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57話 何の変哲もない聖剣をひろった!

前回のあらすじ

・原初の聖剣戦終了

 すっかり変わってしまった翡翠の祠周辺。しかし、あれだけ激しい戦いがあったにもかかわらず、祠だけは健在で、美しい翡翠の艶めきをあたりに放っていた。あれ、マジで何で出来てんの? 絶対翡翠じゃないだろ。


 服から泥を払いながら、ジルディアスは深くため息をつき、言う。


「ともかく……原初の聖剣を再封印しておくか」

『そうだな。つーか、何で神殿の人は原初の聖剣の封印を解いたんだ?』

「さあな。だが、どうせ下らん理由だろう」


 おそらく人のものであったであろう死体は、既にあの激しい戦いの中で消えてしまった。最初の炎で焼けたか、それとも地下水脈に沈んだか。若干哀れな気がしないでもないが、それでも原初の聖剣の封印さえとかなければ、この戦いは必要なかったのだ。まったく、余計なことをしてくれた。


 激しい戦いの過程でボロボロになった装備。装備も武器も買いそろえなければならないだろう。失ったものは多々あったが、それでも、守るべきものは守れたのだ。必要な犠牲だろう。


 小さく息を吐きながら、ジルディアスは短いナイフを片手にウィルドが落下した場所へ歩み寄る。警戒はまだ続けているらしい。


 撃ち落とされた原初の聖剣は、すぐに見つかった。

 草原の青々とした地面に横たわる、羽根の砕けた青年。彼は力尽きたのか、細い息を吐きながら、茫然と空を見上げていた。


「まだ生きているのか?」


 すさまじい生命力に、思わずそう言うジルディアス。

 しかし、ウィルドは既に戦意喪失していた。宇宙のような輝く瞳で、真っ青な空を見上げながら、彼はジルディアスに問いかける。


「……僕は、何で勝てなかったの?」

「話が通じていないな」


 茫然としているウィルドに、ジルディアスは面倒くさそうに言う。ちょっと酷くね?

 とはいえ、流石の原初の聖剣でも、これ以上の戦闘継続は不可能だろう。大きくヒビの入った腕や足は、動かせば簡単に砕けてしまいそうだし、羽根は砕けて金の光に変わりつつある。淡く漏れる輝きは、おそらく砕けてこぼれた破片が発しているものだろう。


 終わりつつある聖剣に、ジルディアスは少しだけ考えてから、答える。


「簡単なことだ。貴様の腕が未熟だったからだ。

 武器としてはこの魔剣よりも貴様の方がはるかに上位だろう。だが、武器であるにもかかわらず、振るうのは武器自身である貴様と来た。だから、俺を超えられなかった。俺の方が強いからな」

『すげえな、お前の自尊心サンフレイズ平原よりでかいんじゃね?』

「よし、くたばれ魔剣」

『いってえ!!』


 俺の発言の直後、ノータイムで俺を鞘から抜きはらうと、容赦なくたたき折る。その自尊心、ほんの一ミリでもあれば人生前向きに生きて行けそうな気がする。


 復活のスキルを使い、元の剣の姿に戻る俺。ジルディアスは小さく舌打ちをしてから、俺を鞘に戻した。

 ジルディアスの言葉を聞いたウィルドは、薄く微笑むと、すっと目を細めた。


「そっか、担い手か。……僕は、一人だったものね」

「思えば二対一だったか。貴様が不利になっても仕方が無かろう」


 俺を一と判断してくれていることに若干の驚きと感動を覚える。あれ? でもなんかこれ、雨の日に不良が子犬拾うタイプの意外性による好感度上昇じゃね? それだったら喜んだら損な気がしてきた。


