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60話 絵の具にさわれない芸術家

前回のあらすじ

・ジルディアス「絶対にしゃべるなよ」

・アーティ「すごい、さっきの何?!」

・サクラ「うっかりウリリカさん、やっぱりうっかりしてるわね」

 ウィルドが人間に変形するところを見られた俺たちは、アーティに呼ばれるまま、彼の部屋におじゃました。


 芸術家を自称する彼の家は、なるほど、確かに雑然としていた。

 ボロアパートの一番安い部屋であるため、ワンルームキッチントイレ付、風呂はなし。……キッチンアリと言ったが、ガスはないみたいだ。代わりに、IHコンロのような魔道具が流しの横に置かれている。


「その辺に座っておいて。水持ってくるから!」

「……すさまじい部屋だな」


 あきれたように言うジルディアス。

 アーティの部屋は、男の一人暮らしにしては整っているが、それでも荷物が多いためか、かなりぐちゃぐちゃである。


 ワンルームには、大きなソファが一つ。それがベッドも兼ねているらしく、ボロボロな毛布がソファの右端にぎゅっと押し込められている。ソファの向かい側にあるベランダには服が干してあり、ベランダのすぐ手前の複雑な形をしたプランターには、謎の植物が植えられていた。


 ベランダのある面以外すべての壁に天井までの棚が備え付けられており、その棚いっぱいに本やら紙やらがしまわれている。地震起きたらヤバそうな部屋だな。


 部屋の中央には、食卓を兼ねているらしい作業机。大量の紙とともに、鉛筆やクレパスが転がっていた。


『確かに、なんかすごい』

「紙、こんなにたくさん」


 ウィルドはそう呟きながら、何やら魔法陣が描かれている紙をつまみ上げる。よくわからないけど、彼は何を作る人なのだろうか?

 そんなことを考えていると、アーティが水の入ったコップを二つ持ってくる。マグカップと普通のグラスにはなみなみと水が注がれていた。


「とりあえず、お水どうぞ。ああ、ウィルド。その紙、あんまり不用意に触らないほうが良いよ。下手に触ると爆発するかも」

「そんなものを机に置くな」


 ジルディアスはあきれたように言い、そして、透明なグラスをテーブルから取り上げる。ウィルドは首をかしげて紙に書かれた魔法陣を指でなぞる。悪いことを言わないから、止めておけよソレ。


「一本足りない?」


 円形の陣の一か所を指でなぞりながら、ウィルドはアーティに問いかける。その質問に、アーティは花の咲くような笑顔を浮かべた。その手にはスケッチブックが握られている。


「お、正解! 何? 魔術構築得意だったりする?」

「魔力を流したら、流れが変だった」

「よ、よく爆発しなかったね?」


 ウィルドのなんてことないセリフにアーティは表情をひきつらせた。まって、それ何の魔法陣?


「これ、光が飛び散る魔法陣だよ。大きな爆発をするみたいだけど、威力が弱い」

「……この規模だと、近くで爆破すれば普通に人が死ぬが?」

「僕もジルも死なないだろう?」

「俺を貴様と一緒に考えるな。まあ、おそらく爆破する前に防げるだろうが……」


 円形の魔法陣の描かれた紙をつまみ、つぶやくように言うジルディアス。一般人は目の前で爆発が起きたときに防ぐことなど、できはしないと思う。少なくとも俺は無理。剣だから死なないとは思うけど。


 そんなことを言っているジルディアスとウィルドに、アーティは苦笑いをしながら言う。


「それはボクが作った花火の術式だよ。打ちあがる花火も芸術だと思うのだけれども、町の人たちにはあまり認めてもらえなくてね。だからいろんな作品を作っているんだ」

『へえ、じゃあ、ここら辺の紙、全部花火なのか?!』

「そうだよ、四番目。棚のここからここまでは大体全部ハナビ? の術式」


 俺の驚きの声に、ウィルドは淡々と答える。すごいな、俺が知っているハナビと全然違う。確か、花火は炎色反応と火薬を使っていた気がする。だが、この世界では魔法を組み合わせて花火を作っているようだ。


 アーティは、唇を尖らせてぶー垂れながら言う。


「どいつもこいつもさー、やかましいのは芸術じゃないってうるさいんだよ。絵だって絵の具を使えだの、ペンキを使えだの……好きなように描いたっていいじゃんか」


 そう言う少年の手に握られているのは、クレパスである。何が楽しいのか花火の術式を指でなぞるウィルドの様子を、スケッチしているらしい。


「こっちは白黒、こっちは緑色、これは……色が途中で変わるのかな?」

「すごいね、全部正解。白黒は昼間用、緑色のは色が変わるやつと組み合わせて使うの。綺麗に打ち上れば、花束みたいになるんだ」


 スケッチブックにさらさらとクレパスで色を乗せながら、アーティは言う。色で白黒が表現できるなら、確かに明るい昼間の方がきれいに映るだろう。

 術式の紙を見て、ジルディアスは首をかしげる。


「なかなか良くできているように見えるが……芸術祭には展示しないのか?」

「全部芸術祭の審査委員会に提出したけど、事前審査できないから失格って突き返された。まったく同じ術式で再現できるつってんのに、あの頭の固いジジイども、不正がどうのこうのってさ……術式くらいみりゃ違い分かるだろ」


