63話 花火と魔物と
前回のあらすじ
・オルガ「絵の具作品じゃないと高く売れねえ。まあ、作品は公平に審査するが」
・アーティ「花火だって芸術作品だろ」
・ウィルド「サンドおいしい……!」
軽食をとった俺たちは、門番に一言声をかけてから首都アーテリアの外に出る。爆発物を取り扱うため、声掛けは必須だった。
外壁からしばらく離れた場所に出たアーティは、周囲に燃え移りそうなものがないことを確認してから、鍵付きかばんを開く。鍵付きのカバンの中には、彼が描き上げた魔法陣の紙が大量にしまい込まれている。どうやら、カバンには外からの魔力を遮断する効果もあるらしく、とにかく厳重に花火の暴発を防いでいるようだ。
アーティはそんなカバンの中から数枚の魔法陣を抜き取ると、興味深そうに作業をする彼を見ていたウィルドに向かって言う。
「とりあえず、昼間にあげるテンプレートみたいな花火だけ用意するよ。やっぱり、光が飛び散るから、夜の方が見栄えが良いけど、昼間は昼間の良さがあるものをって多少こだわったからねー。市場需要は皆無だったけど」
カラカラと笑い言うアーティ。ジルディアスもまた、その言葉に肩をすくめた。
「まあ、当たり前と言えば当たり前だな……花火自体そう多量に上げるものでもない。うるさいし攻撃術式が魔法陣に含まれている以上、都市防衛用の結界に干渉しかねないからな」
『へえ、そうなんだ』
「防衛結界……? あの薄いの?」
ウィルドはそう言いながら、城壁の上の部分を指さす。ジルディアスは目を凝らしてウィルドの指さす方向を見てから表情をひきつらせた。
「不可視化魔法を貫通して魔法陣を特定したのか……いったい、どんな視力をしているのだ貴様は」
「……? 薄っぺらいから見えやすいよ? 君の指輪の方がよっぽど複雑だ」
「これは防御魔法とはまた別のベクトルの話だからな……特定のための魔法を使わずに防衛結界の魔法陣を見破れるなら、攻城戦も敵地攻撃もずいぶん楽になるな」
『ジルディアス、物騒』
結界のおおもとになる魔法陣をすぐに見つけられるウィルドに、隠し切れない悪役笑みを口元に浮かべ言うジルディアス。こいつマジで何考えてんだ。
だがしかし、ウィルドは依然として不思議そうに首をかしげている。
『どうしたんだ、ウィルド』
「……四番目、アレ、やっぱり薄すぎるよ。魔物を素通りさせられちゃうと思うのだけど……?」
「む?」
『は?』
思わず顔を見合わせ、間の抜けた声を上げる俺とジルディアス。ジルディアスは何かを考えるようにぶつぶつとつぶやいた後、ちらりとアーティに目をむける。衝撃的なウィルドの言葉に、アーティの花火を準備する手は既に止まっていた。
「まって、ボク知らないんだけど? アーテリアは他国の王族とか来るから、防護結界の術式は世界有数だよ?」
「だろうね。術式の元がいくつか分裂して一つの結界になってる。でも、何本か線が消されてて、今の君の花火みたいに起動してない」
空中で複雑な模様をなぞるウィルド。俺たちは今、安全のためにも外壁から離れた場所にいる。それでも見えるって、一体全体どんな視力をしているのだろうか。いや、それどころじゃない。
えっ、都市の結界、役立たずなの?
困惑してあたりをきょろきょろ見る俺。アーティは、手に持ったボロボロのほうきを取り落とし、ひきつった表情でジルディアスに問う。
「ボク、都市防衛とかよくわからないけど、それ、相当ヤバくない?」
「やばいに決まっているだろうが。故意であれ事故であれ、俺の町でそんなことになったら大惨事間違いなしだぞ? そうなっていないのは、単にアーテリアの外壁が物理的に強固だからだ」
「うわぁ、最悪だなぁ……花火、一回止めておく?」
「いや、別にここまで離れていれば向こうに被害はないだろう。早めに街中に戻って兵士に報告する方が得策だ」
ジルディアスは肩をすくめて言う。勇者なのにそれでいいのか?
