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65話 お洋服を買うだけ

前回のあらすじ

・サクラ「シナリオ通りに動いてたって、ハッピーエンドにならない。だから、考えて動かないと」

・ジルディアス「守衛が役立たずで苛つく」

・ウィルド「パンフレット面白い」

 翌朝、窓辺から注ぎ込む太陽に叩き起こされたジルディアスは、眠たそうに目元をこすりながら大きくあくびをする。


「おはよう、ジル」

「……ああ、おはよう」


 ジルディアスのマネをして、へたくそにあくびをするウィルド。封印されていた彼は、一応眠る……もとい、スリープモードになることができるらしい。長い白髪がベッドシーツの色と同化していた。


『今日はどうするんだ?』

「ふむ……正直なところ、すぐに町を出て行ってもいいが、どうせならアーティの奴の作品がどうなるかを冷やかしていきたいな」

『ふーん、結果の発表っていつだっけ?』


 まだ頭がぼんやりとしているのか、頭をガシガシとかきながら言うジルディアス。この手の審査は結構時間がかかるイメージがある。もしも一か月以上かかるなら、そんなにも長い間勇者としての旅を中断するわけにはいかないのだが……


 俺の疑問には、ウィルドが答える。


「パンフレットには提出から三日後に点数が発表されるって言っていた。受付期間があと四日あって受付期間中に提出された作品の点数で決定するんだって」

『へえ、点数で決めるんだ。じゃあ、後一週間で最後の作品まで点数が付くのかな?』

「多分そうじゃないかな。どうする、ジル?」


 夜の間に読みこんだのか、大量のパンフレットをひらひらとさせながら、ウィルドはジルディアスに問う。ジルディアスは、眠たそうに頭をふらふらとさせながら、答える。


「あと三日滞在する。一週間も滞在するのは面倒だ」

「そっかぁ、じゃあ、アーティの点数だけ見て、次の町に行くのかい?」

「そうなるな」

『じゃあ、結果が出るまでは観光しようぜ。サンフレイズ平原では歩きっぱなしだったし、たまには休んだって文句は言われねえだろ』


 結構外道な言動を行うジルディアスだが、ウィルドの戦いでは間違いなく人類を救った。最終的に魔王を倒しに行かなければならないが、こいつはテントだと仮眠しかとらない。しっかりとした休息をとるためにも、町で休むのは賛成である。


 街並みの美しいアーテリアは、町を歩くだけで充分観光になりそうである。あの戦いの後なのだ、十分な休息をとってほしい。

 ジルディアスは目をこすった後、再度大きなあくびをしてから、朝の身支度を始めた。





 動きやすい服装に着替えたジルディアスは、先日同様翼を隠したウィルドとともに街に出る。朝と言うにはやや日が昇りすぎているものの、そのおかげで町は活気づいている。


 街路樹を吹き抜ける薫風がウィルドの長い髪の毛を揺らす。なるほど、芸術家たちがウィルドを崇めたくなる気持ちが若干わかる。彼は、美しいのだ。神が作り上げた芸術品と言われてもおかしくないほど__いや、実際神が作った原初の聖剣なのだが__人間離れした美しさである。実際人間じゃないけど。


 ウィルドは小さくあくびをしてから、少しだけ不思議そうにあたりを見る。


「ねえジル。何でみんな僕たちのことを見ているの?」

「さあな。だが、あの手の視線を向けてくるものにかまけていると、時間が無くなる。無視するのが一番だ」


 ジルディアスはばっさりと言い捨てる。それでも視線が気になるらしいウィルドはあたりをきょろきょろと見る。そう言えば、サンフレイズ平原ではあまり人に出会わなかったからな。まだ他人の視線になれていないのかもしれない。


『ウィルド、フードかぶれば?』

「フード? これ?」

『そうそう』


 ウィルドが今身に着けているのは、ジルディアスの倉庫の中に入っていたローブである。なんかこう、結構豪華な装飾がしてあってそのせいで目立っているのではと思わなくもないが、それでも視線で居心地が悪いのはマシになる。


 フードを被ったウィルドはニコニコと笑って小さくステップを踏みながら、先に進むジルディアスを追いかける。


「ジル、これ、いいね!」

「……そう言えば、お前の服も購入しなければな」


 楽しそうに言うウィルドに、ジルディアスはつぶやくように言う。ジルディアスは旅に必要な最低限の量の衣服しか持ってきていない。ウィルドが着るだけなら、皮脂汚れはつかないものの、埃や移動ではねた泥などの汚れはつくため、洗濯は必要になってくる。


 今のところ着る服がなくなるという悲劇は起きてはいないが、結局のところいつか必ず起きるだろう。時間の問題である。


『ウィルドはどんな服を着たい?』

「服……? 別に、なくてもいい」

「そうはいかないだろうが。人の姿を象るなら、服がないのはいろいろと不味い。ああ、こうなるのだったら、メルヒェインで何か買っておくべきだったな」


 ジルディアスはそうぼやきながら、大通りを見る。大通りにはたくさんの美術商や文房具店、本屋、絵の具店などが並んでいた。服屋もあるにはあるが、何と言うべきか……前衛的なデザインで、お値段が高いものばかりなのである。


