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66話 勇者は思考する

前回のあらすじ

・恩田「アーティの審査結果が届くまで観光しようか」

・ジルディアス「こんな布、どうやって着るのだ……?」

・ウィルド「何か爺さんにあがめられた」

 時は変わり、早朝。アーテリアで一泊したウィルたち勇者一行は、宿屋で各自眠っていた。ゆっくりと目を覚ましたウィルは、体を伸ばして元気よくベッドから飛び起きた。


「うっ……もう目が覚めたのかね?」

「あ、起こしちゃってすいません、ロアさん!」

「気にしないでくれ。俺もそろそろ起きるべき時間だ」


 眠たそうに目をこすりながら、隣のベッドで目を覚ますロア。まだまだ寝ぼけているためか、耳は眠たそうにへたり込んでいた。部屋数の都合で、ウィルたちは女子と男子で別れて二部屋とっている。日光の影響があまりないエルフの森の下で暮らしていたロアは、若干夜型の傾向があった。

 旅をする過程である程度は改善されたものの、それでもまだ朝日の眩しさには慣れていない。ロアは眩しそうに目をこすりながら、体を起こした。


「今日は何をする予定だ?」

「うーん……やっぱり、サクラの予言が気になる。路銀もためておきたいし、少しアーテリアに滞在しよう」

「ああ、両替で思ったよりも手数料が引かれてしまったからな……ついでに、もう少し鍛錬をしておきたい」


 肩をすくめ言うロア。手間を嫌ったジルディアスは両替を行わなかったが、ウィルたちは所持金の両替を行っていた。

 旅の費用は、大きな買い物をするときはサクラが負担してくれているが、基本的に各自の購入品や武器の更新代は各自で支払いをしている。メルヒェインで丈夫な靴を購入したばかりのウィルは、いささか懐がさみしかった。


 一応、ロアもこの町で新しい魔導書や魔道具が欲しいため、金はあるに越したことはない。どういう出自なのか、妙に金を持っているサクラに借りるという手もあるが、流石に自分よりも年下の女の子に金銭を借りられるような安い誇りを持ち合わせてはいなかった。


「ここらにはどんな魔物が出るのだったか……?」

「うーん……警備がしっかりしているから、魔物よりも野生動物を狙ったほうがお金になるかもね。久々に弓でも練習しようかな」

「ほう、君は弓も使えたのか?」


 感心したように言うロア。うれしかったのか、耳がぴくぴくと縦に揺れた。そんなロアに、ウィルは苦笑いをして、「流石にエルフに自慢できるような腕じゃないよ」と言ってから、そっと聖剣に手を伸ばす。


「……変形」


 柄を握り締め、魔力を流しながら弓の形をイメージする。すると、聖剣はゆっくりとその形を変えていった。

 姿かたちを変えていく鋼の剣を、ロアは興味深そうに眺める。


「相変わらず、興味深い武器だな」

「でも、やっぱり僕はまだ聖剣の扱いがヘタみたいだ。ジルディアスさんみたいにすぐに変形したり、直したりできない」

「彼は勇者の中でも別枠だろう。今は彼と己を比べるよりも先に、彼に近づくことを考えたほうが良い」


 ロアはそう言って首を横に振る。身も蓋もないその言葉に、ウィルは「ははは……」と力なく笑った。

 今のウィルは、あまりにも実力不足だった。サクラと言う師がいながら、それでもまだジルディアスに追いつくにはまだ足りない。


……フロライトの地下水道で、己の力不足は痛感していた。もしも、あの時サクラが現れなければ、ウィルは迷子の少女を救うことができなかった。

 自分の手の届く範囲の人間を救うために、近くで悲しむ人間が出ないために。人としてそうありたいという願いが、ウィルを勇者たらしめていた。


 救うには、力がいる。守るからには、それ相応の義務が発生する。

 ウィルにとってのヒーロー(勇者)の言葉だ。彼のようになりたい。だから、人を助ける。救うための力が欲しい。


 小さな無力感を、弓を握り締めて殺す。

 そして、ウィルはそっと笑顔を浮かべ、口を開いた。


「そうだ、ロアさん、魔法を教えてくれよ! 僕も一応魔法が使えるけれども、もっと上手くなりたい。特に__」


 ウィルは、笑顔を浮かべる。

 脳裏によぎるのは、いつの間にかジルディアスに対してかけられていた、ヒールの魔法。ジルディアスが光魔法を使えないことは、知っている。何せ、ウィルはフロライトの自警団に所属していたのだから。


