58話 ……何か、ごめんね?
前回のあらすじ
・ウィルド「何で僕は負けたの?」
・ジルディアス「折れるなよ、聖剣」
・翡翠の祠を破壊した
翡翠の祠を叩き切ったジルディアスは、意気揚々と遊牧民メルヒェインの停留地に戻った。
しかし、メルヒェインは何やら、大きな騒動になっている。外で遊びまわっていた子供たちも、機織りをしていた女たちも、酒飲みの男たちもピリピリした様子でテントをたたんでいる。どうしたんだ?
困惑する俺をよそに、ジルディアスは少しだけ頭を抱えた。
「そう言えば、メルヒェインの連中に避難するように言ったな……」
『ああ、そういやそうだったな』
ことの発端はポイズンスネーク狩りだ。クーランはあの戦いのさなか、何とかメルヒェインに戻ることができたのだろう。天変地異に近い戦いだったけど、アイツは生き残れたのか。
だがしかし、移動をするにしては幾分物々しい感じがしないでもない。昨日酒場でバカ騒ぎしていた男たちも、それぞれの手に武器を持って周囲を警戒している。
戻ってきたボロボロのジルディアスを見たメルヒェインの人々は、少しの驚きの表情を浮かべた後、慌てて村に招き入れた。
「戻ってきたのか、チャレンジャー!」
「チャレンジャーと呼ぶな」
馬車を操っていたクーランは、慌てて馬車から飛び降りると、驚いたように言う。ジルディアスの言葉を無視し、クーランはズタボロなジルディアスに駆け寄る。
「大丈夫か、今すぐメルヒェイン1の医者を呼んでくる!」
「負傷はしていな__」
「ちょっと待っていてくれ! すぐ呼んでくるから!」
「話を聞け!」
ジルディアスの言葉を遮るようにクーランはそう言うと、裸馬に飛び乗り、そのまま村の中心へ駆け出していく。嵐のような野郎だな。
不愉快そうに眉をしかめ、ジルディアスはその場に立ち尽くす。
『あれ? 移動しないのか?』
「……すぐ来ると言っていただろうが。移動したらまた面倒なことになるだろう」
『確かに』
どろどろに汚れたジルディアスは、小さく舌打ちをしてその場で腕を組む。あらためて彼を見てみれば、体中に赤色の体液を付着させ、結構な大怪我をしているようにも見えた。そう言えば、ヒールで何度か怪我を治したけど、出血まではどうしようもなさそうだな。
クーランは宣言通り、馬の足音を響かせ1分足らずで医者を小脇に抱えて戻ってきた。おい、医者の爺さん死にかけているけど大丈夫か?
医者の爺さんはクーランにぶつぶつ文句を言いながらも、ジルディアスを診療していく。その間に、クーランは現状の説明をし始めた。
「お前さんが原初の聖剣と戦っている間に、すげえ揺れが起きてな。パニックになった魔物が、メルヒェインの方に向かってんだ。今避難しようとしてんだが、村でも魔物を迎え撃ったほうが良いっていう意見と逃げたほうが良いって意見が対立しててな……」
「原初の聖剣はもういない。どちらを選んでも構わんだろう。貴様らで勝手にしろ」
ジルディアスは手をひらひらと振ってそう言い切ると、手当てをしようとしていた老人を振り払い、そのままシップロたち商会がいるはずの場所へ向かおうとする。
『あれ? 魔物の群れとは戦わないつもりか?』
「当たり前だろうが。俺は今疲れている。あとは単純に着替えたい」
『そりゃそうだな。でも、診療はちゃんと受けたほうが良いぜ。俺はヒールしか使えないわけだし』
「……。」
俺の言葉に、ジルディアスは小さく舌打ちをすると、茫然としている老人に、低い声で言う。
「診療所は?」
「あ、ああ。オーリンの家の隣だな」
「オーリンの家の場所など知るか。案内しろ」
しゃがれた声で言う老人に、ジルディアスは肩をすくめた。クーランは馬を解放し、ジルディアスを心配そうに見ていた。馬は勝手に村に戻っていったが、それでいいのだろうか?
