6話 要するに金の力ってすごいよねって言う話
前回のあらすじ
・ジルディアス「出てくわ(魔王を倒すたびに出てくる。死ぬ気はないよ)」
・恩田「言い方ってもんがあるだろ」
・アルバニア(父)「怪我しないでね?」
執務室から出たジルディアスは、足早に庭を突っ切り、離れへと向かう。
離れはレンガ造りの母屋と異なり、重厚な木材で作られた、少し寒々しいつくりであった。離れの前に植えられている植物も、ハーブ類や果樹などの実用的なものが多く、花や見た目の美しい観葉植物などは植えられていない。
さっさと離れへと足を踏み入れたジルディアスは、すぐに自室へと足を踏み入れる。
『うっわ、お前の部屋、見事に何もないな』
「……どうでもいいだろうが、魔剣」
俺に指摘されたジルディアスは、不機嫌そうに舌打ちをすると、俺を床に放り投げてクローゼットへと向かった。床にぶつかると普通に痛いのでやめてほしい。
ジルディアスの自室は、殺風景という言葉がぴったりな有様である。具体的には、この部屋の中にはベットとサイドテーブル、そして、クローゼットのほかは、壁に備え付けの本棚しかない。本棚に入っているのも、小説などではなく、剣術指南や領地経営のための資料などのあまりにも味気ない本ばかりが並んでいた。
クローゼットから衣服と何か金属の入った小袋を取り出すと、次は奥にしまい込んでいたらしい武器を引っ張り出し、選別を始める。
武器は、両手剣やナイフ、斧、槍、果てには鞭まで、様々なものがある。しかし、それらは総じて、まるで一度も使われたことがないかのように、傷一つなかった。
ジルディアスはそんな武器の中から、ナイフと両手剣を選び、かさばりそうな斧や長い槍はクローゼットに戻す。そして、選んだ複数の武器を右手中指の指輪に触れさせる。
すると、そこにあったはずの武器は、いつの間にか消えていた。
『おおっ?! 凄い、どうやったんだ?!』
すっとまるでなかったかのように消えた武器に、俺は思わずジルディアスに聞く。一瞬、答えないかと思ったジルディアスだったが、彼は舌打ちをすると吐き捨てるように言う。
「空間魔法の付与された指輪だ。安物だから無機物しか収納できないが、別に武器入れ以外で使う予定はない。……聖剣が有機物だったとは知らなかったがな」
『えっ、俺をしまおうとしてたの?』
「聖剣と言うやつは海に放り込んでも手元に戻ると聞くからな。なら身につけていれば二度とその面……面? を拝まなくて済むと思ったがな」
ジルディアスはそう言って小さく鼻で笑うと、今度は取り出した衣服の選別を始めた。どうやら、動きにくく飾りの多い礼服は置いていくつもりらしい。ぱっと見本物の宝石が縫い付けてあるようにも見える服を適当に扱う姿を見て、俺は流石に表情をひきつらせた。
『おいおい、高そうな服なのにもったいないだろ! ってか、しわが付くから、ちゃんとハンガーにかけろよ!』
「貴様は乳母か」
俺の指摘に、ジルディアスはあきれたようにそう言う。早々に選別を終え、豪華な服は木箱にまとめると、シンプルかつ動きやすそうな服装だけを移動用の大きな背負い袋にしまい込む。布地は有機物であるため、指輪にしまい込むことはできないらしい。
