71話 望みを胸に、花を咲かせよ
前回のあらすじ
・アーティが死ぬ覚悟をする
輝ける光の矢が、アーティに射かけられる。
その瞬間、ギリギリのところで間に合ったジルディアスが、叫ぶ。
「変形しろ、魔剣!!」
『わかってる!!』
空中から自由落下しながら、俺は即座にバックラーに変わる。右手の中で円形の盾に変形した俺を、ジルディアスは容赦もなく投擲した。
俺は、回転しながら射られた光の矢にぶつかり、ガリガリと音が鳴りながら、半ば崩壊する。溶けゆく体が、しびれるように痛む。
『クソ、痛え……! 【復活】!!』
削れるように、抉れるように痛むこの体を、俺はスキルで無理やり復活させる。今ここで砕け散るわけにはいかない。死ぬわけにはいかないのだ。絶対に、絶対に!
痛みをこらえ、叫び声を噛み殺し、俺は元の姿を維持する。維持し続ける。
すると、ついに形を保てなくなった光の矢が、先に消失した。
『よしっ!』
心の中で、俺はガッツポーズをする。そして、即座にアーティに対してヘルプ機能を行使した。
【アーティ】 Lv.???
種族:ニnゲン? 性別:男 年齢:(読み込めません)
HP:(読み込めません) MP:(読み込めません) 状態異常 【魔王の呪い】(深度3)
STR:(読み込めません) DEX:(読み込めません) INT:(読み込めません) CON:(読み込めません)
スキル
(読み込めません)
『魔王の呪いだ! ヒール使う!』
「何……?!」
困惑するジルディアスを横に、俺は即座にヒールを使う。柔らかい癒しの光に包まれたアーティは、次の瞬間、首のあたりをかきむしって苦しみだした。
初めてアーティの表情から笑顔が消え、恨めしそうに聖剣を睨む。しかして、聖剣は無情にも再度ヒールをかけた。
癒しの光を浴びたアーティは、やがて地面にうずくまり、黒色の何かを嘔吐する。人体からは絶対に生成されないであろう、生理的に受け入れられないような、気味の悪い黒色であった。
「げほ、げほっ……おえぇ」
黒の粘液を吐き出していくたびに、徐々にアーティは体の支配権を取り戻していく。同時に、空中に漂っていた黒紙も、どす黒い灰に変わり、空気に溶け込んで消えていった。
吐き気を催すような緊張感が、溶け落ちる。風魔法を使って安全に着地したジルディアスは、深くため息をつくと、砕けたタイルの地面に転がる盾を拾い上げる。
『あー、痛かった……』
「そんなもので済むのならそれでいいだろうが」
ぶつくさ文句を言う俺に、ジルディアスはあきれたように言いながら、面倒くさそうに俺に魔力を流し、元の剣に戻るように命令する。俺はため息をついて元の剣の姿に戻ってやった。
剣に戻った俺を鞘にしまい、ジルディアスは地面に倒れてぐったりとしているアーティを足先で小突いた。
「死にそう……」
「生きているなら問題ない。さっさと起きろ」
「流石に無理かな?」
アーティはそう言って口の中に残っていた黒色の粘液を吐き出す。そして、ピクリと体を震わせた。そう言えば、色のついた液体が苦手であると聞いた記憶がある。黒色の粘液もだめだったのだろう。ひきつった表情で慌ててその場から離れる。
ズタボロになった体を引きずりながら、アーティはようやく一息ついた。大きく裂けた腹部も、肉体自体はヒールの効果で治癒しきられている。早めに処置出来たおかげか、魔力不足以外に異常はなさそうだ。
「何が……?」
突然の状態に、ウィルは困惑したように弓を下ろす。あまりに突然の変化だった。
困惑するウィルに、ジルディアスはきょとんとした表情を浮かべ、問いかける。
「何だ? 俺は魔王の呪いについての情報を共有してやったはずだが?」
「魔王の呪い……いや、ヒールは戦う前に試してみたけど……?」
「……どういうことだ?」
魔王の呪いについては、ヒルドラインでメイスたちが情報共有をしているため、きっと試したのだろう。ん? 何で治らなかったんだ?
首をかしげる俺をよそに、しばらく何かを考え込んでいたサクラが、ふと、思い出したように口を開く。
「ねえ、アンタ、光魔法は使えないはずよね。……さっきの、何?」
「む……」
杖を握り締め、問うサクラ。その問いかけに、ジルディアスは眉をしかめた。
「……貴様らに話すだけの理由がない」
「理由がないじゃないわよ。さっきの光魔法、本当にどうなっていたの? あれ、ただのヒールじゃない。深度3以上の魔王の呪いは、普通解除できないはずよ」
『へ? そうなの?』
思わず間の抜けた声を出す。確かに、ヘルプ機能の説明書きにも書いてあったけど、結局何とかなったじゃあないか。でも、プレイヤーだったサクラが言うってことはヘルプ機能の方が正しいのか? じゃあ、何で俺はできているんだ?
