59話 芸術の都アーテリア
四章すたーと
メルヒェインを離れ、シップロ達隊商と別れた俺たちは、数日の野営の後サンフレイズ平原を抜け、隣国、サーデリアの首都であるアーテリアにたどり着いた。
輝く美しい白煉瓦の外壁をよそに、俺たちは審査を終える。
「絶対に声を出すなよウィルド」
「わかっているよ、ジル」
「声を出すなと言っているだろうが!」
のんきな返事をするウィルドに、ジルディアスは額に青筋を浮かべ、言う。相変わらず理不尽だなぁ。
神代生まれで身分証明書のないウィルドは、剣に変形して検査に出る予定である。従者としてなら通過できるかもしれないが、彼はいささか現代の常識がない。余計なトラブルを嫌ったのだ。
ウィルたち勇者一行は先に審査を終え、首都にいる。ジルディアスはウィルドを剣に変形させるため、後に審査を受けることを選んだのだ。
原初の聖剣は封印を解くことが神殿によって禁じられている。封印の祠を破壊したうえ、神に反旗を翻したウィルドを自分の従者にしたことがバレれば死刑どころの騒ぎではない。
検査のために指輪と荷物を提出するジルディアス。そして、彼は検査の兵士に向かって言う。
「第四の聖剣の勇者、ジルディアス=R=フロライトだ」
「勇者様でしたか!」
兵士は小さく敬礼をしてから、すぐに検査を済ませ、荷物をジルディアスに帰す。彼も、入都税を支払い、さっさと都の中へ入って行った。……あれ?
『なあなあ、さっきのお金、ウィルたちは払ってなかったけど、大丈夫なのか?』
「いきなり声を出したと思えば下らんことを……」
ジルディアスは眉をしかめ、面倒くさそうに荷物を背負いながら小声で答えた。
サーデリアの首都アーテリアに入るための列は、まだまだ長く伸びている。後ろがつっかえないためにも、ウィルドのボロが出ないためにも、勇者は少しばかり早足に都内へ向かう。
「勇者には入国税入都税免税の権利がある。が、俺は面倒事は好かん。ついでに金にも余裕がある。故に、断られない限りは支払っている」
『あー、なるほど』
白煉瓦のトンネルを歩きながら、ジルディアスは俺の質問に答える。サーデリアは盗賊やならず者から都を守るため、強固な城壁に囲まれているのだ。物理的にも気分的にも相当解放されていたメルヒェインと比べると、幾分窮屈な感じがしないでもない。
だが、メルヒェインと違い、魔物の心配はしなくてもよさそうだ。
ふと、眩しい光が差し込んでくる。
長い白煉瓦のトンネルの先は、色とりどりの屋根の、見るも美しい街並みだった。
中心となっているのは、決まったサイズのレンガで組み立てられた、アパート。一軒家は少なく、色とりどりのレンガと屋根の集合住宅が規則正しく立ち並んでいる。しかし、レンガだけの堅苦しい街並みではなく、用水路や街路樹がめぐらされているため、流れる水の音や涼やかな緑の輝きで息苦しさは感じられない。
「これは……素晴らしいな」
『うん、なんか、すげえワクワクする……!』
美しい街並みに、俺とジルディアスは感嘆の声を上げる。そして、ジルディアスは思い出したようにアパートの方へ歩みを進めた。生活臭のあるアパートの群れ。そんな中で、ジルディアスは適当な路地に足を踏み入れる。
人がいなくなったところで、彼は原初の聖剣に声をかける。
「戻っていいぞ、ウィルド」
「うん、戻る」
ウィルドはそう返事をして、さっさと変形のスキルを使うと、人型に戻る。羽根まで生やしそうになったが、ジルディアスが小さく舌打ちをして止めた。
すると、次の瞬間、小さな声が背後から聞こえてきた。
「うわ、凄い!!」
「?!」
驚いて慌てて声のする方を見上げる。
古いアパートの二階。その錆びた窓枠をつかみ、この人通りのない路地を見ていた少年がいた。
紫髪の少年は、目をキラキラさせながら、驚くジルディアスと首をかしげるウィルドを見ている。そして、楽しそうに声をかけてきた。
「すごいねえ、さっきの何?! お兄さんたち、誰? 何?!」
「僕はウィルド。こっちにいるのは、ジル。あと、四番目がいるよ」
『四番目……ああ、俺のことか』
そういや、俺は第四の聖剣だよな。思わず納得した俺だったが、ジルディアスは小さく舌打ちをしてからウィルドの頭をはたいた。
「勝手に答えるなたわけ!」
「そっか、ボクはアーティ! 芸術家のアーティさ! ウィルド、君、さっきのどうやったんだい?!」
興奮したように問いかける少年、アーティは、至極楽しそうに目を輝かせる。そして、窓から体を乗り出し、ようやくその顔をはっきりと見た。
紫髪の少年、アーティの顔左半分は、びっちりと白色の包帯で隠されていた。隙間から爛れた皮膚がほんの少しだけ見えている。どうやら、古傷を隠しているらしい。
今はウィルドへの興味でキラキラと輝くその右目はジルコンのような透き通る蒼色。ジルディアスの視線で、はっとしたらしいアーティは、慌てて室内に戻ると、顔半分を隠す白色のお面をかぶった。
「ごめんごめん、つけ忘れてたよ」
