43話 宴会と焼き鳥
前回のあらすじ
・ジルディアス「紅茶だ」
・シップロ「いくつか商品はいかがでしょうか?」
・ウィル「もっと俺にできたことはなかったのかな……」
日も暮れて、隊商と俺たちは野営をすることになった。
草原を貫くように伸びる道路の脇、草を払って作られた、簡易的な広場に荷馬車の隊列を止め、護衛たちは陣形を作る。
「勇者様はどうぞ、お休みください」
「ああ、そうさせてもらう」
シップロにそう言われたジルディアスは、荷馬車の隊列の隅に自分のテントを立てる。そして、さっさとテントに引っ込み、武器の手入れを始めた。特に、盗賊の頭を切った大剣は念入りに磨く。
『ラッキーだったな』
「ああ、多少は運が回ってきたかもしれん。この調子で何事もなく魔王を殺せれば一番だがな」
乾いた布で大剣をしっかりと磨き上げながら、俺に返事をするジルディアス。でもまあ、無理だろ。こいつ裏ボスだし。主人公を含む何らかのトラブルに巻き込まれるのが確定している人間だからな。
きっちりと武器の手入れをしたジルディアスは、魔法で生み出した水を使って体をぬぐい、そのまま毛布をリュックサックから取り出す。寝袋は使わないのだろうか?
そう思った俺に、ジルディアスは面倒くさそうに口を開いた。
「……寝袋は便利だが、すぐに動けないだろうが。毛布なら立てばそのまま戦闘に移れる」
『思想が物騒だな。つーか、全然休めなそう』
「だから寝床があるときには存分に寝ているのだろうが」
あきれたように言うジルディアス。どうやら、最低限睡眠をとる程度で済ませるらしい。従者の一人や二人いれば、見張りを立てて十分な睡眠をとれるだろうに。
そんなことを話していた俺たちだが、ふと、ジルディアスのテントの前に人の気配がした。俺が気が付くということは、当然ジルディアスも気が付いているわけで。
「何の用だ」
「おっ?」
声をかけようと思ったら、逆に声をかけられ、テントの向こうの男は思わず声を裏返らせた。
その声で敵意はないと判断したのか、ジルディアスは左手に握り締めていた大剣を指輪に戻した。肉体欠損もしくは命を代償にした肉体言語を必要としなくて何よりである。連日殺し合いが続くと、流石に精神に来るものがあるのだ。
無言のジルディアスに、テントの向こうの男は困惑したように言う。
「いや、晩飯どうかと思って……シップロさんが干し肉じゃなくて普通の肉を焼いてくれるっていうから、勇者さんもどうだい?」
「そうか……料理に砂糖や蜂蜜を使わないのなら考える」
「今日の味付けは塩だな。勇者さんはヒルドラインの方から来たのだろう? ならこの辺の甘い味付けはあまり得意じゃないだろうからな」
『へえ、料理まで甘いんだ』
思わずつぶやいた俺に、ジルディアスはいやそうな表情を隠しもしない。こいつ、そんなに甘いものがダメなのか?
というか、料理にたくさんの砂糖や蜂蜜を使うというのがあまり想像できない。俺自身生前あまり料理をしていなかったということもあるが、砂糖を使う料理は煮物や照り焼きなどのそこそこ特殊な例ではないのだろうか? それでも、砂糖は照りだしや甘みなどの添え物であり、大量に使うというイメージはない。
ともかく、塩味がメインと言うこともあり、ジルディアスは合同の食事に応じることにしたようだ。荷物を適当に整えたジルディアスは、隊商の私兵の案内についていく。
平原の夜は、空を遮るものがないため、満開の星空が今にも降り注いできそうな雰囲気であった。圧倒されるような神秘の星々に、人の営みが触れ合う。
数か所で別れて設置された簡易的なかまど。燃やされているのは謎の着色の施された、とげとげしい色の薪。特殊な薪のおかげで煙は少ないが、それでももくもくと立ち昇る煙が、星空を汚していた。
『うわぁ、めっちゃいい匂い……!』
「ああ……乳製品が多いな?」
かまどからは、牛乳と野菜を煮込む、やさしい香りが漂っていた。どうやら、今日はホワイトシチューのような物であるらしい。
隣の焚火で干し肉でない鶏肉を焼いているらしく、男たちの歓声と酒をあおる笑い声が聞こえてきていた。
「おいお前ら、勇者さんのために肉を分けてあるだろうな?!」
既に始まっていた宴会が想定外だったのか、案内をしてくれていた男が慌てて肉にたれをぬっている赤髪の男に怒鳴る。しかし、既に酒を飲んでいたのか、へべれけの赤髪男は何が面白いのかへらへらと笑いながら言う。
「んん-? 何でぇ?」
「何でぇ、じゃねえよ! 勇者さんの分は砂糖を使うなってシップロさんも言ってただろうが!」
「シップロさんが作ったやつだし、大丈夫だろー。俺はもっと甘いほうが好きー」
べろべろに酔っぱらった赤髪の男は、そう言いながらもツボに入ったたれを焼いている鶏肉にぬる。甘じょっぱくも香ばしい香りがあたりに漂った。
「……甘さにもよるが……そのソースは何だ?」
「んー? これ? 醤とー、砂糖とー、牛脂で作ったタレだよー」
酔っぱらった赤髪の男は、間延びした声でジルディアスの質問に答える。ひしお……えっ、醤? 異世界なのに、醤油なんてあるのか?