そして、衣服と金銭の入った背負い袋を担ぐと、サイドテーブルの上に残された豪華なバッチを拾い上げ、ついでと言わんばかりに地面に転がされたままだった俺を拾い上げる。
『痛って! もう少し、丁重に扱えよ』
「はっ、丁重に扱われたいなら、せいぜい武器として役目を果たせばいいだろう! ああ、すまないな、そう言えば、お前は折れているのだったか」
『お前が折ったじゃん』
「嫌味だたわけ」
ジルディアスは吐き捨てるように言うと、聖剣を腰の金具に固定する。どうやら、すぐにでも出発するつもりらしい。金と衣服だけで旅ができるのかと問われれば、現代人だった俺は首をかしげるしかないが、おおよそ自信満々なジルディアスを見る限り、なんとなく旅が成立しそうだと思うから、口には出さないでおく。
しかし、ジルディアスに指摘されたからではないが、体が折れたまま、と言うのも気分が悪い。どうにかしてほしいところだが、折れた剣など、どうやって戻せばいいのだろうか? 鍛冶屋だとしても、折れた剣先の方がなければどうにもならなそうだ。
そんなことを考えていた俺は、ふと、あることを思い出す。
『そういや、俺、【復活】ってスキル持ってたな……』
「む?」
突然話し出した俺に、ジルディアスは怪訝な顔を浮かべながら部屋を出る。人一人いない廊下をよそに、俺はステータスを確認する。
【恩田裕次郎】 Lv.1
種族:__ 性別:男(?) 年齢:19歳
HP:10/1 MP:25/25(5up)
STR:2 DEX:14(4up) INT:8 CON:2
スキル
光魔法 Lv.1(熟練度 20) 錬金術 Lv.1(熟練度 0)
ヘルプ機能 Lv.1(熟練度 5)
祝福
復活 Lv.1(熟練度 0) 変形 Lv.1(熟練度 21)
折れているせいか、他の要因があるのか、一しか残っていないHPに、最後に確認した時から幾分か成長したスキルの熟練度。
『……とりあえず、やってみるか』
字面だけだとどんな能力かわからないそれを意識し、俺はそっと目を閉じる。……もちろん、目などないため気分だけであるが。
『【復活】』
「?!」
一瞬、ぎょっとした顔で俺を見るジルディアス。それもそうだろう、俺は何故か発光し、そして、なんとなくだが自分の体が戻ったような気がしてきた。
『なんかできた気がする』
「……?」
首を傾げ、鞘から俺を抜くジルディアス。そして、その目を丸くし、小さく息を飲んだ。
へし折れていた体は、すっかり元通りに直り、機能美と鋭い刃をもとに戻していた。はは、ざまあみろ! 直ってやったぞ!
そんなことを考えながら、俺はステータスを確認する。
【恩田裕次郎】 Lv.1
種族:__ 性別:男(?) 年齢:19歳
HP:10 MP:25/0
STR:2 DEX:14(4up) INT:8 CON:2
スキル
光魔法 Lv.1(熟練度 20) 錬金術 Lv.1(熟練度 0)
ヘルプ機能 Lv.1(熟練度 5)
祝福
復活 Lv.1(熟練度 1) 変形 Lv.1(熟練度 21)
『うわ、MPがゼロになってる?!』
予想通り上がった復活の熟練度と、消え去ったMP。俺は小さくため息をついた。もしかして、復活を使うと、MPがなくなるのだろうか?
しばらく俺を確認するように見ていたジルディアスは、何かを考え込むと、そっと口を閉じて俺を鞘に戻した。……何がしたかったんだ?