花火の文字ですぐに結界への興味を失ったのか、ウィルドはキラキラした目でアーティを見る。そんなに花火を見たかったのか。
紙を持ったアーティは少しだけ悩んだものの、結局は花火を選んだらしい。取り落としてしまっていたほうきをつかみ、彼は小さく息を吐くと、俺たちにぺこりと一礼した。
「じゃあ、これからボクの芸術、花火を見せてあげよう! 演目は、『ドラゴン殺しの英雄』!」
高らかに宣言するアーティ。その直後、アーティは高らかに詠唱した。
「数拡大、風魔法第四位【フライ】、術式起動【着火】!」
次の瞬間、魔法陣の描かれていた紙が、空中に浮かび上がった。そして、ウィルドが足りないと言っていた箇所に、黒色の焦げ跡が走り、途切れていた線がつながる。結果、紙には真円が描かれた。
それを見たジルディアスは、興味深そうに目を開く。
「なるほど、低威力の着火魔法で魔法陣を完成させれば、術式保留をせずに済むのか……」
「……? 何でしないの?」
首をかしげるウィルド。そもそも術式保留がわからない俺は、ヘルプ機能を行使した。なにそれ、おいしいの?
『術式保留とは、魔道具や魔法陣などに付与された魔法の行使を命令が来るまで保留にする術式。__これって、要するに、あの花火の魔法陣に術式保留が無かったら、作ってすぐに爆発するってこと?』
「まあ、そうだな。術式保留には金がかかる素材がいる。基本的に詠唱して発動できる魔法以外は素材に馬鹿馬鹿しいほどの金が必要だ。だからこそ、いかにして詠唱魔法以外の魔法を削るかが魔道具に必要なのだ。その観点から見て、術式保留を省いたあの魔法陣は素晴らしいの一言に尽きる。安上がりな上、起動に魔力消費が少なくて済むからな」
『へえ、そうなんだ』
「さては興味がないな貴様」
割と熱く語ってくれたジルディアスに、俺は思わずちょっとだけ引いた。こいつ、魔道具にそんな興味なんてあったっけ?
そう思った俺だが、どうやら口に出してしまっていたらしい。ジルディアスはジトッとした目で俺を睨むと、吐き捨てるように言う。
「馬鹿が。街を治めるための魔道具にどれだけの金がかかると思っている。防衛用の魔道具にしろ、町を守る結界にしろ、バカ高い金を支払って魔道具をそろえているのだぞ? 中には使い捨ての魔道具すらある。それらに共通する削れない費用の術式保留用の代金が賄われるのだぞ?」
『わかんねえけど、魔道具って高いもんなー。エルフの村のお守りも結構な値段してたし……』
「アレは素材がいいからだな。多量の術式を付与してもきちんと効果を発揮できる」
俺たちがそんなことを話している間に、ウィルドの歓声が聞こえてきた。
驚いて顔を上げれば、既に花火は始まっていた。
輝く光が、またたく輝きが、ドラゴンを象る。黒と赤でできたドラゴンは空へ向かって紫色の炎を吐き出した。そして、花火はキラキラと輝くを消していく。
次に打ち上げられたのは、青と白、黄色で象られた勇者。彼は美しい意匠の剣を片手に何やら旅をしているらしい。街にたどり着いた勇者は、新しく現れた赤とピンク、白の町娘と恋をする。
楽しそうに踊る青と赤。しかし、楽しい時間は長くは続かなかった。
冒頭に現れた黒と赤のドラゴンが、麗しい町を襲う。建物は崩れ、あちこちから火の手が上がり、人々は逃げ惑う。そんな中、勇者が立ち上がった。
ドラゴンの口から吐き出される紫の炎をひらりと躱し、聖剣でドラゴンの首を落す。直後、勇者の栄光をたたえるように、金や赤、黄色、とにかく、色とりどりの光が空に輝いた。
最後に、勇者は出会った町娘と結ばれ、花火は終わる。__さながら、語りのない観劇のようであった。
花火の最後の小さな小さな光が消えた後、ウィルドはハッとしたように目を輝かせる。
「すごい、すごい! キラキラしてて、ドンドン音が鳴るからちょっとうるさかったけど、でも、凄かった!」
「はは、そんなに喜んでもらえると、作ったボクもうれしいよ。音はある程度抑えたつもりだったけど、破裂の魔法を使っているから、どうしてもなっちゃうんだよね」
