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46話 肉と腕相撲

前回のあらすじ

・ジルディアス「これにするか」

・恩田「いいんじゃない?」

・黒服「一般人に取り押さえられた」

 あまりにもあっさりと取り押さえられた神殿暗部たちをよそに、俺たちはメルヒェインの探索を続ける。

 先ほどの騒動の通り、遊牧民の男たちは屈強な人が多い。よくよく考えれば、毎日毎日外を歩いて、魔物から家畜を守っているのだ。自然とレベルが上がって強くなってもおかしくはないだろう。


 馬鹿みたいに大量の荷運びをする商人を横目に、ジルディアスは歩いていく。手伝うという発想がまるでないあたり、本当にこいつは勇者らしくない。ああ、商人のおっさんがこけた。


 とりあえず怪我をしたらしい足にヒールを投げておく。ずっと痛いよりかははるかにマシだろう。あと、大人の転倒は骨折の可能性出てくるしな。


 転んだ商人は自分が怪我をしていないことに首を傾げ、慌てて地面にばらまかれた商品を拾い集め始める。そんな間の抜けた商品を指さし、子供たちが大笑いしていた。うわー、すがすがしいほどのクソガキたちだな。


「目がチカチカしてくるな……」

『ああ、テントで? 確かに大分毒々しい色だよなー』

「……貴様、エルフの森の得体の知れないキノコは食おうとしたくせに」

『いや、あれはあれで美味しそうだったけど、テントは食えねえだろ』


 慣れない村に、流石のジルディアスも少し疲れてきたらしい。目頭を親指で押しながら、深くため息をつく。


「テントもあの毒キノコも食えぬものに変わりないだろうが……。ともかく、魔剣。お前も神殿らしい建物を探せ」

『へいへい。つっても、どれもこれもカラフルでわかんねえよ』


 肩をすくめて言う俺に、ジルディアスは面倒くさそうに眉を下げる。

 忙しく歩き回る商人たちとは対照的に、村の男たちは退屈をしているのか、昼間から酒をあおったり、腕相撲をしていたりする。


『誰かに聞けば?』

「あの手の汗臭い男どもは好かん。だが、背に腹は代えられぬか……」


 心底いやそうな表情を浮かべるジルディアス。それでも、一応は聞いてくれるらしい。

 屋根だけを真っ赤な布が覆った、開けた仮設テントのようなその場所が酒場であるらしい。鼻を突く濃いアルコールの香りに混ざって、焼いたベーコンやウィンナーの香ばしい匂いがしていた。


 やかましい男たちの笑い声。どうやら、先ほどまで行われていた腕相撲大会の勝者が決まったらしい。薄いエールがあたりにこぼされ、勝者に乾杯する声が響いた。うわぁ、凄く筋肉。


 ジルディアスは面倒くさそうに眉をしかめ、そして、一つ舌打ちをしてから店に踏み入る。

 店主は濃いひげ面の赤髪男で、肌は外で活動するためか、浅黒い。そして、他の男たち同様、引き締まった肉体に鋼のような筋肉を身に着けていた。


「店主、腸詰肉と水を頼む」

「おう! 酒はいいのか?」

「いらない。ああ、あと、聞きたいことがあるのだが__」


 店主はジルディアスの注文を聞くなり、厨房に足を踏み入れると、金属製のフックにひっかけられていた腸詰肉を二つばかり、ナイフで切り離した。親指と人差し指をわっかにしてもギリギリ足りなそうな、大ぶりの腸詰肉である。


 コショウや香草などが一緒に練り込まれているらしい腸詰肉をグラグラと煮立った寸胴鍋にぶち込み、ついで透明なグラスを棚から一つ取り出すと、水瓶から水を注ぎこむ。

 そして、ジルディアスが立っていたカウンターの前に置いた。


「井戸が近くにできたから、水は無料(タダ)だ。何が聞きたいんだい?」

「この村に神殿、もしくはそれに準ずる役割のある場所があるかを聞きたい」

「ああ、悪いけど、メルヒェインは祖先神を信仰しているから、神殿はねえな。コント一族なら神殿っぽいものがあってもおかしくはねえんだが……コントの新しい長が海好きだから今は近くに来ていないだろうな」


 赤ひげ店主はそう言いながらも、大樽からエールをグラスにつぐ。昼間っから大盛況であるため、なかなか忙しいのだろう。

 店主の話を聞いたジルディアスは小さく肩をすくめると、小声でつぶやいた。


「なるほど……隣国を目指すほかないか」

『うえー、マジかよ』


 こいつの足で一週間かかるっていうなら、隊商について行ったら二週間以上かかってもおかしくない。別に、痛みがあるわけではない。それでも、本来あるべき箇所が無いという違和感はある。早く治れるなら治りたい。


 だがしかし、赤ひげ店主は次いで言葉を続けた。


「つっても、サーデリアから近々勇者様が来るってんで、神殿のお偉いさんが来てもおかしくはねえけどな」

「ふむ……?」


 サーデリアは、今目指している隣国である。そこからわざわざ勇者が来るのか。何か、ヤバい魔物でも沸いたのか?

