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52話 人族最強系外道勇者は嗤う

前回のあらすじ

・原初の聖剣と対決

・勝つには原初の聖剣がMPを使い切るまで粘らなければならない。

 少しずつ、原初の聖剣の姿かたちが変わっていく。

 ジルディアスを己の天敵と認めたのだ。天敵を殺すために、己が認めた強者そのもの……つまり、人間であるジルディアスにその姿を似せ始めているのである。


精霊よ(ピクスタ)闇を(シャドア)ここに(エルス)


『闇! つっても、俺、闇魔法なんて何があるか知らねえんだけど……?』

「基本的に肉体的に攻撃するものではないからな」

『へえ? 精神攻撃?』


 闇魔法に関しては、さほど警戒しなくてもいいだろう。ジルディアスは、闇魔法の適性で精神汚濁系の攻撃は基本きかない。例外的に、ジャベリンの攻撃やダーククリメイション、グラビティと言った肉体的にも効果のある魔法はあるが、アレだってジルディアスが割と特殊な使い方をしているだけで、メインはデバフ効果である。


 となると、次はデバフメインか……?


 そう思った俺だが、次の瞬間、それは甘すぎる考えだったと理解した。


 周囲が、まるで急に夜になったかのように薄暗くなっていく。そして、景色が、歪んだ。


「な……?!」

『え、何?!』


 思わず動揺の声を上げるジルディアス。その表情は、驚きに歪んでいた。


 昼間を包み込む黒は、次第に形を変える。そして、今現在、俺たちは、どこかの屋敷の庭に立っていた。




 果樹やハーブがメインの庭園。そばには重厚な木材で作られた美しい建物があり、庭先には凝った作りの金属製のテーブルが設置されていた。真っ赤な薔薇が競うように咲き誇り、その美しさをあたりに主張している。


 そして、そのテーブルには、一人の貴婦人が座っていた。


 艶めく絹糸のような、柔く細くも美しい金髪。人形のように整った顔。そして、()()()()()()()()


 その貴婦人の姿を見たジルディアスは、その真っ赤な目を丸く見開き、そして、体を硬直させた。


「はは、うえ……?」


 茫然とつぶやき、そして、足を止めるジルディアス。次の瞬間、俺は、叫んでいた。


『ジルディアス、よけろ!!』


 吹き抜ける冷たい風。次の瞬間、ジルディアスの首めがけて死神の鎌が振り下ろされる。


 がきん!


「__」

『しっかりしろよ、おい?!』


 本能的にロッドでその一撃を防いだジルディアス。しかし、彼はまだ正気に戻っていないのか、目を見開いたまま、まるで迷子の子供のようにあたりを見る。

 ジルディアスの目の焦点が合わない。体は小さく震え、声は出ないのか、ただ口を開いたり閉じたりを繰り返すばかり。らしくもない、と言うどころの話ではない。マジで何が起きたか全く理解できない。


『……っ! 【ライト】!』


 一か八か、ライトの魔法を詠唱し、ジルディアスの目の前を明るく照らし出す。すると、ジルディアスはハッとしたのか、既に破損しかけているロッドを握り締め、詠唱した。


「闇魔法第一位【サニティ】」


 乱れた精神を治す、初級の闇魔法。区分的に光魔法にも見えるが、れっきとした闇魔法だ。魔法の効果で無理やり精神を落ち着かせ、ジルディアスは改めて周囲を見る。


 ウィルドの姿は見えない。しかし、察していた。確かに、原初の聖剣はこの空間のどこかにいる。


__殺しに来ないのは、魔術の維持にリソースが裂かれているからか……?


 見事にジルディアスの記憶の風景を模した空間で、ウィルドが明確な殺意を持って殺しに来たのは、何とか反応できた一度のみ。この空間で原初の聖剣が自由に動けるなら、最初に足を止めた段階でみじん切りにされていてもおかしくはない。


 そうされていない、と言うことは、何らかの理由があるはずなのだ。


「ともかく、この空間の解除が先だな……」

『つーか、ここどこ?』

「貴様が知る必要はない」


 ジルディアスははっきりとそう言い切ると、そろそろ使い物にならなくなりそうなロッドをへし折る。そして、ポケットの中から俺を取り出すと、周囲を警戒する。どうやら、俺を魔法の発動体にするらしい。