 あの時、己のパーティメンバーは誰もヒールの魔法を使っていなかった。ウィルドとか言う得体の知れない存在も、魔法を使った気配がなかった。だがしかし、確かにヒールは使われた。


 ぴしりと、弓が悲鳴を上げる。握り締めた拳に力が入りすぎていたのだ。

 どす黒い嫉妬心が、沸き立つ。それを気取らせないよう、ウィルは笑みを絶やさない。結局、ロアが分かるのは、心ではない。言葉の真偽でしかないのだ。

 言葉に嘘はない。真実を言っていないだけなのだ。


「光魔法とか、重点的に練習したいな!」

__どこの誰が、彼を補助しているのかは知らない。でも、確かにいるはずだ。ジルディアスさんを裏で支えている人が……!


 彼自身の正義をもってして、その誰かのポジションを奪いたいとは決して言えない。おそらく、ウィル自身もそうは思っていない。だがしかし、確かに嫉妬していた。誰かを救うための力を持ち、そして、救いを与え続けている存在に。


 望むべき存在で、モデルにすべき存在なのだろうとは思う。だとしても、何故だか、敬いたいと思えなかった。同族嫌悪故なのだろうか?


 表面では笑顔を浮かべ、嘘をつかないウィルの言葉に、ロアは特に違和感を抱くことも無く了承すると、外壁の外に出るための準備を始めた。

 ヒビの入った金属弓は、いつの間にか元に戻っていた。




 隣の部屋で完全に寝坊したサクラとアリアは、互いに頭を抱えて目を見合わせる。置手紙によると、ウィルとロアは鍛錬に行ったようだ。


「あー……どうする?」


 寝すぎて逆に眠たくなったサクラは、大あくびをしながらアリアに問う。アリアもつられてあくびをしながら答える。


「そうだな、二人が外に行ったなら、私たちは町で何かすればいいのではないのか?」

「そうしようかしら……」


 世界樹の枝で作られた弓を手に取りいうアリア。彼女は魔法の矢を扱うことのできる弓兵(アーチャー)である。街中で弓が必要になる状況が理解できないが、まあ、素手で無防備に出るよりかはいいのだろう。

 女子二人も、それぞれ身支度を整え、宿を後にした。



__奇しくも勇者たち三人、ジルディアス、ウィル、サクラたちがそれぞれ別行動を開始した。

 先に異変を察知したのは、奇しくも先ほど宿を出たばかりのサクラたちであった。


 勇者としての仕事があるかを確認するため、衛兵の詰め所に向かおうと中央広場に移動していたサクラとアリアは、すさまじい大声で体を硬直させた。


「この、愚か者が!! 貴様らにはプライドがないのか?!」


 大声の元は、芸術祭本部。本部の美しいステンドグラスがびりびりと揺れるようなその大声に、サクラとアリアは表情を凍らせて足を止める。そして、二人は顔を見合わせると、小さく頷いて芸術祭本部の建物に駆け寄ると、耳をそばだてた。


 少しの物音の後に、男の声が聞こえてきた。


「愚か者はどちらでしょうか? __オルガ審査委員長、貴方はもうすでに時代遅れだ。スポンサーの意向を無視するだなんて」

「馬鹿が!! 芸術祭は全ての美を公平に見るための審査会なのだぞ?! それを反故にしてどうする!! スポンサーの意向?! 馬鹿が、この、大馬鹿者め!!」


 床を踏み鳴らす音が、見事な剣の装飾の施された扉越しに聞こえてくる。血のにじむような罵倒を前に、しかし、男の声はちっともひるむことはなかった。

 あきれたような、心底相手を馬鹿にするような声色で、男は言う。


「__シグマ、オルガ審査委員長はご病気のようだ。すぐに医者に連れて行ってやれ。あとは副審査委員長である私が引き受ける」

「……! こんな八百長じみたことが正しいわけがないだろうが!!」

「正しいわけがない? 何を言っているのです。私たちが厳正な審査するというのに」

「受け付ける作品に縛りをかして何を……ぐっ?!」


 オルガ審査委員長の声が、鈍い音とともに途中で切れる。そして、男の「やべっ、ど、どうしましょう!」という間の抜けた声が聞こえてきた。

 直後、副審査委員長を名乗った男の声が響く。


「オルガ審査委員長を病院へ。__彼は、棚から落ちそうになった壺を受け止めそびれ、頭からぶつかってしまった。皆、見ていたな?」


 その言葉の直後、複数名の返事の声が響く。

 ……アリアとサクラは、真っ青な顔で表情を引きつらせる。


__剣の物語(ソードテール)が、崩れ落ちていく音が、聞こえてきていた。

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