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73話 花火の終わりに

前回のあらすじ

・ジルディアス「来た奴は皆殺しな」

・ウィルド「おk」

 騎士団と俺たちでジュエリア商会を壊滅させた翌日。約束通り、俺たちは先日アーティに教えてもらったあのサンドの屋台に来た。


 黒板のような素材にチョークで書かれた看板は、保護剤がかけてあるのかしっかりと残っている。不愛想な店主は、相変わらず朝から腕の太さほどある大きなエビを鉄板で焼いていた。


「エビサンドを二つ、一つは添え物のあの揚げ物を多めにしてくれ」

「わかった、ただ、銀貨はいらない。他国のものでも銅貨で支払ってくれ」

「……釣りはいらないぞ?」

「だとしてもだ。アーティ(看板画家)の恩人に、吹っ掛ける気はない」


 困惑するジルディアスに、店主は短くそう言うと、肩をすくめて見せた。ジルディアスは小さくため息をついてから、銅貨一枚を店主に支払う。店主はサーデリア特有の三分の一銅貨をジルディアスに返した。ずいぶん微妙な割合の銅貨があるんだな。使いにくそうだ。


 店主はさっさと食パンっぽいパンにソースをぬり、たっぷりのレタスを挟んだ後、焼いたエビをへらで豪快に切り分け、多めに挟む。そして、フライドガーリックと小麦を揚げた添え物を挟む。……片方には、添え物を多めにして。


 仕上げにマヨネーズのようなソースをたっぷりかけてから、最後に包み紙でサンドを包み、二人にサンドを手渡した。


「そら、エビサンドだ。……あと、よかったらこいつをアーティの奴に渡してくれねえか? 金は要らねえ。アイツの液体恐怖症がどの辺までダメなのかチェックしたいだけだ」


 店主はそう言って、肉の挟まったサンドを一つ、ジルディアスに手渡した。どうやらたっぷりの牛肉が挟まったサンドであるらしい。ジルディアスは小さく肩をすくめて、釣銭としてもらった三分の一銅貨を店主に投げ渡した。そして、ついでに包み紙にくるまれたままだった自分のサンドを店主に押し付け、言う。


「添え物の追加料金だ。俺のも増やせ」

「……そうか。なら、受け取っておく」


 店主は不器用に笑顔を浮かべ、ジルディアスのサンドに小麦を揚げた添え物を増やした。そんな彼を、ウィルドはニコニコと笑顔を浮かべてみていた。


 中央広場は改修工事を行っているため、俺たち三人はそのままアーティがいるはずの治療院に移動した。

 いっそ嫌味なほどに、空は雲一つなく晴れ渡っていた。




「おい、大馬鹿者。何で貴様がここに担ぎ込まれている」

「それ、ボクの台詞なんだけど?」


 治療院の配慮か、それともたまたまか。同じ病室の隣のベッドで横たわるオルガ審査委員長と、アーティは、互いに肩をすくめて目を見合わせた。


「爺さんは頭? 何? ついに頭硬くなりすぎてどうにかなった?」

「違うわド阿呆。後ろから殴られただけだ」

「えっ?!」


 思わず素っ頓狂な声を上げるアーティ。なんだかんだ言って、アーティとオルガは古い付き合いである。だからこそ、彼はオルガ審査委員長が恨まれるような人間ではないことを知っていた。


「うわぁ、偉くなるってのも、大変なんだねぇ。つーか、死ななくてよかったね、頭でしょ?」

「……今は貧血だがな。相当強く頭を強打したはずなんだが、何故だか傷跡がないんだ」


 オルガ審査委員長はそう言って、そっとサイドテーブルの上に乗っていた老眼用の眼鏡を取り上げ、かける。入院中でも、仕事はしなければならない。ちょうど今朝目を覚ました彼のサイドテーブルには、かなりの量の書類が積み上げられていた。


「で、アーティ。お前は……魔力不足か?」

「んー、まあ、そんなとこ。街壊しかけて、勇者に殺されかけてた」

「何をしでかしたんだ、貴様……」


 あきれたように言うオルガ審査委員長。魔王の呪いで操られている間も、その後も、大量の魔力を使っていた。そのために、かなり重度の魔力不足で取り調べも治療院でうける羽目になったのだ。


 魔力を回復できる水薬を水代わりに飲みながら、アーティは小さく肩をすくめる。都市を破壊せずに済んだのは、正直嬉しかった。愛すべき地元だし、何よりも中央広場にほど近い場所にオルガ審査委員長がいたのだ。もし殺してしまっていたら、と思うと、ゾッとする。おそらく、知り合いの一人でも殺してしまった場合、アーティは正気を放り捨ててしまっていただろう。


 苦いMPポーションを水で薄めた液体をすすりながら、アーティは小さくため息をつく。


「で、結局、何があったの?」

「何があったも何も……俺が知っているのは、副審査委員長の馬鹿どもが絵の具以外の画材で描かれた絵画全てを審査対象外にしたっていう事後報告だな。馬鹿馬鹿しくてつい俺もカッとなっちまったが……」