 そう思った俺だったが、店主はぼそりと、「別にやべえ魔物が出たって話は聞かねえけど……」と続けたため、まったくもって理由がわからなくなった。


 特に気になることではなかったのか、ジルディアスは水を飲む。そして、かすかに眉をしかめた。


「……酒精が混じっているのだが?」

「ん? ああ、悪い。水はエールで消毒してんだ。下戸かあんちゃん」

「いや……別にそうではないが、昼間から酒を飲む趣味が無くてな」

「そうかそうか。ここに入り浸っている連中もあんちゃんを見習ってほしいぜ」


 カッカッと気前よく笑う店主。近くでその声を聴いていた男たちはきまり悪そうに目を逸らした。

 店主はグラグラと煮立った鍋から腸詰肉を取り出すと、軽くざるで水気を切り、そして、フライパンで焦げ目をつける。皮がパリッと焼けたところで木皿に盛り付け、葉野菜とマスタードを添える。


「待たせたな、旅人のあんちゃん。腸詰肉だ。ウチのは皮まで全部食えるぞ」

「そうか」


 最初にボイルしてしっかりと火が通され、表面はカリカリに焼かれた腸詰肉。店主からナイフとフォークを受け取ったジルディアスは、太い腸詰肉をナイフを使って輪切りにする。

 店主の言う通り、パリッと焼けた腸詰肉はナイフで簡単に切断できた。断面からジワリと肉汁とともに香草独特の香りが漂う。フォークを使って、ジルディアスは上品に腸詰肉を口に運んだ。


「……うまい」

「そうかそうか! 素直に言ってくれると嬉しいぜ! うちのおススメは骨付きソーセージだが、そっちはどうだい?」

「夕飯にそうさせてもらう。パンはあるか?」

「まいど!」


 元気よくそう言う店主。いいな、旨そう。

 パンは発酵させていないのか、平べったいナンに近い平焼きパンだった。他のテーブルを見ると、よく見る膨らんだパンも見るため、単純に注文次第なのだろう。


 平焼きパンに葉野菜と切った腸詰肉を挟み、マスタードをぬったそれに、ジルディアスはかぶりつく。相当ワイルドな食べ方だが、何故か彼がすると様になって見えた。イケメン無罪ってこういうことか。


「あんちゃん、いい食い方するな」

「……知り合いの食い方を真似ただけだ。確か、アイツはサーデリアの出身だったか」

「へえ、あんちゃんはどこから来たんだい?」

「フロライトだ」

「フロライトか。あっちの方の国、今ヤバいんだって?」


 エールを客のテーブルに置きながら、店主はそっと眉をしかめた。

 ジルディアスはマスタードをパンにたっぷりと塗りながら答える。


「ああ、今の王が暗愚だからな。下手に神殿本部があるのが悪化に拍車をかけているな」

「ばっさり言うねぇ!」

「割り当てられる税率が変貌すれば、他は内乱待ったなしだろう。フロライトは公爵公国として半ば独立しているから関係ないがな」


 腸詰肉からじわりと染み出る肉汁が、乾いたパンをたっぷりと濡らす。新鮮な葉野菜はシャキシャキとしており、食感のコントラストが美味そうだ。

 俺は政治の話はよくわからないが、ジルディアスも店主もここまで言うということは、あの国は相当ヤバいのだろう。ゲームの世界なのにそんなドロドロした話、聞きたくないんだけど


 一応自国である国をけなしきる気はないのか、言葉を切り、黙って食事をしだすジルディアス。

 そんな彼に、絡んでくるチャレンジャー……もとい、アホが現れた。


「よーう、兄ちゃん! 飲んでるー?」

「……見ての通り食事をしているが?」


 蛮勇と言うべきか、ただの馬鹿と言うべきか。

 先ほどまで腕相撲で盛り上がっていた男たちが、酒でハイテンションになったのか、ジルディアスにウザ絡みを始めたのだ。


『おい、お前。絶対殺すなよ? 相手は一般人だからな?!』

「貴様、俺を何だと思っているのだ。若干殺意は沸いたが、流石に殺すわけがないだろうが」

『ダメじゃんか』


 ダメだコイツ。おっさん、早く逃げてくれ。無駄に屈強そうだけど、流石に裏ボス相手は死ぬだろ。

 俺がそう思っても、おっさんは一切止まらない。店主に骨付きソーセージの追加注文をした後、おっさんはジルディアスを煽る。


「兄ちゃん細いねー、ちゃんと飯食ってる?」

『嘘だろおっさん、こいつが細いわけねえじゃん』

「サンフレイズ平原基準なのだろう。ここの連中の平均身長、二メートルを超えているらしいぞ?」

『たっか。もしかして、無駄にテントが大きいのって、そういうこと?』


 外のテント群は視界を優に隠せるほどの大きさである。対して、ジルディアスが持っているテントは、せいぜい高さは二メートルあるかないかと言ったくらいだ。とはいえ、寝る以外にテントを使うことがないため、さほど気になることなどなかったのだが。


 肩をすくめるジルディアスに、おっさんは謎の大笑いを響かせると、勝利の余韻でまだまだにぎやかな表の男たちに声をかける。


「おーい、こいつも参加するってよ!」

「……は?」

『へ? マジ?』


 新たな参戦者に沸き立つ野外席。表情を引きつらせるジルディアス。

 どうやら、腕相撲大会に巻き込まれたらしい。

【エールの酒精で水を消毒】

 結論から言うと、意味がない。滅茶苦茶簡単な話だが、度数の濃いアルコールを水に混ぜたところで、アルコールが薄くなるだけで殺菌作用などないのである。殺菌したいなら煮沸をした方がよっぽど早く安全である。

 それでも、科学の発展していないプレシスではそれを証明する手段はないため、エール水が流通している。魔法で作った水は大抵まずいから仕方ないね。


 ちなみに、エール水が飲料水レベルなのは、川がほとんどないサンフレイズ平原くらいであるため、一般の店でエール水が出るということに注意する必要はない。サンフレイズ平原で水を飲むには、井戸から水を汲み上げるか、水魔法の才能のある人間が水を魔法で作るくらいしか手段しかないのである。

 ちなみに、洗濯や食器洗いは魔法で作った水で十分であるため、生活に困るほどの水不足にはあまりならない。

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