ふと、スキルのことで思い出した俺は、ジルディアスに対してヘルプ機能を使ってみた。
すると……
【ジルディアス=ローゼ=フロライト】 Lv.71
種族:人間 性別:男 年齢:18
HP:1021/1021 MP:916/852
STR:528 DEX:581 INT:843 CON:398
スキル
【閲覧できませんでした】
『うわっ?!』
「……突然なんだ魔剣」
眉を顰めるジルディアス。俺は、そっと目を逸らした。
端的に言おう。__こいつ、ヤバい。
裏ボスの名に恥じぬ、圧倒的なステータスである。まず、単純にレベルが高い。そして、ステータスが軒並み高い。妙に低いCONが気になるが、それでもすべてのステータスが三ケタを超えており、あまりにもあっさりと俺をへし折ったことの理由がありありと見えた。
けげんな表情を浮かべながらも、かつかつと足音を立てながら自室を後にするジルディアス。彼は一瞬名残惜しそうに離れを見てから、そのまま屋敷を後にする。
まだ、祭りは終わっていないのか、表の通りは賑やかで、人通りも多い。不思議な薄布に包まれた魔道具が、ぼんやりとした明かりを薄暗くなってきた町に広げる。ふわふわと宙を浮く明かりが幻想的で、太陽が山の向こうへ行くにつれて、見慣れてきたはずの町が、異世界のように変わる。……実際、ここは異世界なのだが。
浮足立つ客たちの隙間をすり抜け、人の流れに逆らい、ジルディアスはレンガ敷きの道を歩く。その目に特に感慨や、悲しみのような物は見えない。
オレンジを超え、やや紫にも見える空の下、はしゃぐ子供たちの横を通り抜けたジルディアスは、とあるところで足を止めた。
何年も使っているのであろう、うっすらと黄ばんだ白布の大型テント。横に置かれた看板を見る限り、そこは、祭り本部の自警団と騎士団の合同の詰め所であった。
ジルディアスは何のためらいもなく、本部に足を踏み入れる。
テントの中には、そろいの制服をまとった男たちと赤色のバンダナをどこかに身につけた男女が、忙しそうにテントの中を歩き回り、書類を書いたり迷子の子供の相手をしていたりした。突然入室してきたジルディアスに、中にいる男たちが一瞬緊張するものの、忙しいのかすぐに自分の仕事に戻った。
