74話 マギアドール
前回のあらすじ
・アーティ「いろいろあったけど、大体原因は魔物が原料の絵の具だよね」
・オルガ審査委員長「俺も結構恨まれていたのか……」
病室の椅子を借り、ジルディアスとウィルドたちはサンドを食べ始める。小麦を揚げた添え物があるせいか、ジルディアスは幾分食べにくそうだった。
ウィルドは目をキラキラさせながらサンドを頬張る。やはり、添え物が好きらしく、揚げた小麦をサクサクと美味しそうに食べていた。牛肉のサンドを美味しそうに食べるアーティを見て、オルガ審査委員長は小さくため息をついて、そっと書類をサイドテーブルに置き、透明なグラスに氷と一緒に入った紅茶を手に取った。
ストレートティーを飲んでいるため、多分サンフレイズ平原のような煮出し紅茶ではないのだろう。薄く輪切りにされたレモンの浮かんだアイスティーを飲みながら、オルガ審査委員長は窓の外を見る。
柔らかい日差しが、うすいレースのカーテン越しにまだら模様を描く。食欲がないらしいオルガ審査委員長は、そっとサイドテーブルの奥に寄せられていたお見舞いの品を手に取った。
果物や花、ちょっとしたお菓子のほかに、何やら金属でできた人形が出てきた。
『えっ、何あれ?』
「人形か? 何故見舞い品の中に入っているかは知らんが……」
「ああ、これ、マギアドールだよ」
ジルディアスの雑な解説に、アーティが答える。小声で話していたつもりだったが、どうやらアーティには聞こえていたらしい。ピクリと眉をしかめるジルディアスに、アーティは肩をすくめて言った。
「花火の術式を組み立てるために、ボク結構レベル上げたんだよ。そりゃ、君たちと比べれば弱いけどさ、それでも耳は良いほうなの。独り言多い人だなーっとは思ってたけど、確かその剣、元人間でしょ?」
「……なるほどな」
ジルディアスはごまかすのが面倒になったのか、肩をすくめて俺を鞘ごと腰の金具から外す。そして、開いていたサイドテーブルに放り投げた。地味に痛いからやめてくれない?
で、マギアドールって何?
「ジジイ、人形貸して」
「ものの言い方を考えろよ、クソガキ」
口悪くオルガ審査委員長に言うアーティ。オルガ審査委員長は額に青筋を浮かべながらもアーティに金属でできた人形を放り投げた。
「言っておくが、それは孫のだ。壊したらはっ倒すからな」
「はいはい、分かってるよ」
アーティは生返事をしながら、その人形を俺のそばにおいて解説する。
「マギアドールはサーデリアで結構人気なお土産でさ。魔道具なんだけど、魔力を流すと人形を自由に操れるの。見ててね?」
彼はそう言うと、魔法の発動体である指輪をはめた右手をそっと伸ばし、軽く人形を撫でる。すると、次の瞬間人形がピクリと動き、そして、ピシッと立ち上がると兵隊の如く机を一周行進し、最後に敬礼をした。
それを見たジルディアスは、興味を持ったのか目を丸くして金属でできた人形を見る。姿かたちは金属製のプラモデルそのものである。頭と胴体、手足が二本ずつ。本当はのっぺらぼうだったはずの顔には、子供が描いたらしいニコニコ笑顔が黒色のインクと赤色のインクで描かれていた。
「こんな感じ。魔力伝導率さえよければ木でも作れるけど、それだとそれこそ世界樹の枝とか結構高級素材が必要になるから、大抵金属でできてるね」
「ふむ……魔力で操れる人形は、かなり戦闘にも使えるような気がするが……?」
「いやいや、無理無理。巨大化すると重量上がって魔道具の出力足りなくなるの。ってか、それだったらマギアドール使わずに闇魔法の【コマンドドール】か土魔法の【クリエイトゴーレム】使ったほうが手っ取り早いでしょ」
「それもそうだな」
小さく手を叩いて魔力の供給を切れば、敬礼していた人形は力を失い、カクンとサイドテーブルの上に座り込んだ。
……まって、金属と魔力?