「……俺が知っているわけがないだろうが。貴様が何かしたのではないのか?」
小声で問いかけてくるジルディアスに、俺は全力で首を横に振った。そんな訳ないだろ。俺は普通のヒールを普通にしか使っていない。……いやまて、そういや、俺にも一つだけチート能力があったな。
『あー、もしかして、祝福か……?』
「祝福?」
『いや、神様からもらったやつでさ、スキルの効果が二倍になるらしいんだけど』
「ああ、お前をへし折るとステータスが倍になるのは、そのせいか……」
何だかんだ言ってジルディアスに祝福のことを説明していなかったため、今になって彼はどこか納得したような表情を浮かべる。俺のことをさんざんへし折っていた割に、俺の話は聞かないからな、こいつ。
祝福は俺がもらったものであるはずなのに、一番活用しているのがオリジナルスキルで俺を破壊するジルディアスと言う少し残念なやつである。だが、思いもよらないところで俺も使っていたようだ。
小さく肩をすくめたジルディアスは、サクラに答えた。
「聖剣がスキルを持っている。俺が光魔法を使っているわけではない。魔剣……いや、聖剣のオリジナルスキルでどうにかなっているらしい」
「……聖剣のオリジナルスキル? っていうか、聖剣がスキル持ってるって、何?」
「俺が知るか。貴様のところの勇者はどうなのだ? 過去フロライトで生まれた勇者がそのような発言をしたことはなかったが」
ジルディアスは一度そこで言葉を切り、ちらりと原初の聖剣を見る。正直なところ、意志を持ってしゃべれてさらには変形や神語魔法を使う剣は俺以外にもいるにはいる。しかし、ウィルドの過去の発言的に、原初の聖剣以降は意志の宿った聖剣は創られていないはずだという。
実際のところ、俺が聖剣になったのも事故らしいし、多分俺とウィルド以外には意思を持つ聖剣はいないはずである。当然、祝福でスキルの効果が倍になっているのも知っている限り俺だけだ。……あれ、俺、割とすごいチートを持っているのじゃあないのか?
サクラは困惑したように首を傾げ、ちらりとウィルの方を見る。当然、ウィルは首を横に振った。ウィルの所有する第100の聖剣はただの剣である。そのため、当然ながら話したり考えたり、スキルを使うことも無い。しいて言うなら、聖剣に付属する能力として変形はできるようだが。
「その、僕はできないけれども……」
「なら知らん。魔剣……いや、聖剣も元人間を主張しているからな」
「は? 聖剣が転生者?」
「……テンセイシャ?」
きょとんとした表情で、サクラの台詞をオウム返しにするジルディアス。そして、何か分かったのか、小さく頷いてから、「ああ、転生か」と意味を理解する。ヤバい、これは俺とジルディアスがたがいについて話してないのがバレる奴だ。
ジルディアスが過去を話したがらないせいで、俺の身の上を放す機会が今までまるでなかった。と言うか、ジルディアスが自分の過去を話した時点で俺も流していた自信があるし、わざわざ俺自身の弱みになるようなことを話したいとも思っていなかった。
俺の柄をそっと握りながら、ジルディアスはちらりと俺をうかがう。そして、何事もなかったかのように目を逸らし、答えた。
「こいつの過去がどうであれ、こいつの正体が何であれ、俺の知ったことではない。これは俺の武器だ」
「そう……なのね」
サクラは困惑したように俺を見ながら、ジルディアスの言葉に相槌を打つ。
そんなことをしている間に、アーティは思い出したように問いかける。
「そう言えば、穢れ振りまいちゃったけど、どうする……?」
「げっ」
「あっ」
面倒くさそうにうなるジルディアスと、はっとしたように目を丸くするウィル。大破した中央広場はもうどうしようもないにしても、爆破で振りまいた穢れに関しては速く対処しなければ、エルフの村の神域の二の舞になる。
直面した問題を前に、ふと、ロアがたまたま無事だった一枚の花火の魔道具を拾い上げて質問する。
「穢れを打ち上げたときのように、これを使うのはどうだ? さほど魔道具に詳しくはないが、光魔法を多めにして打ち上げれば、軽い穢れなら払えるのではないか?」
「そうかも……でもボク、今は流石に魔力制御できる気がしないんだけど……?」