「いや、別に、俺は気にしていない。が、貴様は何だ……?」
「ただの売れない芸術家さ。ココがボクのアトリエ兼自宅」
アーティはぼろい鉄柵にもたれかかり楽しそうに言いながら、ニコッと笑顔を浮かべる。白色のお面から少しだけ見える包帯が、あまりにも痛々しそうだった。
かなり体重をかけて鉄柵にもたれかかったのか、錆びた金属がギシギシと嫌な音を立てる。
「ねえ、どこから来たの? この辺じゃ見ない顔だね?」
「……フロライトからだ」
「向こうから」
「お前は答えるな」
ニコニコと笑ってサンフレイズ平原の方を指さすウィルドに、ジルディアスは舌打ちをして黙るように指示をする。このままだと何をせずとも勝手にボロを出すと判断したのだろう。
ジルディアスにそう言われたウィルドは、首をかしげて口元に両手を当てた。答えないということなのだろう。幼く感じられる行動だが、おそらく素の反応だろう。
「へえ、ずいぶん遠くから来たんだね。やっぱり、芸術祭を見に来たの?」
目を輝かせてそう聞くアーティに、俺は首を傾げた。
『芸術祭?』
「そんなことも知らんのか、貴様は……」
あきれたように言うジルディアス。説明する気はないらしいと判断し、俺はヘルプ機能を使う。
『えーっと、芸術祭芸術祭……サーデリアで行われる夏の祭り。乾季である夏の間、芸術品の野外展示を行う。サーデリアは隣国に聖教国を持つという特質上、芸術の分野に適性があった。特にサーデリアの首都、アーテリアでは、一日の内に国家予算並みの経済活動が行われることもある……なるほど』
「そうだ。だからこそ、アーテリアは芸術の都と呼ばれる」
ジルディアスはそう補足してから、改めて少年アーティを見上げる。彼は売れない芸術家だという。確かに、アーテリアには多数の芸術家や芸術家の卵がいる。母数が多ければ、必然的に売れなくなる芸術家もいることだろう。
「俺は第四の聖剣の勇者だ。こちらにはこちらの事情がある。余計なことを触れ回るなよ?」
「わかっているよぉ、ただ、ウィルドをモデルにしてもいい?!」
「そこは俺をモデルにするところだろうが」
『そっち?』
思わず口を挟む俺。ジルディアスは黙って目を逸らした。
「ジルディアスさんたち、どこ行っちゃったんだろうね……?」
アーテリアにたどり着いたウィルたちは、早々にジルディアスを見失ってしまった。あれだけ目立つ二人組であるにもかかわらず、あっという間に消えてしまった二人に、サクラは小さくため息をついた。
芸術の都アーテリアでのメインイベントは、確か金策だったはずである。アーテリアはサブクエストが豊富であり、対価として金品を受け取れる。サクラはインベントリ内に上限一桁手前までの通貨を持ち合わせているため金策の必要はないが、アーテリアには何度もお世話になったものだ。
「やっぱり、うっかりウリリカさんはまだうっかりしているのかしらね……」
「ウリリカさん? 誰だその女?」
アリアはきょとんとした表情で首をかしげる。そんなアリアに、サクラは肩をすくめて答える。
「未来視で見た未来でお世話になった女の人。芸術祭で提出する絵画にうっかり絵の具をぶちまけて書き直したり、スケッチで外に出たら大切な筆をうっかり置き忘れてきたり、納品書類をうっかり一桁書き間違えて材料不足になったりしてたのだけれども……」
「それは大変そうだな。うっかりさんだ」
「でも、お金持ちだったから。資金面ですごく助かったのよね……」
サクラは遠い目をして言う。ウリリカのサブクエストは厄介なものが多かったが、その分報酬も良かった。アニメ版でも確か相当うっかりを発動させていたはずだし、助けられるのなら助けてあげたいが……
そんなことを考えていたその時、甲高い悲鳴がすぐそばの噴水から聞こえてきた。
「だ、大丈夫ですか?!」
どうやら、噴水の段差ですっ転んだピンクリボンの女子を、ウィルが受け止めて助けたらしい。しかし、一拍遅れて、噴水に高く水柱が上がる。
「きゃあ、え、絵が……!」
「あーあ……」
あまりにお約束なその展開に、サクラは思わず頭を抱える。中央広場の広く美しい白磁器の噴水に、キャンバスが沈んでいた。絵の具は解けて水ににじんでおり、書き直しは確定だろう。
アーテリアの、美しくもどこかおかしな日常が始まる。
【うっかりウリリカさん】
STOにおけるNPCの一人。自他公式コラボ先ともに認めるうっかりさん。
季節ごとのイベントでは、バレンタインにうっかり薬を混ぜてしまいチョコの怪物を作ったり、節分に鬼とオーガを間違えて都に魔物を呼び込んでしまったり、うっかりサンタさんとサタンを間違えたりと結構なトラブルメーカー。サンタとサタンは流石に間違えすぎだろ。
そんなトラブルメーカーだが、人気はそこそこある。見た目が良いというのはもちろんだが、それ以上に、サブクエストの報酬がいいのである。相当なうっかりさんではあるものの、ウリリカ自身は割と売れっ子の絵師であり、さらに実家もけっこうなお金持ちのため、報酬は破格なのである。