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8話 殺意は添えるだけ

前回のあらすじ

・ジルディアス「王城に向かう」

・恩田「折られた」

・襲撃者「殺された」

 襲撃者を返り討ちにしたジルディアスは、使い捨てにしていた武器を拾い、血をぬぐってから指輪にしまい込む。


『うっわ、容赦ねえな……』

「何、逃げられて報告されても面倒だからな。こいつらは、神殿とその他のどちらか……」


 ジルディアスはそう呟きながら、近くにいた首のない死体を手で引き寄せ、服をはぐ。そして、首にかかっていた二重丸のエンブレムをみて、小さくため息をついた。


「神殿だな。むぅ、一人ぐらい生かしておくべきだったか……?」

『いや、うん、全員生存ルートも作ってほしかったけどな』


 俺は思わず口を挟む。

 周囲には生存者はジルディアス一人しか存在していない。あたりを血なまぐさい異臭が支配し、夜道には静寂が戻る。あまりの光景に、俺は恐怖やら吐き気やらを覚えるはずの脳は機能停止し、逆になぜか、妙なほどに冷静だった。

 彼は、荷物と俺を拾い上げると鞘に戻し、そのまま立ち上がる。そして、何事もなかったかのように歩き出した。


『えー……何もせずにそのまま行くのか?』

「ああ。余計なことをして、さらに神殿からにらまれるわけにはいかぬからな」

『刺客皆殺しにしておいて何をいまさら』


 継続していたライトの魔法に魔力を少しだけつぎ足しながら、俺は思わず言う。その言葉に、ジルディアスは小さく肩をすくめて沈黙を返事とした。


 野ざらしになった死体は、おそらく数刻と立たずに獣によって食われ、分解され、そして、いつの間にかなくなっているのだろう。っていうか、超人気RPGのスタートって、こんなエグいのでいいのか?

 もちろん、STOの始まりと言っても、視点は裏ボスからなのだが。


 輝く半月が、妙に網膜に残った。




 太陽が昇るまで、休むことなく歩き続けたジルディアスはひたすら歩き続け、太陽が空の真上につく頃、ようやく王城の城壁が見えてきた。城門の前には、城下に入るための商人たちや貴族たちが列を作り、馬車の中で待機している。


 そんな中、ジルディアスはその列をスルーして門番の立つ城門前に移動し、軽く左手を上げる。すると、門番は深く礼をしてジルディアスを通した。近衛をしているジルディアスは、城門を顔パスできるらしい。そのまま城門を通り過ぎ、まだ店一つ開いていない下町を横目に城へと歩く。


 人はいないわけではない。道には時折新聞紙を配達する少年の姿が見えるし、路地に目を凝らせば、道端でうずくまって眠っている老人の姿もある。ただ、あの町のようなにぎやかさは残念ながらない。


 まっすぐに城へと向かったジルディアスは、裏口から城に入り、そして、近衛の待機場所へと向かう。仕事をしているのか、それともまだ仕事の時間ではないのか、待合室……と言うよりかは、デスクルームにはだれもおらず、ジルディアスは自分のデスクの前に移動すると、紙にさらさらと文字を書き、拇印を押して部屋の中央の、他のデスクよりも少し豪華そうに見えるその机の上に置く。


 そして、自分のデスクの上に置かれた私物のうち、花の刺さっていない不格好な花瓶を拾い上げると、しばらくそれを眺める。


『何だそれ? 作ったのか?』

「……俺が作ったものではない」


 ジルディアスはそれだけ言うと、指輪の中にその花瓶をしまい込む。そして、少しだけ書類を整理したあと、メモに期日や引継ぎ内容などをかきこむ。そして、それらを残してさっさと出ていこうとし……


「……? どうしたんだ、ジルディアス」

「……殿下」


 突然入室してきた少年に、ジルディアスは表情をこわばらせる。殿下、と言っていたということは、おそらく王族なのだろうか?

 さらさらな金色の髪を揺らしながら、少年はジルディアスに近づく。そして、あどけない笑顔を浮かべると、言う。


「こんな時間に珍しいな! 今日は、父上もミルヴィ夫人も式典の用意でいないから、私に剣を教えてくれ!」

「……。」


 珍しく、ジルディアスは押し黙って少年から目を逸らす。そして、しばらく考え込んだ後、口を開いた。


「……大変申し訳ありません、殿下。俺は、本日を持ちまして、退職させていただきます」

「……えっ」


 ジルディアスの言葉を聞いた少年は、驚いたように目を丸くする。そして、言葉を飲み込んでから、その淡い青色の瞳に悲しみを混ぜ込んだ。


「何故……何故だ、ジルディアス」

「此度の勇者選定の儀式で、勇者に選ばれてしまいました。後任にはマルクを推薦いたします」

「!」


 勇者、の言葉を聞いた少年は動揺しつつも、下唇を噛んで感情が溢れそうになるのをこらえる。見ていられなくなった俺は、思わず少年に向かって言う。


『な、泣くなよ? 大丈夫だって、こいつ、俺のことをへし折ったり地面に投げ捨てたり、魔剣呼ばわりしたりするけど、実力はあるんだから!』

「……黙れ魔剣。だがまあ、貴様の言うことも一理あるか……。」

「?」


 突然話し出したジルディアスに、少年は不思議そうに首をかしげる。ジルディアスは空気を切り替えるために小さく咳き込むと、膝をつき、少年と同じ目線になると、彼の頭に手を置いた。