『これ……ワンチャンあるぞ?』
「わんちゃん?」
俺の言葉を理解できなかったのか、思わずオウム返しするウィルド。そんな彼をよそに、俺は変形を行使した。目の前に見本があれば、それを真似ればいいだけなのだ。
高さ三十センチ程度のマギアドールに変形した俺は、少しだけドキドキする心臓をそのままに、腕の部分に魔力を流しこむ。仕組みはよく知らない。でも、確かに、マギアドールは魔力で動くはずなのだ。
祈るように、手を上げる。すると、ぴくり、と、思うように動いた。
『やった……! 出来る!!』
両手に力を籠め、俺は今度は足に魔力を注ぎ込む。一体何か月ぶりだろうか。自力で動けるのは。指もないこの手をサイドテーブルにつけ、バランスをとる。
ポカンとするアーティやオルガ審査委員長をよそに、俺はサイドテーブルの上に立ち、一人ガッツポーズをした。
『立てた!! 立てたぞ!! ってあっぶね!』
うれしさのあまり思わずジャンプをする。流石に金属の体になれていなかったせいで転びかけたが、それでも、俺は、俺の意思で体を動かせるようになったというそのことだけで、脳の処理はいっぱいいっぱいだった。
訳が分からないくらいうれしくて、俺は思わず笑い声をあげる。
『ジルディアス! どうだ! 立てたぞ俺!』
「そ、そうか。そのだな……」
『ウィルド! 俺もそのうちお前みたいにちゃんとした人型になってみる!』
「そっか、頑張ってね、四番目」
『アーティ、オルガ審査委員長! って、聞こえてねえか』
何かを言いかけたジルディアスに気が付けず、俺は思ったよりも動ける体に調子を乗って某先祖代々同じあだ名の男のあのポーズをとる。魔力を流しておけば筋肉を動かすみたいにしなくていいから、思ったよりも使いやすいぞ、この体。
ふざけたポーズをとる俺に、ジルディアスは深々とため息をつくと、拳を握り締め、ジョ〇ョ立ちをする俺に容赦なく振り下ろした。いったぁぁあ?!
『痛いなおい! 何すんだよ!』
「不気味だからやめろ。ひとりでに人形が動くな」
『うっわ、すっごい理不尽』
砕け散った体は既に光の粒子に変わってしまっている。俺は小さくため息をついて、復活スキルを使った。ついでに、俺はジルディアスに聞く。
『なあ、ペンと紙ないか?』
「紙? これでいい?」
俺の言葉に、いつの間にかサンドを食べ終えていたウィルドが包み紙を俺に渡す。ありがと、後ペンが欲しいな。
ちらりとジルディアスを見上げれば、彼は小さくため息をついて万年筆を俺の前に転がした。ありがとうな!
めちゃくちゃ書きにくいが、ヘルプ機能のおかげでこの国の文字は母国語のように書ける。旅終わったら、通訳でもしようかな?
サンドの包み紙に、体を頑張って使って文字を描く。ヤバいな、手に指がないから、ペンをつかみにくい。
何とか文字を書き上げ、俺はアーティにその文字を見せる。
「……すごいね、彼、本当に人間だったんだ……」
「……ああ、俺もにわかに信じがたいな」
「冗談だろ?」
思わずジルディアスの方を見るアーティ。
紙には、サーデリアの文字で『ありがとう』とだけ書かれていた。
不正な審査があった可能性が高いということで、芸術祭の結果発表は延期となった。そのため、俺たちは一泊ゆっくり休んでから翌朝にアーテリアを出発することにした。
都市の防護結界が破損していた理由は、絵の具工場の中のバルプに反応しないようにするためだった。アーティが魔王の呪いに侵されたときも防護結界は反応しなかったため、騎士団は相当大目玉を喰らったらしい。
賄賂をもらった一部団員が結界の定期確認の時に防護結界を破壊したという。その後も定期確認は賄賂をもらった団員で行い、数年間魔物を探知することができない状態だったのだとか。
国の存亡に関わるような怠慢をしたということで、賄賂を受け取った団員は裁判にかけられている。おそらく、家族にまでは累が及ばないまでも、大半の団員は死刑確定だろうということだった。自業自得なところがありすぎて全く同情できない。
