50話 原初の聖剣……剣?
前回のあらすじ
・ジルディアスとクーランがポイズンスネーク狩りを行う
・クーランの【自由】に関する思考を、ジルディアスが否定する
・翡翠の祠の方角から、地揺れが発生した
すさまじい地揺れの直後、俺たちは先ほどの言い争いを忘れ、翡翠の祠の方へと走り出していた。本能が、すさまじい強敵の気配を察していたのだ。
「てめえは帰ってろよ、チャレンジャー!」
「それは俺の台詞だ、雑魚が!」
「なんだと……!」
黒馬を操り、全力疾走で翡翠の方へ向かうクーランに、魔法で身体強化を施したジルディアスが走ってついて行く。地形の影響を受けないようにするため、ウィンドステップを一歩ごとに使っているようだ。
『ってか、喧嘩してる暇じゃねえだろ……! 何か、やべえのがいる!』
「何だ……?!」
俺の絶叫にも似た声に、つられて顔を上げ、ジルディアスはその表情をひきつらせた。
爆風でなぎ倒された草葉。生い茂る草の青臭い香りの漂う草原の空。そこに、あまりにも美しい怪物がいた。
純白の翼。昆虫のような、鋭く節の付いた腕。馬にさらに筋肉をつけたし、鋼のような硬質な皮膚を付けた下半身。さらりと流れた白の長い髪は美しく、そして、整った顔は中性で、男性的な力強さと彫の深さに加え、女性のようにたおやかで美しい曲線美がその美しさを際立たせていた。どんな画家でも、美術師でも描けないようなスッと引き締まった唇は血色がなく、瞳は宇宙のような、複雑な光の反射をしている。
確実に、人ではない。
されども、本能が、その怪物を美しいと誤認していた。
「ふはは、なんだアレは」
思わず乾いた笑い声をあげるジルディアス。その額には冷や汗が流れており、声は恐怖にふるえていた。
「……何だ、あれ……」
ただ、茫然と空を見上げるクーラン。気が付けば、馬もジルディアスも足を止めていた。
クーランは体の震えが止まらない。右手に握られた長槍が、小刻みに震えて向けるべき方向を見失う。
それは、明らかに強敵であった。クーランはおろか、ジルディアスでさえも、まともに戦えるかどうかわからないほど、圧倒的な存在であった。
その存在は、翼をはためかせ、地面に降り立つ。そして、ようやく地面を見て、翡翠の祠の存在を認識した。
透き通った翡翠でできた、祠。大きさは高さ2メートルほどの小さな祠で、黒く塗りつぶされたガラスは砕け散り、大きな錠前も今まで祠をまいて封じていたであろう鎖も、破壊されて地面に転がっていた。
そして、地面には、赤色の水溜りと何かの塊。塊には黒色の布が巻き付いており、血だまりの中央から少し外れた場所に、二重丸のエンブレムが沈んでいた。
そこまでみて、俺の脳裏に旅立ちの直後、ジルディアスが瞬殺していた神殿の暗殺部隊を思い出す。たしか、あの時のジルディアスも同じエンブレムを見て神殿の人間だと判断していた。
__ああ、そうか、あれは、人間だったのか……?
転がっている肉塊が、かつては人間だったということに気が付き、俺は小さく悲鳴を上げた。あの時声を上げた人間は、もうすでに死んでいたのだ。
風向きが変わり、鉄臭いにおいがあたりに漂う。ジルディアスは盛大に舌打ちをして、吐き捨てるように言った。
「クソ、アレが原初の聖剣か……!!」
『えっ、剣?』
「貴様も姿を変えられるだろうが!!」
そう言えば、そうか。変形スキルで俺も弓になれるもんな。……って待てよおい、聖剣って、あそこまで自由に変形できんの?!
その怪物……原初の聖剣の質感は、鉄や金属のそれではない箇所も多い。特に、翼や人間の頭のあたりは見るだけでは本物のソレにしか見えない。
なるほど、変形スキルのレベルを上げれば、人間にはなれそうだ。一つ問題があるとすれば、今俺もジルディアスも原初の聖剣にブチ殺されそうなことなんだけどな!!