「アベル殿下。私は勇者ですが、貴方に危機があれば、どこからでもすぐに駆け付けましょう。我がフロライト家の家紋に誓います」

「……剣には誓わないのか?」

「残念ながら、今持っている剣は、聖剣と言うよりは魔剣に近い代物でして。これに誓うくらいでしたら、家紋に誓ったほうが全然マシです」


 あっさりと言ったジルディアス。俺は思わず『おい』と文句を言うも、彼は完全に無視を決め込んだ。少年は、珍しいことを言うジルディアスを見て、一瞬ポカンとするものの、すぐに表情をほころばせた。


「ふふっ、そうなのか。なら、しかたないな」

『ごまかされないでくれよ! 俺、魔剣じゃないからな?!』


 思わずそう叫ぶも、どうやら彼には聞こえていないらしく、ジルディアスの方を見ると、ぎゅっと手を握った。そして、言う。


「……ジルディアス=R=フロライトに命ずる。必ず生きて帰り、私の警護任務に復職せよ」

「拝命いたしました。」


 ジルディアスは片膝をついたまま騎士の礼をとる。少年、いや、幼き王は、少しだけ表情を陰らせるも、ぐっとこらえてジルディアスの右手を離す。そして、年相応のさみしそうな表情を浮かべ、言う。


「帰ってきてくれ。五体満足なんて高望みはしない。絶対に魔王を討伐しろとも命令しない。ただ、生きて帰ってきてくれ。信用できる家臣は、お前しかいないんだ」

「……もしも、本当にお命が危ういなら、我が実家をお頼り下さい。貴方様も、お命をお大事に」


 ジルディアスはそう言うと、そっと立ち上がり近衛の待機部屋を出ていく。しばらく離れたところで、俺はそっと彼に質問した。


『その……彼は立場が危うかったりするのか?』

「危ういどころの騒ぎではない。暗愚を人型にしたような王に、それを裏から支配するたわけども。幸い、魔王がいるとはいえどもいつ殿下が弑逆されるかわかったものではない」


 忠君たるジルディアスは、吐き捨てるように言うと、盛大に舌打ちした。そう言うのって、言っちゃあ不味いんじゃあないのか?

 そう思った俺に対し、彼はわざとらしく肩をすくめると、言う。


「当たり前だ。だが、我がフロライト家は殿下に忠誠を尽くすと決めたからな。殿下以外の愚物がどうなろうと、知ったことではない。それがたとえ、殿下の父上だったとしてもな」


 いっそ残酷とも取れるような、はっきりとした言葉。吐き捨てるようにそう言ったジルディアスはそっと手を握り締める。そして、決意を露わにするように、言葉を紡いだ。


「……最短で、魔王を片付ける。それだけだ」

『そっか。がんばれ』

「他人事か、貴様」


 あきれたように言うジルディアスに、俺は肩をすくめた。……気分の話だから、肩は無いだろなんてマジレスをしないでくれ。

 俺たちは、そんなことを話しながら、王城から出ていく。彼にはもう、寄るべき場所はないのか、足取りも迷うことなく、その冷徹な瞳は、ただ前を見据えていた。


 こうして、外道裏ボスこと、ジルディアスと俺の旅が始まった。







 さて、突然ながら、私こと安藤桜は、やりこんでいたゲームの世界に転移した。


 何を言っているかわからないと思うが、私もわかっていないため、勘弁してほしい。2部追加のためのメンテナンスが終わり、STOを進めようとデータにログインしたら、突然この場にいたのだ。


「えっと……ステータス……あ、メインパラメーターか。アイテムは持ってるし、お金もそのまま……」


 身の回りをチェックする限り、見た目も所持品も、ゲームで使っていたアバター、『サクラ』のものである。ピンク色の髪も、高レベルクエストの素材をふんだんに使っているドレスアーマーも、そっくりそのままだ。


「てか、このがっちりした鎧を着ていても、特に阻害無く動けるって……この体、頑丈すぎやしないかしら?」


 独り言をつぶやきながら、私は周囲を確認する。ここは、メインストーリーの一番最初の町、『フロライト』だ。


「フロライトって言えば……もしかして、あの外道もいるってこと?」


 メインストーリーの山場かつ、最大の難所であるジルディアスの存在を思い出した私は、表情を歪める。メインストーリークリア後のダンジョンでは、随分辛酸をなめさせられた。大体、アレは運営も頭がおかしい。黒結晶に侵されているジルディアスよりも、素のジルディアスの方が強いとか、単純に意味が解らないうえ、難易度もかなり理不尽だった。