 そんなに嫌われてたのか、と小さくつぶやき、オルガ審査委員長は小さくため息をつきながら書類に目を落す。しょぼくれるオルガに、アーティはからかうように言う。


「ちっがうよジジイ。絵の具は絵の具でも、連中ジュエリア商会の絵の具じゃねえとろくな審査しないつもりだったよ多分。いやー、点と点がつながるってこういうことなんだって思ったね」

「……何を言っているんだ、小僧」

「頭の固い爺さんにゃわからないかなぁ?」


 クツクツと悪い笑い声をあげ、オルガを煽るアーティ。額に青筋を浮かべたオルガ審査委員長は、思わず手元の書類を握りつぶしかけた。

 三角フラスコに入った水薬をサイドテーブルに置き、アーティはわざとらしく肩をすくめて「やれやれ」とでも言いたげに首を横に振る。


「いい? 事の発端は、ジュエリア商会の新作の絵の具だ。ジルコニア……あの青色の絵の具の材料は、ブルーバルプだ。魔物を原材料にしていたから、あれだけ独特で魅力的な絵の具になってた。ついでに、強い酸性を帯びていたんだよ。ボクの顔が絵の具で焼けたのも、そのせい」

「……連中、そんなものを絵の具にしておったのか?!」


 驚くオルガ審査委員長。そんな彼に、アーティは苦笑いを浮かべる。


「そうだね、バルプも確か、四大属性それぞれに耐性を持った種類がいて、それが、【青】【緑】【赤】【黄色】だった。んで、赤青黄さえそろえれば、色は好き勝手に創れる。でも、【黒】と【白】だけは創れなかった。全色混ぜれば黒っぽい絵の具は創れるけど、やっぱり、専門の黒の絵の具と比べれば幾分質は低くなる」

「だが連中、今年の芸術祭で黒の絵の具を発表すると__まさか!」


 カッと目を見開くオルガ審査委員長。責任者的立ち位置である彼も、魔王の呪いについての情報共有はされていた。

 アーティは、ため息をついて首を小さく縦に振った。


「そ。野生か人工かはしらないけど、魔王の呪いにかかって黒色になったバルプを繁殖させて、絵の具にしようとしてたの。ついでに、そこそこなのある絵の具以外を使う芸術家を始末して、自分の会社の売り上げをもっと伸ばそうとしたってわけ。マジクソだよね」

「……まさか、最近腹痛で治療院に運び込まれる画家が増えたのは……」

「多分、絵の具の付いた手を洗わずにサンドを食べたんだろうね。包み紙が付いてれば多分大丈夫だろうけど、パン屋さんとかだと結構包み紙なしで売ってたりするし、絵の具を食べちゃったんじゃないかな?」


 材料バルプだし、食べたらそりゃ体調悪くなるでしょ、とつぶやくアーティ。彼は、ジュエリア商会の絵の具を使ったことも無かったため、当然ながら食事をしながら作業をしたところで腹痛になるようなことはなかった。


 芸術家はより美しい絵の具を欲し、ジュエリア商会はより安価に絵の具を作ろうとした。結果として、魔物を原材料とした絵の具が作られたのだ。

 魔物を使役することは法律違反ではない。しかし、いかんせん魔王の呪いとなると話は変わってくる。結局のところ、絵の具を使わない芸術家たちを殺そうとした時点で、超えてはいけない一線は踏み越えられてしまったのである。


「後は……バルプは強酸だし、筆の消耗も早くなったのだと思うよ。妙に羽振りのいい文房具屋結構あったし」

「なるほどな……だからこそ、公平であるべき芸術祭実行委員にも揺らぐものが出てきた、と」

「そう言うことだろうね。だから、ボクは完全被害者。ちょっとかわいそうでしょ?」


 わざわざ両手を頬にあて、ぶりっ子のポーズをするアーティ。焼けただれた顔半面は、よほどのことがない限り治ることはないだろう。馬鹿が学ばなかった結果、より大きな被害を出しかけただけであったのだ。


 そんなことを二人で話していると、病室の扉がノックされる。


「入るぞ」

「アーティ、これあげる」


 つかつかと病室の中に入って来たジルディアスとウィルド。ウィルドは、手に持っていた牛肉のサンドをアーティに手渡した。


「どうしたの? コレ、美味しいけど結構高いやつだよね?」

「む……そうだったのか。なら、差額分を店主に渡しておけ」


 ジルディアスはそう言って銅貨を数枚まとめてアーティに渡した。ジャラジャラと集まった銅貨を見て、アーティは思わずゲッと声を漏らす。


「こんなに渡されたって困るって。多分、一個で銅貨一枚分くらいだろうし、残りはいらないよ」

「そうか。なら、後で支払っておけ。体はどうだ?」

「んー、まだ魔力足りてなくて、頭くらくらする」

「魔力足りてないの? あげようか?」

「いや、魔力譲渡は結構体力使うだろうし、いいよ。薬飲めば治るからね」


 ウィルドの提案をそっと断り、アーティはサイドテーブルの三角フラスコを指さす。

 __町には、平穏が戻ろうとしていた。

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