結局、クーランは村の防衛のために連れていかれ、ジルディアスと老人のみで村の診療所へと移動した。
診療所で一通りの治療を受けた後、魔力回復用のポーションを数本購入し、シップロ達隊商の場所へと戻る。そして、出発のための支度をする隊商の面々をよそに、着替えを済ませた。
ボロボロになった服は、残念ながら廃棄となった。こいつの所持品だから多分結構な高級品な気がするが、取っておいても荷物になるだけだ。仕方ないだろう。
そして、ジルディアスはMPポーションを片手に原初の聖剣を鞘から抜きはらった。
『へ? 何するつもりだ?』
「原初の聖剣を蘇らせる」
その言葉に、俺は声なき悲鳴を上げる。嘘だろ、あれだけヤバい戦いをした相手を復活させるなんて!
何も言えない俺をよそに、ジルディアスはさっさとMPポーションの封を切り、一息に飲み干した。いい味ではないのか、ジルディアスの眉間に不愉快そうにしわが寄った。
『ちょ、おまっ、正気か?! 何だってわざわざあいつを……!』
「俺は魔物と戦う気はない。だが、メルヒェインの連中には荷が重すぎる可能性がある。だから、原初の聖剣に頼む」
『自分で行けよ』
「いやだと言っている」
『その惰性のためにサンフレイズ平原を危機にさらすんじゃねえよ』
ごくごく当然なツッコミ。だがしかし、ジルディアスは何を考えているのか、行動を止めるつもりがない。原初の聖剣の柄を握り、一気に魔力を流しこむ。すさまじい魔力の流れに、黒色の閃光が原初の聖剣に走った。
『ばっ、止め……!』
俺の叫び声も間に合わず、次の瞬間、原初の聖剣は、変貌した。
「……君は、何を考えているのだい?」
完全に人間の形態になったウィルドが、白く長い髪の毛をずるずると地面に擦りながら、けげんな表情を浮かべてジルディアスに問う。腕も足も胴体も、人間そのものだ。
そんなウィルドの問いに、ジルディアスは肩をすくめて答える。
「何、俺は戦いたくないが、貴様は戦いたいのだろう? 利害の一致と言うやつではないか?」
「……僕の役目は、世界の脅威を滅ぼすことだ」
「魔物を放置しておくのは世界のためか?」
「……。」
余裕の笑みを浮かべるジルディアス。それに対して、ウィルドは整った眉をしかめることしかできない。変形に魔力を使いすぎて、ジルディアスを殺すだけのパフォーマンスを出すことができないのだ。
ウィルドは深くため息をつくと、ジルディアスに言う。
「魔力ないと無理。このままだと翼も出せない」
「俺を超えるなら、魔物程度変形せずに倒して見せろ。技術が無ければ俺は超えられないぞ?」
「……わかったよ、やればいいんだろう? 魔力が回復したら、次は君だからな?」
宇宙のような輝く瞳でジルディアスを睨み、ウィルドは腕だけを変形させ、剣をつかむ。そして、そこまで見たところで、ジルディアスは思い出したように荷物からあるものを取り出し、ウィルドに投げた。
「それを着ておけ。一般に、戦いの場で全裸は悪目立ちする」
「……?」
ウィルドは受け取った布を見て、首をかしげる。
ああ、そう言えばコイツ、剣から変身したばっかりだから、全裸だったな……
メルヒェインにたどり着いたウィルたちは、その騒がしさに目を丸くした。どうやら魔物の群れの襲撃があるらしい。遊牧民たちは魔物たちから逃げるために支度をしているようだった。
「僕たちも手伝おう!」
「ええ、そうね」
前向きなウィルとアリア。二人……もしくは3人の保護者枠であるロアは、困ったように耳をひくつかせていた。
「魔獣から追いかけられながら逃げるのは、現実的ではないのではないのかね?」
「そうね……戦力があるうちに、ある程度魔物を間引いてから逃げたほうが安全に思えるわ」
実力者二人は、冷静にそう分析してから、アリアとウィルに声をかける。
「二人とも。まずはメルヒェインの自警団のひとたちと合流するわよ。私たちは勇者だから、協力を申し出れば戦いに参加させてもらえるわ」
「はい!」
元気よく返事をするウィル。
だがしかし、サクラの表情は明るくはない。
__この後、本来ならジルディアスとの初遭遇イベントが起きるはず……
ジルディアスは確か、メルヒェインを移動させず、その場で魔物を迎え撃つように指示をしたはずである。今考えてみれば、それも正解である。だがしかし、問題なのは、ジルディアスが作戦に参加しなかったことにある。
