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62話 頭の固い爺さん

前回のあらすじ

・ジルディアス「あのバカ、街中で空を飛びやがった」

・ウィル「何か見えたような気がしたけど……?」

・ウィルド「殴られた」

 図らずもウィルたちと合流した俺たちは、そろってアーティたちの作品提出を見守ることになった。


 芸術祭の審査会場は、中央広場に面する大きな館のような場所であるらしい。複雑な色彩のステンドグラスのはめられた窓。窓枠の今にも動き出しそうなドラゴンの彫刻に対するのは、扉の剣の彫刻。若干俺に似ているが、俺よりも相当豪華である。うるさいな、俺は美術作品じゃなくて機能美なんだよ!


 全体的に歴史ありそうなつくりになっており、特に、ステンドグラスはグラデーションになっているのか、虹の色の順番に美しい絵柄が張り巡らされていた。気後れするウリリカをよそに、アーティは何のためらいもなく剣の彫刻の施された重厚な扉を蹴り開ける。え? マジ?


 驚きでひきつった声を上げるウリリカ。そんな彼女をよそに、アーティはつかつかと芸術祭本部の建物に入って行く。


 扉を蹴り開けてすぐに、白髪の爺さんが仁王立ちしていた。

 首には名札を下げており、それを見る限り芸術祭の審査委員であるらしい。上質な赤色の布地の燕尾服を来たその爺さんは、額に青筋を浮かべ、扉を蹴り開けたアーティに怒鳴る。


「扉は手で開けろ、小僧!!」

「手がふさがっているんですぅー! ドアマンの一人や二人つけとけよ、作品汚したらどうすんだ」

「そんな余計な人員を出す暇があるか!」

「必要経費だろうが。せめて手を使わなくて開けられる扉にしてから文句を言えよジジイ」


 審査委員の爺さんに何の容赦もなく生意気な口をきくアーティ。そんな彼に、ウリリカは表情を引きつらせる。


「し、審査委員長、オルガ準伯爵……!」

『貴族?! しかも、審査委員長?!』


 思わず叫ぶ俺に、ジルディアスはやかましいという表情を向ける。

 っていうか、こいつ、そんな口をきいていいのか?

 アーティはなんてことないという表情をしてから、両手で持っていたカバンからファイルを取り出す。金属製の下敷きを外し、ファイルごと紙を爺さん……オルガ審査委員長に手渡した。


「爺さん、今年の提出」

「おう、クソガキ。今年こそ絵の具を使っただろうな?!」

「使うわけないだろ、あんなの」


 オルガ審査委員長の質問に、肩をすくめるアーティ。そんなアーティの台詞に、オルガ審査委員長は渋い表情を浮かべた。


「あのな、お前の絵の技術は認める。だがな、絵の具を使わないと、買い手がつかねえんだ。去年の絵だって、その前の絵だって、絵の具さえ使っていれば二桁……いや、三桁以上は違ったはずだぞ?」


 アーティの作品を受け取ったオルガ審査委員長は、深くため息をつきながら言う。彼の癖のある白髪が横に振られた首につられて小さく震える。へえ、やっぱり、こいつ絵は上手いんだ。


 オルガ審査委員長にそう言われたアーティは、少しだけうつむいてから左手で仮面のすぐ下の首の皮の薄いところをかく。ぴっちりと皮膚を覆った包帯が、痛々しい。


「……触れないものは触れないの。クレヨン使おうが鉛筆で白黒画書こうがクレパス使おうが、絵は絵だ。ボクは売れるものをつくっているのじゃない。描きたいものを描きたいように描いてんの」

「……そうか。だが、絵の具で描かれた絵と比べると、どうしても値は下がる。審査は公平に行うが、それだけは覚えておけよ」


 ワックスでオールバックにしたオルガ審査委員長は、小さくため息をついて言う。その言葉に、アーティは仮面の下の顔を少しだけ口をつぐむも、すぐに大げさに肩をすくめ、茶化すように口を開いた。


「審査委員が絵の具やペンキ以外の作品の提出を受け入れ続ける限り、ボクは芸術家であり続けるさ。花火も審査対象に入れてもらえるといいのだけれどもね?」

「花火は無理だ! 再現性がないだろうが!! 後はすぐ消えるものに審査をするのに公平性がない!!」

「同じ術式なのだから、吹いてくる風くらい味だよ。演劇だって同じシナリオ使っていながら一回の公演ごとに違う味が出るだろう?」

「競合相手がいないから公平性が無いと言っている!」

「うげぇ」


 元もこもない言葉に言い負かされたのか、アーティは苦々しい表情を浮かべて舌を突き出した。

 二人の言い争いを茫然とウィルたちに対し、途中で飽きたのか、ウィルドは高級そうなステンドグラスを指でなぞりながら見ていた。あんまり触らないほうが良いのじゃないか?


