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75話 美しき都市アーテリア

前回のあらすじ

・アーティ「ああ、これマギアドールだよ」

・恩田「よっしゃ、動けるようになった!」

・アーテリアの住人一同が勇者ジルディアスを見送る

 アーテリアから出て行った俺たちは、さらに北を目指して歩き続ける。次の国は、魔王の居城に一番近いということもあり、神殿の力が強い国だという。面倒なことになるな、と思っていた俺に、ふと、思い出したようにジルディアスが問いかける。


「なあ、魔剣。お前は剣になる前は人間だったのだろう?」

『ん? ああ、そうだけどどうした?』

「いや……」


 しばらく歩き続けたため、アーテリアの大きな外壁も小さく見えてしまっている。サーデリアを抜けるまで町で休むつもりはないらしいため、しばらくは野営続きだろう。


 突然おかしな質問をして来たジルディアスに、俺は困惑する。こいつ、俺のことなんて気にもかけていなかったはずだろ? じゃなきゃしゃべる武器を簡単にへし折ったりなんてしないだろうし。

 言葉を濁すジルディアス。彼は、小さく唸った後、さらに質問を続けた。


「名前はあったのか?」

『ん? いや、そりゃあるけど? ウィルドだってウィルドって名前あるじゃんか』

「僕の名前は聖剣としてのナンバリングに過ぎないよ、四番目」

『えー、でも、カッコいいと思うけどな、ウィルドって名前』


 俺の名前はどこからどう読んでも日本人っぽい名前であるため、結構名前だけならジルディアスのこともウィルドのこともカッコいいと思っている。中身はよそに置いておくことにするけど。


 まだ何かを聞きたいのか、ぐっと眉をしかめるジルディアス。俺は、小さくため息をついて答えた。


恩田(おんだ)裕次郎(ゆうじろう)。恩田が家名で、裕次郎が名前』

「ユウ……何だって?」

『リピートアフターミー、裕次郎』

「ユウジロ……前半何を言っているか理解できなかったが、馬鹿にされたことは分かった。死ね」

『ひでぇ!!』


 ふざけた俺を、ジルディアスは容赦なくへし折る。普通に痛い。

 砕けた切片が光の粒子となって消えていくのを見送りながら、俺は復活スキルを使って元の姿に戻った。


『いきなりどうしたんだよジルディアス。お前別に、俺の名前なんて気にしてなかったろ』

「……気になったから質問しただけだ。呼びにくいし面倒だから以後も魔剣と呼ぶ」

『別にいいよ期待してないし』


 魔物を倒してレベルを上げれば多分人間になれるとはいえ、俺はまだ剣のままだ。魔剣と呼ばれても、まあ、普通にそうだろうなとしか思えない。腹は立つけどな。


『俺にとっちゃジルディアスとかの方が聞き取りにくい名前だったけど』

「四番目もジルって呼べば?」

『えー、なんかその呼び方だと俺とジルディアスが親しいみたいで嫌だー』

「何か腹立つな貴様」


 ピキリと額に青筋を浮かべ、言うジルディアス。こいつマジ何なの?

 舗装された街道を歩く。日も出てきて、肌はじりじりと焼かれるように暑い。そこそこ整備されているものの、日本のようにしっかりした道路ではないため、そこら中に雑草が生えている。人通りの多い場所は踏まれることで道の体を成しているが、やっぱり道の状態は良くはない。


 楽しそうに道を歩くウィルドを横目に、ジルディアスは俺に言う。


「旅が終わったら、どうするつもりだ?」

『どうするも何も……うーん……何か、言語は割と通じるみたいだから、通訳でもしようかと思ってる。戦うのはガラじゃないし、そもそも俺自身は戦闘力皆無だからな』

「……そうか。存外考えているのだな」


 意外だ、と言いたげな表情で俺に言うジルディアス。あれ? これ、俺怒っていいやつじゃないか? 馬鹿にしてんの?

 ウィルドは少しだけ考えてから、小さく肩をすくめた。


「僕は特に予定はないな。祠は壊れちゃったし」

「ああ、俺が壊したな」


 旅の終わりが魔王を殺すことなら、それ以降は特に命令はないな、とつぶやくように言う。

 彼はプレシスの害になるものを殲滅するために作られた原初の聖剣であるため、地味に不死身かつ相当な強者の部類になるのにも関わらず、基本無欲なのだ。ジルディアスのように自分自身が貴族であったり、仕事をしていたりするわけではないため、旅が終わった後は何をするのだろうか?


「やることが無ければフロライト家に来い。ボディーガードとして雇ってやる」

「僕、食事しなくても生きていけるよ?」

「金があれば趣味でも見つけられるだろう。人生など結局のところ、死ぬまでの暇つぶしだ。死ぬまで好き勝手生きるだけだ」


 ジルディアスはそう言って肩をすくめる。お前はちょっと好き勝手を自重してもいいんだぜ?

