67話 移りゆく日常、歩み寄る不穏
前回のあらすじ
・ウィル「もっと強くならなくちゃ……」
・オルガ審査委員長「この愚か者が!!」
・副審査委員長「__オルガは事故で頭を負傷した。皆、見ていたな?」
深く息を吐き、呼吸を整えるウィル。そして、彼は弓に光の矢を番えた。
アリアが行使していたものと比べると、幾分細く、頼りがいのない矢である。しかし、ロアは一度教えただけで成功させたウィルに感嘆の声を上げると、驚かせないように優しい声で言う。
「そうだ、そのまま魔術を維持してくれ。慣れれば、かなり少ない魔力で光魔法を使うことができる」
「わかった……って、うぉっ!」
返事をしたことで、若干集中力が切れ、魔力で構成した光の矢が大きく揺らぐ。ウィルは慌てて光の矢に魔力を込め、魔術を維持した。
外壁の外に出たウィルとロアは、壁からそう離れていない場所で、魔法と弓が得意なエルフ達が編み出した技術である、ライトアローの練習をしていた。光の矢を実際の弓に番えることで、魔力消費を抑えながら狙った場所に確実に魔法攻撃を仕掛けるというものである。
まばゆい光の矢は、魔法であるがために維持が大変である。少し力を抜くと、あっという間に矢は揺らいで消えてしまいそうになる。ウィルは眉を下げて弱音を吐いた。
「む、難しい……」
「いや、上手い。最初は的にあてなくていい。的のある方向に撃ってくれ」
「わかった!」
ロアの冷静な指導に、ウィルは短く返事をすると、引き絞った弓を放す。
次の瞬間、光の矢は美しい光の軌道と放物線を描いて的にしていた岩の上を飛んでいってしまった。
「ああ……」
「方向性はあっていた。あとは当たるように練習していくだけだ」
「そっか……よし、もう一度やってみる!」
ウィルは元気よくそう言うと、もう一度弓に光の矢を番える。輝く光の矢は、一度目よりもスムーズに出現し、実態を崩さない。彼は魔力を一定に保ちながらも弓をキリキリと引いた。
そして、放つ。
スパァン!
「あたった……けど、結構ギリギリだった」
「……飲み込みが速いな。もう当たるようになったか」
感心する声を上げるロア。その長い耳は嬉しそうにぴくぴくと動いていた。
的の岩の上部にぶつかった光の矢は、その硬い表面を深くえぐっている。流石に貫通まではいかなかったものの、かなりの威力だ。たいていの魔物なら相当な深手を負わせることができるだろう。光魔法が弱点であるアンデットなら特に。
魔法で創る矢は、消耗品である矢を使わなくて済むという利点のほかに、高威力であるという利点もある。使える魔法の属性によっては、様々な属性を付与した矢を扱うことができるため、敵の弱点に合わせて矢を使い分けることもできるのだ。
三度目、弓矢に光の矢を番える。
そして、スッと弓を引き、矢を放つ。
「よし……!」
三発目の光の弓矢は、岩のど真ん中を撃ち抜き、岩は大きくヒビが入った。あと一撃でも当たれば、あの岩は砕け散ることだろう。
四発目の矢を番えようとしたところで、ロアがそっとウィルを止める。
「そこまでできるなら、次の技を教えておこう。弓術は習得してあるかね?」
「一応……でも、そこまで高くはないよ」
「あるなら構わない。次は弓術を使いながらライトアローを打ちたまえ。そちらの方が、より威力が出る」
「な、なるほど。できるかな……?」
ウィルは額に汗を浮かべながら、ロアに言われた通り、光の矢を弓につがえる。そして、目を見開き、深く息を吐きながらスキルを宣言する。
アーテリア特有の湿った風は、汗を蒸発ろくにさせず、熱をこもらせた。
「弓術一の技【強撃】!」
ウィルの指が、弦から離れる。次の瞬間、一条の光の矢が、すさまじい勢いで岩に向かって飛んでいく。ライトアローは、あやまたず岩のど真ん中に突き刺さり、そして、岩は砕け散った。
あまりにも簡単に破壊された岩に、ウィルは思わず目を丸くする。ロアはいたずらっぽく笑ってぽかんと口を開けているウィルに言った。
「よくやった。実はだな、ライトアローは弓を使っていれば弓術の範疇に入るのだよ。弓術の補正さえあれば硬い魔物の防御を貫通させることすらできる。当然、他の魔法の矢を使っても同様の効果が出せる。……まあ、炎の矢に耐えられるだけの弓の弦は、値段が高くて手が出せないのだがな」
「でも、僕の聖剣なら、弦を気にせずにどんな属性でも魔法を矢として放てる……?」
そう問うウィルに、ロアは大きくうなづいた。
「ああ、そうだ。とはいえ、弓術にばかり頼るのではないぞ? 技術はスキルに勝るからな」
「わかっているよ。ありがとう!」
新たな技術を手に入れたウィルは、ニッと笑むと、弓に形を変えた聖剣を握りしめる。太陽は高く、日差しは地面を舐めるように照らしていた。
衝撃的な場面を見たサクラとアリアは、互いに表情を引きつらせながらも、すぐに行動を始めた。おそらく、彼等は表玄関から出てくることはない。
「サクラ、ここの裏口の場所は知っているか?!」
「ええ、知っているわ! 正面玄関の真裏にあるはず。目印は一本杉……こっち!」
