55話 結局悪いのアイツだけじゃねえか
前回のあらすじ
・原初の聖剣戦
何もない、ただただ白い空間。そこに、折れた俺は居た。
『ここ、転生した時の……?』
「ああ、久しぶり、と言ったほうが良いかね」
『うっぉあ?!』
突然聞こえてきた男の声に、俺は思わず間の抜けた声を上げる。周囲を見ても、当然何が見えるというわけではない。ただ、死んだ直後の時とは異なって、俺は俺の体……つまるところ、折れた聖剣のままである。
困惑する俺に、男の声は少しだけ申し訳なさそうに声をかけた。
「先に謝罪させてもらおう。__度重なる不手際で、経験を積む妨害をしたこと、申し訳なく思う」
『待ってくれ、今それどころじゃない。ジルディアスが__!』
「安心してくれ、ここはプレシスとは違う場所だ。向こうとは時の流れが違う」
混乱する俺をなだめるように、男の声は優しくそう言う。ちゃんと浦島じゃなくて、逆浦島だよな?
思わずそんなことを考えた俺に、男の声は苦笑いをする。いやいや、大切だろう?
「君の表現で言うならば、逆浦島だ。こちらの一時間はプレシスの一秒に相当する」
『へえ、360倍なんだ』
「君にもわかりやすく言っているだけだから、詳細に表現すると小数点以下の数字が入るが……まあ、誤差のような物だろう。ともかく、説明をさせてくれ」
白い空間が、小さく揺らぐ。そう言えば、女性の声が聞こえない。
俺の思考を読み取り、男の声は気まずそうに口を開いた。
「そのだな、先ほど謝罪した通り、君の転生に当たって手違いがあった。一番の手違いは、君のスキルにある」
『スキル? 復活とか変形とか急に増えてたけど、それですか?』
首をかしげる俺。首がないとか言わないでほしい。気分の話なのだ。
男の気配が、そっと首を横に振る。そして、申し訳なさそうに口を開く。
「いや、彼女が君に与えた祝福の【ヘルプ機能】だ。ヘルプ機能が君の魂を変貌させた」
『えっ』
思わず声を上げる俺。あれ? 確か、祝福で魂が変貌することはないはずでは……?
そんな俺の疑問に答えるように、男は深くため息をついた。
「ああ、本来の祝福は、魂を変貌させることはないはずだ。だがしかし、彼女は人間の魂の許容量を見誤り、過剰な才能を付与してしまった。結果として、君の肉体は、転生した瞬間に崩壊した」
『えっ、スキル効果二倍の祝福が別に大丈夫なのに、ヘルプ機能はダメなのですか?』
「……君は、ヘルプ機能を使って疑問に思わなかったのかね? 他人のステータスが閲覧できるのだぞ? それどころか、権限さえあれば知らないことを知ることすらできる。普通に考えれば、人間の脳容量で足りるわけがないだろう」
『うそん』
思わずアホっぽい声を上げる俺に、男は肩をすくめた。
「ともかく、君は転生した直後に肉体を崩壊させてしまった。本来ならそのまま魂がこちらに戻ってくるはずだったのだが、そこで、イレギュラーが起きた。……ヘルプ機能を含めたすべての才能を内包できる器が、君が転生するはずだった場所のすぐそばあったのだ」
男は気まずそうに目を逸らしながら、俺の柄に触れる。何も見えはしないが、確かに俺の柄を触れたはずだ。
機能美に溢れる、美しい剣。今は折れているが、柄だけである状態でも、本来の美しさを想起させるその一振り。
「それが、魔王を殺せる可能性を持つ武器、聖剣だった。より詳しく言うならば、フロライトの広場に鎮座していた第四の聖剣__つまり、今の君の体だ」
『マ?』
「ああ、マジだ」
どうやら、男の声の主はマジの『マ』を知っているらしい。
男の声は、さらに言葉を続ける。
「肉体を失った君は、神の背骨を含む金属でできた剣である聖剣にその魂を移し、人間としての感覚と、聖剣に元より付与されていた能力……【復活】と【変形】のスキルを手にしたというわけだ」
『あー……ちなみに、今から人間の体になるのは?』
「できないわけではない。だが、こちらの都合で、君には一つの提案をしようと思う」
うん? 何?
