48話 チーズたくさん
前回のあらすじ
・クーラン「俺はメルヒェインの戦士。そのうち勇者にでもなる英雄だ!」
・ジルディアス「くたばれ羽虫が」
・恩田「ジルディアスのばーかばーか!!」
村を探索した後、日も暮れ、俺たちは隊商のある場所に戻った。
シップロ達はずいぶんもうけられたのか、隊商の臨時店舗をたたみながらも楽しそうに談笑していた。
「勇者様、お帰りなさい」
「ずいぶん儲かったようだな」
「はい、おかげさまで。特に砂糖と蜂蜜の売れ行きは大変良かったです。勇者様はエールとワイン、どちらをお飲みになりますか?」
シップロは満足そうにニコニコと笑顔を浮かべ、そう言う。よっぽど満足のいく結果だったのだろう。確かに、後ろの金庫代わりの馬車車両には、置き場に困ったのか重たそうな麻布の袋が隠すようにしておかれていた。持ってきていた金庫はすでにいっぱいにいなってしまったのだろう。
隊商の男たちは、細いうどんのような麺の入ったスープをすすりながら、今日の成果を笑顔で話し、そして、エールを飲んでいた。スープは牛の骨からとっているらしく、牛のうまみと塩気がきいたスープにはカリカリに焼かれたチーズと新鮮な葉野菜がいれられている。美味そう。
「ワインで頼む。そう言えば、オーリンを名乗るものは来たか?」
「ええ、夕方ごろお越しになりましたね。ジルディアス様にかけ事の商品をとこの木箱を置いて行かれました」
「……木箱?」
首をかしげるジルディアスに、白ワインを飲んで少しばかり顔を赤らめているシップロが、馬車の近くを指さす。
そこには、普通の人なら二人がかりで運ぶような大きな木箱が3つ置かれていた。木箱には、牛の尻尾のハンコが押されており、おそらく、これがオーリンの乳製品工場のエンブレムなのだろう。
ジルディアスは深くため息をついてから、頭を抱える。そして、再度長く息を吐いて、そっと木箱に手を伸ばした。
蓋を開けると、中には一抱えもあるようなチーズがごろごろと入っている。
『10年分くらいのチーズありそう。ウケる』
「……くそ、商品詳細くらい聞いておくべきだったか」
ジルディアスは盛大に舌打ちをして、こめかみを片手で押さえた。半年もったとしても、こんな量のチーズはとてもじゃないが消費しきれない。ついでに、チーズも木箱も有機物であるため、指輪の倉庫には入らない。
『どうするつもり? 残念だけど、俺は口がないから食えるもんも食えないし』
「……シップロに売る。食品を取り扱っているなら、チーズも買い取ってもらえる……はずだ。無理なら酒場にくれてやればいいだろう」
肩をすくめてそう言うジルディアス。だがしかし、シップロは申し訳なさそうに首を横に振った。
「えーっと……勇者様、申し訳ありません。今日の取引で十分な量の乳製品が手に入っていまして……」
「……処理するために金が要るなら支払う」
「いえ、荷馬車に空きがありません」
「そうか……」
マジで商売が好調だったらしい。金品すらもあふれるほどに取引ができたのだ。商品はかさがある分もっと大量になっていることだろう。となると、酒場でふるまう方向かな?
ジルディアスは面倒くさそうに深く息を吐いてから、比較的小さめのチーズを木箱から取り出し、料理用のナイフで半分に切る。そして、それをシップロに手渡した。
「ただ酒場に渡すのも癪だ。食えるだけ食うぞ」
「ほう、いいのですか?! オーリン殿の乳加工品は気に入った者にしか卸されない高級品ですぞ?」
「その高級品を買わないといったのはどこのどいつだ?」
「私ですね。輸送コストを考えると、せっかくの高級品ですのに収益が一般品程度になってしまうのは、あまりにももったいなさすぎる」
「だから買わないと。根っからの商人だな」
「ええ。ですので、今回は勉強とさせてもらいます」
ニコニコと笑んで言うシップロに、嫌味半分、呆れ半分でそう言ったジルディアス。どうやら、商人としてのプライドが高級品でまともな利益を出せないことを許せないらしい。
収益は確定するほどの高級品であるらしいというのに、随分なことだ。俺は少しだけシップロに感心した。そっか、輸送コストでダメなのか。
肩を落とし、ジルディアスはナイフを手に取る。そして、チーズを薄く切って口の中に放り込んだ。
数度咀嚼し、飲み下す。見上げれば、ジルディアスの眉間からしわが消えていた。結構うまかったらしい。
「ワインをよこせ。あるなら赤がいい」
「もちろんございます!」
どうやら、ここから彼の晩酌が始まるらしい。
空に浮かぶ輝く月が、商人たちの宴を優しく照らしていた。
翌朝。完全に二日酔いの商人たちは、グロッキーな表情を水で引き締めながら、2日目の商売を始める。とはいえ、主だった商品は大体売りとばしてしまった後であるため、今日は道中で作った工芸品の類が中心であるらしい。
きのうの宴会の日は残念ながら護衛当番だったらしいレオンは、てきぱきと仕事をしていた。酔っぱらっているときか、二日酔いのところしか見ていなかったが、こう見るとレオン中団長は仕事ができるほうなのだろう。
ジルディアスは溶き卵の入ったチキンスープを飲みながら、頭を押さえている。どうやら彼は二日酔いらしい。……チキンスープの中に溶き卵が入っているってことは、実質親子丼? どんぶりじゃねえけど。
