64話 敵は誰?
前回のあらすじ
・ウィルド「花火すごい、アーテリアの防護結界穴がある」
・恩田「花火すごい、バルプどんまい」
・ジルディアス「あの技術は面白い」
ウリリカの作品の提出を終えたウィル一行は、彼女の案内で昼食を済ませ、中央広場の噴水の前に戻っていた。そして、ウリリカとともに氷入りで頭がキーンとするほど冷たく、甘ったるいジュースをすすりながら、サクラは不可解そうに眉をしかめる。
「どうしたの?」
「いや……ちょっと、何か違和感に覚えた気がするのだけど……わからなくなっちゃって」
「そっか……何だろうね?」
甘さ控えめにしてもらったリンゴジュースを飲みながら、ウィルは首をかしげる。たっぷりのリンゴ果肉の入ったそのジュースは、四分の一銅貨二枚と言う大特価である。砂糖が入っているのにそこそこ安い。
「……四章のボスは、作品の提出を拒まれて逆恨みした芸術家だったの。でも、絵の具作品以外を受け取らない審査員も出てきているって話を聞いて、誰が悪いのかわからなくなっているのよね」
ガラス製のグラスに付着した結露をそっと撫で、サクラはつぶやく。じりじりと肌を焼く日光が冷たい飲み物をよりおいしく感じさせる。涼やかな水の音を聞きながら、ウィルは少しだけ同情したように眉をさげ、サクラに問いかける。
「……そうなんだ。その芸術家は、何をするの?」
「花火を使って、町を爆発させるの。城壁が壊れたり、魔物が町に流れ込んだりして、人的被害はあまりなかったのだけれども修理に時間がかかったわ」
「城壁が壊れる? あの頑丈そうな城壁がか?」
「あら、聞こえていたの?」
話が聞こえていたらしいロアは、耳をピクリと立ててサクラに言う。サクラは少しだけ考え込みながら頷く。
「確かそう。でも……やっぱりわからないのよ。これ、本当に都市を爆破した芸術家が悪かったのかしら?」
「都市を破壊するのは良いことじゃないと思うのだけれども……?」
「ごめんなさい、言い方が悪かったわね。彼が町を爆破させる前に、何かできることはないかと思ったの」
首をかしげるウィルに、サクラは言いなおす。
芸術祭は絵画だけにとどまらず、彫刻作品、観劇、服飾など様々な美術品が審査され、表彰される。すべての美術を愛で、その技術を継承し、進展させていくという目的を持っている。
だからこそ、絵の具を使っていない作品を排除するのはおかしい。おかしいのだが、今はまかり通ってしまっているという。何故?
「……なんか、引っ掛かるのよね。シナリオ通りに行くのがハッピーエンドにつながるとは思えないのよ」
からん、と、グラスと氷がぶつかり合い、澄んだ音が響く。じりじりと肌を焼く日光がうざったい。焦がれるような日差しは噴水の水を照らし、波打つ水面で乱反射を起こす。
サクラはそっと目を伏せ、そして、口を開く。
「もしかしたら、何かが裏で動いているかもしれない。ちょっと探ってみたほうが良いかもしれないわ」
「そうだな……予知というのはなかなか難儀なものだな」
事情をすべて話していないため、ロアはそう言って肩をすくめる。サクラは少しだけ居心地悪そうに目を逸らした。
彼女にも彼女の事情がある。簡単に自分の出自……STOのゲームのプレイヤーだったことや、ウィル同様第100の聖剣を所有している勇者であること、現在のレベルが100であることなど、できれば言いたくないことばかりなのだ。
味方であるロアたちには、できるだけ嘘はつきたくない。だが同時に、詮索されるわけにもいかない。同じ聖剣が二本あるという異常事態が神殿にバレてしまえば、何が起きるかわからないのだ。だからこそ、ギリギリのところを綱渡りしていかなければならないのである。
それはそうとして。
サクラは甘ったるいリンゴジュースをグイッとのみ、脳に糖分を送り込む。
__今回のボスは、多分さっき出会ったアーティっていう芸術家で間違いないわね。顔半分を隠す仮面をつけていたし、作品は絵の具以外だったし、花火を芸術として認めてもらいたがっていた。……でもやっぱり、彼が100%の悪人には見えない。
ウリリカが落としかけた絵を拾った彼は、頼まれてもいないのに彼女に布を貸していた。芸術祭のライバル一人を蹴落とすチャンスだったかもしれないのに。
何故ジルディアスと一緒に居たのかは気になるところだが、それでも、彼にも何かの事情があるのかもしれない。
__実際、エルフの村でも、湖の底に魔王の破片が沈んでいた。もしもシナリオ通りに世界樹を癒したとしても、湖に魔王の破片が残っていたら、枯れるまでの時間稼ぎにしかならなかった。
サクラはジュースの中に入っていた小さな氷をかみ砕く。魔王の破片。それを埋め込まれた人間は、魔王の呪いにかかる。魔王の呪いの解除方法はわかっておらず、基本的に呪いにかかったものは倒すしかない。
