76話 レベル上げってこんなに難易度あるものだったっけ?
五章すたーと
サーデリアの首都アーテリアを抜けてしばらくの間、俺たち……いや、主に俺はレベル上げを敢行した。
結論だけ先に言うと、地獄みたいにキツかった。
まず最初の壁は、マギアドールの形を維持しながら戦うのが結構難しいという事態である。マギアドール単品なら割と変形が楽なのだが、体を動かすのに魔力を使う。レベルが低い俺は、必然的に魔力量も少ないため、活動時間が相当制限されたのだ。
「ねえねえ、4番目。もっと早く動けないと、魔物は仕留められないよ?」
『待って待って、あのね、そもそもサイズが違うの。一歩のサイズが違うから、おいてかないで?!』
マギアドールのサイズは30センチ程度。軽く180を超える身長の二人の比幅に合わせることなど、到底できない。ともかく、この状態でどうにか魔物と戦う必要がある。
ジルディアスは小さくため息をつき俺の首根っこをつかみ拾い上げる。どうやらこのまま運んでくれるらしい。何かごめんな?
「持ち運びくらいはしてやる。とにかく、さっさとレベルを上げて見せろ」
『はーい……つってもそう言えば、この辺に出てくる魔物って、何?』
次に、魔王の城に近づきすぎて、魔物が軒並み強かったこと。一番弱くてホーンラビット(Lv65)である。こちとらレベル帯的にはお鍋のふたを盾にヒノキの棒振り回しているような物なのに、だ。まあ、普通にやったら勝てない。
『うがああああああ! 当たんねえ!!』
ジルディアスに貸してもらったナイフを剣代わりに、現れたホーンラビットに切りかかる。が、当然のように回避され、ガリガリと頭をかじられる。元が聖剣であるため、こちらは一切怪我をしないのだが、普通に腹が立つ。
俺の戦闘場面を見て、ウィルドは苦笑いをして言う。
「んー……弱いね、君」
『剣に戦闘機能が付属してると思うなよ?! つーか俺、剣になる前はごくごく一般人だったんだぞ?! 無理に決まってんじゃん!!』
「剣の振り方、持ち方がなってない。話はそこからだろうが」
『あっ、ガチで役立つタイプの説教だ』
流石に見ていられなくなったのか、ジルディアスが剣の持ち方を懇切丁寧に教えてくれたので、とりあえずまあ、戦闘面はどうにでもなったことにしておこう。最悪、へし折られようがかみ砕かれようが俺は死なないのだ。
しかし、そこに最後の壁が立ちはだかる。
最後が、聖剣としての特性として、所有者であるジルディアスから一定距離離れると強制的にジルディアスの元に戻るというクソ仕様である。
トラップと執念でギリギリまで追いつめたホーンラビット(幼体)(でもレベルは21あった、ふざけるな)が逃げて行った時の絶望と言えばもう、神は死んだと思えるようなレベルだった。うん、あったことのあるあの神には人類基準の生死の概念なさそうだけど。
『逃げ……あ……ああああああああクソがああああ!!』
くくり罠の縄を頭の鋭い角で切り離し、文字通り脱兎のごとく逃げ出すホーンラビット。俺個人の足の速さ的にもジルディアスとの距離的にも追いつけず、俺は地面に崩れ落ちた。
そんな俺に、ジルディアスは少しだけ眉を下げ、言う。彼はそばにいると、弱い魔物が逃げてしまうため、少し離れた場所で待機していたのだ。
「……その、少しは同情する」
『裏ボスに慰められるのつらすぎない?』
「よし、死ね」
『痛い!』
最終的に罠で動けなくした魔物に触れてジルディアスの時と同様、魔力を引き抜くことで魔物を倒すことができることが判明し、結果としてレベルは何とか上げられた。なんかこう、だんだん魔物が弱っていくところがわかって、どうしようもないほど罪悪感に襲われた。
でも、世の中は弱肉強食である。きっちり魔物は討伐し、しっかり解体して生きるための糧にさせてもらった。もちろん、俺じゃなくジルディアスとウィルドがである。
日も暮れ、ようやく野営の準備を終えた俺たちは、火をおこしながらつかの間の休息をとる。
マギアドールの体のまま、俺は自分のステータスを確認した。
【恩田裕次郎】 Lv.6
種族:__ 性別:男(?) 年齢:19歳
HP:35 MP:50
STR:27 DEX:71 INT:73 CON:27
スキル
光魔法 Lv.2(熟練度 142) 錬金術 Lv.1(熟練度 0)
ヘルプ機能 Lv.1(熟練度 65)
祝福
復活 Lv.3(熟練度 263)
変形 Lv.5(熟練度 182)
レベルは5上がり、ステータスは25ずつ増加した。倒したときの苦労に見合っていない感じがすさまじいが、スキルレベルは変形を4、光魔法を1上げて現在の状態にできた。
とりあえず、これで人間に変形できるかどうか、試してみればいい。
『じゃ、やってみる!』
「勝手にやれ」
ぱちぱちと燃える焚火の前でホーンラビットの肉をあぶりながら、ジルディアスは言う。たれはヒルドラインでレオン中団長に分けてもらった甘辛だれである。香ばしい香りに目をキラキラとさせるウィルドを横目に、俺は深呼吸をしてから、変形のスキルを行使した。
するりと、体が波打つように動き出す。そして、変形の限界を超えたことを実感した。
いつもなら増やせない肉体が、増やせる。いつもなら精密にできない箇所が作り込める。いつもなら無理だと思えていた形に、なれる。
できる。ゼロだと思われていた可能性が満たされて、その先になれる。
もぐもぐと焼けたウサギ肉を頬張るウィルド。そんな彼を見本に、俺は俺の形を作り上げる。取り戻す。
できる。できる。できる!
