7話 資金〇常識△実技〇良識×
前回のあらすじ
・恩田「あっ、復活できた」
・ジルディアス「旅に出るけど、必要なもの教えて」
・クラウディオ「従者ナシとかマ?」
旅に必須なものを購入したジルディアスは、さっさと門を出て、町の外へと出ていく。
『あれ? どこに行くか決まっているのか?』
ふと、そう質問した俺に、ジルディアスは答える。
「まずは王城へ行く。騎士団には退職届を出したが、近衛の仕事はまた別に書類を書かねばならん」
『へえ、面倒なんだな。その後は魔王城へ直行?』
「そうなるな。魔王の居城が分かっている以上、遠回りする意味はない」
既に暗くなった道を歩きながら、ジルディアスは退屈そうに答える。明かり一つないというのに、彼は足元が見えているのだろうか?
『……あのさ、暗くないのか?』
「む? 俺は闇魔法の才を持っている。故に夜闇に忌諱はない」
あっさりと言うジルディアスは、確かに迷うことなく足を進めている。どうやら、暗闇の中でも十分に見えているらしい。
けれども、当然ながら俺には周りが見えないわけで。
『【ライト】』
「……!!」
突然の光に、ジルディアスは目元を手で隠す。あっ、ごめん。一言声をかければよかった。
そう反省した俺を、ジルディアスはじろりと睨みながらも、そのまま何を言うことも無く足を進める。ライトに関しては、剣に転生してからひたすらに練習していたため、多分夜の間ならずっとつけ続けることができるだろう。
多少明るくなった夜道を、ジルディアスは慣れたように歩く。ふと、あることを思い出した俺は、ジルディアスに聞く。
『こんな時間に移動していて、大丈夫なのか?』
「大丈夫、とは?」
『いやほら、寝たりとか、魔物とか』
「……? 魔物は殺せばいいし、王都につくまで休む予定はないぞ? 神殿に睨まれたのだ、さっさと移動しなければ、難癖をつけられて体をバラされかねん」
『バラさ……ん?』
ジルディアスの言葉に、俺は思わす表情を凍らせる。背後で、花火の音が聞こえている。どうやら、祭りもたけなわらしい。町を照らす火の粉を視界の端にとらえながら、俺は、震える声でジルディアスに聞く。
『えっ? 何で?』
「……馬鹿か貴様。一瞬のことはいえ、神殿の決定に逆らい、あまつさえ聖剣をへし折ったのだぞ? それも、元公爵家の長男が、だ」
ジルディアスは、そこで言葉を切ると、軽く舌打ちをしてから言う。
「それ以前から、俺はオリジナルアビリティのせいで神殿に目をつけられていた。衝動的にやってしまったとはいえ、このせいでユミルに何かがあったらどうする」
『? ユミルちゃんなのか?』
「貴様が俺の婚約者の名前を呼ぶな」
不機嫌そうに言うジルディアス。彼は苛立ったように口を開く。
「あいつは、ただでさえ妖精の愛し子であるがゆえに目をつけられている。我が家の名誉のためにも、ユミルを神殿に引きずり込まれるわけにはいかん」
『うーん……何か、難しいっぽいな。で、体がばらばらにされるとか、あのあたりは?』
「神殿の処刑方法だぞ? さすがにそれくらいは知っているだろう」
『知らねえよ。ってか、処刑方法エグイな?!』
俺は思わず突っ込みを入れながらも、ヘルプ機能を意識する。神殿……処刑……あ、これか。
『プレシスにおける人族の宗教は、主に創造神を崇拝する神殿が中心となっている。五体を裂き、地に埋めるという処刑は、創造神に造られた体を破壊し、二度と復活をさせないという意味が込められているため、宗教的に一番侮辱的な死に当たる……なるほど?』
「……知っているではないか」
俺の独り言に、ジルディアスはあきれと驚きを半々にしたような表情をうかべる。背後で聞こえる花火の音が、光から数秒遅れてこちらにも聞こえてくる。
『知らなかったけど、スキルで調べた。どこの世界も、宗教は厄介なんだな。確か、キリスト教も火葬は厳禁だった時期があったっけ?』
「きりすときょう……? よくわからんが、火葬などと言った奇葬を行うのは、ドワーフか獣人くらいだろう?」
『ん? もともと俺がいた国では、火葬がメインだったぞ? 火で清めるとか、煙で魂を天まで送るとか、何かいろいろあった気がする』
「ずいぶん大雑把だな……」
あきれたように言うジルディアス。そう言えば、日本はよく宗教に寛容だと聞くが、もしかしなくとも、宗教に興味のある人間が少なかった、と言ったほうが正しかったのだろうか?