若干話の流れが変わったのを感じる。男の声は、折れた俺をそっと撫でる。
「気が付いたときにこっちへ引き戻そうと破壊したのだが……想定以上に肉体と魂の癒着が激しくてね。君が今折れているのは、オレが殺そうとした名残のような物だ。神殿に一度でも来てくれれば手荒な手段をとらなくて済んだのだが……」
『ああ、アイツ、神殿に喧嘩売ったから、寄り付きたくはないよな』
神殿ついでに、神殿に行く機会がほとんどなかったということもある。ヒルドラインには多分あったはずだが立ち寄らずに国境を越えたし、国境を越えてからのエルフの村は精霊崇拝であったため、神殿ではあるが神殿ではなかった。
メルヒェインは先祖信仰だし、ジルディアスの目的上、途中に町や村があっても基本スルーしていったし……異世界の宗教に興味がないわけではないが、事前知識で宗教的な処刑方法を聞いていると近づきたくないんだよなぁ。
「……その、恩田裕次郎。人間の思考を詳しく知っているわけではないが、五体裂きはそう簡単に行われる処刑方法ではないぞ? ついでに、五体を裂かれて地面に埋められたところで、魂は無事だからな。人間たちの解釈だ」
『あ、そうなのか』
俺の偏見に、男の声は困ったように言う。そっか、そりゃそうだよな。日本にだって死刑と言う極刑があるけれども、犯罪者全員が死刑にされるわけではない。
「さて、話を戻そう。今の君には、二つの選択肢がある。
一つは、聖剣に癒着した魂を引きはがし、もう一度人間として転生すること。
もう一つは、このまま聖剣として生きること。
人間として転生する場合は、復活と変形の才能は失われる。だが、恩田裕次郎の記憶と経験を保持したまま、もう一度人間として生きることができる。
このまま聖剣として生きるなら、オレが付与した破壊状態を修復し、元々の聖剣として生きることになるだろう。ただ、聖剣として成長する素体が恩田裕次郎の魂で阻害されている以上、そこだけは多少の不便があると予想できる」
『聖剣としての成長?』
首をかしげる俺に、男の声は小さく頷きながら言う。
「ああそうだ。聖剣は持ち主の経験をもとに、成長していく。だが、君の場合は成長すべき聖剣の中身に成長する可能性のある君の魂が入り込んでいたために、聖剣としてするべき成長がなかった。君の成長の可能性を優先してしまったのだろう」
『聖剣として成長すると、何があるのですか?』
「一番わかりやすいところで行くと、武器単体の攻撃力。それに、変形のレベル。耐久力も上がるだろう」
『えっ、変形のレベル、上がるのか?!』
思わず驚いた俺に、男の声は申し訳なさそうに頷いた。
「魂が積むべき経験と、レベルを上げるために必要な経験は異なる。だがしかし、生きるためにはレベルを上げなければいろいろ大変だろう。だからこそ、聖剣として生きることを選んだ場合、一つの祝福を与える」
『祝福?』
オウム返しに聞き返す。間の抜けた反応をした俺を気に留めず、男の声は説明を続ける。
「祝福の内容は、『一つのスキルを熟練度に応じてレベルを上げることができる』というものだ」
『一つだけ?』
「ああ。もしも聖剣として生き続けるなら、世界の摂理に干渉する祝福になる。複数のスキルに対して行使すれば、恩田裕次郎の魂が取り返し憑かないほどに変貌するだろう」
『うわぁ、リスク高いなぁ』
思わずつぶやく。
もうすでに、俺の選択肢は決まっていた。でも、迷っていた。
『人に転生しなおすのはないとして、スキル一つだけか……』
俺が今の段階で所有しているスキルは、【光魔法】【錬金術】【変形】【復活】【ヘルプ機能】の五つだ。手がない今、熟練度をあげることのできない錬金術と俺が聖剣になる原因になった【ヘルプ機能】は除外するとしても、三つ残る。
考え出す俺に、男の声は少しだけ驚いたように問いかける。
「ふむ、人にはならないのかね?」
『ああ。今から人間になっても、俺じゃジルディアスに追いついて行けない。そんな才能ねえし、そもそもアイツの体力について行けるわけがないだろ』
「……彼について行かないという選択肢はないのかね?」
『ないな。ってか、アイツがどんなクズでも、クソ野郎でも、闇落ちするってわかっていて放置する意味がない。俺はSTOでのジルディアスは知らねえ。でも、等身大のジルディアスを見て、アイツは誤解を生みやすいやつだってのは知ってる。知ってるつもりだ』
口で何と言おうとも、下種なクズでも、ジルディアスは確かに人間で、確たる精神を持った一個人に他ならない。
奴は苛烈な性格を持ち合わせているし、口は悪いし、能力を持っているから能力ないやつの気持ちをわからないし、割と擁護しにくいタイプのクズだが、それでも、彼は勇者として戦った事実がある。
はっきりとは言い切れない。理性的かつ論理的に説明できるわけではない。それでも、たった一つ、言い切れることがあった。
彼の行ったことに賛否両論あろうとも、それで彼のすべてを否定されるのは、なんか違う。
『せめて一人くらい、いつだって味方の変わり者がいたっていいだろ』
ニッと笑んで、言う。どうせ笑顔なんて浮かべてもわかるわけがない。俺は顔も口もない剣でしかないのだから。
『んでもって、スキル1つか……』
独り言を吐きながら、俺は考える。【変形】をとれば、人間として転生しなくても人型になれるだろう。何せ、現に原初の聖剣はその体を変形させて人型になっているのだ。
だがしかし、戦力になるなら、【光魔法】をとったほうが良い。ジルディアスは光魔法は決して使えないのだから。特に、一つレベルを上げるだけでアンチポイズンを覚えることができる。解毒ができるのは、これから先の旅でも大いに役立つだろう。
一応、光魔法にも攻撃魔法はある。光魔法を取って、ちまちまレベルを上げて、変形をとるか……?
