47話 腕相撲って万国共通らしいね
前回のあらすじ
・店主「近くに神殿はないよ。あと、隣国から勇者がこっちに来るって」
・ジルディアス「そうか」
・酔っぱらい「こいつも腕相撲するって!!」
酔っぱらいに絡まれ、強制的に腕相撲大会に参加させられることになったジルディアス。大変機嫌が悪くて、人死にが起きないか不安で仕方がない。
ジルディアスは口元に笑みを浮かべているが、その額には青筋が浮かんでいる。ガチギレしてんじゃん、こわ。
全く笑っていない笑い顔を浮かべたジルディアスは、無駄に優しい声で酔っぱらいのおっさんに言う。
「何の用だ?」
「クーラン! チャレンジャーだ! 旅人の兄ちゃん!」
「……」
話をまるで聞く気のないおっさんに、ジルディアスはピキリと怒りに額の青筋を引きつらせる。やばいやばいやばい。
おっさんにクーランと呼ばれていたのは、輝くような金髪の引き締まった肉体の若者。大ジョッキに入ったエールを一息に飲み干し、いい笑顔を浮かべる好青年は、酒場に入り浸るおっさんたちと談笑していた。
「おっ、チャレンジャーだって? ……えっ、マジでこいつチャレンジャー? 雰囲気的にリベンジャーって感じなんだけど……?」
『確かに』
「くたばれ魔剣」
『ひどくね?!』
困惑するクーランの言葉に同意した俺は、容赦なく砕かれる。ポケットの中で見えないように砕かれたため、周囲には何が起きたか全く理解できなかっただろう。
復活スキルを行使して、原状復帰してから、俺は小さくため息をつく。青年クーランは怒りの雰囲気をまとうジルディアスに困惑しているようだ。
「……こいつに連れてこられただけだ。やる気はない」
「あー……なるほど。悪かったな、オーリンのおっさんだろ」
「えー、やんないのー?」
酔っぱらいは何が面白いのか、ゲラゲラと笑いながらジルディアスに言う。クーランは小さくため息をついてから、おっさん、オーリンの頭をはたく。頭をはたかれたおっさんは、それでも大爆笑していた。
「どうする? 一戦するか? 勝ったら商品あるっちゃあるけど」
「酒ならいらん」
「いや、商品は酒じゃなくて、オーリンのおっさんの工房が作っているチーズだ」
「……日持ちは?」
「旅人にも人気だな。保存方法にさえ気を使っていれば、半年は持つぞ」
「む……」
へえ、チーズって結構長持ちするんだな。あまり料理をしていなかったため、この保存性が異世界産の特別性だからなのか、それともチーズだったら普通なのかよくわからないが。
ジルディアスは一瞬悩みそうになったが、すぐに結論を下した。
「後で購入させてもらう。別にわざわざ腕相撲をする理由がないな」
『ああ、そっか、そう言えばお前、金持ちだったな』
公爵家長男だったジルディアスは、個人資産を持って旅に出ている。ヒルドラインでアルガダ子爵に白金貨を投げられるくらいには金持ちなのだ。チーズくらい購入できる。
そう言ったジルディアスに、クーランは小首をかしげて問いかける。
「なんだ、お前、商人か? 別に戦士じゃないなら怪我をさせても悪いし、俺だってしたくはないな」
「……ほう?」
体が資本だもんな、と付け加えるクーラン。その言葉に、ぴきり、と、ジルディアスの表情が固まる。
クーランに悪気はないのだろう。それでも、ナチュラルにジルディアスを煽っていた。小さく舌打ちをしたジルディアスは、腕の装身具を外す。金属製の装身具はしゃらりと音を立てて酒場の樽机に零れ落ちた。
「……そこまで言われば、やるほかないだろうな。ああ、怖いなら引いていいぞ?」
「えっ、やるのか?」
「いいからさっさと手を出せ」
悪意のないクーランの挑発に乗る形で、ジルディアスは腕相撲の席に着いた。
新たな挑戦者に、周囲の男たちは沸き立つ。
「クーランに銀貨一枚!」
「挑戦者に四分の一銀貨!」
「クーランだろ!」
「大穴もあるんじゃねえか……?」
始まるかけ事。どっと盛りあがり、次第に外で遊んでいた子供たちや、糸紬をしていた女性たちもジルディアスとクーランに注目し始めた。
集まってきたオーディエンスに、煩わしいという思いを抱くジルディアスと、注目されて楽しくなってきたクーラン。対照的な二人の表情に、眩しい平原の日差しが降り注ぐ。
「俺はメルヒェインの戦士、クーラン。そのうち勇者にでもなる英雄だ!」
『え、アレが自己紹介? 自尊心桁あふれしてない?』
「ふっ……止めろ、今笑わせるな魔剣」
イケメンスマイルを浮かべ、高らかにそう宣言するクーラン。笑い声を噛み殺して、ジルディアスもまた名乗りを上げる。
「俺は第四の聖剣の勇者、ジルディアス=R=フロライトだ。そうだな、俺が負けたら金貨5枚を酒場にくれてやろう。好きに飲め」
「はは、それを聞いたら、負けるわけにはいかなくなったな!」
からっとした笑顔を浮かべるクーラン。うわ、眩しい。その眩しさを一割でもジルディアスに移植したら、こいつも多少はマシになるかもしれないのに。
ともかく、双方の名乗り上げ、観客たちの興奮は最高潮である。
そんな中で、クーランもまた、戦いの席に着いた。
クーランが先に右手を差し出し、リング代わりの酒樽に右ひじを付けた。
「ルールは右手の甲が完全に樽に着いたら負けだ。それでいいな?」
「ああ、構わん。さっさと終わらせるぞ」
ジルディアスはそう言うと、クーラン同様に右ひじを酒樽につけ、そして、相手の手を握る。身長差のせいで、若干クーランの方が手が大きいらしい。互いに戦士として武器を取り扱うためか、手の皮は厚く固く、まるで樫の木の皮を張り付けたかのようであった。
「……貴様の得物は槍か何かか?」
「おお、よくわかったな! 俺はロングランスを使っていてな。乗馬はメルヒェインで1番だぜ!」
「ふかすなよ、クーラン!」
「おととい酔っぱらって馬で村長の家に突っ込んだのはどこのどいつだー?」
「黙ってろおっさんたち!」
結構なことをしているらしいな、こいつ。この場合可哀そうなのは、突っ込まれた村長なのか、クーランに操られていた馬なのか。
無邪気な笑顔で、クーランはジルディアスに言う。
「勇者ってことは、アンタの武器は聖剣だろう? 後で見せてくれよ!」
「……ああ、まあ、武器と言うか……一応武器か?」
『もしかしなくとも、凄く失礼なことを言っていないか?』
言葉を濁すジルディアス。確かに今の俺はへし折れてるけど、その扱いは流石にひどくね?