そう思った俺だが、赤髪の男が「俺、醤多いほうが好きー」とゲラゲラ笑いながら取り出した小さな壺の中身は、醤油のような液体状ではなく、少量の湯に溶いた味噌に近い状態であった。……豆を発酵させたペーストならば、異世界にあってもおかしくないということなのだろうか?
ともかく、醤油に近い香りと状態のそれに、俺は思わず息を飲んだ。いいな、米とかも別のところに行けばあるかな? そうしたら、人に戻っても楽しく過ごせそう。
隣にやべえ奴がいるせいで、チートハーレムなど考える気も失せてしまったが、それでも一応俺には『スキル効果を二倍にする』という祝福がある。……一番それを活用しているのが、俺ではなくジルディアスであるのが腹立つところだが、それでも、多分強い祝福なはずである。効果実感できてないけど。
安全第一で生きていきたいと心の底から思いつつ、俺は顔を上げた。
焚火で焼かれている丸鳥は、ぬられたたれのおかげで既にいい匂いである。じわじわと垂れる鳥の脂は食欲をそそる。美味そう。食えないけど。
焼きあがった鶏肉を焚火から外す酔っぱらい赤髪男。寄っているせいで手元がおぼつかなく、普通に心配だったが、何とか周りの協力もあって、大皿に丸鳥が乗せられた。
「シチュー出来ましたよー……って、肉全部タレぬったのですか?!」
「いい感じに焼けましたよー」
「……レオン中団長、業務中飲酒で二か月減給です」
『うわひでぇ』
あまりにもあっさりと目の前で行われた減給処分に、俺は思わずつぶやく。
ともかく、大きな寸胴のような鍋に作られたたくさんのシチューを、シップロは底が深い皿に取り分ける。具は、ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、それにベーコンだ。
今日の食事はシチューと固焼きパン、チーズと、焼いた鶏肉であるらしい。
夜の平原はそろそろ夏に近づこうとしているにもかかわらず、肌寒いほどに冷える。あたたかいシチューは普通に美味しいだろう。
夕飯を受け取った隊商のメンバーは、皆神に祈りをささげてから、食事に手をつける。ジルディアスも軽く手を組んで目を閉じていたあたり、神を信仰しているのだろうか?