メルヒェインの移動は、魔物の襲撃に問わず、起きていた地震で既に決定していた。広大な平原であるサンフレイズ平原には、大きな地下水脈がある。そのため、地震が発生すると、地割れが起きる可能性があるのである。
しかし、ジルディアスは自分の案が却下されると、そのまま姿を消した。結果として、メルヒェインは無事ではあったものの、勇者としてあまりに無責任な行動である。
サクラは頭を抱えながら、考える。
正直、ロアもいるのであれば、ジルディアスはそもそもいなくても大丈夫そうである。戦力は十分だし、何ならジルディアスのせいで負傷したメルヒェイン1の戦士、クーランの傷をいやすことだってできる。
戦士クーラン。彼はメルヒェイン1の戦士であったが、ジルディアスとのかけ事の末に右腕を骨折してしまう。そのため、メルヒェイン防衛線に参加できなかったのである。
光魔法なら最上位まで取ってあるサクラなら、問題なくクーランの骨折を治せる。そう思っていたのだが。
「おい待てウィルド!! 貴様っ……おのれ、ふざけるなぁぁぁああ!!」
叫び声混じりのジルディアスの大声。次の瞬間、目の前の赤色のテントが吹っ飛ぶ。
「なっ?!」
「うわっ?!」
驚くロアとサクラ。
勇者一行の前には、長い白髪の中性的な青年。そして、その衣服の端が自分の服に絡まっていたらしいジルディアスの姿。
ジルディアスは反射的にテントの支柱をつかみ、全力で引っ張る青年に抵抗し、怒鳴る。
「一旦止まれ! 阿呆か貴様は!!」
「……? 魔物を殺してくるように言ったのは、君だろう?」
「俺が引きずられているのが貴様には見えていないのか?!」
「でも、魔物殺して来なくちゃ」
青年はそう言うと平原に向かって走り出そうとする。どうやら彼は相当力が強いらしい。テントの支柱がめきめきときしんでいる。
「ぐぬぬぬぬ……!」
ジルディアスは即座にナイフを取り出し、絡まっている布を切ろうとする。が、場所が悪いのか、まるでナイフが届かない。
その時、ウィルが慌てて動いた。
「そ、その、ウィルドさん! 一度止まってください! 魔物はこっちへ向かってきているので、急いで向かわなくても逃げないよ!」
「……確かに、そうだね」
ウィルの言葉に納得したのか、白髪の青年……ウィルドは、その場で足を止める。突然引っ張っていた力が失せたことで、ジルディアスはようやく地面に降りることができた。
額に青筋を浮かべたジルディアスは、ふと、自分の聖剣を引き抜くと、容赦なくたたき折った。砕け散る聖剣に、ロアの表情がこわばる。
「いい加減にしろよ魔剣が……!」
小声でそう呟いてから、ジルディアスは折れた聖剣を鞘に戻す。そして、ジルディアスはウィルドに拳を叩き落した。
「こんのド阿呆!! 俺でなければ死んでいたぞ?!」
「え? 君はこんなことで死なないだろう?」
「死ななければいいという話ではないだろうが!」
若干会話のキャッチボールが成り立っていない二人。ちぐはぐな感じに、サクラは乾いた笑い声をあげることしかできない。
平原特有の強い風に、赤色のテントの布が吹き飛ばされていく。
__物語は、少しずつ変貌していた。
【緑の祠】
STOのゲーム本編においては、メルヒェイン防衛線に当たる。主人公とジルディアスの初対面のシーンであり、主人公とジルディアスが決定的に対立する場面である。
原初の聖剣ウィルドとの戦闘で辛くも勝利し、一番の脅威が去ったことを知っているジルディアスは、メルヒェインを移動させず魔物を殲滅してから移動することを主張するが、村一番の戦士であるクーランの腕を折ったジルディアスの言葉は村人からも勇者たちからも信用されず、結局村を移動させることになる。
主人公との対立の結果、決闘となるも、原初の聖剣との戦いで負傷していたジルディアスは全力を出し切ることができず、主人公にとどめを刺す前に村人によって止められてしまう。道中でたまたま助けた隊商の人々にも責められた彼は、八つ当たりで魔物を片っ端から狩り殺したのだが、その功績が人々に知られることはなかった。
__赤子を閉じ込めていた翡翠の祠は、壊された。原初の聖剣は、旅の過程できっと様々なことを学ぶことだろう。その後、彼が何を選ぶのか__人類の敵であり続けるのかは、まだわからない。