51話 叫べ、猛ろ、勝利に手を伸ばせ
前回のあらすじ
・原初の聖剣が、現れた
原初の聖剣であるウィルドに対し、ジルディアスのオリジナルスキル【武器の破壊者】が通用すると判明してから、状況は若干好転しているようにも見えた。
ウィルドの破壊を目的とするため、指輪から大斧を取り出したジルディアスは、ひきつった笑顔をその端整な顔立ちに張り付けた。余裕があるから笑っているのではない。能力的には有利な切り札を持っているにもかかわらず、それでもなお不利な現状に笑うことしかできないのだ。
「ははっ。なあ魔剣。現状、人族の中でアレに勝てる可能性があるのは、俺だけだぞ……!」
『やべえ、絶望的すぎてちょっと面白くなってきたかもしれない』
現状、ウィルたち勇者一行では、ウィルドを倒すことなどできない。と言うか、ぶっちゃけ人族の誰も原初の聖剣を倒すことはできないだろう。……ジルディアス以外は。
作中最強を誇る、『ジルディアス=R=フロライト』。悪役として、主人公を上回るためのその力が、今、世界を守るために世界を壊さんとするウィルドへの最後の抵抗権となっていた。
突然上昇したジルディアスのステータスに困惑したのか、ウィルドはするりと自分の顔面を撫でる。そして、短く詠唱した。
『直れ』
『げ……』
「なんだと?!」
短い詠唱の直後、ジルディアスによって破壊された左腕と、焼けただれていた左頬が、何事もなかったかのように元に戻った。俺のように復活のスキルを使っているようには見えなかった。神語魔法だろうか?
事実上の光魔法の行使に、ジルディアスは不愉快そうに表情を歪めた。
「壊れるまで壊し続けるしかないか!」
『そうっぽい! 【ヘルプ機能】!』
原初の聖剣【ウィルド】 Lv.120
種族:__ 性別:なし 年齢:(読み込めませんでした)
HP:10610/10610 MP:5605/4505
MPが前に見たときよりもごっそり減っている。その分、HPは最大値に戻っているのだが……ともあれ、一つの事実はわかった。
『アイツのバカ高いHPはただの飾りだ。MPが尽きるまで倒し続ければ、俺たちの勝ちになる!』
「アレの今のMPはいくつだ?」
『4505』
「ふははは、何時間戦えばいいのだろうな……!」
ジルディアスは吐き捨てるようにどう怒鳴ると、大斧を横なぎにふるい、翼による殴打を打ち逸らした。相変わらず、金属同士がぶつかり合うような甲高い音が響き、大斧に小さなヒビが入る。え? もう斧壊れそうじゃんか。
直ったとはいえ、手ひどい一撃を喰らったウィルドは、少しずつ警戒を強めだす。人族を滅ぼす気だが、ジルディアスを放置して他を殺しに行く気はないらしい。
節足の腕が、ずるりとうごめき、カマキリのような形に変貌する。いや、普通のカマキリよりも、鎌の部分が金属でできているあたり、幾分凶悪なのだが。
『精霊よ、光をここに』
『次、光!』
「たわけ、光を何に使うかわからんだろうが!」
『俺だって知らねえよ!』
原初の聖剣の紡ぐ神語魔法を聞き取り、俺はジルディアスに内容を伝える。
次の瞬間、ジルディアスは半ば本能的に左に倒れ込むように跳躍した。突然の動きに、ポケットの中も大きく揺れ、俺は間の抜けた悲鳴を上げる。そして、その悲鳴もすぐに別のものに変わる。
先ほどまでジルディアスが立っていた場所の背後。揺れる草むらが、縦一直線に切り裂かれ、遥か地平線までその黒の切断痕が続いていたのだ。
『やっべえ、なんだアレ?!』
「高威力の光攻撃魔法ならそうと言え!! 死ぬだろうが、俺が!!」
『俺にキレないでくれるぅ?!』
怒鳴るジルディアス。その言葉を聞いて、俺はようやく理解できた。原初の聖剣は、光を集約し、レーザービームのような攻撃を放ったのだ。ヤバいな、俺もレベルが上がれば、あんなのができるようになるのか?