「では、食べましょうか!」
一通り祈りを捧げ終わったらしいシップロは、そう言うと、金串にチーズを刺した。カチカチのチーズは竹串をさしても崩れない。そして、金串を焚火のそばに差した。
『へえ、炙りチーズ?』
「……日持ちするチーズなら、購入を考えていいかもしれないな。あれなら旅の食事がマシになりそうだ」
ジルディアスはそう言いながらも、周りのマネをして、竹串にさしたチーズを焚火で炙る。燃え上がる焚火を眺めながら、酔っぱらいの赤髪男……シップロにレオン中団長と呼ばれていた男が、大笑いしながらドラゴン退治の歌を歌いだす。
それにつられるようにして、男たちは酒をこぼしながらも歌いだした。ただ、酔っぱらっているせいでしっちゃかめっちゃかな状態である。
「……やかましいことこの上ないな」
『お前は酒飲んだら絡み酒になりそうで嫌だな』
「俺は酒は飲まん。どこぞの馬鹿が……具体的には現在フロライト領の騎士団団長をしているクラウディオが、全裸で郊外を歩き回ったのを止めようとして、うっかり半殺しにしてしまったからな」
『お前が悪いのかクラウディオが悪いのかわかんねえなこれ』
どうやら、ジルディアスは酔っぱらうと手加減がうまくできなくなるらしい。だったら飲まないほうが良いだろう。こいつ高レベル高ステータスだし。つーか、周りに配慮ができるのなら、その配慮を1ミリでも俺に向けてほしい。
ともかく、酔っぱらいたちのがなりうたの中に、俺は興味深いものを聞いた。
「カミサマの背骨でできた、輝く聖剣。万物を切る可能性をもって、魔王打ち払え!」
『え? 何あの歌』
「む……?」
パリパリに焼かれた鶏肉に食らいついていたジルディアスは、首をかしげて俺の声に反応する。
そんなことを歌っていたおっさんたちは、地面に落ちていた木の棒を振り回して遊んでいる。ちょっとやりたくなる気持ちはわかるけど、俺は一応聖剣なんだよなぁ。
『いや、聖剣の歌みたいなの聞こえて』
「……お前、聖剣の癖に知らんのか?」
『へいへい、常識が無くて悪かったな。何? 俺ってカミサマの背骨でできてんの?』
そう尋ねた俺に、ジルディアスはかぶりを振った。
ぱちぱちと燃え上がる焚火の炎が、小さく爆ぜた。
「いや、純粋に神の背骨からできているのは、原初の聖剣だけだな。すべての聖剣は神が与えたものである以上、貴様が何でできているかなど俺が知ったことではないが、お前は少なくとも大半は金属でできているはずだ。……指輪に収納できなかった以上、有機物も混ざっているのだろうがな」
『原初の聖剣?』
「……説明が面倒だ。スキルで調べろ」
割とたれをかけて焼いた鶏肉がうまかったのか、鳥の手羽先の軟骨をかみ砕きながら、ジルディアスは言う。ワイルドだなおい。
ともかく、俺はジルディアスに言われた通り、原初の聖剣についてヘルプ機能を使って調べてみる。
『うわ、ほとんど閲覧不可だ……えーっと、何? 原初の聖剣は、神の背骨で作られ、プレシスの害になるものを殲滅する存在として顕著した。しかし、顕著してすぐに、神への反逆が始まり、翡翠の祠に封印された……ふーん?』
「ああ、大雑把に言えばそうだな。反逆の影響で、ここいら一帯は平地になったらしい。原初の聖剣が神に反逆した理由は、今でもわかっていない。神殿連中は原初の聖剣に魔王が乗り移ったからだとかと言っているが、そんな訳はないだろうな」
あっさりと言うジルディアス。あれ? こういうのって神殿からしてみればバラバラ殺害案件の台詞なんじゃないのか? 別に聞いている人いないからいいけどさ。
「翡翠の祠があるのが、このサンフレイズ平原だ。聖剣の中でも最強とされた一振りだが、神殿連中は絶対に開放してはいけない邪剣としているな。反逆云々は意味が解らなかったが、貴様のようにしゃべる魔剣が聖剣の中に混ざっているのだ。原初の聖剣には意思があったのだろう」
『魔剣扱い止めてもらえるー? あと、俺は別になりたくて聖剣なわけじゃないからなー?』
焚火でとろけたチーズを固いパンに乗せ、口に運ぶジルディアス。あ、その食い方美味そう。
ともかく、原初の聖剣なるものがあったのか。正直聖剣がどうやってできたのか知らない。ヘルプ機能で調べようとしても、閲覧不可能でしかない。レベルを上げればわかるのかな?
降り注いできそうな星空の下、ささやかな宴は続いていった。
【醤】
要するに絞っていない醤油。もろみの状態のこと。大豆と水、塩、麴などを原料にしている。
大豆自体はエルフたちが作る豆の中にあるため、交易の最中に発酵しているのが見つかり、作られるようになった。発酵食品自体は、チーズやヨーグルトなどで耐性が作られていたため、サンフレイズ平原に広く広がる。
使用方法としては、食材に直接塗る、かける、など。麻布があまり普及していないため、日本のしょうゆのように絞ってはいない。絞れば醤油になる。
ジルディアスは割と嫌いではない味であったらしい。