『あのおねーさん誰?』

「おねーさん……いや、何も言うまい。アレは俺の母上を模したものだ」

『えっ、若っ!』


 周囲を警戒しながら、時折魔法を発動させるジルディアス。そんな中でも、ジルディアスが見えていないのか、優雅に紅茶を飲む妙齢の女性。つややかな金髪もザクロのような真っ赤な瞳も、まるで年齢を感じさせないため、女子高校生と言われても信じられそうな見た目である。


 驚く俺に、ジルディアスは小さくため息をついて答えた。


「アレは少なからず、俺が5歳以下の頃の母上だ。……思えば、あの頃が一番平穏だったな」

『へー。めっちゃ美人だな』

「……。」


 俺のあほらしい感想に、ジルディアスは返事もせずにただ再度ため息をついて視線を逸らした。おい、そのすごく残念なものを見る目を止めろ。ちょっと悲しくなってくるだろうが。


 ティーカップをゆっくりと皿に置く貴婦人。彼女はそっと目を細めると、少しだけさみしそうに左手を撫でる。そのしぐさを見たジルディアスはかすかに眉をしかめた。


「……この後の展開が読めた。さっさと出るぞ」

『えっ、マジ?』

「これ以上見たくもない。周囲一帯を焼き払う。__闇魔法第八位【ダーククリメイション】!」


 ジルディアスは早口でそう言い切ると、俺の柄を握り締め、詠唱する。

 次の瞬間、黒の炎が美しい庭園を包み込んだ。


 燃え盛る炎が庭園をかき消す直前、俺は確かに見た。


『母様!』


 柔らかな笑顔を浮かべ、貴婦人に駆け寄るあどけない小さな銀髪赤目の少年の姿を。




 折れた聖剣を片手に、偽りの世界を燃やし尽くしたジルディアスの機嫌は、例をみないほどの最底辺であった。

 額に青筋を浮かべたジルディアスは、神語魔法が破られ驚くウィルドに、血を這うような低い声で言う。


「動きを鈍らせようとでもしたか、原初の聖剣。__許さん、殺す」

『うっわぁ、殺意高すぎない?』


 ガチで怒っているらしいジルディアスは、俺の軽口を聞いてなどいなかった。殺意のにじんだ真っ赤な瞳でウィルドを睨む彼に、もはや聞く耳などなかったのだ。


 熱でしおれ、青臭い草を踏みにじり、手の中の聖剣を容赦なく砕く。そして、指輪から短剣を二本取り出し、即座に装備した。短剣は柄の部分を頑丈な紐がつないでおり、そもそも二本で一つの武器なのだろうことが予想できた。