ただ、金銭の流れが一部不可解なものもあり、継続して調査は必須だろうということだった。
アーティは中央広場を大きく損壊させたものの、『町を壊すくらいなら殺してくれ』とウィルらに懇願していたこともあり、むしろ魔王の呪いに果敢にも対抗していたとして宗教的観点から無罪が確定。
さらに、町の穢れを払った花火が一部の貴族や王族の目に留まり、その美しさを自国で再現するためにいくつか受注が入ったのだとか。ついでに実用目的としてサーデリアから受注を受けたため、魔力不足が回復し次第、制作に入るらしい。
ウリリカはうっかりが少し減った。おそらくロアのアドバイスのおかげだろう。低かった自己肯定感も多少はマシになり、自信をもってドジをするようになった。……良いのか悪いのかわからないが、迷ったせいでうっかりするという事態は減ったのでまあいいほうなのだろう。
オルガ審査委員長は不正には手を染めていなかったが、トップとして責任をとらざるを得なくなった。そのため、審査委員長は降りるらしい。しかし、次の審査委員長もまた、オルガ元審査委員長の意思を継いでいるため、公平、公正な審判は確定している。アーティは堅物が増えたとぼやいていた。
オルガ元審査委員長……もとい、オルガは準伯爵として執務を行いながら、孫たちとともに余生を過ごすらしい。審査委員長の仕事は相当激務だったらしく、ゆっくり時間が取れるのは久方ぶりなのだとか。ぜひともゆっくりしてほしい。
「荷物はこれで全部か?」
「うん、服も着たよ」
荷物の少ない……というよりも、元々ないウィルドは、ジルディアスにそう短く返事をする。一応、二人分の食料が必要となったことで、若干荷物は増えた。それでも、荷物を二人で分散して運ぶことができるようになったため、一人当たりが背負う荷物の量は幾分減る。そのため、ジルディアスは少しだけ機嫌がよさそうだった。
「そうか……なら、そろそろ行くか」
宿屋で荷物を整え終えた俺たちは、そう言って宿屋の店主に店の鍵を返した。ちなみに、婚約者への贈り物はアーティが小さめの花火をすすめていたが、爆発物を送るのは流石に非常識だとあっさり断っていた。結局、小さな額縁に収められた一枚の絵を送ることにしたらしい。
フロライトからここアーテリアまで離れてしまうと、大抵の場合品代よりも送料の方が高くなる。ちょっと世知辛い。
朝焼けがまぶしい。晴れ渡った空には、まるで綿あめのような千切れ雲が浮かんでいて、夏も盛りになりかけていることもあり、道中の日差しが少しだけ心配になった。
改修工事中の中央広場を横目に、俺たちは門の方へ向かう。朝早いこともあり、店はほとんど開いていない。ちらりと広場を見てみれば、中央広場の端っこにあったあの不愛想な店主のエビサンドの店もまだない。
音もない街を、ジルディアスとウィルドは静かに歩く。まるで町全体が眠っているかのようだった。
「……涼しいな。どうせなら、この涼しさがもっと続いてくれると嬉しいが」
「僕は大丈夫だよ。体内器官を変えれば、人間だったら運動に支障が出るような気温になっても活動は続けられる」
「俺がそうできないから涼しくあってほしいのだ」
「そっか」
共感をしてほしくてつぶやいた言葉だろうが、残念なことにこの中で気温でパフォーマンスが左右されるのはジルディアスだけである。俺は普通に暑いとやだし寒いのもやだけど、気温でスキルが変化するかと言えばしないからな。
『移動中に冷たい飲み物とか飲めればよさそうだけどな。魔法で創った水がマズいなら、氷もマズいのか?』
「魔法の氷……食べたことはないが、理論的には魔法で創った水の温度を変えて凍らせているだけだからな。おそらく美味ではないだろう」
「じゃあ、水筒の中身の方を冷やせばいいのじゃないのかな?」
「ああ、その手があったか……」
ウィルドの提案に、ジルディアスは少しだけ感心したように言う。ああ、そう言えばその手があったか。ジュースも氷入れるだけじゃなくて冷蔵庫で冷やしたりするもんな。
