54話 第四の聖剣
前回のあらすじ
・原初の聖剣戦
崩落した地下水脈で、ギリギリのところでグラビティを上空に向かって使い、何とか生き埋めから逃れたジルディアス。土と水でどろどろに汚れたジルディアスは、不愉快そうに舌打ちをすると、指輪からロングソードを取り出す。
遥か上空をはばたく、原初の聖剣。あれほどの上空だと、流石に魔法を使わなければ攻撃が届かない。逆に、神語魔法で地面を操っているウィルドは、一方的に俺たちを攻撃できる。ちょっと笑えて来るくらいには絶望的だ。
『どうする?』
「どうするもこうするもない。武器庫に弓は入っていない以上、魔法で攻撃するしかないだろう」
『へえ、弓は入っていないんだ』
「ああ、弦はどうしても有機物になるからな」
ジルディアスはそう言いながら、こちらに飛んできていた石の槍をロングソードで打ち砕く。そう言えば、ヒルドラインでも俺が弓になっていたよな。
石の槍を砕いたせいでヒビの入ったロングソードをへし折り、ジルディアスは俺を握る。一応聖剣である俺は、魔法の発動体にもなるのだ。実は俺、すごい武器だったりしない?
ウィルドの神語魔法によって、地面はおおよそ不気味にうごめいている。念のためにレビテーションを継続させているジルディアスは地面に足を取られることはないが、それでもずっと宙に浮かんでいるわけにはいかない。何せ、レビテーションを行使していると、素早く動けないのだ。
俺の柄を握り、ジルディアスは詠唱する。
「闇魔法第五位【ダークジャベリン】」
『やっぱそれか』
「楽だからな」
多重展開される黒の槍。闇魔法に適性のあるジルディアスは、攻撃魔法ならダークジャベリンが一番楽に行使できるのだ。
ウィルドのはばたく音が、聞こえる。動物たちはとうの昔に逃げ出していたのか、鳥の声も、生き物の息遣いも、聞こえてこない。ただ、焦げ臭い平原に吹き抜ける風の音が、妙によく聞こえていた。
闇の槍は、一直線にウィルドの方へと飛んでいく。武器を破壊したことで強化されたその一撃は、一本でも当たれば即死するくらいには強烈な一撃であるはずである。……喰らったことないからわからないけど。
空に打ち上げられた黒の槍。しかし、ウィルドは翼を大きくはためかせると、すさまじい速さで落下していき、黒の槍を躱していく。高速でジルディアスの方へと加速していく原初の聖剣の腕が、変形した。
六本の指が付いた腕。その手に、剣が握られる。
美しくも好戦的な笑顔を浮かべるウィルド。ウィルドの突撃に、ジルディアスはへし折れた俺で応戦する。
ガキン!!
『いってぇ!』
「黙って元に戻れ!!」
『わかってるっての! 【復活】!』
「良し、くたばれ!」
『マジてめえ最低だな!』
俺をへし折り、そして、武器庫から短剣を取り出した。地面に捨てる前に一応魔力をよこしてくれたが、普通に地面に捨てやがったぞコイツ。
空を飛びながら、剣を振るうウィルド。ここまで近間になると長物は不利になる。だからこそ、耐久性は低くなっても短剣を選択したのである。
蠢く地面の上で、ジルディアスとウィルドは接近戦を始めた。
疑似聖剣であるその剣を、ジルディアスの首を狙うウィルド。視線の動きで狙いを先読みしたジルディアスは、ウィルドの横なぎを受け流した。それでも短剣はぴきぴきと金属のきしむ嫌な音を立てる。
ジルディアスは不愉快そうに眉をしかめる。まったくもって、武器の質が足りていない。今の短剣も一つ質が下がっていれば、盾にもならずそのまま首を撥ね飛ばされていたはずである。
左手だけで二本目のナイフを取り出し、ウィルドのそっ首を狙うジルディアス。剣を受け流され、死に体になっていたその体に、ナイフが突き刺さる__はずだった。
逆刃で首の血管をかき切ろうと振るったそのナイフ。しかし、そのナイフは、翼によって受け止められた。
しかも、翼は相当固い素材でできているのか、振るったナイフが冗談のように砕け散った。羽根数枚にひびが入り、抜け落ちるが、翼そのものに何ら損傷はない。
「何だこの硬さは……?!」