そんなことを考えていた俺だが、ふと、脳裏にジルディアスとウィルドの戦いがよぎる。砕け散る武器に、飛び交う血と破片。
__いや、アレはダメだろ。俺が成長できないじゃんか……
慌てて首を横に振る。首を振って、光魔法を選ぼうとする。
__だが、気が付けば、俺は光魔法以外のスキルを選んでいた。
「本当にいいのかね?」
男の声が、俺に確認をとる。
俺は頭を抱えた。マジで? マジでこれにすんの? 後悔しない? いや、するな絶対。
でも、何を選んだって後悔するよな、俺は。
だったら、最善の選択肢を選ばなければならない。
『……せめて二つだったら迷わなかったのだけれども』
「魂が変貌しないかどうか賭けるか?」
男の声の質問。だが、俺は首を横に振った。
『いや、止めておきます。俺の運が悪いのは、俺が一番よくわかっている』
何万、いや、何億分の1以下の確立をひいて神のうっかりミスで死に、さらにはその女神のうっかりで何兆分の1以下の確立をひいて聖剣に転生したのだ。ここまでの悪運をひけるのなら、魂の変貌でうっかり何京分の1の確立をひいて魔王になってもおかしくない。
馬鹿馬鹿しいが、俺はまだ死にたくはない。まだ死にたくないし、後悔だってしたくない。なら、最善を選ぶだけだ。……後で後悔するだろうけど。
俺の決意を理解したのか、男の声は小さくため息をついて、俺に言う。
「では、これからプレシスに戻そう。もちろん、元の状態で」
『……ああ。これから先は流石に手違いはないよな?』
「おそらくは」
『一番怖いことを言うのを止めてもらえる?!』
全力で目を逸らして言う男の声。すさまじい不安を覚えながらも、俺の意識は徐々に白から現実へと浮上していった。
「良い人生を」
『今は人じゃねえけどな』
意識が完全に戻ると、俺は剣の姿を取り戻していた。
目の前にはふらつきながらもまだ意識は残っているジルディアス、そして、翼をはためかせながらも、油断なくジルディアスを見下ろすウィルド。
俺は、即座に詠唱した。
『【ヒール】! __俺を使え、ジルディアス!』
「……?! 聖剣、お前……?!」
突然折れた剣から本来の姿に戻った俺に、困惑を隠せないジルディアス。それでも、俺は言う。
『まともな武器、もうねえんだろ?!』
「あ、ああ。貴様を含めてな」
『まって、もしかして俺、治ったのにまともな武器扱いされてない?』
「ものを言う武器がまともだと言えるのか?」
『否定できねえけどさぁ……』
正常になったのか、まだ頭をぶつけてぼうっとしているのか、額にこびりついた血液を手で拭いながら言うジルディアス。
ともかく、聖剣が元に戻ったのなら、使わない理由がない。俺の柄を右手に握り締めたジルディアスは、ふらつきながらも上空のウィルドを睨む。ウィルドは、かすかに笑みを浮かべ、そして、聖剣を片手に上空から突撃する。
当然、カウンターの構えをとるジルディアス。
次の瞬間、俺と原初の聖剣がぶつかり合った。
競り勝ったのは__
「な……?!」
「なん、で……?」
困惑する声を上げる、ジルディアスとウィルド。
ウィルドの手には、切断された聖剣。対して、ジルディアスに右手に握られているのは、無事なままの俺。
競り勝ったのは、俺だった。
【恩田裕次郎】 Lv.1
種族:__ 性別:男(?) 年齢:19歳
HP:10 MP:25
STR:2 DEX:46 INT:48 CON:2
スキル
光魔法 Lv.1(熟練度 102) 錬金術 Lv.1(熟練度 0)
ヘルプ機能 Lv.1(熟練度 55)
祝福
復活 Lv.3(2UP!)(熟練度 231)
変形 Lv.1(熟練度 112)
【復活】のレベルが上がったことで、以下の項目が追加されます。
・復活に使うMP消費の減少(必要MPが全MPの四分の一になりました)
・復活にかかる時間の減少
・修復する箇所の制限
__第四の聖剣……いや、恩田裕次郎は、ジルディアスの武器であることを選んだ。故にこそ、己が人間になることを諦めてでも、原初の聖剣を倒すために復活のレベルを上げることを選んだのだ。