そんなくだらないことを話しているうちに、俺たちはアーテリアの北門にたどり着く。
ふと、ウィルドがきょろきょろと周囲を見る。そして、首を傾げた。
「ねえ、ジル」
「気づいている。が、黙って居ろ」
『えっ、なになに?』
ジルディアスは軽く唇に人差し指を当てる。そして、苦笑いをした。
「奴らにしては頑張ったほうなのだろう。そもそも、勇者であり高レベル帯の俺たちから身を隠す方が無理のある話なのだ」
そう言って、ジルディアスはそっと建物の屋上を見る。その視線の動きにつられて上を見てみれば、ああ、なるほど。不自然なほどに密集して白色のシーツが干されている。太陽の日差しが強いせいで、若干シーツの奥に数名の人間がいることもわかってしまった。
どうやら、何らかのサプライズを企画しているらしい。
珍しく空気を読むジルディアスに、俺は思わず口をつぐんだ。マジか、ちゃんと人間っぽいところあるじゃん。
それでも首をかしげるウィルドに、ジルディアスは小声で言う。
「……こういう時は気が付かないふりをした方がいい。今は気分がいいからな黙っていてやってもいい」
『えっ、お前、サプライズを気分次第でぶち壊しにすんの? 最低過ぎない?』
「貴様は黙っていろ魔剣」
『クソ、黙っていろのニュアンスでここまで殺意滲ませられるのお前だけだろ!』
小さく舌打ちをして俺の柄の装飾を握り砕くジルディアス。感覚的にはしっぺ以上骨折以下と言うところだろうか? うん、要するに普通に痛い。
まだ人間の情緒と言うものがわからないウィルドだが、ジルディアスの言葉にしたがった方がいいと判断したのだろう。口をつぐんで、親鳥の後ろからついて行くひな鳥の如く、ジルディアスの後ろをついて行く。
その時だった。
「そこの二人、止まれ!」
門番にそう怒鳴られる。一瞬不機嫌そうに表情を歪めかけるジルディアスだったが、隣の門番がしきりにどこぞの屋上を気にしていることに気が付き、そっと目を伏せた。
「何の用だ」
ジルディアスの比較的優しい低い声。できるだけ怒りは滲ませないようにしているつもりだったが、一般人にはいささか刺激的だったのだろう。屋上に目を向けてしまった門番が、「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。
しかし、すぐにその様子も一変する。
茶髪の騎士は、突然ぴしりと敬礼をすると、腹から声を出した。
「総員、敬礼!」
「「「はっ」」」
門番たちは突然、俺たちに向かって敬礼する。そして、それと同時に北の街道へ続く門が開く。
次の瞬間、背後から何かの炸裂する音が響く。
ジルディアスは内心苦笑いを浮かべながら、後ろを見た。早々に後ろを見ていたウィルドは、嬉しそうに歓声を上げている。
朝焼けの空に、白と金の光が飛び散る。アーティの創った、昼間用の花火だ。同時多発的に打ちあがる花火は、まるで空に花束を描いているようだった。
「元気でねー!」
「ありがとう、勇者さん!」
「友達を助けてくれて、ありがとう!」
屋上から、人々の声が聞こえてくる。
花を渡したくても、渡せば余計な荷物になってしまうから。手が触れ合う距離で別れを告げてしまえば、きっと引き留めてしまうから。だから、アーテリアの人々は、勇者との別れを高いアパートの屋上から行ったのだ。
無責任に、「生きて帰ってきてほしい」と言えない旅だから。無責任に、「死なないで」と言えない道程だから。無責任に、「魔王を絶対に倒してきて」と言えないから。
だから、彼等はふれあいの代わりに花火を打ち上げた。
朝焼けの空を一層眩しく照らし出す光。それは一時の光でも、誰もが見えるから。いつか消えてしまっても、覚えていられるから。
最後に、アーテリアの人々は屋上から歌を歌う。
勇者が竜を倒し、町娘と結婚する歌を。ありふれた英雄譚を。
俺たちの旅が、その英雄譚のようにハッピーエンドで終わってほしいという祈りを込めて。