翡翠の祠に降り立った原初の聖剣は、首をかしげて俺たちに問いかける。
『誰だい?』
『し、しゃべった!』
えっ、あれしゃべんの?! ってか、しゃべれるの?!
思わず声を上げた俺に、ジルディアスは首をかしげる。
「……何を言っている? 俺には、単語が聞き取れなかったのだが……?」
『えっ、声は聞こえてんの?』
「ああ、そうだな」
小さく頷くジルディアス。
一応俺は、ヘルプ機能の影響で全言語の聞き取りが可能になっている。だから、原初の聖剣の言葉が聞き取れたのだろうか?
「待てよチャレンジャー! いきなりぶつぶつ言いだして、何が起きたか全くわけわかんねえよ!!」
『あ、ヤベ』
小さく声を上げる俺。ジルディアスは面倒くさそうに眉を下げた。
「説明は省くが、今すぐ村に連絡しに行け。逃げろ、とにかく遠くへ」
「んなことわかってら……いや待て、お前は何をするつもりだ?!」
「戦う。こいつはここで殺さねば、人間を……いや、人族を皆殺しにするだろう。俺の領地も犠牲になりかねん」
ジルディアスはそう言うと、背中の両手剣を抜きはらう。え、マジ?
吹き抜ける風に、純白の羽根がひらりと混ざった。
きょとんとした表情を浮かべていた原初の聖剣だが、武器を抜いたジルディアスを見て翡翠の祠から地面に降り立った。
『君も人間かな? じゃあ、殺さなくちゃね』
『うわ、あっちもやる気だ』
「ほう、そうか。ちなみに何と言っていた?」
『人間だったら殺さなきゃね、みたいなこと言ってた。お前マジで人間に見られてなかったみたいだな』
「よし、くたばれ魔剣」
『酷ぇ!!』
ポケットの中から俺を取り出したジルディアスは、容赦なく俺を砕くと、剣を構える。地面に投げ捨てずにポケットに戻したことは評価する。でももう少し丁重に扱っても良くない?
「原初の聖剣は人族に敵対する。早く行け、雑魚。逃げれるだけ逃げろ。さもなくば子孫を見守ることもできず死ぬぞ」
「いや……でも、無謀だ!」
「無謀だからどうした。いずれにせよ、俺のものに被害が出るなら、ここで殺すだけだ」
ジルディアスははっきりと言い切ると、原初の聖剣と対面し、ひきつった笑みを浮かべる。こんな時まで笑えるのは、大物なのか慢心なのか。吹き抜ける風にジルディアスの銀髪が揺れた。
『君は……なるほど、可能性を持っているんだね。でも、いいや。人族を滅ぼした後、魔王を消して、神を__ああ、そうだ。神はもういないんだ』
原初の聖剣は、少しだけさみしそうにそう言った後、ばさりと翼を広げ、ジルディアスにその宇宙のような複雑な輝きを持った瞳を向ける。ひりつく殺意が、あたりを包み込んだ。
その瞬間、俺は慌ててヘルプ機能を使った。
原初の聖剣【ウィルド】 Lv.120
種族:__ 性別:なし 年齢:(読み込めませんでした)
HP:10610/9940 MP:5605/5005
STR:1281 DEX:821 INT:1156 CON:782
スキル
神語魔法 Lv.10(MAX) 変形 Lv.10(MAX) 復活 Lv.1
(閲覧できませんでした)
『うわ、やべえ……!』
何だレベル120って?! っていうか、HPの最大値が一万を超えている……?!