にらみ合った二人の間に、酒場の店主が立つ。どうやらレフリーをするらしい。こんなクソ忙しそうな中、わざわざやってくれるのはうれしいが、何で若干ノリノリなんだ。
「位置について……」
『あ、これ、マジでやる流れなんだ』
「黙って居ろ魔剣」
ぴしゃりというジルディアス。その声には怒りとともに若干の愉悦が混ざっている。……待て、何か引っ掛かる。
俺は、クーランに対してヘルプ機能を使った。
【クーラン・アイルゼン・メルヒェイン】 Lv.56
種族:人間 性別:男 年齢:18歳
HP:370 MP:260
STR:400 DEX:280 INT:268 CON:360
スキル
騎芸 Lv.10(MAX) 槍術 Lv.7 レンジャー技能 Lv.6
火魔法 Lv.5 風魔法 Lv.6
普通に強いじゃん、でも、これだと普通にジルディアスには勝てないよな……? あいつ、確かレベル71だった気がするし。
「用意!」
酒場の主人の声が響く。クーランはニッと笑んで、ジルディアスに言う。
「なあ、知っているか? 腕相撲は筋力じゃねえ。__技術だ」
「……勝手に言っていろ」
不敵な笑みをクーランに帰し、そう言うジルディアス。油断しているようにすら見えるが、それでもまだ何か引っかかる。なんでだ? 何で俺はクーランに同情しかけてんだ?
俺は何を忘れている? 何でこんなにこのクズをぶん殴りたい衝動に駆られているのだ?
俺のその疑問は、酒場の主人の声が響き渡ると同時に解消された。
「ファイト!!」
「くたばれ羽虫が」
「……は?」
ジルディアスの短い言葉。その直後、腕相撲のリングになっていた酒樽が砕け散った。
痛みでひきつった表情を浮かべるクーラン。魔王スマイルを浮かべるジルディアス。そして、怒鳴る俺。
『おまっ、俺へし折ってステータスアップした状態で腕相撲しやがったな!!!』
「気が付くのが遅いぞ、魔剣。……何故そいつに光魔法をかける?」
『あったり前だろバーカ、バーカ!!』
砕け散った酒樽の輪金具が、静まり返った観客たちの間を空しく転がっていく。
驚いた表情で茫然と右腕を抑えるクーランにヒールを投げながら、俺はひたすらジルディアスに怒鳴る。ステータスアップさえしていれば、ドラゴンを小細工なしの魔法ひとつでオーバーキルできる男である。そんな野郎が腕相撲などをしたらどうなるか。
結果がこのザマだよバーカ!!
ヒールで何とか回復が間に合ったのか、クーランは自分の右手を見てぱちくりと瞬きを繰り返す。早めに気が付けたおかげで出血が起きるよりも先に治すことができて幸いである。血とか見たくないし。
審判の店主さえも茫然としているうちに、悪役面をかき消す気もなく、ジルディアスは腕の装身具をテーブルから拾い上げ、つけなおす。
「さて、約束のものはスイートビー商会のシップロに渡しておけ。治療費として金貨でも支払ってやろうかと思っていたが、どこかの馬鹿が勝手に治したようだからなァ?」
ジルディアスはそう言うと、ニタリと笑んで、まだ現状が把握しきれていないクーランを見下す。クーランはただ茫然と、少なからず、すでに今まで飲んでいた酒の酔いはとっくにさめたような面で、ジルディアスを見上げることしかできない。
『はー、マジかー?! 金貨5枚払うって、この煽りのための伏線だったの?! ほんとお前、無駄に手の込んだクズだよな!』
「いい加減にしろよ、駄剣が」
『いって、暴力反対!』
容赦なく俺を片手で砕くジルディアス。
ともかく、空気は凍り付いたものの、結果的には怪我人も出ず、この場は収まった。