『僕は聖剣だ。ただの鋼でできた剣で、僕を砕けるわけがないだろう?』
にっこり微笑んで言うウィルド。ジルディアスはウィルドの言葉が理解できないが、それでも、この武器ではだめなのだと理解した。いや、むしろ、武器ではだめだと言うべきか。
小さく舌打ちをしたジルディアスは、ナイフを左手に移し替え、右手を握り締める。武器を犠牲にしてウィルドを破壊しなければならないのなら、武器を盾に素手で戦ったほうがまだ武器の消費を抑えられると判断したのだ。
半歩下がり、地面に捨てた聖剣を蹴り上げてつかみ取る。蹴り上げられた聖剣は小さくうめき声を上げたが、ジルディアスは無視した。
「魔剣! 俺が負傷したら、即座にヒールを使え!」
『言われなくてもするっての! ってか、もう少し丁重に扱えよ!!』
喚く魔剣をポケットにねじ込み、ジルディアスはウィルドの横っ面を拳で殴る。
突然の蛮行に目を丸くするウィルド。だがしかし、次の瞬間には即座に首をひねって衝撃を逸らす。結果として、ウィルドは右ほおを若干紅くするくらいの負傷に終わる。土の精霊を呼び出していたことにより、防御力が上がっていたのだ。
「武器が通らぬのなら、素手で壊すのみ」
拳を握り締め、凶悪に笑むジルディアス。その言葉も発想も、もはや蛮族のそれである。
ひりつく殺意のにじむジルディアスの赤の瞳に睨まれたウィルドは、心臓がぞくりと跳ねるのを感じた。そして、どこか、満たされるのを実感していた。
__ああ、今、僕は役目を果たせている……!
世界に害を与える者を殲滅する。その行為を今、実行できている。
この勇者を、倒さなければならない。いずれ彼は、世界を滅ぼす者になる。原初の聖剣の本能の奥底からそれを感じ取っていた。いずれ神をも殺す英雄になると。世界を滅ぼす英雄になると。だから、そうなる前に、殺さなければならない。滅ぼさなければならない。
振り抜かれた拳を受け止め、己の分身を振るう。神の背骨から作られた己の刃を、人の……あまりにも脆く弱い鋼で受け止め、逸らす。武器に頼っているのではない。ただ、技術の受け流し。
材質と形状、そして、ジルディアス自身の思い込みで、金属のナイフを使っているが、おそらく、彼ほどの実力の持ち主なら、そこら辺の木の棒でも同様のことができるはずだ。
どんな武器でも使いこなし、光魔法以外すべての魔法に精通する。とっさの判断や戦略の組み立てを見る限り、学も相当あるはずである。__そんな完璧人間が、本当に存在しえるのだろうか?
ジルディアスの破綻した性格は、そこに起因しているのだろうか? いや、それ以前か?
そんなことを思考しながら、ウィルドは刃を振るう。人間の作り出した鋼は、三度目の攻撃には耐えきれず、粉々に砕け散った。
しかし、ジルディアスもただではナイフをくれてやるつもりはない。受け流しの勢いを利用し、半ばバク転気味にウィルドの顎を蹴り上げる。ただの人間なら、それだけで首の骨が折れて死ぬような一撃だったが、神語魔法の効果で身体に行動不能になるほどのダメージを受けることはなかった。
「クソ、固い……!」
『うわ、すげえ痛そうな音したな。【ヒール】』
音としては、巨木を思いっきり蹴り飛ばしたような、蹴ったほうが痛そうな鈍く重い音。神語魔法の影響で土の精霊がウィルドを守護しているためか、明らかに防御力が上がっていた。
『なんかこう……防御貫通系の技はないのか?』
「無いわけではない。が、それをするよりも殴ったほうが手っ取り早い」
『マジか』
聖剣の質問に、勇者はあっさりと答える。実際、原初の聖剣を何度も破壊しているジルディアスは、下手に防御貫通の技で威力を落すくらいならば、固い装甲もろとも殴ったほうがダメージがあるのである。もちろん、その分己に跳ね返るダメージも大きくなるのだが……
武器を破壊することで上昇する攻撃力。戦いの過程で数多の武器をその手で破壊し、五度原初の聖剣を破壊し、そして、スキルの効果を二倍にするという祝福を得た聖剣を砕いた今の彼の一撃は、確かに、人類__いや、地上最強であった。
