俺をじろりと睨む。


「馬鹿が。きりがないだろうが!」


 銀の剣を振るいながら、そう怒鳴るジルディアス。しかし、俺は彼に噛みついた。


「だとしても、放っておけねえよ! だってこの人たち、ただ安らかに眠りたいだけなんだ!」


 自分で言葉を吐いていながら、十分理解していた。多分今、脊髄で物事を考えてそのまま口に出していると思う。我ながらに説得力のかけらもないし、根拠も存在しない。でも、ただ、俺は考えたことをそのままに口を動かしていた。


「人通りねえし、数分ならいいだろ?! 俺、嫌だよ、この人たちがずっと苦しんでいるのを放っておくの!」

「アンデットに知恵はない! 奴らはただ、生きとし生けるものを無差別に襲うだけだ!」

「じゃあ、何で俺は今攻撃されてねえんだよ!」

「……」


 こちらに向かって懇願するように手を伸ばしたアンデットの右腕を切り払い、ジルディアスはぐっと目を細める。

 足を止めた俺の背後には、大量のアンデットがひしめき合っている。しかし、いずれも俺たちに何かを懇願するように手を伸ばしはせども、体に触れることはなく、殺すために拳を振りかぶることも、噛みつくこともない。


「頼む、数分でいいんだ。せめて、この人たちに安らかな眠りを与えたい」


 自分でも訳が分からないと思う。どんな言語でも理解できるというチートを持っていながら、それでもアンデットの言葉は聞き取れない。しかし、彼等が何かを求めるように伸ばす手を、懇願するように祈りをささげ組まれた手を、振り払いたくなかった。見て見ぬ振りできなかった。


 穢れた灰の交じった、緩やかな風が流れる。穢れ不毛な大地に突き刺さった二重丸のエンブレムが、磔になった骨が、カラカラと揺れる。


 俺は、下唇を噛みしめてジルディアスの目を見る。結局のところ、俺がどれだけこの場に残ると言っても、彼との距離が一定以上離れてしまえば、強制的にジルディアスの元に転移させられるのだ。だからこそ、彼には、彼だけにはここでとどまってもらわないといけない。


 ジルディアスは少しの間眉をしかめ、そして、深く深くため息をついて、口を開いた。


「……俺は、協力しないぞ。自衛に徹するまでだ」

「……! いいのか?!」

「さっさとしろ。一時間たったら強制的に移動する」

「わかった! やれるだけやる!」


 やっぱり、彼は話が分かるやつだ!

 俺はニッと笑んで、改めて光魔法の準備をした。


 穢れた地を背後に、水晶の城壁は輝かんばかりにそびえたっていた。

【アンデットについて】

 弔われることなく放置された死体や、この世に未練や恨みを残して死んだ人間などが、死後に穢れや異常な魔力を帯びて変貌した怪物。分類的には魔物とされることもあるが、アンデットになってすぐの死体には魔石が存在しないため、まさしく【アンデット】としか分類できない。

 生きとし生けるものに無差別に襲い掛かり、殺し、食らいつくす。当然、体に正常に動く内臓や機能は存在していないため、ただ無駄に食らっているだけだ。

 アンデットは忌み嫌われ、人族共通の討伐対象であり、死後アンデットにならないために丁寧な埋葬を望むものが多い。


__死してなお生き続ける彼等への救いは、討伐されて祓われること、ただそれだけである。

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