後は変形のレベルであることと、神語魔法が最大値であること、俺も持っている復活のスキルも持っていることが分かった。だが、スキルはまだありそうだ。閲覧制限がかかっているせいで、全然よく見えない。
取り合えず、俺はジルディアスにステータスを教える。乾いた笑い声をあげた後、さらに俺に質問した。
「スキルはどうだ?」
『復活持ってる。あと、神語魔法と変形のレベルが最大値。他は見れなかったけど、多分他にもスキルを持ってる』
「そうか……不味いな」
ジルディアスの口から、弱音が漏れる。えっ、これマジか? 割と世界の危機だったりしない? 天上天下唯我独尊、我田引水を地で行くジルディアスが言うこととはとてもではないが思えない。
「……さっさと直れ。貴様で復活スキルを使っても治れなくなる範囲を調べてくれる……!」
『やべっ、声に出てた!!』
額に青筋を浮かべるジルディアス。いやだ、流石に死にたくない!!
そんな半ば仲間割れのようなことをしている俺たちに、美しい形状の唇が、たおやかに開かれる。
『世界に害を与えるものを、滅ぼす。それが、僕の__原初の聖剣、【ウィルド】の役目。ごめんね、君には滅んでもらう』
「何を言っているかはわからん。だが、一応名乗っておこう。俺は第4の聖剣の勇者、ジルディアス=R=フロライトだ」
互いに言語が異なるのか、言葉は通じていない。されども、意志は通じているようだった。
名乗りを上げた二人は、一瞬にらみ合い__そして、動いた。
先手を奪取したのは、ジルディアスであった。
格上である原初の聖剣__ウィルドを確実に倒すため、地面を踏み込んで間合いを詰める。そして、ロングソードを横なぎにふるう。
風を薙ぐ音が響く、次の瞬間、ウィルドは節足の腕で振るわれたロングソードを受け止めた。
がきん、と金属同士がぶつかり合うような音が響く。
ジルディアスは即座に後方へ跳躍。次の瞬間、ジルディアスが立っていた大地が数センチ抉れた。
頬を、冷や汗が伝う。
原初の聖剣ウィルドがしたのは、ただ、ロングソードを受け止めた腕を軽く伸ばすという、たったそれだけの行為だ。そこに攻撃の意図はなく、本当に少し、軽く、伸ばしただけなのだ。
節足の腕が、不気味にうごめく。それでも、何故だかグロテスクには感じられない。
『精霊よ、火を ここに』
『ジルディアス、火だ!!』
ウィルドの言葉を聞き、俺は反射的に叫んでいた。
ジルディアスは一瞬目を丸くしたが、即座に剣を握る手に力を籠め、呪文を詠唱する。
「【ウォーターシールド】!」
水の盾が原初の聖剣とジルディアスを隔て、そして、次の瞬間、水の盾の向こうが赤で染まった。血の赤ではない。炎の、揺れ立つ輝きの赤だ。
炎に炙られた水の盾は、即座にぼこぼこと沸騰を始める。
「なっ……?!」
『足りてねえ!』
「そんなことはわかっている!! 水魔法第5位【ウォータージャベリン】!」
水の盾が蒸発しきるよりも先に、ジルディアスは即座に水の槍を展開した。
そして、それを水の盾に向かって射出する。
質量を抱いた水の槍は、水の盾を冷却する。しかし、それだけでは終わらない。巧みな魔力操作によって、ウォーターシールドを通過したジャベリンは、盾の向こうの炎へと降り注ぐ。
次の瞬間、あたりは真っ白な水蒸気に包まれた。
困惑して炎を消すウィルド。その隙を、ジルディアスは見逃さない。即座にウィンドステップを行使し、空気を蹴り飛ばす。
「死ね……!」
大剣を振りかぶったまま突撃するジルディアスの接近に、一拍遅れて気が付いたウィルド。腕で庇うには、遅すぎた。
ガキン!