まあ、あまり気にしていても意味はない。
涼やかな夜風が、花火の光を運ぶ。輝く七色の光は、ヘルプ機能曰く新たな勇者の誕生を祝うものであるらしいが、祝われている本人は既に旅立っている。これでいいのかと思うが、町に戻れば侮辱された上に死ぬらしい。だったら戻らないほうが良いだろう。
破裂音を聞き流しながら、悠々と歩くジルディアス。無機物の荷物は全て指輪に収納しているため、荷物が少なくて済んでいるのが良いのか、それとも、元々体力があるほうなのか、特に疲れた様子もなく、彼は街道を進んでいく。
まだ町に近いからか、特に敵対する生物は見当たることも無く、夜遅く魔法の光が届かないところが見えないくらいで、特に危うい雰囲気はない。
しかし、ジルディアスとともに数時間移動したとき、その空気は一変した。
もう夜も更けてきたからか、いつの間にか終わっていた花火。空には星空が輝き、半月の月が少し眩しいと思えるほどに輝いている。
そんな中、ジルディアスは足をとめ、荷物を地面におろす。そして、後ろを振り返ることなく口を開いた。
「こんな夜更けに何用だ」
「気が付かれていたか……流石は王城の近衛と言ったところか?」
笑いの交じった低い声が、暗闇から発せられる。思わず間抜けな悲鳴を上げると、ジルディアスは不愉快そうに顔を歪めて、俺の柄をギチッと握り締めた。地味に痛いからやめてくれ。
夜闇からずるりと這い出てきたのは、黒服で頭のてっぺんからつま先までを覆いつくした人間。一瞬、推理ものの小説に出てくる犯人のようにも見えたが、手には明らかに殺意のこもったナイフや杖が握られており、おおよそ茶化している暇は無いように思えた。
ジルディアスはその不審者を鼻で笑うと、言う。
「愚か者め。人数を集めたからと言って、俺に勝てるとでも?」
「……そっちも気が付いていたのか……。しかし、問題あるまい! 貴様の武器は、折れた聖剣一本! こちらは20人だ!」
不審者は堂々とそう言うと、右手を伸ばす。すると、次の瞬間、一斉にこの不審者と同スタイルの男たちが現れた。顔は布で覆われていてよくわからないが、どや顔を決めているらしいことはなんとなく察せられた。
『えっ、わざわざ人数まで言うの?』
「……俺も思ったが、黙っておけ魔剣」
「はっ! 小声で聞こえなかったが、恐れたか!」
『うーん、プラス思考』
「んっ……!」
俺の言葉に、一瞬笑いかけたジルディアスは、慌てて口をつぐむと、報復としてわざわざ鞘に刃をこすりつけるようにして抜刀した。金属と金属が擦れあう音が、夜の静寂を破った。……俺の絶叫のおまけつきで。
『あああああああああ! 止めろ! 痛いし、金属音でなんか背骨がぞわってする!!』
「貴様の背骨は一体どこにあるというのだ……」
『気分の話だ、気分の!!』
ジルディアスが握っている柄をわざととげとげの装飾に変形させながら、俺は怒鳴り返す。小さな傷に関しては、MPの消費が少ないのか、擦れて丸まった刃先は勝手に直る。
すると、突然、正面の不審者が顔を青くして素っ頓狂な声を上げる。
「背骨……! 何故それを貴様が?!!」
『「?」』
ジルディアスと俺は、ほぼ同時に首をかしげる。もちろん、俺は心の中で首をかしげただけである。
しかし、そんな俺たちとは裏腹に、不審者たちには動揺が走っていた。
「……殺さずに、生かしたまま四肢を切り落とせ! 尋問の必要がある!」
「……何の話だ、と問いたいところだが、こちらに刃を向けるなら、問答無用だ」
剣を構えるジルディアス。その目には、僅かな慢心、そして、多大なる自信にあふれていた。……魔王みたい、と思ったのはとりあえず口には出さないでおこう。
そして、構えられている俺は、ふと、あることに気が付く。
あれ? こいつ、俺で戦うつもり?