『ウィルドに着せれば、大体の服が似合わないわけじゃなさそうなのが笑えるな』

「……この布、何を隠すものなのだ……?」


 ウィンドウ越しに店の中を冷やかす俺とジルディアス。流石にこの店はいささか芸術的すぎて買う気にはなれないが、それでもちょっと面白い。


「この服、ひらひらしてるねー」

『ベルトみたいなところ、メルヒェインでジルディアスに引っ掛かったやつと同じじゃね? アレめっちゃ笑えた』

「黙れ魔剣!」

『いってえ!』


 気前よく俺をへし折るジルディアス。どうやら、ジルディアスはウィルドに引きずり回されかけたことを根に持っているらしい。しばらく服を見ていたウィルドだが、ふと、にこにこと笑って隣の店のウィンドウを指さす。


「ねえジル。アレはどこに着る服なんだい? 膝かな? 頭かな?」

「……ウィルド。アレは婦人用下着だ」


 壁も飾りも扉もピンクで彩られた愛らしい店の前で無邪気な質問をするウィルドに、ジルディアスは頭を抱えた。……マネキン、でっかいな。何がとは言わないけど、確かにあれなら帽子みたいにかぶれるような気がする。


 ふと、下着を見て思い出す。


『なあウィルド。そう言えば、お前って性別はどっちなんだ?』


 俺がヘルプ機能でウィルドを調べたとき、性別はなしとなっていた。だが、実際のところはどうなのだろうか?

 俺の質問に、ウィルドは首をかしげて答える。


「剣に生殖機能なんていらないだろう?」

「ふむ、性別はないのか……なら、試しに婦人用の服でも着てみるか?」

「ひらひらしてて、動きにくそうだから嫌だ。戦闘機能に支障が出るだろう」

「そうか」


 冗談交じりに言ったジルディアスの言葉を、ウィルドはばっさりと切り捨てる。とりあえず、動きやすい服がいいのか。ジルディアスはそっと肩をすくめると、あたりを見る。そして、路地の奥にさびれた古着屋を見つけると、そこに足を踏み入れた。



 こもった匂いのする古着屋に足を踏み入れたジルディアスは、サッと店内を確認してから、ウィルドに問いかける。この古着屋には、カウンターの奥で爺さんが一人、眠たそうにうつらうつらとしているだけだ。


「どれがいい?」

「たくさんの形の服があるね。フードが付いているのが良いな」


 ウィルドの返答に、ジルディアスはふむ、と小さく声を漏らすと、古着の中でも丈夫そうなものをあさる。金持ちが多いためか、古着は古着でもほとんど袖を通されていないような、新品同然なものも混ざっていた。もちろん、それらはほかの古着よりも値が張るが、それでも先ほど見た女性下着よりも一桁は安い。


「お客さん、何かお探しですか?」


 目が覚めたらしい老人は、耳に引っ掛かっていた片眼鏡をくいっと上げながら、ジルディアスに問いかける。

 ジルディアスは一瞬だけ悩んでから、老人に声をかけた。


「旅をしているが、いろいろあってこいつの服がない。ニ三着見繕ってほしい」

「ほう! そうでしたか。なら、こちらなどはどうでしょうか?」


 老人はそう言って、しっかりとした皮布のジャケットをウィルドの肩幅に合わせる。いくつかついているベルトに、ジルディアスは一瞬だけ顔をしかめたが、すぐに表情を取り繕い、ウィルドに問いかける。


「これはどうだ?」

「うーん……背中が固いと、翼を出しにくい」

「む……それもそうだな」


 小さく首を横に振り、そう答えるウィルド。

 ジルディアスは少しだけ悩んだ後。ふと、うすい布地の黒色のフード付きの服を見つける。


「これとその上衣を重ねて着ればいいのではないか? この布地なら布を破って翼を生やせるだろう?」

「これなら大丈夫だと思う。先に穴をあけておいていい?」

「買ってからだ」


 ジルディアスはそう言ってから、ついでに数着の古着を購入する。他国の硬貨だったが、老人は表示されていた金額以上の値を受け取ることを拒んだ。

 老人は眠たそうに微笑むと、ウィルドにそっと手を合わせ、言う。


「死ぬ前に天使様に会えるとは思わなかった。天使様たちの旅に幸多からんことを」


 ……もしかして、町の人たちって、ウィルドのことを天使だと思っていたのか?

 自分が天使のようだと言われているとは思ってもいないウィルドは、突然手を合わせだした老人に首を傾げ、何を思ったのか真似をして手を合わせた。


「……さっさと出るぞ、面倒くさい」

「背中のお直しはいかがですか? これでは天使様の翼が通せませんでしょう?」

「……他言はするな」


 翼云々の話が聞こえていたのだろう。古着屋の爺さんの提案に、ジルディアスは短くそう言った。

【芸術的な服屋】

 芸術の都であるアーテリアでは、芸術祭に服飾部門がある。何分、芸術祭自体歴史ある祭りであるため、何年もやっていれば、だんだん方向性を見失っていくこともあるわけで。

 結果として、アーテリアには単純に綺麗で使いやすい服のほかに、使用用途着方不明の美術性特化の服を専門に売る呉服屋が増えたというわけである。迷走って怖いね。

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