固いものが砕ける音が、草原に響いた。
砕けたものは、2つだ。
一つは、ジルディアスの大剣。もう一つは、ウィルドの左腕の上節である。
「クソ!」
ジルディアスは小さく悪態をつきながら、壊れた大剣をウィルドの右手の振り下ろしの盾に使い、また距離をとった。
ウィルドの身体は、異常な硬度を持ち合わせていた。よくよく考えれば、当たり前なのだ。何せ、ウィルドは原初の聖剣である。つまり、元の姿は剣。材料に神の背骨が使われているらしいが、多分金属だろう。
しかし、剣を一本失っても、ジルディアスはかすかに笑みを浮かべた。
「ふは、魔剣、どうやらアレは、武器であるらしいな……!」
『は? 当たり前だろ! だって、原初の聖剣だろ?!』
当然のことを言い出すジルディアスに、俺は思わずそう怒鳴り返す。そうこうしているうちに、肉薄してきたウィルドが、右腕を振りかぶっていた。
やべえ、早く逃げろ!
そう思った俺だが、何と、ジルディアスは振り下ろされた右腕を、両腕で捕まえて見せた。
『?!』
驚きで目を丸くするウィルド。ウィルドの動揺の表情に、ジルディアスは凶悪な笑みを浮かべ、呪文を詠唱しながら拳を握り締めた。
「火魔法第2位【ファイアエンチャント】」
呪文が完結すると同時に、黒色の炎がジルディアスの右拳を包んだ。
高温の炎をまとった拳が、ウィルドの整った横っ面を撃ち抜く。
冗談のように吹っ飛ぶ原初の聖剣。顔面の左半分に致命的な火傷を負い、ウィルドは小さく苦痛の声を上げた。
喉の奥から乾いた笑い声をあげ、ジルディアスは言う。
「武器ならば、俺のオリジナルアビリティの【武器の破壊者】の効果の範囲内だ……!」
『あっ、そう言えば、お前、そんなアビリティ持ってたな!!』
思わず納得の声を上げる。
ジルディアスの強さの源であり、こいつがよく俺を破壊する理由。それは、武器を破壊することで己のステータスに破壊した武器の攻撃力を己に加算することができる、という、アビリティを持っているからに他ならない。
原初の聖剣であるウィルド……つまり、武器であるウィルドを破損すれば、彼の持つ攻撃力を、己に加算できるのだ。
ついでに、武器の破壊が容易になるという利点もあるため、レベル差があろうと、格の差があろうとも、彼ならば、可能性があった。勝てる、可能性が。
「勝機はゼロではなくなったな……!」
『つっても、当たれば死ぬから、気をつけろよ?!』
「当たり前だ、駄剣!」
『お前、嫌味をつけなきゃ返事できないのかよ?!』
見える一筋の希望。
俺たちは、ソレに縋ることしかできない。いや、縋らねば、ならない。
原初の聖剣【ウィルド】……つまるところ、STO二部のラスボス兼レイドボスとの戦いは、まだ始まったばかりだった。
【武器の破壊者 (ウェポンブレイカー)について】
武器の破壊が容易になり、破壊した武器の攻撃力を己の攻撃力に加算できるオリジナルスキル。ジルディアスが所有している。
敵の武器を破壊し、攻撃力を下げると同時に、己の攻撃力は上がっていくというクソ仕様。バフの継続時間は、戦闘が終わるまで。戦闘外の場合は、30分間効果が持続する。裏ボスだからしょうがないね。
クソ強理不尽オリジナルスキルだが、一応欠点がないわけではない。
一つは、武器を持っていない敵にはさほど意味がないこと。野生動物や多くの魔物は武器を持っていないため、対人にはめっぽう強いが、対魔物では武器破壊の恩恵を得ることができない。
もう一つは、【武器の破壊者】は自分が所有している武器にも適用されるということである。ジルディアスがポンポン自分の武器を壊してしまっているのは、そのせい。
とはいえ、金さえ積めば無限に火力を増強できるため、ジルディアスの戦闘スタイルにはあっている。武器代はとことんかかることになるが。
……逆に言うと、主人公と敵対するという運命を抱いているがためのオリジナルスキルともいえる。このオリジナルスキルは、あまりに対勇者への適応が過ぎていた。