 聞くに堪えないと判断したのか、ジルディアスは不機嫌さを隠そうともせずに盛大な舌打ちをすると、口を開く。


「どうでもいい。さっさとこの娘の提出を終わらせろ」


 地を這うような低い声に、アーティはようやく顔を上げると、ウリリカに言う。


「ん? ああ、ごめんごめん。一般提出は奥の提出ブースだよ」

「あ、は、はい!」


 そう言われたウリリカは、慌てて駆け出そうとして、アリアにさりげなく静止させられた。さっきから何もないところでこけかけたりしていたし、走ったら今度こそ絵をダメにしてしまいそうだ。


 ウィルとアリア、サクラと一緒に作品を提出しに行くウリリカ。そんな中、一人残ったロアが、オルガ審査委員長に質問する。


「彼とは、どういう知り合いで……?」


 そう質問されたオルガは、一瞬ポカンとした表情をした後、小さく唸り、答える。


「絵の具の発売式典で初めて出会った。それ以来、腐れ縁だ」

「絵の具被ってパニックになってたボクに、このジジイ馬鹿強い水魔法直撃させたの。首もげるかと思った」

「あんときゃ俺もビビったんだ! 死ななかったからいいだろうが!」


 肩をすくめてロアに告げ口するように言うアーティ。どうやら、アーティが絵の具で大怪我を負った時に出会ったらしい。恩人であるらしいが、それでもこの態度なのか。


 しかし、何でこいつだけ委員長に直接作品提出しているのだ?

 疑問に思ったのは、ロアも同じだったらしい。


「彼の提出は大丈夫なのかね?」

「あー……審査委員にもいろいろあってな。絵の具を使ってねえからって門前払いする馬鹿が出始めてて、絵の具とペンキ以外の画材で作品を作った連中は俺が作品回収してんだ。今の流行から言って、絵の具の絵じゃねえと高値で売れねえが、それでも芸術は芸術だからな。公平公正に美を守る審査委員長の立場として、作品回収している」

「なら花火もいいだろ?」

「だめだっつってんだろ」


 懇切丁寧に説明をするオルガ審査委員長に口を挟むアーティ。何か、芸術の都も色々あるらしい。口は悪いが、オルガ審査委員長は美術作品なら公平に見るつもりのようだ。ウリリカの作品は見ていないが、どんな絵を描いたのだろうか?


 そうこうしているうちに、提出を終えたらしいウィルたちがロアに手を振りながら戻ってくる。俺たちはいつの間にか他の芸術家たちになぜか崇められていたウィルドを引っ張り、芸術祭本部から外に出た。





 外に出た俺たちだが、お昼時と言うこともあり、とりあえず軽食をとってから門の外に出ることにした。

 中央広場の巨大噴水の周りには、多くの出店がある。多くの店にはカラフルなメニューが立てかけられており、芸術家たちが意匠を凝らして描いたであろうことが容易に想像できた。


 アーティは迷わず、噴水広場の端の方にある店に歩いていく。

 その店は、看板として洒落た黒板を立てかけていた。いわゆる黒板アートとしてパンとパンにはさまれた新鮮そうな野菜の絵が描かれており、実物を見ていないにも関わらず食欲をそそる。

 特に目を引くのは、赤と白、ピンクの三色で精巧に描かれたエビ。焼かれてレモンが乗ったそのエビの絵は、よだれが出そうになるほどおいしそうだ。


 大きな鉄板の上で腕の太さほどある大きなエビを焼いている店主をよそに、アーティは笑顔で言う。


「芸術の都アーテリア名物、サンドの屋台だよ。ここの店は、ボクが看板を描いたの。オススメはエビとレタスのサンド! ココは良いエビ使っているから、美味しいよ~」

「エビか。ウィルド、お前はどうする?」

「僕は食事は必須じゃない。好きにしていいよ」


 薄く微笑んで言うウィルド。ジルディアスはそっと指輪に手を伸ばし、銀貨を一枚取り出した。そんなジルディアスを、アーティは思い出したように止める。


「ウィルドは絵のモデルになったし、君たちの分くらい奢るよ。おっさん、エビとレタスのサンド三つ、一つソース抜きで!」

「はいはい、銅貨一枚な」


 屋台のおじさんは薄生返事をしながら代金を言う。アーティはポケットから銅貨を一枚取り出した。見ると、銅貨の意匠がジルディアスが持っているものと違う。


 なるほど、これだと確かに金銭の価値が変わっていてもおかしくないだろう。場所によっては両替しなければ使えないだろうし、使えないことを見越してジルディアスも銀貨を取り出していた。絶妙なところに落とし穴があるなー。


 注文を受けたおじさんは、焼いていたエビをフライ返しで豪快に切断する。海鮮が鉄板に押し付けられるきゅうきゅうという音が鳴り響き、焼かれた大エビのプリッとした白色の身が切られて踊った。