短期間にしか累積しない効果だとしても、彼にその気がないとしても、この世界にとって、ジルディアスは脅威でしかない。
__ここで消滅させる。彼を……!
ウィルドは小さく笑みを浮かべ、左手を小さく動かす。その瞬間、ジルディアスに向かって魔法で作られた石槍が殺到した。
「その攻撃は一度見たわ、たわけが!!」
常人なら……いや、どれだけ武を積んだ達人でも、石槍の群れに成すすべもなくひき肉に変えられるだろうその攻撃。しかして、ジルディアスは即座に折れた聖剣をつかみ、魔術を発動させた。
「闇魔法第八位【グラビティ】」
重力を強化する魔法。それを膨大な魔力で応用し、重力の方向を無理やり捻じ曲げる。
ジルディアスをひき肉にするために射出された石槍の群れは、方向を変えて射手であるウィルドに飛んでいく。
ウィルドは即座に翼をはためかせ、その場から離れることで石槍を躱した。
その隙を、ジルディアスは見逃しはしない。
「闇魔法第五位【ダークジャベリン】!」
『っ!』
がら空きになったウィルドの胴体。そこに、ジルディアスの闇の槍が、突き立つ。
破損された己の身体に、ウィルドはかすかな驚愕を覚える。そして、同時に、確かに満たされていくのを感じた。
『はは、はははははは!』
魔法である闇の槍は、ウィルドの胴体を射抜くと、魔力の片鱗になって霧散する。左脇腹からへそあたりにかけてをえぐられたウィルドは、空中で哄笑した。
血は流れない。当たり前だ。武器なのだから。
破損した状態ではだめだと思っていた。当然だ。折れた剣で戦う馬鹿などいない。だからこそ、ウィルドは自身が破損するたびに神語魔法を使って己を修復していた。
抉れた脇腹。これは、戦いに支障をきたす。だがしかし、ウィルドは無理やり体を動かした。
抉れた肉体が、より深く破損していく。なるほど、自壊するというのは、こういうことか。
想定外の原初の聖剣の動きに、ジルディアスは反応しきれなかった。
「くたばれ……!」
「な……?!」
ジルディアスの言葉を真似るように、ウィルドは吠える。
その声は、言葉は、確かにジルディアスでも理解できるものだった。
次の瞬間、ウィルドの拳が振り抜かれた。
そして、寸前で折れた聖剣と新たに取り出したナイフを盾にしたジルディアスは、翡翠の祠に叩きつけられる。
「がっ……!」
『うわぁ!!』
すさまじい勢いで祠に叩きつけられたジルディアス。永い永い時を経ても破損さえしなかったその祠は、この一撃をもってしても破壊されることはなかった。……つまり、ジルディアスは一切の衝撃の緩和を得られることはなかったのである。
『【ヒール】!! ジルディアス、大丈夫か!!』
叫ぶ第四の聖剣。
勇者はふらふらと立ち上がる。しかし、意識があるわけがない。立ちあがれたことさえ、奇跡でしかないのだ。
「リペア」
ウィルドは油断せず、修復の神語魔法を行使する。まだだ。まだ、彼は戦う。戦い続けるだろう。
だがしかし、ジルディアスは、もはや限界に近かった。
足に力が入らず、後ろに倒れかける。反射的に左手を祠の柱にかけ……折れた聖剣を、手放した。
気が付くと、俺は覚えのある真っ白な空間にいた。
【恩田裕次郎 について】
彼は、単純に運が悪い人間であった。
神の手違いで経験を積みきる前に寿命を迎え、そして、転生することになった。
だがしかし、その転生もとある手違いによって、正しいものではなくなったのである。
__彼は、決して特別な人間ではない。ただ、彼は特別な運命を持ち合わせていただけなのだ。