アーティに勝てるかと聞かれれば、ステータス的には圧倒しているため、負けることはないだろうと言える。だが、彼を殺せるかと問われれば、サクラは口をつぐむことしかできない。
いや、今のサクラの肉体は、おそらくアーティを殺せる。だがしかし、彼女、安藤桜は殺せないと叫ぶ。
現代日本に生まれ育ち生きていた彼女の価値観と、プレシスの価値観は異なる。魔物はびこるプレシスでは、命の価値は幾分軽い。悪人を殺さなければ己が、周りのものが殺されていくのだから。
__私は何のためにここに来たのか。
サクラはウィルたちに見えないように、拳を握り締める。
外道勇者のジルディアスに戦闘面で勝る可能性があるのは、今のところサクラだけである。それでも、シナリオは既に変わり始めている。
__私は何もできていない。何もしていない。
おそらく、このまま傍観者でいることもできる。いや、本来のシナリオ的には、そうすべきなのだろう。それでも、シナリオ通りは許されない。サクラ自身が許さない。
「……もっと、根本を考えないと。根本から変えないと、本当のハッピーエンドにはたどり着けない。」
受け身でしかなかった少女は、小さな決意を抱く。
宿に戻ったジルディアスは、いら立ちが隠せない。
「何だあの守衛どものやる気のなさは! ここが母国であれば八つ裂きにしていたぞ!!」
『ガチギレじゃん。でもまあ、態度悪かったなー』
容赦なく鞘に入ったままの俺を宿屋のベッドに叩きつけるジルディアス。布団の上だからまあ、ギリ許せる。床だったら近所迷惑だからダメだけどな。痛いし。
苛ついているジルディアスとは対照的に、ウィルドは隣のベッドに寝転がってどこからもらってきたのか絵の具のパンフレットを広げる。
「ねえジル。今年、ステージで絵の具のジルコニアを作ったところが、新しい色の絵の具を発表するんだって。色は黒らしいよ」
「そんなこと知ったことか! ああ、忌々しい! 奴らは自分の職務が都市にどれだけの影響を与えるか理解しきれていないのか!!」
額に青筋を浮かべ、いらつき紛れに吐き捨てるジルディアス。小声で怒鳴るという器用な真似をしてくれているが、備品を破壊していないあたり、まだ良心が生きているらしい。
『ともかく、連中は役立たずっぽいし、お前がなおしておけば? お前のことだし、直せるだろ?』
「できないわけではないが、そんな面倒なことを誰がやるか。第一、外壁の上に勝手に上るなど不法侵入に当たるだろうが」
『うわー、前半はともかく、後半は確かにとしか言いようがねえなー』
こうなったジルディアスは、理由がなければ動かないだろう。だが、俺にしたってこれ以上言うつもりはない。機嫌が悪いからへし折られそうというのもあるが、単純に理由がないのだ。
だって、結界が溶けているせいで魔物が入ってこれるかもしれないっていていたけれども、あの分厚い外壁があれば、魔物は入ってこれない。その時点で、犠牲になりかねない人間はほとんどいないことになる。
万が一外壁が崩されたとしても、あの外壁を崩せるような魔物が来たら、大抵の場合国が亡ぶときだ。そう考えると、別に多少魔法陣が機能して居なくたって特に意味はない。
「ジルコニアを売っているの、ジュエリア商会っていうらしいよ。今のところ、青と赤と黄色、緑の絵の具を作ったのだって。白と黒の発売は相当時間がかかっていたみたいだよ」
「だからどうでもいいと言っている。いくら発色が良くても、皮膚を溶かしかねん絵の具など買うわけがないだろうが」
ベッドに寝っ転がり、パンフを読み上げるウィルド。気を抜いているのか、ウィルドの背中には真っ白な翼が広げられており、気分良く左右にパタパタと揺れていた。
「……隠すのが面倒だ。羽根をまき散らすなよ?」
「気をつける」
ウィルドはそう生返事をして、パンフレットをパラパラと読み進める。そんな彼の様子に怒気がそがれたのか、ジルディアスは頭を抱えて深くため息をつくと、自分のベッドに寝転がる。
そして、背中に俺がぶつかったのが不愉快だったのか、軽く舌打ちをしたジルディアスは、俺をソファの上に放り投げる。バッカ、危ないだろ!
『とりあえず、滞在している間は少し気を遣うくらいでいいんじゃないのか? 兵士たちが守らないっていうのに、俺らがわざわざ法を犯す理由なんてないだろ。あとは町の人たちの問題だ』
「……そうだな。それはそうとして、あの下らん対応をした兵士はあとでしめる」
『うわぁ、哀れ』
そんなこんなで、芸術の都アーテリアでの初日は終わった。