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70話 英雄物語

前回のあらすじ

・黒色の何かにアーティがとりつかれる。

・ウィルたち勇者一行がアーティと対決

・ジルディアスたちが中央広場に向かう。

 サクラとアリアに避難誘導を頼んだウィルは、張り詰める緊張感で呼吸が浅くなっていくのを感じ取った。

 手元にあるのは、弓の形に変形させたままだった聖剣。ウィルは深く息を吐いて、新鮮な酸素を肺に送り込んだ。そして、冷静にサブ装備の剣を取り出し、構える。聖剣を元の剣に戻す暇はないと判断したのだ。


 冷たい鋼の感覚が、指に伝わる。

 勇者としての責務を果たすため、人として人を救うため。ウィルは周囲を破壊するアーティを睨む。これでも自警団に勤めていた彼は、対人戦は得意な方だった。


 ウィルに指名されたロアもまた、大ぶりな世界樹の枝で創られた杖を手に取る。発動体は杖の先端、澄み切った世界樹の琥珀石である。購入するなら国家予算並みの金額を支払わなければならないこと間違いなしだろう。

 神殿で仕事をしていた時にルアノから渡されたものである。返そうとしたが断固として拒否されたため、旅に持ってきたものだ。精霊の愛し子として得意属性を全力で行使しても、破壊されない程度には上質な杖である。


 杖を地面につき、ロアは特に表情を変えずに警戒を強める。しかして、その耳は緊張を示しているかのようにピンと立っていた。


 ふと、しけった風が吹き抜け、黒煙が攫われていく。少しばかり視界が良好になった。

 その瞬間、ウィルは一気にアーティとの間合いを詰めた。


「光魔法第五位【バイタリティ】第六位【インテリジェンス】、風魔法第五位【ミサイルプロテクション】」


 ロアは即座に強化魔法を詠唱し、最後に自信が得意とする風魔法の援護を行う。

 援護を得たウィルは、その身に風を纏う。

 ミサイルプロテクションは、風を纏うことで飛び道具が当たりにくくなるという魔法だ。とはいえ、ただがた風であるため、重たい鉛玉や砲弾、物理攻撃や飛び道具以外の魔法攻撃は当たる。今回の場合は、花火が爆破した時に降り注ぐ火の粉から身体を守るためのものだろう。


 頼もしい魔法援護を得たウィルはそのままの勢いで剣を振りかぶる。

 その動きを見たアーティは、奇妙に鼓膜を震わせるような笑い声をあげると、自分自身とウィルとの間に魔法陣を展開する。


「まずい、避けろ!!」

「っ、【ファストバリア】!」


 ロアの注意の声の直後、避難誘導をしていたサクラの詠唱が響く。次の瞬間、すさまじい爆発音が響いた。

 今までの爆破は手加減していたのか、随分激しい爆破がタイル敷きの地面をえぐる。


「けほっ、サクラ、ありがとう!!」

「油断するな、ウィル!」

「ごめんロア!」


 即座に謝罪をするウィル。しかし、ふと、彼はサクラからの返事がないことに気が付く。慌ててサクラの方を見てみれば。彼女は何故かこめかみあたりに手を当て、真っ青な顔でふらついていた。


「サクラ……?」

「……魔力不足か? 何故……いや、いい! アリア、対処してくれ!」

「わかった!」


 オルガ審査委員長にかけたパーフェクションとその他の魔法で相当な量の魔力を使っていたサクラは、突発性の魔力不足に陥っていたのだ。

 サクラはこみ上げて来る吐き気と脱力感をこらえながら、ストレージからMPポーションを取り出し、一気に飲み下す。お世辞にも美味とは言えない味が喉を通り抜けていった。


__ゲーム内みたいにMP表示が見えないのが、不便すぎる……!


 一般に、魔法は階位が上がるほどに必要になる魔力量も大きく膨大になっていく。死んでさえいなければどんな怪我でもたちどころに癒すパーフェクションは、魔力消費があまりにも大きいのである。さらに、ゲームのルールのもとに作られたサクラの体は、MPの消費が分かりにくいという欠点もあった。


 HPに関しては死ねば終わりだと分かるため、逆に見えなくて楽な面もある。ここは現実。HP1の状態でタンスの角に指をぶつけて死ぬことはない。逆に言えば、どれだけHPがあっても首を刎ねられればそれまでとも言えるのだが……


 じんわりと魔力が回復していくのを感じる。魔術師として、ゲーマーとして、MP管理を怠ったことを心の中で反省しつつ、サクラは避難誘導を再開する。


 サクラは己の記憶を呼び起こす。アーティ戦は後半になると急激に上がる火力に注意すれば大体何とかなったようなはずだ。前半は単調だった爆破の攻撃も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 とはいえ、サンフレイズ平原での防衛戦で経験値を得ていれば、負けるほどではない。アーティ戦の醍醐味は攻撃のエフェクトと呼ばれているくらいなのだから。


 ウィルは投げられた魔法陣の紙を切り捨てる。不発した魔法陣は濃密な黒煙を上げて燃え上がり、そして黒色の灰の塊になって消えた。

 ケミカルな臭いの交じる黒煙に、ウィルはかすかに眉をしかめつつ、そのままアーティとの間合いを再度詰める。


剣術(ソードスキル)三の技【両断】!」


 スキルを宣言し、ウィルは振りかぶった剣を横なぎに切り払う。相手の防御をある程度貫通する一撃を、アーティは無防備に受けた。


「ァアァハハハハ!! キヒヒ、ハハハハハハハ!!」


 胴体を深く切り裂かれながら、アーティは気味の悪い笑い声をあげる。普通の人間ならまず、悲鳴を上げるかそのまま気絶してしまうほどの大きな傷である。しかして、腹部を大きく切りつけられたアーティの腹からは、黒色の粘液がだらだらとこぼれるばかりだった。