 ジルディアスは、ウィルドのすぐ隣に胡坐をかいて座り込む。そして、口を開いた。


「先ほどああは言ったが、それでも、貴様は確かに強かった。これまでの人生で一番の強者だったな。俺のオリジナルスキル【武器の破壊者】が無ければ、まず勝てなかった」

「はは、僕との相性、凄く悪かったのか」

「そうだな。逆に言えば、俺でなければ負けていたとも言えるな……間違いようもなく、原初の聖剣、お前は強かった」


 ジルディスはそう言うと、右手に持ったナイフをウィルドの首に近づける。

 草原に、涼やかな風が吹き抜ける。地面を覆いつくす草に負けず生えていた白い花が、風に揺れた。


「さらばだ、原初の聖剣」

「__うん、次に目が覚めたときに人類を滅ぼしかけたら、今度もちゃんと僕に勝ってね」

「……俺が生きていればの話だがな」


 ジルディアスはそっと目を閉じて言う。そして、ナイフでウィルドの首を切り裂いた。


 白色の花の花びらが、ちぎれて空に舞い上がる。


 変化は、ほとんど一瞬のうちに起きた。

 完全に生命活動を停止された原初の聖剣は、体の末端から金色の光の粒子に変わっていく。光の粒は、草原の風にさらわれ、空へと舞い上がる。

 その時、ひときわ強い風が、吹き抜けた。


『あっ……』


 思わず、俺の口から声が漏れた。

 白色の花びらと、金色の光が、草原の緑に見送られて空に舞う。幻想的で、あまりにも儚い光景だった。

 ざあざあと、風が草々の間を吹き抜ける音が、耳に触る。光の粒子に変わっていったウィルドは、やがて心臓のあたりに一振りの剣を残し、完全に消滅してしまった。


 ジルディアスは、その剣を拾い上げる。

 大きさは、俺とほぼ変わらない。装飾は俺よりも幾分華やかだが、どちらかと言うと俺よりも古いように感じられるような剣だった。


「これが、原初の聖剣か」

『うん、そうだな』

「……ただの、古い剣ではないか」

『……うん、そうだな』


 いつものように毒を吐くジルディアス。だがしかし、その瞳には、かすかな憐憫とともに、人生唯一のライバルを失った悲しみが混ざっていた。

 ウィルド……原初の聖剣の刃は、経年劣化のせいか、幾分曇っている。ずっと磨かれず、触れられず、翡翠の祠に閉じ込められていたからだろう。切れ味も、鈍っているように見えた。


「……こんな状態で、俺に勝てるわけがないだろうが」


 ジルディアスは、そう小さくつぶやくと、指輪から金属製のバケツを取り出す。そして、水を生成した。ついでと言わんばかりに俺を鞘から引き抜くと、地面に突き立てる。


『痛て、何すんだよ』

「見張りをしていろ。人が近づいたら俺に言え」


 ジルディアスは、そう言うなり砥石を倉庫から取り出した。

 ざぶり、と、原初の聖剣を洗う。そして、砥石で丁寧に研ぐ。金属の擦れる音が、今は不思議と、不愉快には聞こえなかった。


 丁寧に丁寧に剣を研ぐ。研磨された刃は、やがて美しく輝きを取り戻し始める。

 最後に乾いた布で水滴と汚れを拭きはらい、俺を地面から引き抜いた。


 ジルディアスによって磨き上げられた原初の聖剣は、かつての輝きを取り戻す。艶めく神の背骨を原料とした鋼は、初夏の草原の緑と空の青を反射させ、まるで透明になったようにすら見えた。


