61話 事実上何にでもついて行く幼女
前回のあらすじ
・ウィルド「ハナビの術式、すごいね」
・アーティ「色のついた液体が怖い」
・ジルディアス「花火を打ち上げたところを見せろ」
クレパスで描いた絵を固い布製のファイルで閉じ、バックの中に入れる。絵が折れ曲がらないように鉄でできた下敷きも一緒のファイルに入れてあるあたり、かなり用心しているようだ。
「えっと、じゃあ、絵を提出だけしてから外で打ち上げるけど、本当にいいの?」
「うん。ここで打ち上げてもいいよ?」
「それはダメだなぁ。護衛騎士団にめっちゃ怒られちゃうし」
ニコニコ笑うウィルドに、アーティは苦笑いを浮かべて言う。
彼は紙束を一つ選ぶと、絵が入っているものとは別の頑丈な鍵のかかるバッグの中に入れる。爆発物をしまうには、妥当な処理なのだろうか?
花火の術式の納められた棚に魔術的なロックをかけてから、アーティは玄関先のボロボロなほうきを手に取る。
「あんまり時間がないから、ボクはこれで移動するよ。君たちは中央広場の噴水の前で待っていてくれ!」
アーティはそう言うなり、ほうきに飛び乗ると、短く詠唱した。
「風魔法第四位【フライ】」
直後、強い風が吹きぬけ、彼の乗るほうきがふわりと浮かんだ。
そして、そのまま彼はほうきに乗って町の中央に飛んでいく。すごいな、感覚的には自転車とか自動車みたいなものなのか?
芸術祭真っ最中のため、貴族や王族が都市アーテリアに集まっている。そのために、大通りは馬車で過密状態になっているのだ。移動するなら、詰まっている地上よりは空を飛んだ方が速い。何年も芸術祭を経験していた彼はそれを知っていた。
もちろん、王族の上を飛んでいったとあれば、無礼打ちをされる可能性も無きにしも非ずだが、それは道を歩いてたってありえることなのである。ついでに、彼は作品が売れない分、副業で新聞紙の配達員もしている。そのため、箒飛行は得意な方であった。
あっという間に空へと飛んでいったアーティ。ジルディアスはそれを特に興味もなさそうに見守る。
『中央広場に行っておくか?』
「そうだな、ついでに宿もとっておくか」
俺とジルディアスは空を見上げながら言う。そして、あることに気が付き、そろって空を見上げ、大声を出した。
「『馬鹿待て、止まれウィルド!!』」
翼を生やして空を飛びながら、アーティについて行くウィルド。好奇心で宇宙のような瞳はさらにキラキラと輝いているし、天使のような笑顔も浮かんでいる。
はためくウィルドの翼。
俺たちはひきつった表情で顔を見合わせてから、真っ青な顔で空中を移動する二人を地面から追いかけた。お前は目が離せない幼児か!!