街を破壊しないために全力で抵抗していたアーティは、魔力も気力もそこを尽きてしまっている。そんなアーティに、アリアが言う。
「打ち上げは人力じゃダメなのか?」
「人力で打ち上げ……? や、危ないでしょ。爆破に巻き込まれちゃうよ?」
「違う違う。弓で撃ちあげるのはダメか?」
「あー、なるほど。それなら大丈夫だと思う。えーっと、君、名前知らないけど、それ見して?」
地面に座り込んだまま、アーティは花火の魔法陣の描かれた紙を持っていたロアに声をかける。そして、術式をところどころ書き換え始めた。
「えーっと、光魔法を強化、範囲を広めに、光と回復魔法も術式に……素材が全然足りてないねこれ。何かない? 自腹で素材だすと、今月の食費と家賃が消し飛ぶんだけど」
「それくらい俺が支払う。何が必要だ、言え」
「うわぉ、太っ腹。結構高いけどいいの?」
アーティは茶化すように言いながら、ポケットの中にしまっていたらしいメモ帳を取り出す。血で赤茶けていたが、それでもそれ以外の紙はないため、バリバリと数枚まとめてはがしながら、必要な素材を書いていく。
それを横から見ていたサクラは、ストレージからさっさと素材を取り出した。何で持っているん?
「……採取が必要じゃないだけ楽ねコレ。ほとんど市販と消耗品じゃない」
「まって、高純度ミスリルとか結構お値段するし貴重素材なんだけど……?」
「オリハルの下位互換じゃない。装備強化にも使いにくいから、ストレージの肥やしだったわよコレ」
ダンジョン探索すると無駄に溜まるのよね、とつぶやきながら、こぶし大の薄青色の金属を置いておく。
どこから出てきたかわからない貴金属類に、ジルディアスはドン引きしたような表情を浮かべる。
「貴様、何でそんなものをいつも持ち歩いているのだ? 馬鹿なのか? いや、ただの馬鹿だな」
「勝手に自己完結した上にすごくバカにされたわね、私」
ピキリと額に青筋を浮かべるサクラ。何か、ごめんな?
俺は知らないことだったが、STOのダンジョンは月初めは難易度が低く魔物が弱いが、月末になるとだんだん難易度が上がっていくという。しかし、難易度が上がる分宝箱がドロップしやすくなるということで、二部メンテ直前だった月末にダンジョンに潜ったため、荷物がそのままだったらしい。
思ったよりも早くに素材が集まり、アーティは少しだけ嬉しそうに加工を始める。ちなみに、高純度ミスリルは粉末が少量だけ必要だったため、表面を少し削っただけで残りは返した。粉末単位でも時期が悪いと金貨が必要になるらしい。
紙をつぎ足して、アーティはカリカリと魔法陣を描く。そして、インクにサクラが提供してくれた素材を混ぜ、必要なところにだけインクを落してにじませる。
時折MPを回復させる薬を飲みながら、ものの十分足らずで改良した魔道具を完成させた。
「はい、これを打ち上げて。ここのインクのところから指を離したら、二十秒後くらいに爆破するから、気を付けて」
「わかった。任意起爆ではないのだな」
「任意起爆作ろうと思えばできなくないけど、作るのに時間かかるから」
「そっか。でも、二十秒もあれば十分だね」
アリアはそう言うと、丸く広がったインクを指でつかみながら、矢に紙を結びつける。そして、世界樹の枝でできた弓につがえると、印から指を放す。
ピンとアリアの耳が横に張り詰める。
弓がキリキリと引かれていく。弓は大きくたわみ、弦はピンと張りつめ、放たれるその時を待つ。そして、数秒足らずで時は来た。
「弓術三の技【長射】」
短い詠唱の直後、張り詰めた弓がついに放たれる。
弓はひゅんと高い音を立てて空へ上り詰めていき、あっという間に見えなくなった。
「3、」
アーティが小さくつぶやく。
緊張がほどけたのか、アリアは弓を下ろして深く息を吐く。
「2、」
カウントが減る。
ウィルたちも期待するように空を見上げた。
「1、」
黒く淀んだ風が吹き抜ける。街へ飛び散った穢れが、相当な悪さをしているのだろう。
ジルディアスはこっそり原初の聖剣を腰から外し、合図する。皆が空を見上げている今なら、誰も見ていないと判断したのだ。
「ゼロ」
アーティが短くそう言った、次の瞬間。
空を照らす光の大輪が、咲き誇った。