「それをシナリオでカバーか。戦いの緊迫の場面で一気に音が大きくなったところを見るに、序盤の花火は相当音を抑えているはずだ」
「正解。でも、こればっかりは高い素材を使わないといけないから、正式受注でもされない限り量産はできないなー」
紙だって素材だってただじゃないし、とつぶやくアーティ。そう言えば、需要がないのだったか。すごくきれいだったし、迫力もあるのになー。出資者が現れると良いけど。
ふと、キラキラと目を輝かせていたウィルドが、その表情を引き締める。そして、短く詠唱した。
「妖精よ、火をここに」
『ふえ……?』
思わず間の抜けた声を上げる俺をよそに、炎の槍を手元に出現させたウィルドは、何のためらいもせずに草むらに向かってその槍をぶん投げた。
その次の瞬間、言語化するのが難しい、ピギーとも、プギー、とも聞こえるような絶叫が、あたりに響き渡る。その鳴き声を聞いたジルディアスは、盛大に舌打ちをすると取り出していたロッドを握り締め、アーティに怒鳴る。
「バルプだ、警戒しろ! ウィルド、火は止めて水にしろ、バルプに炎は効きにくい!」
「ば、バルプ?! 遺跡が近くにあるわけでもないのに、何で……?!」
アーティはそう困惑しながらも、即座に花火の術式を指に挟む。そして、飛び出してきた何かに向かって投げつけた。
「【着火】!」
アーティの短い詠唱の直後、魔法陣は爆破を起こす。色とりどりの光と紙吹雪に手荒く迎えられたその対象は、ゲル状の体を地面にぴくぴくと震わせた。……ん? ゲル状?
揺れる草むらから、ずるずるとそれらは現われた。
濃い青色の、ゲル状の生物。中に細胞核のような物があるが、それ以外は液体だ。そのゲル状の生物は、周囲の草葉を溶かし、体に取り込みながら、こちらへと向かっていた。うわ、キモイ!!
『何あれ、キモッ!!』
「バルプだ! 何百年も前の魔術師たちが創り出した魔物で、何でも溶かして喰らう! 武器は使うな、溶けるぞ!」
『マジで?!』
ゲル状の生物、バルプは、その体液が強酸で出来ているらしい。見た目だけなら某RPGのスライムに似ていないことも無いが、凶悪度合いはバルプの断然勝利である。武器を溶かすため、魔法以外の攻撃は受け付けないのだとか。
『ヤバいな、超厄介じゃん!』
「ああ……相手が俺たちでなければな」
『あっ』
愉悦に歪むジルディアスの口角。
そういや、そうじゃん。
ここにいるのは、原初の聖剣にして神語魔法の使い手のウィルド、光魔法以外すべての魔法を行使できるジルディアス、そして、先ほどバルプに通じると分かった花火の魔法陣を持つアーティ。なんと、物理特化が一人もいないのである。
「さて、なかなか数がいるようだが……蹂躙するぞ」
『マジで勇者の台詞じゃねえな、ソレ』
「……よし、バルプに武器は通用しないと言うが、試してみるのも一興か」
『ごめんごめんって! ロッドしまうな、俺を構えるな、やめっ__』
次の瞬間、俺の体は見事に溶けた。一応バルプも倒せてたっぽいけど、めっちゃ痛かったから二度としたくない。つーか、俺、魔法の発動体も兼ねているのだから、発動体として使えよ!!
【バルプ】
凶悪版スライム。なんでも溶かして何でも食べる魔法生物で、卵を除いた場合、プレシス1大きい単細胞生物。細胞を構成する素材は全て強酸で、食べたものを魔石の入った細胞核に溶かし込むことで栄養を吸収する。環境をガンガン壊すタイプ。
ちなみに、3人は割と簡単に倒しているが、魔法の才能のない人間が出会ってしまえば、死を覚悟するしかないタイプのクソ強生命体。武器が通じないうえ、手で触ると手が溶けるから仕方ないね。
体の色によっては魔法耐性があり、青は火耐性、赤は風耐性、緑は土耐性、黄色は水耐性をもつ。白と黒のバルプは発見されていないが、存在している可能性は否定できないため、気を付けなければならない。