『どーすんだ、アレ?!』
「他人のふり……いや、勇者どもがいるかもしれない……!」
路地を全速力で駆け抜けながら、ジルディアスは思考する。そして、空を飛ぶアーティに追いつけないと判断し、俺を鞘から抜きはらうと、気前よくへし折った。シンプルに痛い。
俺をへし折ってステータスを向上させたジルディアスは、一気に加速しながら表情を引きつらせる。
「しまった、行き止まりか……?!」
規則正しく並んでいるように見えたアパートだったが、奥まった日当たりの悪いあたりに行くと、増改築を繰り返したのか、おかしな建築物が増える。空を飛ぶアーティには関係がないが、ジルディアスの目の前は謎に窓の開いたレンガの壁に阻まれたのだ。
『空飛ぶ魔法は?!』
「今からでは無理だ、追いつけん……!」
俺の質問にジルディアスはそう言うと盛大に舌打ちをする。そして、あたりを見回し、あるものに目を付けた。
それは、用水路に排水を流すための太いパイプ。ここいらの排水はパイプを使って集めているのか、おかしな形の建物に這うような形でパイプは複雑に曲がりくねっていた。
「こっちからなら行けるな!」
ジルディアスは赤色の瞳を怒りと愉悦に細める。そして、小さく息を吐くと、ジルディアスは一気に加速した。
レンガ敷きの地面を蹴り飛ばし、そして、金属でできた窓枠を踏みつけ、水道管を強く蹴り飛ばす。蹴った勢いで高く跳躍したジルディアスは、三階建てのアパートの屋上に飛びうつった。
かたん、と、立て付けの悪かった水道管が揺れる。途中で溜まっていた排水がぴしゃりと揺れ動く。
『うっぉあ?! すっげえ!!』
俺は思わず歓声を上げる。
アーテリアの湿った空気が、一気に吹き抜けた。
ぼろいレンガのアパートの屋上に飛び乗ったジルディアスは、ニッと深く笑むと、そのまま全力で駆け出す。少し手間取ったせいで、アーティとウィルドは少し遠くまで移動してしまっている。
たまたま屋上でスケッチをしていた男が、青色の絵の具の入った瓶を片手にポカンと駆け抜けていくジルディアスを見る。ナチュラルに不法侵入してごめんね?
アパートの屋上から次のアパートの屋上の鉄柵に飛び移る。赤色に着色された錆びた鉄柵がギシリと悲鳴を上げるも、情けも容赦もないジルディアスは眉一つ動かさずに柵を蹴り飛ばした。
赤色の鉄柵は哀れにもばきりと断末魔の悲鳴を上げ、破壊された。器物破損も追加かぁ。
青空を飛ぶアーティ。その後ろを音もなくはばたくウィルド。そんな彼らは、ついに住宅街から開けた場所へと移動する。そして、大きな噴水のある中央広場を見て、俺とジルディアスは同時に顔をひきつらせた。
「クソ、あの勇者がいる……!」
『やっべえ、ウィルたちいるじゃんか!!』
ピンク色のリボンが特徴的な女性を案内しているらしいウィルたち一行。さらに運が悪いことに、アーティはその女性が転んで吹っ飛ばした荷物をキャッチした。
空をみあげたら、ウィルドが見つかる。
次の瞬間、ジルディアスが俺に魔力を流した。
「えっと、ウリリカさん、書類の忘れ物はしていませんか?」
「は、はい! 今度は大丈夫です! ファイルの中に、絵も紙もちゃんと入ってます!」
「心配だなぁ。大丈夫?」
「だ、大丈夫ですよ、アリアさん……多分……」
「心配しかないわね」
書き直したキャンバスを両手に抱きしめているウリリカの両端で、ウィルとアリアが心配そうに問いかける。前科が前科だけに二人も相当心配しているらしい。
まだ不安そうなウリリカに、ロアは耳を小さく揺らして言う。
「もっと自分に自信を持ちたまえ。用心に越したことはないだろうが、そこまで卑屈になっていると、また別のことで失敗を侵すぞ?」
肩をすくめ言うロア。若干苦笑いを浮かべながらも、彼は道に不自然に転がっていた石を蹴って道の端に寄せた。このままだとこの石に躓いて転ぶと判断したのだ。
ロアにそう言われたウリリカは、はっとしたように顔を上げ、前を見る。
「そうですね……! ちゃんと前を見て歩きます……!」
「……実はすごく当たり前のことを言っていないかしら?」
「止めてやれサクラ」
ぼそりと言ったサクラに、ロアが頭を抱える。