「うわ、どうなっているんだ……?」


 あまりにショッキングな光景に、ウィルは思わず息を飲む。



 すさまじい痛みに、アーティの意識が一瞬消えかける。

 腹が、切られた。死にたいと思っているなら、それでいいではないかと理性は言うのだが、気が付けば、本能は叫んでいた。


__いやだ、痛いのは嫌だ!! 死にたくない!! と。


 死への恐怖が覚悟を鈍らせる。痛みが冷静さをそぎ落とす。


「っあ……」


 小さく声を漏らしたその瞬間、己の中の何かが爆ぜるのを感じた。

 限界(リミッター)が、壊れたのだ。理性が、溶け落ちていく。焼けた左半分の顔が、酷く痛む。


__ああ、ああ。だめだ、止めないと


 死と言う己にとって一番忌諱すべき事項を目の前に、ただの人間は嵐の海に放り投げられた小舟のような物だった。荒波にもまれた小舟は、いともたやすく砕け散る。

 それでも、砕けて小さくなった木の板に、アーティは縋る。そのうち沈むと分かっていながらも。


__ボクは、大切なものを壊したくはない!!


 理性に縋り、本能を殺し、脳を溶かすような快楽を捨てる。ただひたすら、己の良心に従って。ただひたすら、己の望みに従って。

 それでも、嵐の海は、アーティの足を、水底に引きずり込んでいく。



 

 人体からあふれ出ているとは思えないような、どす黒い体液。それを見たサクラは、思わず叫んだ。体力が半分以下になると、火力が急激に上がる。大けがは、アーティのHPが半分以下を切った合図だ。


「防御態勢! カウンター来るわ!!」


 その叫び声の次の瞬間、アーティが右手中指につけていた指輪が、膨大な魔力によって砕け散った。当然、彼が使っていた指輪は、安物ではあるが永続型の発動体である。


「ヒャハ、ハハ、たの、む。逃げて__」


 狂ったような笑い声に、アーティの本音が混ざりこむ。その右目からはどす黒い涙が零れ落ちていた。

 しかして、取り戻せた自我はそう長くは続かなかった。金切り声にも近い笑い声の直後、彼の背中の方に転がっていたカバンの中から、大量の魔法陣の描かれた紙があふれ出る。色は白ではない。紙の色は黒色で、魔法陣の部分が血液のような赤色で描かれた物ばかりだった。


 淀んだ魔力によって生成されたいびつな魔道具。アーティの表情が、悲しみで歪んだ。


「【着火(イクスプロード)】」

「【ファストバリア】!!」

「【ウォーターシールド】、伏せろ!!」


 サクラとロアが、渾身の結界を張る。次の瞬間、赤と紫で彩られたいびつな花火が、その大輪を咲かせた。


 ズドーン!!


 腹の底に響くような、鼓膜がびりびりと揺さぶられるような、すさまじい爆発音があたりにこだまする。頭が痛くなるような音量に表情を歪めながら、ウィルはゆっくりと顔を上げる。そして、その表情をひきつらせた。


 欠片形もなくなった、陶器の大噴水。おぞましいほどに美しい花火が空へ上がり、穢れを帯びた火の粉を、光を、都市全域に振りまく。


「ハハ、ハハハハ、アッハハハハハハ!!」


 黒紙の魔道具が、空へ打ちあがる。そのたびに、あたりに破壊を振りまいていく。恐怖を振りまいていく。

 ウィルは、奥歯を噛みしめて前を睨んだ。


「僕が……僕が倒さないといけない……! 今、ここで!」


 決意が、あふれていく。人を守るための覚悟が、彼の壁を超えさせた。


 ウィルは手に持っていた剣を納刀すると、聖剣__今は弓なのだが__を手に取る。そして、光の矢を番えた。

 実践に使うには、まだおぼつかないライトアロー。しかし、一撃で仕留めるなら、この技しかない。


弓術(ボウスキル)一の技、【強撃】……!」


 光の矢に、力がこもる。飽和した魔力が、パリパリと音を立てて飛び散る。



__これで、いい。これでいいんだ。


 輝ける弓の鏃が、己に向く。あの光魔法は、きっとアーティにとりついたこの黒を濯ぎうち払うことだろう。

 目の前に迫る死。されども、アーティはどこか納得できていた。


 自分の大切なものを破壊してしまうくらいなら、死んだほうがマシだ。今死ねなければ、多分、アーティはこの街を滅ぼしてしまうかもしれない。


 どうか、己に同情しないでほしい。君はこの街を破壊する悪を討ち取ったんだ。だから、どうか、どうか、この苦しみを他人には味わせることが無いようにしてほしい。


 必ず己を殺してくれるだろう光を前に、アーティはかすかに己の意思で笑みを浮かべる。……パッとはしなかったが、悪い人生ではなかった。つらいことはあったが、芸術家として生きて行けていたのだ。出会いもあった。友もいた。認めてはもらえなかったが、己が美しいと思えるものと出会えた。


 全力でここから逃げ出そうとする己を、渾身の力で抑え込む。水底へ引きずり込まれまいと、彼は必死で浮かび上がっていた。



 そして、光の矢は放たれた。

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