 エビを焼いている間に、食パンのような四角い型で焼き上げられたらしいパンを薄く切る。そして、それにマヨネーズのような白色のクリーム状のソースをぬり、たっぷりのレタスを挟む。

 そして、こんがりと焼けたエビをパンにはさみ、最後にたっぷりのフライドガーリックと小麦粉をカリカリに上げた添え物を詰め込む。仕上げに二つのものにだけマヨネーズのようなソースをかけ、紙で包む。


「エビサンドだ。そら、アーティ。ソース抜きはこっちだ」

「ありがとー」


 アーティは適当に礼を言いながら、ソース抜きのを受け取る。そして、ジルディアスとウィルドに軽く身振り手振りで受け取るように指示する。……もしかして、ソースも色のついた液体扱いなのか?


 サンドを購入した俺たちは、噴水の枠に腰かけ、軽食をとる。

 紙に包まれたサンドを手に取ったジルディアスは、片方をウィルドに手渡した。


「食べれないわけではないのだろう? 確か水は飲めていたはずだ」

「うーん……一応、胃や舌に相当する機能を持ち合わせてはいるけれども、僕に食事は不要だよ?」

「余らせても困る。食え」


 ジルディアスはそう言ってから、焼きえびのたっぷり入ったサンドに大口でかぶりつく。

 ぷりぷりのエビと、シャキシャキのレタス。それらをフライドガーリックと上げ小麦の添え物のザクザク、サクサクした食感が引き立てる。マヨネーズのような酸味のきいたソースがよくあっており、しっかりと腹にたまる美味しさだ。うまそう。


 ジルディアスがサンドを頬張るところを見ていたウィルドもまた、真似るように口を開ける。そして、大きく一口かじった。


「ん……!」


 サンドを頬張ったウィルドは、宇宙のような瞳を見開く。そして、口の中のものを飲み込んで、困惑したように口を開いた。


「何だろう、ザクザクしてて、すっぱくて、しょっぱくて、脂肪分があって……いろんな味がする。でも、ごちゃごちゃしすぎなくて、不思議」

「……一般に、味に不快感がないことを『うまい』と言う。貴様の味覚など知ったことではないが、おそらくそれは『うまい』と言うのだろう」


 ジルディアスはそう言いながらも、サンドを頬張る。

 ウィルドは、「おいしい……」と小さくつぶやきながら、その瞳をキラキラと輝かせる。特にウィルドは小麦の揚げ物のサクサクとした食感が気に入ったのか、それだけをサンドから引っ張り出してカリカリと食べていた。


 目を輝かせてサンドを頬張るウィルドに、アーティは嬉しそうに言う。


「喜んでもらってうれしいね。サンドは芸術家たちが作業の片手間に食べられるから、国民食みたいなものさ。……でも最近は、作業の片手間に食べる人が減っているのだけれどもね」

『ん? なんでだ?』

「何故だ?」


 俺の疑問に追随するように、ジルディアスがアーティに問いかける。アーティは肩をすくめて答える。


「ボクは何ともないけど、最近、作業中に食事をとって治療院に運び込まれる人が増えているんだ。まだ死人は出てないけど、酷い腹痛の症状が出るらしくて、知り合いの芸術家たちも食事の時間をわざわざとっているのだって。……半分くらいは食事を忘れるらしいけど」

『食事を忘れたらまた別の理由で治療院に運び込まれそうだな……』


 慣れたようにもぐもぐとサンドを腹に収めていくアーティ。話を聞いていたウィルドは、首をかしげてアーティに問いかける。


「パンでおなかを壊すの?」

「いんや、理由はわかってない。助手と画家が同じご飯を食べていても、腹痛になる人とならない人がいたから、食事が原因じゃないとは思うのだけれども……」


 返答に困ったアーティは、言葉を濁らせながらもサンドの包まれていた紙を小さく丸める。食べるの早いな

 紙も食べようとしたウィルドを止めつつ、ジルディアスも食事を終える。結構おいしそうだったなー


 包み紙を中央広場のゴミ箱に捨て、アーティはニッと笑う。


「じゃあ、花火をしに行こうか」


 日はまだ高く、やさしい日差しがアーテリアの街並みを照らしていた。

【サンド】

 アーテリアの名物。忙しい芸術家たちが片手で食事をしていくうちに自然とできた。

 サンドウィッチを変わらないものの、たくさんの野菜が挟まれているサンドが多い。特に、レタスはどんなサンドにも挟まっている。野菜の挟まっていないサンドはジャンクサンドと呼ばれ、サンドとは別物として扱われる。


__ちなみに、名称が異なる理由はジャンクサンドに当たるサンドばかり食べていた芸術家の不摂生に腹を立てた医者が、最低限野菜を食べさせるために野菜が入っていないサンドをサンドとして扱わなくなったことからであるらしい。


医者「いいから野菜食え野菜!!」

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