 一体何回町にデスポーンさせられたかも覚えていないほどで、結局、追加ダンジョンは、親友に手伝ってもらったうえで、ポーションを3スタック消費して、やっとクリアした。


 親友はジルディアス推しであるらしいが、私は無理だ。本編やらダンジョンやらでトラウマを植え付けられすぎた。


 そんなことを考えていたが、それよりも、今はいつなのだろう。夏至の勇者選定の儀はどうなったのか。


 STOのストーリーでは、フロライトにある第4の聖剣を、フロライト家長男のジルディアスが引き抜き、その直後から主人公が動けるようになる。ちらりと広場を見渡してみれば、高い台座の上には剣は突き刺さっていなかった。


 ない、ということは、ジルディアスも死んでいない、ということである。持ち主を決めた聖剣は、その主が死ぬまではずっと付き添うという性質があるためだ。


 なら、時間軸は1章から6章の間? それとも、私は始められなかった、二部開始直後で、第4の聖剣が、他の勇者によって引き抜かれたのか?


 そんなことを考えながら、私はとりあえず、主人公が聖剣を手に入れた場所へと向かう。もし1章なら、そこには聖剣があるはずだし、なかったとしても、2章の時にはその場所はボスエリアに変わっているため、今がどれくらいのタイミングなのかが分かるはずだ。


 中央の聖剣広場から抜け、路地を進んでから、苔むした古い用水路に入り込む。エリア名は確か、『フロライト地下用水路』だったはずだ。


「えーっと、確か、モブはスライムとフロッグが沸いて、レアモブはマッドフロッグ、だったかしら?」


 独り言をつぶやきながら、私はストレージからメイン武器である聖剣を取り出す。まあ、聖剣といっても、強化によって見た目はそのまま杖であり、まったくもって『剣』には見えないが。

 ……なるほど、勇者として聖剣は持ったままだったのか。なら、地下用水路にはボスモンスターである、ビッグフロッグがいるだけなのかもしれない。


 奇妙な水草の生えた石壁を眺め、私は特に考えなしで前へと進む。このエリアで一ダメ以上のダメージを与えられる敵は、ボスモンスターを含めても存在していないからだ。


 ご都合主義なヒカリゴケによって照らされた地下用水路は、暗闇で視界が悪いということはない。たしか、ここの採取では、ヒカリゴケと水草が手に入るのだったか。ヒカリゴケはここだけでしか取れないため、少しだけもっていこう。……使い道は、初級錬成くらいのものだが。


 無防備に近づいてきたスライムを杖(聖剣)で叩き潰し、私はボスエリアである地下用水路の最終地点へと移動する。ここは、雨が降った時に水を一時的にためる箇所であるため、一瞬無駄とも思えるほど広いエリアに、天井にはおあつらえ向きにひときわ大きなヒカリゴケの群れが生えている箇所だ。


 しかし、私はふと、何か水がはねるような音を聞き取った。


「……スライム? だとしても、何でこんなに……?」


 疑問に思った私。しかし、あることを思い出して、私は駆け出した。


「これ、もしかして、アニメ版のSTO……?!」


 アニメ版のSTOは、『屈指の()()()()』として、その名をはせている。具体的には、自警団に所属している主人公、ウィルが、迷子になった少女を探すために地下用水路に入ることになる。


 そこまではまあいいだろう。問題は、その後だ。


 ゲーム本編では、迷子になった少女を見つけ、ビッグフロッグ戦開始。直後に、聖剣を見つけ、それでビッグフロッグを討伐。その成果で、ウィルは勇者として認められる。


 が、アニメ本編だと、まず迷子になっていた少女が死ぬ。そこもツッコミどころしかないが、その後、主人公ウィルもかなり大怪我をおい、ようやくビッグフロッグの討伐に成功するのだ。


「女の子が死ぬなんて鬱展開、絶対に許さない……!」


 彼女は、本当に死ななくてもいい少女だった。ウィルが魔王を倒すための決心の一つにした、と言っていたが、それなら別に、ゲーム本編におけるジルディアスとの遭遇で構わないのだ。


 私は、覚悟を決めた。

 これが、アニメ版のシナリオなら、世界を変えると。ハッピーエンドにできなくとも、せめて、ゲーム本編のエンドへ近づけると。


「バットエンドになんてしない! 私が、させない……!」


 大好きなゲームだから。大好きな世界だから。

 私が、許さない。


 その日、とある少女が、決意を抱いた。

【アニメ版STO】

 ソードテールオンラインは、ゲームの人気が高じ、アニメ化もされた。

 しかし、結果はさんざんなものであった。理由は簡単、鬱アニメだったからだ。


 序盤から死ぬモブ、あまりに苦戦する主人公一同。圧倒的すぎる敵に、外道ムーブをかますジルディアス。重なる死屍累々に、沈んでいく味方一同。そして、全てを見終えた後に残る、謎のしこり。


 __決して、面白くないわけではなかった。シナリオも練られ、声優陣による演技も迫真であり、絵柄も年に数本と言ったレベルできちんとしていた。

 だからこそ、場の凄惨さが、より際立ってしまった。

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