 ふと、俺はあることを思い出し、ジルディアスに問いかける。


『今更だけど、祠壊したの、バレたらヤバいんじゃねえの?』

「普通にヤバいぞ。バレれば死刑待ったなしだ」

『ヤベえじゃん』

「バレなければいいだけの話だ。……ウィルドお前、ぼろを出すなよ?」


 ジルディアスは眉をしかめ、ウィルドに言う。ウィルドは朗らかに笑むと、気楽に言った。


「わかってるよぉ」

「不安しかないな」

『すげえ不安』

「二人とも、酷いなぁ」


 そんなことを話しながら、俺たちは隣国、聖イリシュテアに向かって進んでいった。




 時間は遡り、ジルディアスたちがアーテリアにたどり着いたころ。サンフレイズ平原にとある馬車がたどり着く。立派な七頭の馬の引く馬車には、多数の護衛とともに勇者と司教が乗っていた。


 紫色の法衣を纏った司教は、サンフレイズ平原特産品の煮出し紅茶にたっぷりの牛乳を加えながら、目の前で堂々と加虐ものの猥本を見ている勇者に向かって渋い表情を浮かべ、言う。

 猥本はそもそも、神殿の教義に反するものであり、みだらに読むことは推奨されていない。しかも、内容が加虐ものであるならなおさらである。


「第55の聖剣の勇者、ゲイティス。君の役目はわたしが伝えたとおりだ。原初の聖剣の主となり、(みそぎ)として魔王を滅ぼす。わかっているな?」


 そう問いかけられた勇者と呼ばれた男は、艶やかな金髪の女の四肢がもがれた場面のページをそっと閉じ、軽く肩をすくめると言う。


「はいはい、分かっていますよ、司教殿」

「口には気を付けたまえ、犯罪者。何故わたしがくだらない犯罪を重ねる君を生かしたかわかっているのか?」

「わかっているさ、お前が気に入らないやつをぶっ殺したいからだろ?」

「……わかっているじゃないか」


 赤みがかった黒髪の勇者……ゲイティスは、面倒くさそうに自分の聖剣に手を伸ばす。どす黒く汚れたその剣の柄には、たっぷりと血が滲みしみこんでいた。幾人もの人間を、幾百もの魔物を屠った聖剣は、もはやその穢れを浄化しきることはできなくなっていた。


「聖剣に誓ってやろうか? 不安症な司教サマは誓ってもらったほうが安心だろう?」

「はっ。魔剣の間違いだろうが。第一貴様の口だけの誓いなど署名されていない契約書と同義だろう?」

「違いねえ」


 ニタッと嫌な笑みを浮かべ、小さく頷くゲイティス。司教は鼻で笑うと余裕しゃくしゃくそうなゲイティスに向かって言う。


「取引の意味は解っているのだろう? 貴様はヤツを殺し損ねれば必然的に死ぬ。アレは敵対者に対する容赦などはない。一度刃を向けられれば、相手がどれだけ命乞いをしようとも容赦なく首を刎ねるだろうな」

「俺ちゃんの実力を何だと思ってんだご司教サマ? 俺様が神殿からぶっ殺されなかったのは、単に俺ちゃん殺せる奴がいないからだろう? ヒルドラインの時は割とヤバかったけど」


 ゲイティスはそう言ってニタリと笑む。

 そうだ。ヒルドラインの悲劇……アルガダ卿の妻を暴行殺害し、館の人間を虐殺したのは、第55の聖剣の勇者であるゲイティスであった。紫の目を細め、気味悪く笑んだゲイティスは、鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌に独り言つ。


「あのおっさんはいい子ちゃんだから外れくじを引いたんだろ。法やらマナーやらにのっとって手間かけて、問答無用でぶっ殺さねえから、俺ちゃんみたいな()()()がのうのうと生きてられる。最高だな」

「あの時死ねば被害者は減っただろうな。旧司教の愚行はわたしにはわからん」

「何言ってんだ、お前も大概クズだろうが」

「お前と比べられたくはないな」


 たっぷりとミルクの入った煮出し紅茶をすすりながら言う司教。砂糖は一切入れていないが、それでもミルクのおかげで幾分苦みはやわらぎ、濃厚で香りよい紅茶の香りが鼻を抜けていくのが感じられた。

 どす黒く穢れた聖剣を磨きながら、ゲイティスは優雅にミルクティーを飲む司教に問いかける。


「俺ちゃんのは?」

「あると思うのか?」

「あると思う」

「無いと言っているのだ」


 皮肉が通用しない勇者に対し、あきれたように言う司教。ゲイティスは「無いなら聞くなよ」とぶつくさ言いながら、高級そうなティーカップを一つ手に取る。


 アーテリアの工房で創られた白磁のティーカップを無造作につかんだゲイティスに、司教は眉間にしわを寄せて言う。


「割ったら借金増額だ」

「安心しろ、ちゃんと四分の一銅貨一枚に至るまで踏み倒すから」

「五体裂きで許されると思うなよ貴様」


 白金貨100枚以上の借金を背負ったゲイティスは、カラカラと笑い声を上げながら、白磁のティーカップに魔法で創った水を乱雑に注ぎ込んだ。

__彼らが破壊された翡翠の祠を発見するまで、あと数分のことである。

【黒煙の芸術家】

 もちろん、黒煙の芸術家は魔王の呪いにかかったアーティのことを指す。街を破壊しないように呪いに抵抗したがために、花火の術式は不十分に発動し、多量の黒煙が巻き上がったために【黒煙】の芸術家なのである。

 STO本編では、アーティがその身の潔白を証明する手段は存在していなかった。彼を庇える立場であるオルガ審査委員長も副審査委員長らによって障害され、意識不明の重体に陥っていたため彼を庇う人間は誰一人としていなかった。


 彼がどれだけ都市を愛し、どれだけの抵抗をしていたのかも知られぬまま、勇者によって討伐されたかの芸術家は、さながら【ドラゴンと勇者の物語】の悪役(ドラゴン)にされてしまったのだ。彼が、多くの人を__地下に囚われていた芸術家や、呪いに抵抗して都市を破壊しつくさなかったことによって生き残れた人々を__救ったのか、誰も知られることはないままに。




__黒煙は吹き消され、芸術家は正しく評価され始めた。美しき都市アーテリアの淀みが浄化されるのも時間の問題だろう。

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