家畜の数的に実際血縁関係にある可能性もゼロではない親子スープをゆっくりと飲み干しながら、ジルディアスは深く息を吐く。
「とりあえず今日は、近場の魔物でも狩るか……何もしないと体が鈍る」
『ふーん。ついでにチーズを酒場に渡して来ねえとだな。保存食にはどれくらい持っていくつもりだ?』
「……正直、半ホールもあれば十分だろう。あれだけ大きいと、切って小分けしたほうが持ち運びやすそうだな」
チキンスープの中に入った小麦粉の麺を飲み込みながら、ジルディアスは言う。使っている小麦粉の種類が違うのか、麺はラーメンのようなつるりとした感じではなく、もっとぼそぼそと途中で切れてしまうようだ。
隊商の木桶を借り、水を作って顔を洗う。そのころには大分二日酔いもマシになってきたのか、彼も調子を戻してきた。
「シップロに聞いたが、ここいらの魔物で一番害になっているものは、ポイズンスネークであるらしい。魔石も皮も高く売れる」
『肉は?』
「……ポイズンスネークは毒蛇だぞ?」
『なんだ、食えないのか』
あきれたように言うジルディアス。何でそんな可哀そうなものを見る目で見るんだ。ちょっと気になっただけじゃんか
「シップロが趣味で革細工をしているらしくてな。ポイズンスネークを買ったら皮を高く買い取ると言っていた」
『そりゃいいな。てか、趣味で革細工なんてしてんだ、あの人』
シップロ、何気にたれ作っていたり、シチュー作っていたりしたよな。多趣味なのか、単純に手先が器用なのか。
身支度を整えるついでに簡単な朝食を済ませ、装備の確認をする。荷物を置いていける拠点があるのはまあまあ便利だ。
商人たちが今日の商売を始めるとほぼ同時に、ジルディアスもまた、村の外へ繰り出していった。
平原は、吹き抜ける風で草が波打つように揺れている。
ヘルプによると、ポイズンスネークは全長2メートルを軽く超す大蛇であるという。平均レベルは25。第二エリアなら妥当なレベル帯だろう。
注意すべきなのは牙の毒、そして、尻尾である。ポイズンスネークは魔物として進化した蛇であるため、その尻尾にはまるで槍の穂先のように凶悪な鋭さを持った特殊な鱗がある。切り裂く尻尾は簡単に肉を切り裂くため、頭ばかりに気を取られ、首をスパンと切られるという初心者冒険者が後を絶たない。
だがしかし、ポイズンスネークの特殊な鱗、切尾鱗はきちんと処理さえすれば金属いらずの武器となるため、金属と相性の悪い魔法を使う魔法使いたちには好まれている。あとは金属アレルギーの人とか。
危険ではあるが、それと同時にリターンも魅力的。だからこそ、ジルディアスもポイズンスネークを狩りの獲物に決めたのだ。
「さて……このあたりの草むらで、先日羊がポイズンスネークに丸のみにされたらしい」
『羊を丸のみ? おっかねえな』
地球で例えると、毒を持ったアナコンダの尻尾にナイフを括り付けたような感じだろうか? あれ? 普通に危なくね?
ともかく、家畜に被害が出ているならまごうことなき駆除対象だろう。指輪から金属製のロッドを取り出したジルディアスは、呪文を詠唱しようとして……そして、その動きを止めた。
「おい、誰だ!」
不愉快そうに眉をしかめ、そう怒鳴るジルディアス。すると、近くの草むらから、のそりと馬が現れた。
『うぉわっ?!』
「!」
間抜けな声を上げる俺と、思わず目を丸くするジルディアス。まるで夜空を切り取ったようにしっとりとした黒色の毛の馬に乗っていたのは、つい昨日見た男である。
「……? こんなところで何をやっているんだ、チャレンジャー」
そう質問するのは、つややかな金髪を輝かせる青年、クーランであった。
馬上から声をかけられ、ジルディアスは不愉快そうに表情を歪めながらも、吐き捨てるように言う。
「ポイズンスネークを探そうとしたら、射線上にお前がいた」
「射線上? 何だ、近くにポイズンスネークがいるのか?」
「いや、邪魔な草を払うための魔法の射線上だ」
ロッドを片手に、そう言うジルディアス。ウィンドカッターは風魔法の最下級の魔法だが、それでも攻撃魔法の一種である。範囲内に人がいるところで使うべきではないだろう。
クーランとその馬を範囲外にし、ジルディアスは魔法を行使する。
「風魔法第一位【ウィンドカッター】」
一陣の風と共に、草で覆われていた視界が晴れていく。その様を見ていたクーランは、再度首を傾げた。
「……何でそんな魔力の無駄になるようなことをするんだ? 馬に乗っていれば、上から探索できるだろう?」
「俺が今馬を持っているように見えるか?」
『おいコラ、言い方言い方』
ナチュラルに煽るような言葉を吐くジルディアスに、俺は思わず口を挟む。しかし、クーランは懐が広いのか、からからと笑って流した。
「そっか、悪かったな! お前さんもポイズンスネーク狩りをするつもりだったとは思ってもいなくってさ!」
どうやら、クーランもポイズンスネークを狙っていたらしい。それもそうか、村の家畜が襲われたんだもんな。自称村一番の戦士らしいし、死なない程度に頑張ってほしい。
そんなことを考えながらも、ジルディアスとクーランは目的が合致したため、二人でポイズンスネークを討伐することに決めたらしい。平均レベル25の敵に対して81Lvの勇者と56Lvのクーラン。ちょっとオーバーキルにもほどがない?
かすかにポイズンスネークに同情する俺をよそに、二人の狩りは始まった。