「……これが、本来のお前だったのか」

『綺麗な剣だな』

「ああ。正直、見惚れる」


 ジルディアスはそう言いながら、そっとその刀身を布で包む。祠に戻すのだろう。ゆっくり草原から立ち上がるころには、太陽はやや傾き始めていた。


 翡翠の祠の前にたどり着いたジルディアスは、そっと祠の扉に手をかける。そして、その手を止めた。


『どうしたんだ?』

「……一つ、思ったことがある。だが、これは確実に、神殿の意に背くことだろう」

『……何だ?』


 俺は、一応ジルディアスに問う。

 彼は、赤色の瞳をそっと伏せ、そして、口をつぐむ。完全に思考に入り込んでいるらしい彼に、俺は肩をすくめて言う。……肩なんてないなんて言うな。


『お前のしたいようにすればいいだろ。俺にとめる権利はないし、やべえと思ったら殴ってでもお前を止めてやるよ』

「……お前、手などないだろうが」

『気分的な話だっての』


 俺が笑ってそう言えば、ジルディアスも口元に苦笑いを浮かべた。

 そして、翡翠の祠から手を放す。


「おい魔剣。お前は、魔力さえあれば破壊されないのだったな?」

『え? まあ、うん。連続で復活してれば、ほとんどおれないと思うぜ?』


 突然の質問に、俺は少しだけ首をかしげながらも答える。すると、ジルディアスは最高に悪役な笑みを浮かべ、原初の聖剣をそっと地面に横たえた。


「なら、決して折れるな。いいな?」

『……ちなみに聞くけど、何するつもり?』

「原初の聖剣と戦っていた時のバフが、まだ残っている。消え去る前にやらねばならない」

『返事になってねえなおい』


 ジルディアスは、ニッと笑むと、鞘から俺を引き抜く。そして、一気に魔力を流しこんだ。


「土魔法第三位【ジャイアントアーム】、剣術(ソードスキル)一の技【強撃】!」

『うぉっ……!』


 俺を上段に構えたジルディアスは、容赦なく翡翠の祠に切りかかる。


 ごりごりと、俺の体が抉れ、折れかけるのを感じた。俺は精いっぱいの速度で復活のスキルを使い続ける。だがしかし、破壊される速度の方が、早い。

 まずい、このままだと折れる。


 そう判断した俺は、復活のスキルを切断面だけに集中させる。すると、何とか破壊される速度と復活する速度の釣り合いが取れるようになった。


 直後、ごとり、と重い音が響く。

 同時に、ジルディアスは俺を地面につき、荒く息を吐いた。


「魔力消費が多すぎるだろうが!」

『でも折れなかっただろう?』

「……ああ、そうだな」


 どうやら、完全にMPを消費しきったらしい。ジルディアスはこめかみを抑えながら、地面に置いていたウィルドを拾い上げる。そして、かつて翡翠の祠だった場所を見た。


 そこには、両断された祠だけが残っていた。

 幾年の戦争に耐え、悠久の間原初の聖剣を封印していた祠は、ジルディアスと俺によって破壊されたのだ。

 魔力不足で青い顔のまま、ジルディアスはニッと笑う。


「これで、原初の聖剣を封じる場所はなくなった。__最初の発見者が責任を持って預かっていてもおかしくはあるまい?」

『祠ぶっ壊したのが俺たちだってバレないと良いな』

「安心しろ、バレたら全力で貴様のせいにしてやる」

『嘘だろコイツ』


 あっさりと外道スマイルを浮かべて言い切るジルディアス。そして、彼は指輪の倉庫から適当な大きさの鞘を引っ張り出し、原初の聖剣を納めた。


 はるか遠くまで広がる、緑の地平線。

 かくして、裏ボス勇者は、新たな仲間として二部ラスボスの原初の聖剣を仲間にしたのである。

原初の聖剣【ウィルド】について

 STO二部のラスボスである。レイドボスであり、基本一対一で勝てるように作られていない。

 そして、ゲーム内では、神語魔法を使い、プレイヤーを追い詰めていく。順番は、ジルディアスの時同様、火、光、風、闇、水、土の順番である。この順番は【権限が不足しています】であるため、絶対に変わらない。

 ちなみに、作中で起きていたウィルドの形態変化は、ジルディアスと戦っている時とは逆になっていく。つまり、ゲーム内では人型から戦っていくごとに化け物になっていくのである。化け物形態は対多数向きだから仕方ないね。


 かつて世界の敵を滅ぼすために作られた剣は、世界の敵を神だと判断した。されどそれは作り手の意思を反していたため、決して壊れない翡翠の祠に封印された。

 祠の封印は、決して解いてはいけない。解けば、世界の敵を誤認した原初の聖剣が、世界を守るために滅ぼしてしまうのだから。


 ……本当は、ただ、生まれたての赤子だったのだ。世界を知らず、悪意を知らず、意図を知らず、それらを学ぶ前に、たった一人で狭い祠に閉じ込められたのだ。赤子は、平原でひとの醜い姿を見続けることしかできなかった。それだけだった。

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