『なあ、ちょっとまって、他の武器持っていたよな?』
「……今話しかけるな魔剣」
『いやいやいや、めっちゃ大事な話。そっちと変えてくれないか?』
「何故?」
ジルディアスの質問に、俺は即答した。
『返り血つくの嫌なんだけど』
空気が凍り付くのを感じる。
そして、一拍遅れて、ジルディアスは小声で言う。
「……貴様、聖剣魔剣以前に、剣としてどうなのだ……?」
『だって、人間だったもん! 戦いと無縁だったもん! 血とか怖いし、病気うつりそうだし、汚いしヤダ!』
「ガキかたわけ!」
小声で怒鳴るという器用な真似をしたジルディアスは、構わず俺を振るい、飛んできていた矢を切り払った。俺はなかなか切れ味が良いのか、矢は矢じりも含めて一刀両断されている。
あまりの切れ味に、俺は小さく感嘆を上げる。
『切れ味のいい男って言うと、一瞬かっこよく聞こえないか?』
「んっ、ちょっと面白かったではないか」
ツボが浅いのか、笑いをかみ殺したジルディアスは、いつの間にか背後に接近していたナイフを持った男を剣の柄で殴る。たまたまジルディアスへの嫌がらせのために棘の装飾を入れていたため、ぐじゅっという生々しい感覚が体に伝わる。
顔面を柄で殴られた男は、絶叫を上げるとその場に崩れ落ちる。ジルディアスは、その男に追撃で首を刈るように蹴りを加えた。かなりの力で蹴られたからか、生々しい破壊音とともに、男の首はあらぬ方向へねじ曲がり、そのまま地に伏す。
__容赦ねえ……。
そう思った俺だが、しかして相手は命を狙っているわけで。ここで無抵抗にしていれば、ジルディアスは拷問直行である以上、彼が相手の命を奪わんばかりに抵抗するのはある意味当然なのだ。
と言うよりかは、ヘルプ機能によるとこの世界は正当防衛の範疇に相手を殺すというものもあるため、罪ではないらしい。いやまあ、俺はそうしたいとは欠片も思わないのだが。
『……ジルさんよ、俺、剣先を丸くするわ。これから切れなくなるから、そこのところよろしく』
「む? まあ、この程度の些末な敵なら構わんが……しかし、切れんなら、貴様を使う必要も無いな」
ジルディアスはそう呟くと、突然、俺をぐっとつかむと、敵が持っていた盾に叩きつける。甲高い金属音。そして、破壊音。
叩き割られた大盾に、へし折れた俺。激痛とともに絶叫を上げる俺を地面に放り投げ、ジルディアスは指輪から片手剣を取り出す。そして、崩れた大盾を茫然と構えている男の首を、ショートソードで貫いた。
生ぬるい血が、地面に零れ落ちる。大盾を持っていた男は、悲鳴を上げる暇すらもなく、あの世へと直送された。
「ふむ……?」
少しだけ首をかしげながら、ジルディアスは、ショートソードと目の前の首がぱっくりと割れた男を見比べる。そして、次の瞬間には軽いステップで矢の雨を回避した。
二人の人間が息絶えたとして、残っているのはまだあと18人。絶望的な人数差であるが、しかし、ジルディアスは突然、ニタリと口元に笑みを浮かべた。
「なるほど。魔剣、貴様の有用性を認めよう。まあ、剣として、ではないが」
『いってぇ……何で折ったし……』
俺の文句を無視し、ジルディアスは地を蹴り、前衛の大盾を構えた男たちをすり抜け、そのまま後衛へと飛び込んだ。……そこからは、地獄の様相である。