「火魔法第二位【ファイアエンチャント】、」


 地面を踏み込み、呪文を口ずさむ。次の瞬間、双剣に黒の焔がともる。

 揺らめく炎は鈍く草原を照らした。焦がれる草葉の香りが、あたりに広がる。最初にウィルドが炎を使っていたこともあり、翡翠の祠一帯は既に平坦な焦げ地に変わっている。


「闇魔法第三位【ブレイブハート】、」


 ともった焔をそのままに、闇魔法の警戒のための強化魔法をかける。

 焦げた草原を駆け抜ける。吹き抜ける風に緊迫感が溶け込んで、呼吸がしにくい。原初の聖剣は魔法の反動でふらふらとしながらも、次の攻撃に備える。


「土魔法第三位【ジャイアントアーム】、」


 最後の強化魔法を唱える。大地の力を譲り受け、身体を強化させたかの勇者は、最後に地面を蹴り飛ばす。


「さあ、死ね!」


 深く笑みを浮かべ、そして、ジルディアスは双剣を横なぎにふるった。セリフにまるで勇者らしさがないが、まあ、ご愛嬌と言うやつだろう。


 ウィルドは表情を歪めながらも、鎌に変えた腕でその赤黒い炎をまとった一撃を受け止める。

 その瞬間、まばゆい閃光とともに、すさまじい崩壊音が平原に響き渡った。


 【武器の破壊者(ウェポンブレイカー)】の効果で、強化された攻撃力と、神の背骨で作られた原初の聖剣がぶつかり合う。競り勝ったのは、ジルディアスの方であった。


 鎌の腕を切断したジルディアスは、返す刃でウィルドの首を狙う。異常な反射神経で死角からの凶撃を避けたウィルドは、無茶苦茶な体勢のまま、ジルディアスを蹴り飛ばす。


 左手の短剣を盾に使い何とか直撃を避けたジルディアス。だが、文字通り人外の攻撃力を持つウィルドの蹴りを喰らった短剣は、あまりにも簡単に崩壊してしまった。


 左の片割れが砕け散った双剣。その一瞬のすきに、ウィルドの拳がジルディアスの顔面目掛けて飛んでくる。砕けた短剣から手を放し、ジルディアスはその拳を受け止めた。


「ちっ……!」


 しかし、ジルディアスは盛大に舌打ちをして、ウィルドから距離をとる。

 原初の聖剣の正拳突きを受け止めたその左手は、大きく裂けて流血していた。驚いてウィルドの方を見てみれば、ウィルドの拳には、鋭い棘が付いていて、それに赤色の液体が付着している。

 どうやら、変形スキルで拳の形を変え、メリケンサックのような状態にしたようだ。


『【ヒール】!』


 俺は慌ててジルディアスの手に回復魔法をかける。

 ジルディアスの手のひらの傷は消えた。しかし、その表情は晴れない。


直れ(リペア)


原初の聖剣【ウィルド】 Lv.120

種族:__ 性別:なし 年齢:(読み込めませんでした)

HP:10610/10610 MP:5605/3420


『残り3420!』

「まだまだだな……」


 双剣をつなぎ合わせていた細いチェーンを引きちぎりながら、ジルディアスはつぶやく。壊れた左の短剣は己の手で完膚なきまでに破壊してから、地面に捨てた。


 だんだん人型に変わっていくウィルド。まるで虫のような節のある腕は、ずるりと変形し、人間の腕に変わる。しかし、指は五本ではなく、何故か六本ついていた。


精霊よ(ピクスタ)水を(アクア)ここに(エルス)


『次、水!』

「わかった」


 短くそう返事をしたジルディアスは、武骨な短剣を握り、警戒する。引きちぎれた鎖が空気を読まずに左右に振れていた。


 原初の聖剣の紡ぐ神語魔法。効果は、すぐに現れた。


「何だ?!」


 突如として、すさまじい地揺れが発生する。そして、地面が陥没した。


「は?!」

『んな馬鹿な?!』


 崩落する地面に、ジルディアスは動揺の声を上げながらも、受け身の体制をとるため、魔法を発動させていた。


「風魔法第二位【ホバリング】、【レビテーション】」


 ホバリングで落下の衝撃を弱め、そして、ハーフエルフのロアも使っていたレビテーションで水面に立つ。

 おおよそ十メートルほど上から、太陽の日差しがこちらに差し込んできている。どうやら、地下の水脈にまで落ちてきたらしい。そういえば、酒場でも井戸ができたとか云々言っていたよな。


 原初の聖剣は、背中の翼を使ってゆっくりと水面に降り立つ。ジルディアスのように魔法で浮いているのではない。確かに、水面に足をつけて立っていた。マジで?


 驚く俺をよそに、ジルディアスは表情を引きつらせると、短く詠唱した。


「【ウィンドステップ】!」


 次の瞬間、ジルディアスの立っていた場所から、すさまじい勢いで氷柱が遥か遠くの地上まで突き立つ。どうやら、足元すべてが、武器になるらしい。


 舞い散る水と、地下の底冷えするような冷気があたりを包む。

 戦いは、まだ終わらない。

闇魔法第一位【サニティ】

 乱れた精神状況を正常に正す魔法。光魔法っぽいが、精神に作用するため闇魔法の分類。

 異常状態全てを治せるわけではないが、光魔法よりも精神を治すのに特化しているため、相当深刻な状況でも治せる。


闇魔法第三位【ブレイブハート】

 精神の異常状態をはねのける魔法。光魔法っぽいが、精神に作用するため闇魔法の分類。

 闇魔法の才能を持つジルディアスでも原初の聖剣の神語魔法にかかったため、念のために使っていた。

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