アリアとサクラは即座に表玄関から駆け出し、芸術祭本部の裏口へ全力疾走する。聞き取れた会話から、オルガ審査委員長が負傷した可能性がある。サクラはゲームでの記憶を頼りに、アリアを案内しながら走り抜ける。
美しいステンドグラスの窓を横目に、本部の裏手に回った二人は、人の気配を察知して足を止める。
裏口から出てきたのは、茶髪の若い男と何やら特徴的な首輪をつけている男。二人はそれぞれ、オルガ審査委員長の上半身と下半身を抱えており、相当重たいのか、二人とも額に汗をかいていた。
オルガ審査委員長の後頭部からはじっとりと赤色の液体が滴っており、パタリぱたりと地面に注がれる赤が、点線を描いていた。
「……!」
目を丸くするアリアとサクラ。
オルガ審査委員長は意識がないのか、ぐったりしたまま二人の男によって手当てをされることも無くそのまま運ばれている。駆け出そうとしたサクラを止め、アリアは黙って首を横にふる。アリアはサクラの手元の杖を指差した。ハッとしたサクラは、杖を握り、小さく詠唱する。
「光魔法最終位【パーフェクション】」
苦もなく最上位魔法を発動させたサクラは、オルガ審査委員長を見る。頭を強打したなら、何らかの後遺症が残るかもしれないと思い、パーフェクションを使ったのだ。一応流血は止まったようだが、まだ意識は失われたままだった。
男2人はオルガ審査委員長を治療院にまでまるで大きな荷物を運ぶかのように雑に運ぶ。
アリアとサクラはそっと口をつぐみ、オルガが治療院に運び込まれる場面を見守った。
「……どうする?」
「どうするも何もないだろう。勇者のところに行くぞ!」
「わかったわ!」
2人は全速力で外壁の方へとかけていく。
__状況は、悪意を持って偏っていく。
一番最後に目が覚めたのは、夜遅くまで作業をしていた、芸術家のアーティ。彼は大あくびをしながらベッドから這いずり出る。うー、だとか、あー、だとか、眠たそうに声を吐き出しながら、彼はグダグダとベッドの上で抵抗してから起き上がる。
朝食は取らない。そんなことに使っている金があるなら、画材を購入するのに使いたい。
パシャパシャと適当に顔を水で洗い、包帯を巻き直す。今日は新聞配達の人がないため、ゆっくり眠るつもりだった。だがしかし、いつものように自室前のポストを確認した時、その予定は急遽なくなった。
いつもなら空っぽか、芸術祭本部からの定期連絡か、なんらかの請求書くらいしか入っていないそのポストに、今朝は……いや、朝というには時間が過ぎてしまっているのだが……黄色の封筒が投函されていた。アーティは眠たい目を擦りながら、埃のかぶったポストからその封筒を拾い上げる。
「ん……花火の発注依頼……えっ、マジ?」
封筒に書かれたその言葉に、アーティは思わず大きな独り言を吐く。そして、慌てて封筒の封を切って中身を取り出す。バリバリと封筒を破り出て来たのは、真っ白な飾り気のない手紙。それには、正式な文面で花火を発注する旨が記されていた。
「発注の前に花火の出来栄えを確認したいのか……発注者は……ジュエリア商会? なんでそんなところがわざわざボクに……?」
ジュエリア商会はアーテリアでは超大手の絵具屋である。そして、アーティの顔を溶かした絵の具、ジルコニアの製造元である。手紙の内容を確認しながら、アーティは発注書の内容を確認していく。どうやら芸術祭の最後に花火を打ち上げて欲しいというものだった。
正直なところ、アーティはこの依頼を受けようかどうしようか悩んでいた。
己の顔を焼いたあの絵の具は正直大嫌いである。それらを生み出した絵の具会社も。だがしかし、報酬は破格であった。さらに、打ち上げ予定日は明後日の夜。明後日までならジルディアスたちもまだアーテリアにいるかもしれない。
モデルになってくれたウィルドや勇者であるジルディアスに、潤沢な予算で作り上げた花火を見せたい。売れない芸術家であるアーティは、そう簡単に自腹で花火を打ち上げることはできない。魔道具はタダでは作れないのだ。
友情と少しの恨みをはかりに乗せる。はかりは少しのためらいの後、友情に傾いた。
「まあ、いいか。ジュエリア商会とは一応和解しているし、いつまでもウジウジ文句付けていられるだけの余裕もないし」
アーティはそう言って正装に着替えた。
【マジックアローについて】
マジックアローは実情、ランス系統の下位互換であり、魔法階位には含まれていない魔法である。そのため、詠唱によってアロー系統の魔法を行使することはできない。完全に熟練度依存の技術である。分かりやすく言うと、プレイヤーの習得できないNPC専用の技である。プレイヤーであるサクラはどれだけ練習しても、習得できない。
前提技能としてボウスキルと使いたい属性魔法の習得が必要となる。
ちなみに、NPCであるアリアは、全属性を混ぜた矢『カオスアロー』を必殺技として持っている。純粋な火力だけなら魔法最高峰の一撃になり得る。……STOのゲームバランス上、そうはならないようになっているが。