彼はしばらく周囲を確認すると、目当ての人間を見つけたのか、そちらの方向へ歩いていく。
そこには、赤髪の男性が泣いている子供をあやしているところだった。
「ほら、坊主、泣くな泣くな。ほーら、不機嫌なお兄ちゃんだぞー」
「……不機嫌で悪かったな、クラウディオ」
ジルディアスは額に青筋を浮かべながら赤髪の男性にそう言うと、サイドテーブルから持ってきていた豪華なブローチをクラウディオに投げ渡す。
ブローチを見ずに受け取ったクラウディオは、手の中に入っていたそのブローチに、目を丸くする。
「おい待て、ジル?!」
愛称で呼ぶクラウディオに、ジルディアスはさほど態度を変えずに肩をすくめる。どうやら、二人は仲がいいらしい。
「悪いが、騎士団は抜ける。俺の後任はお前だ」
「お、おう?」
困惑するクラウディオをよそに、ジルディアスは手早く辞表を書き上げ、署名をすると机の上に置く。そして、ついでと言わんばかりにクラウディオに質問する。
「旅に必要なものをリストにしろ」
「うーん、相変わらずの命令口調……いやうん、するけどさ。ちなみに、今は何を持ってる?」
泣いていた子供を近くにいた兵士に任せ、クラウディオは困惑しながらもジルディアスに聞く。ジルディアスは答える。
「服と金」
「……うん、まあ、とりあえず、金を持っていてよかった。先に聞いておくが、家出ってわけじゃないよな?」
「当たり前だ、たわけ。魔剣だったとはいえ、聖剣のような物を引き抜いたのだぞ? 勇者として旅立つ以外に何が考えられる」
「えっ? 何で俺、罵倒されてるん?」
近くの椅子に座り込み、足を組むジルディアス。誰が『聖剣のような物』だ。誰が。
理不尽だ、とつぶやきながらも、人がいいのかクラウディオは紙の切れ端をとると、さらさらと文字を書き上げていく。そして、難しい顔をして言う。
「大富豪なお前に言っても大して変わらんだろうが、今は祭りの時期だから、どの商品も値上げされている。今日出ていく必要はないんじゃあないのか?」
「……神殿に睨まれた。何もかもこの魔剣が悪いが、一度衆人観衆の前で聖剣をへし折ったからな。」
「何してんだよ、ジル!」
表情を引きつらせるクラウディオ。ジルディアスは悪びれた様子も見せず、リストを受け取ると、一瞥してから首をかしげる。
「……何故、女性ものの下着を用意する必要が?」
「……? お前、従者に婚約者を選ばないつもりか?」
きょとんとした反応を返すクラウディオ。
__従者……? 何だそれ?
首をかしげる俺。だが、そんな俺を置いて、話は進んでいく。
「たわけ。従者などいらん。足手まといでしかないだろうが」
「いやいやいや、そんなわけにはいかないだろ! だとしたら、ユミルの嬢ちゃんをどうするつもりだ?!」
「フロライト家で保護しておくつもりだが? 俺にもしものことがあれば、ルーカスあたりが娶るだろう」
「ばっ……大馬鹿野郎! お前、それでいいのかよ!!」
なんだか話がこじれていく二人。売り言葉に買い言葉なのか、ジルディアスも面倒くさそうに舌打ちをすると、言う。
「足手まといでしかないだろ」
「……っ! ふざけんなよ、ジルディアス! てめえ、ユミルの嬢ちゃんがどんな苦労してたか知ってんだろ?! 何で置いていくなんて残酷な選択ができるんだよ!」
「たわけ! 本物の戦いを知らない女を戦場に引きずり出して、何が変わる! 少なくとも、俺は絶対にユミルを従者には選ばん!」
『あのー、ちょっといいか?』
「いいわけがないだろう、黙れ魔剣!」
流れるような罵倒に、俺は一瞬口をつぐみそうになるが、ここで心折れても意味はない。ジルディアスの言葉を無視し、俺は質問する。
『さっきから言い争ってる、従者って何だ?』
あまりに基礎的な質問に、ジルディアスの表情が凍り付く。そして、茫然とするクラウディオをよそに、ジルディアスは深くため息をついた。
「……そんなことも知らぬのか? 貴様、九割九分九厘魔剣だと思っていたが、残り一厘の剣要素すらも信用できなくなったぞ?」
『ハイハイ、常識知らずで悪かったな。こっちだってなりたくて剣なわけじゃあないんだよ』
適当に流す俺に対し、ジルディアスは頭を抱える。そして、同時に、頭が冷えてきたのか、クラウディオの方を見ると、頭を下げた。
「……悪かった。俺も、突然勇者に選ばれて混乱していたらしい」
「えっ、お前が頭を下げるとこ、初めて見た……明日は魔王が王都を攻めてくるのか?」
「ぶちのめすぞ、大馬鹿者」
本気で心配するクラウディオに、ヒクリと表情筋を引きつらせるジルディアス。なんだかんだと喧嘩腰だが、それなりに許されているなら問題ないのだろうか?
改めてリストを見返し、そして、ジルディアスはクラウディオの方を見る。
「必要な物品は大体理解できた。とりあえず、俺は最短効率で魔王を殺してくる。従者候補がこの町に踏み込んできたら追い返しておけ。」
「……従者なしで勇者するとか、正気か?」
表情を引きつらせるクラウディオに、ジルディアスは当然だ、と言わんばかりの表情で頷く。どうやら、従者なしで旅をするのはおかしいらしい。
話についていける気がしないが、ともかく、喧嘩は止めた、と考えていいのだろうか?
【従者】
ゲームにおいては、所謂パーティーメンバーと言う扱い。勇者である主人公らについていく存在で、勇者の補助を行う。特殊な儀式を行うことで、従者として選ばれた人間は、魔王の張った結界を超えることができるようになる。
なお、ジルディアスは従者を拒否していたが、本来、それはありえないことである。
まず第一に、魔王の居場所に近づけば近づくほどに増えていく魔物に、一人で立ち向かうというのが無謀なのである。どれだけの実力者であれども、大量の魔物に対し単身で挑むのは、自殺行為でしかない。
第二に、魔王の居場所に行くまでには、様々な国を通って遥か北の地へと旅をしなければならない。その過程で、通訳やその国の地理、常識を知らないというのは、かなり問題である。
第三に、人一人に与えられる才能には、限りがあるためである。
また、魔王と戦い、力尽きた勇者の死を報告するためにも、従者は必要であった。
よって、勇者には一人以上の従者をつけることが推奨されている。