まず、矢を放とうとしていた男の弓矢を腕ごと切り落とし、そして、腹部に剣を突き立てる。これで、残りは17人。近距離で弓を使うのは意味がないと、弓矢を地面に捨てサブ装備の短剣に持ち変えた男の首を斬りはらう。冗談のように首が宙を舞い、残り16人。ナックルを身につけた男が殴り掛かってきたのをショートソードの腹で受け流し、流れるように首を切り裂き、残り15人。
そして、切れ味が悪くなったショートソードを片手で砕き、次は鉄製のロッドを取り出す。
「闇魔法8位、【ダーククリメイション】」
「ああああああ?!」
短い詠唱の直後、鉄製のロッドの先端から、夜闇に紛れる黒色の炎が噴出し、剣を構えていた男をまとめて焼き払う。これで、残りは9人。開始数分経たずに、襲撃者たちの人数は半分以下となった。
にわかに、襲撃者たちの旗色が悪くなっていく。しかし、ジルディアスの辞書に、『慈悲』という言葉は存在していない。
腰を抜かしてその場に座り込んだ男の頭を鉄製のロッドで叩き割り、残り8人。やけくそで突撃してきた短槍の男に尖ったロッドの柄を突き立て、残り7人。ようやく正気に戻り、魔術の詠唱を始めた男に短槍を投げるがごとくロッドがすっ飛び、丁度目玉を貫いて残り6人。
このあたりで、俺もようやく復活のスキルを行使し、元の剣に戻る。聖剣の扱いがひどすぎやしないか? と思いつつも、ジルディアスの無双は最低あと6人分は続く。
雄叫びを上げてシールドを構えて突撃した男をひらりと躱し、背後から首をへし折り、残り5人。素手になった今が好機とナイフを構えて突撃してきた二人の足をまとめて蹴りはらい、地面に倒れ伏したところで指輪から斧を取り出し、まとめて首を刈り、残り3人。空気を裂いて飛んできた投げナイフを斧で防御し、両手持ちの斧をそのまま投げ斧に変えて頭をかち割り、残り2人。
返り血を浴びながらも、凶悪な笑みを浮かべるジルディアス。あたりは阿鼻叫喚の様相を示しながらも、一人の男が諦めずに剣を構えて突撃する。
必死な男の雄叫びが夜空に響き、そして、次の瞬間、月夜に閃いた剣が、青色の一閃を描く。勇気ある襲撃者は、指輪から取り出されたロングソードによってその剣ごと一刀をもってして両断された。
慈悲もなく、容赦もなく、手加減のかけらも無く。
あっという間に壊滅した襲撃者の団体に、最後の一人はプライドも使命も投げ捨てて逃げ出す。
しかし。
「……誰が、逃がすと言った?」
「ぐぎゃっ」
あっという間に追いついたジルディアスによって、その首を容赦なく刎ね飛ばされる。
__これで、襲撃者は0となった。
【魔法について】
プレシスの世界において、魔法は6属性にわけられる。
まず、構成4属性として、【火】【水】【土】【風】。そして、対になる属性として、【光】【闇】。
人族は、闇以外の魔法の才を持ちやすく、一般に4属性のいずれかを己の才能としている人間が大半である。
持っている才能に対して、差別が働くということはほとんどない。なぜなら、闇魔法は精神を安定させたり、心を安らげたりと言った、『安らぎの夜』の要素を含めた魔術が中心となっているためだ。
また、持っている魔法の才能に対して、所謂『加護』が付く場合がある。闇属性魔法なら、暗闇でも視界が良好であったり、火属性魔法なら、火傷をしにくかったり、水属性魔法なら、泳ぎがうまかったり、など、些細な加護が中心となっている。
__なお、ジルディアスは光属性以外すべての魔法に対しての才能を示している。