文字通り光速即死攻撃に理不尽を感じながらも、ジルディアスは思考を続ける。光属性が弱点の彼は、一撃でも喰らえばおしまいである。
伸ばされた通常の……とはいえ、昆虫のような節足の腕なのだが……が一本、伸ばされる。その直後、ジルディアスは再度回避に専念した。太さはそれこそ銅貨一枚ほど。ただし、長さはほぼ無限大であり、攻撃が来ても受け止めることはできない。
まばゆいレーザービームは、その出力故に放たれるのは一瞬だが、その一瞬の破壊力はまったくもって笑えない。属性もそうだが、体に銅貨一枚のサイズの穴が開けば、普通に死ぬ。
『貫通力やべえな』
「ああ、当たればほぼ即死だ」
円形の焦げ跡ができた地面に冷や汗をかきながら、ジルディアスは答える。
ウィルドの予備動作で何とかレーザービームを避け続ける。早くウィルドのMPが切れることを祈ることしかできない。
そして、レーザービームと組み合わせて振るわれる鎌も、悪辣である。
部位破壊で決定的な魔力消費を狙うジルディアスを妨害するように、カマキリのような鎌は振るわれる。ウィルドはどこからどう見ても何らかの生物に見えるが、仕組みとしては俺と同じである。つまり、武器としての切れ味は相当いい。
斧と鎌がぶつかり合う。火打石がぶつかり合ったときのように、まばゆい火花が飛び散り、そして、斧が力負けした。
「ちぃっ!」
大きく破損し刃こぼれした斧の刃。ジルディアスは舌打ちをすると、容赦なく斧の柄をへし折り、ステータスを上げる。そして、再度似たような斧を指輪から引きずり出した。
武器の強度が足りない。質が足りない。
いや、斧は高級品である。一流の鍛冶師が時間をかけて創り上げたであろう逸品であるはずだ。__それでも、目の前の化け物を、原初の聖剣と戦うには、まったくもって足りていなかった。
武器としての格が違う。まるで、銅の剣でラスボスに挑んでいるようなものだ。勇者自身にどれだけ実力があろうとも、武器の脆弱さが足を引っ張っていた。
正直、今の現状防具に関してはどうでもいい。何せ、一発でも当たればそのまま死ぬ。動きを阻害さえしなければあっても無くてもいいのだ。だがしかし、武器は違う。
攻撃を受け止める。敵を攻撃する。一瞬一瞬で武器の心配をしながら、戦い続けなけばならない。瞬間の判断が全てを左右するこの戦いにおいて、それはあまりにも大きな足枷になっていた。
二本目の斧も、鎌がかすめて既に大きな傷ができてしまっている。長くはもたないだろう。
鎌と斧がぶつかり合い、激しい応報が繰り返される。
ウィルドの光魔法を回避し、斧で部位破壊を狙う。斧の横なぎは鎌で防がれ、反撃の一撃はジルディアスが足癖悪く左腕を蹴り上げたことで中断される。
息をつく間もない、攻防。判断を間違えれば、攻撃をためらえば、一瞬でも行動を止めれば、容易に命の灯は吹き消される。
振り回された鎌を嫌い、距離をとるジルディアス。その瞬間、ウィルドはジルディアスの腹に向かって指を伸ばす。
『ヤバい、よけろ!!』
「……!」
中途半端に距離をとったせいで、今から回避行動をとることはできない。しかし、ジルディアスの不敵な笑みは、消えはしなかった。
指から、一筋の光が放たれる。それは、ジルディアスの胴体を貫き、致命的なダメージを与える……はずだった。
『……うっ!』
乱反射した光によって、あたりは一瞬白に染まる。
集約し高温になった光を浴び、全身に酷いやけどを負った原初の聖剣。致命傷を与えられたのは、レーザービームを放ったはずの、ウィルドの方であった。
レーザービームが放たれた瞬間、ジルディアスは斧の刃を使って光を反射させたのだ。しっかり手入れを成されていた斧は、鏡のように、とは言わないまでも、ジルディアスへの直撃を許さない程度には光の槍を反射させたのである。
「魔剣!」
『わかっている! 【ヒール】!』