剣の体は足を、腕を、腹を、頭を取り戻す。腕には手が、手には指が出来上がり、腹の中には臓腑が、頭には顔ができていく。変貌していく剣に、ジルディアスは食事の手を止めて彼を見やった。
光の粒子がパラパラと落ちて消える。最後に、肉体を包み込むように服が現れ、聖剣は、人間の体へと変形した。
一人の男に変形した聖剣は、やがて、口を開いた。
「いやー、俺もついに人間デビューか」
「……うむ、まだ顔を作るのに慣れていないのだろうなとは思うが」
「ナチュラルに俺の生前の顔ディスるのやめてもらえない?」
変形のおまけとしてステータス作成の時にもらった丈夫な服を着た俺は、額に青筋を浮かべジルディアスに言う。めちゃくちゃ失礼じゃないか?
変形のスキルレベルは、どうやら体積と質量、それに若干の制御力増加であるらしい。その結果、見てくれは完全に人間の姿になれた上に、マギアドールの応用で動きも人間そのものだ。
手を握ったり開いたりしながら、俺は体を伸ばす。何か月ぶりに人の体を取り戻したのだろうか。声帯が動くおかげで、声が出る。ようやく、ジルディアスと同じく聖剣であるウィルド以外にも、俺の言葉が、気持ちが、伝えられるようになる。
胸の中に感動が広がる。滅茶苦茶うれしい。これでやっと、俺は人になれたのだ。
ウィルドはニコニコと笑顔を浮かべ、俺に言う。
「おめでとう、4番目。聖剣としての機能、上がったみたい」
「うん、ありがとうウィルド! 声出てるよな? 動けてるよな?」
「うんうん、身体機能は問題なく稼働しているように見えるよ」
笑顔で答えてくれるウィルド。
その言葉に、俺は思わず涙ぐんだ。
転生したと思ったら、手違いが重なって聖剣になっていて。動けなくて、声も出せなくて、その時その時をやり過ごして、生きるのに精いっぱいで。
できないことが多くて悔しくて。いくらかジルディアスの援護ができるとしても、本当にささやかな、ちょっとしたことしかできないのが悔しくて。食事もできなくて、眠れもしないのが、さみしくて。それが、ようやく、やっとできるようになると思うと、訳が分からないくらいうれしくて。
夜風が草木を揺らす。光のないこの夜道で、星や月はいっそ眩しいくらいに冷たく輝いている。
感情が飽和する。飽和した分が、涙になってこぼれて、あふれた。
零れ落ちた涙は、肉体から離れたところで、地面に落ちる前に光の粒子になって消えた。
__そっか、俺、さっきまで人じゃなかったんだな
流れた涙は、光の粒になって、やがて空気に溶け込んで消える。本当なら、この涙もきっと腕だとかズボンだとかにしみこむはずだ。それでも、あくまでこの体は聖剣であり、だからこそ、破損した部分は……体から離れた肉体は、消えてしまうのだ。
人間と同様の機能を持ち合わせてはいない。まだ不完全だけれども、俺は今日、人になれた。
涙がある程度収まったところで、俺はさっそく、食事に挑戦してみた。一応本来の体は聖剣のままであるため、残念ながら空腹は感じられない。内臓機能がまだ完璧に動いているわけではないため、ほんの少量だけ、ウサギ肉の破片を口の中に放り込んだ。
香ばしい香り。柔らかい肉質。ただ一つ、足りないものがあって、俺は首を傾げた。
「……味が、無い?」
「む……? 醤のたれは肉につけておいたぞ?」
「塩味もうまみも一切感じられねえんだけど……」
肉の食感はわかる。香りもわかる。ただ、味だけがない。
えっ、マジで?
困惑する俺に、ウィルドが思い出したように言う。
「五感はスキルレベル依存だよ。必要な感覚から優先的に取得されるから、剣として不要な味覚は一番最後の方。味覚以外は全部あるなら、多分頑張ればすぐに取得できると思うよ」
「そっかー、ありがとうな、ウィルド」
俺の独り言に応えてくれたウィルドは、確か変形のスキルレベルがマックスのLv10であったはずだ。レベル5でも味覚が付かないということは、もう少しレベルを上げないとしばらくは味のしない食事になるのだろう。
少し残念な気持ちになるながらも、俺はかなり久しぶりな食事を目と匂いで楽しんだ。
【ホーンラビット】
角の生えたウサギ。ウサギの癖に草食ではなく雑食性の生態を持つ魔物である。
本来ならさほどレベルは高くないはずだが、魔王の城の近くで異常なまでに成長した魔物たちから生き残るため、必然的にレベルが高くなった。それでも、食物連鎖の最下位の部類。かなしいね。
肉は雑食であるため、基本的に美味しくはない。が、若い個体や草を多く食べた個体はウサギとほぼ同じ肉質で、そこそこ美味しい。そのため、ホーンラビットはほかの魔物によく狙われている。
しかし、魔物は魔物であり、さらに厄介な特性として、ホーンラビットは群れで生活する場合がある。その場合、より狡猾な狩りを行うことが多く、ホーンラビットの群れの巣穴には、大量の冒険者たちの遺品が転がっているという。