そうこうしているうちに、ウリリカは歩いていく。そして、何もないところで見事に躓いてすっ転んだ。
「にゃっ゛……!」
「あ、危ない!!」
アリアはそう叫ぶと、ウリリカの手から滑って飛んだ絵をつかもうと手を伸ばす。
しかし、次の瞬間、その絵画は空中にいた人物によってキャッチされた。
箒で空を移動していたその男は、顔の半分を白色の仮面で隠している。彼は、一枚の紙だけが覆っているキャンバスを見て、少しだけ不愉快そうに顔をしかめると、ウリリカに絵画を返す。
「危ないなぁ、絵が汚れちゃったらどうするんだ、気を付けなよ?」
「す、すいません……」
「キャンバスは専用のケースあるのだから、それを使いなよ。特殊サイズならこの包装でもおかしくはないけど、コレ、サイズP4だろう? 規定サイズだったら専用のケース使ったほうが安全だって」
半分仮面の男は、そう言いながら指で四角を描く。どうやらジェスチャーでキャンバスのケースを表しているようだ。
「専用のケースとかあるんだ……」
「……考えていなかったな」
思わず顔を見合わせるロアとサクラ。
そんな二人をよそに、箒に乗った男は、バッグの中を漁り、大きな一枚布を取り出すと、それをウリリカに投げ渡す。布であるにも拘らず、折り曲げるのに力がいりそうな、相当頑丈な布だ。
「とりあえずこれで仮包みしておきなよ。作品汚して価値落すなんて馬鹿がすることだろ」
「うっ……!」
心当たりしかないのか、ウリリカは耳の痛い言葉にそっと頭を抱えた。その直後、何かに気が付いたのか、ウィルが空を見上げようとする。
しかし、次の瞬間。
「__変形しろ、聖剣!!」
『わーってる!! 【変形】!!』
低い聞き覚えのある男の声が響く。そして、ふわりと広がった白い布が、空中のナニカを包み隠した。
布の下から翼のような物が見えたような気がして、ウィルは首をかしげる。
白い布に包まれた何かは、地面に降りると布を被ったまま首をかしげて口を開く。
「どうしたんだい、ジル?」
「どうしたもこうしたもあるか、このド阿呆!!」
まるでパルクールの如くアパートを飛び移りながらアーティとウィルドを追いかけたジルディアスは、肩で大きく息をしながら布端を強く引く。
それを見た俺は、慌ててウィルドに言う。
『ウィルド、今すぐ変形して羽根隠せ!』
「? 何でだい、四番目」
『翼をもつ人間はいない。お前が原初の聖剣だってバレちまうかもしれないだろ?!』
「……ジルは、僕が原初の聖剣ってバレると困るのだっけ。じゃあ、戻るよ」
ウィルドは小声で言うと、肩をすくめて変形を行使する。すると、肩甲骨のあたりから生えていた翼はずるりと体内にしまい込まれ、人間の体に戻る。布になった俺がジルディアスによって引きはがされると、そこには人間に擬態したウィルドが少しだけ唇を尖らせ、不機嫌そうに立っていた。
「あれ、ウィルドさん?」
「……まって、どっから?」
想定外の登場に、ウィルとサクラが困惑の声を上げる。しかし、そんな声を聴くだけの心の余裕が、この男にはない。
ジルディアスは拳をぱきぱきとならすと、額に浮かべた青筋を引きつらせ、短く詠唱した。
「体術一の技【強撃】」
体術の超基礎、身体の魔力を使い、ただただ強い一撃を与えるだけの技。スキルの宣言の直後、ジルディアスの右拳に黒色の魔力がまとわりついた。
流石のウィルドも表情を引きつらせ、体に絡まっていた俺を引きちぎり、防御の構えをとる。おい馬鹿止めろ、痛ってえ!!
真っ赤な瞳を怒りで満たしたジルディアスは、ウィルドに怒鳴る。
「反省しろ、たわけが!!」
「……精霊よ、土の守りを!」
ジルディアスの拳の振り下ろしに合わせ、神語魔法の防御魔法を展開するウィルド。
次の瞬間、瞬間震度三弱くらいの超局所的な地震が、アーテリアに発生した。
【P4】
キャンバスの大きさの企画。英語が四つFPMSで、数字は号数。数字が大きくなればなるほどキャンバスも大きくなっていく。コピー用紙とは逆だね。
ちなみに、四つの英語の意味は、Figure:人物、Paysage:風景、Marine:海景、Square:正方形。ウリリカは、小さめのキャンバスに風景画を描いていた。