一応、至近距離で似たような光を浴びたジルディアスも無事ではない。手に持っていた斧は完全に融解し、腕は焼けただれている。それでも、俺がいる。
即座にヒールを行使して、ジルディアスの怪我を治す。消費魔力は相当少なくて済むが、ウィルドはそうはいかない。
『__直れ』
再度呪文が詠唱される。またも、全身の焼けただれは解消する。今までの攻防全てを無に帰された。いや、全て無駄なわけではない。
『ヘルプ機能!』
原初の聖剣【ウィルド】 Lv.120
種族:__ 性別:なし 年齢:(読み込めませんでした)
HP:10610/10610 MP:5605/4000
『残りMP4000! 多分、一回の復活にMPを500くらい使っている!』
「なら後八回だな……!」
壊れた斧を投げ捨て、指輪の倉庫から装飾の少ない槍を取り出す。相変わらずすべてが金属でできているため、とてつもなく重そうだ。
復活の神語魔法を使った原初の聖剣は、ずるりとその姿を変貌させる。
今度は、馬の足を変形し、四本の足から二本の足に切り替えた。きりかえた、とは言えども、人間のような足ではなく、単純に馬の前足を消し、筋肉のある後ろ脚だけを残したような形である。
長距離を駆けるための足から、目の前の強敵を排除するために、小回りのきく足に変えたようだ。
『精霊よ、風をここに』
『次、風!』
「相変わらず、雑な説明だな……!」
『しょうがないだろ?!』
念のため、金属製の鉄を指輪から取り出し、左手に構えるジルディアス。その準備は、どうやら正解であったらしい。
先ほどまでさんざんレーザービームで散らされていた草葉が、巻き起こった風で吹き上がる。そして、次の瞬間、それらがズタボロに切り裂かれ始めた。
『うわ?! 何、何?!』
「黙って居ろ、魔剣……!」
切り裂かれていく草葉。
本能に従い、ジルディアスはウィルドから距離をとった。そして、槍をウィルドめがけて投擲する。
一直線にすっ飛ぶ金属槍。その軌道は、そのまままっすぐに進めば、ウィルドの顔面ど真ん中を貫くはずであった。
しかし、次の瞬間、金属槍は消滅した。
いや、消滅したという言い方は正しくない。ウィルドの周囲に展開された切り裂く風の影響で、シュレッダーにかけられたプリント用紙の如く金属槍が細かく切り刻まれたのだ。
金属粉に変わった槍は、当然の如く原初の聖剣に傷一つつけない。傷一つつけることはできない。
「ふはは、でたらめな威力だな……!」
『やっべえ、どうすんだアレ!!』
乾いた笑い声をあげるジルディアスは、盾で吹き抜ける切り刻む風を打ち消し、そして、指輪に手を伸ばす。
取り出したのは、金属製のロッド。盾とロッドを装備したジルディアスは、深く息を吐いて、呪文を詠唱する。
「火魔法第一位【ウォーム】、闇魔法第五位【ダークジャベリン】」
短い詠唱の直後、周囲の気温が数度上昇する。そして、十本の闇の槍が虚空に展開された。
どうやら、火魔法の【ウォーム】は周囲を温める魔法であるらしい。
は? 何でそんな呪文使ってんだ?!
そう思った俺だったが、ジルディアスの渾身のダークジャベリンは、五本を風がみじん切りにし、三本を回避され、残った二本がウィルドの腕と足をそれぞれ貫く。
「風魔法は急激な温度変化や気圧の変化に弱い。ウィンドカッターを敷き詰めたところで、気温を数度上げれば、空気密度が変わって隙間が作れる」
『おお、すげえ、理系っぽい!』
「りけい……? どうでもいいが、まだ油断するな」
三度目の復活を行う原初の聖剣。戦いは、まだ始まったばかりなのである。
火魔法第1位【ウォーム】
周囲の気温を上げる魔法。気温を下げる場合は、水魔法第2位の【クーリング】を使わなければならない。気温は上げるよりも下げるほうが難しいのである。
熟練度によって上げられる温度や効果範囲が変わる。
雪国では火を使わずに周囲を温められるため、重宝される魔法である。暖房くらいにしか使い道がない、不遇魔法。