 ぼやくように言い、そして、アーティは最後に紫と黒のクレパスでサッと色を乗せ、スケッチブックを置いた。


「ありがとう、ウィルド。納得いく出来のができたよ。クレパス作品で提出して、多分今年も国家芸術(アーティスト)家資格(ライセンス)保てると思うから」


 そう言ったアーティのスケッチブックには、この数分足らずで書き上げられたとは思えないほど精巧なウィルドの肖像画が描かれていた。


『すっげえ、どうなってんの?!』

「筆が速いな……」


 素直に驚くジルディアス。絵に対して何も言っていない当たり、ジルディアス自身アーティの絵の素質を認めているのだろう。

 クレパスと言う画材で描かれているのだが、ウィルドの絹のような白くつややかな髪も、宇宙のような輝く瞳も、美しく精巧に描かれている。唯一唇のみ多少鮮やかな色が加えられているが、それも一層ウィルドの素の美しさを際立たせていた。


「ここまで描けるのに、なぜ売れないのだ……?」


 素直なジルディアスの疑問。

 確かにそうだ。売れない芸術家だと自称していたが、ここまで絵が上手に描けるならそこそこ売れていたっておかしくない。


 言っておくが、ウィルドの美しさは芸術家泣かせどころの話ではない。さらには中性的で女性らしい美もありながらどこか男性を思わせる強さと骨格をここまで精巧に描けて、技術がないと言うものはまずいないだろう。顔だけは良いジルディアスに見慣れていてもなお、美しいと思えるタイプの見た目なのだ。


「……誰が顔だけだと?」

『ヤベ、声出てた』


 ピキリとジルディアスの額に青筋が浮かぶ。とはいえ、アーティの目の前ではへし折る気がないのか、俺を殺意のこもった目で睨んだ後「後で覚えておけ」と凄むにとどまった。……この辺にゴブリンが自生していないと良いなぁ。ゴブリン焼き肉されそう。


 がさがさと机の上を漁って書類を引き出していたアーティは、肩をすくめて答える。


「ボク、ちっちゃいころに絵の具で顔溶かしちゃって、それ以来絵の具とかペンキとか、色のついた液体がどうしてもダメでさ。絵描くと絵の具使えって言われんの。クレパスとか鉛筆だと劣化早いから」

『顔溶かした?』

「……? 絵の具って、肉を溶かすものなの?」


 首をかしげる俺とウィルド。そんな俺たちに、ジルディアスは首を横に振った。


「普通は絵の具で皮膚が溶けることなどない。余程特殊な画材だったのか?」

「いんや、当時の最新超流行色。絵の具のお披露目会の時、たまたま最前列で、頭から絵の具被ったの。そん時に顔爛れちゃって。あれ以来、色ついた液体は無理。触れないし、近づくと手の震え止まんなくって」


 アーティはそう言いながら、震える手でインク壺に手を伸ばす。作品詳細を書くためにペンを使わなくてはいけないらしい。仮面越しでもわかるほどに表情を引きつらせながら、アーティはインクの壺を開けた。


 インク壺の中には、浅く浅く、ほんの少しだけ黒色のインクが入っている。それでも、液面に反射するなまめかしい光がダメなのか、彼の手の震えは止まらない。


 それを見ていたジルディアスは、盛大に舌打ちをすると、アーティからインク壺を取り上げる。おいバカ、何やってんだ!


 面倒くさそうに目を細めた彼は、壺のふたを閉め、机の上に置くと、荷物の中から万年筆を取り出し、アーティに手渡した。


「面倒だ、それを使え」

「これ……もしかして、万年筆? だ、ダメだよ、壊しちゃったらどうすんだ!」

「……万年筆程度、いくらでも買いかえればいいだろうが」


 あきれたように言うジルディアス。だがしかし、魔法技術の発展のせいで機械技術がほとんど進んでいないプレシスにおいて、金属小物は相当な高級品である。ジルディアスの持つ万年筆一本でアーティの住むアパートが四か月は借りれるほどだ。……高いんだか安いんだかわかりにくいな。


 ともかく、ジルディアスの貸した万年筆のおかげで、アーティは震えずに提出用の紙に文字を書き上げることができた。水は大丈夫なあたり、本当に色のついた液体だけがダメなのだろう。


「茶もだめなのか?」

「うん、だから水なんだ。ごめんね」

「気にしないでよ、ジルは特にそういうの特に気にしないから」


 ジルディアスではなく、ウィルドがさりげなく返答する。フォローできるようになったのか、とどこか感心した俺だったが、ウィルドの場合事実だから言っている可能性が否めない。


 と言うか、体が溶ける絵の具ってヤバいな。そんなのを使った絵なんて、触れたらかぶれたりとかしそうなものだが。


 書類を書き終えたアーティは、ぺこりとウィルドに頭を下げると、口を開いた。


「モデルになってくれてありがとう。お礼と言っては何だけど、どれか好きな花火あげようか? 他国で魔道具として売ればそこそこな値段になると思うけど……」


 アーティはそう言いながら、棚から数束の術式の描かれた紙を取り出す。しかし、等のウィルドは、笑顔で首を横に振った。


「ううん、売るのじゃなくて、見てみたいな。僕、ハナビ、見たことない」

「俺も同意見だ。単純な花火の術式紙は見たことがあるが、このような複雑なものは見たことがない。ある程度予想はつくが、実物が気になる」


 想定外にウィルドの言葉に同意するジルディアス。アーティは、ポカンとした表情で二人を見た。

【顔を溶かした絵の具】

 十年前の最新色の絵の具。とても美しい青色で、直接触ると危険というデメリットがあっても、その発色の良さからいまだに人気が衰えていない。

 だがしかし、発売から十年たった今でもその絵の具、『ジルコニア』による事故は絶えていない。アーテリアでは、美しい青色の絵の具には触ってはいけないという。触れれば手が爛れてしまうのだ。


__なお、最新色ジルコニアの発表会の時、幼い子供の負傷者が出たという都市伝説があるが、真相は定かではない。絵の具の製造会社やジルコニアを使いたい芸術家たちが隠した事実があるのかもしれない。

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